第180話 英雄の帰還。悪魔をも呑み込むマクスウェル姉弟の覚悟
「いひゃぁゃん!」
「イモっ!?」
「ポテッ!」
「ジャガァァァッ!?」
ピンボールならぬ「ピンポール(棒)シューティングゲーム」のように「土寄せ棒」が悪魔を襲う。
その度に「悪魔」は奇怪な悲鳴を上げて、その膨大な魔力を「スン」と削られていた。
ゼェゼェゼェ
ハァハァハァ
悪魔・ディアブロのみならず、エリーゼ、ハルも息が上がっていた。
魔力を削り、嘔吐感に堪える。
魔力・体力・気力をも削り合う「泥仕合」。
「はぁてぃぃ!」
エリーゼの怒声が聞こえる。
延々とハルの魔力無効化「土寄せ棒」をジャグリングしてディアブロにぶつけ続けてきた。
アーティファクトの機能を失わないためにハティから預かっていた剣で軌道を変えて当て続けた。
結果、この地味な嫌がらせで「ディアブロ」は半泣きである。
「いつまで休んでるのです?かましますよ」
エリーゼが告げる。
「は、はい。姉上っ」
ハティが返事をする。
それと同時に陽光を遮る影がハティの前に現れる。
ハルだ。
「ハティさん。頑張って!僕のジャガバターです。塩辛ものせています。この特盛であの悪魔をやっつけてください」
にこやかに笑う。
かつてハティは空腹に苦しむ幼少期を過ごしてきた。
木の根も虫も食べた。
しかし、今は腹がひっくり返るぐらいに芋を食べさせられ、さらに強要されている。
「は、はは、あははははは」
渇いた笑いと共に彼は「神器【ジャガバター・塩辛乗せ】」を口にする。
どおおおおん!
何かが爆ぜた。
「天、知る。地、知る。人ぞ知る!」
バッと右手を左上部へと突き上げる。
「悪を倒せと我を呼ぶっ!」
右手が半円を描き、腰に引きつけられたところで左腕を右前に突き出す。
「我が名を呼んで救いを求める声がする!」
陽光を背にしてウルフアンバーの瞳が光る。
「ハティ・アガートラーム・マクスウェル!ここに推参」
バッと手を広げる。
「ハル。君のおかげで自分の為すべきことを再確認した。そうだ、忘れてはならないのだ」
口の端からやや漏れ出ているものがあるが、誰も言うまい。
「僕はとにかく、この『地獄』から抜け出すためにっ、あの悪魔を滅さなければっ!」
誰も言うまい。
食べ物を得られれば良いと思っていたいたハティ。
その彼が「蒸かし芋」だけは遠慮したいというまでにトラウマとなったことを。
◇
「しくしくしくしく……」
ディアブロは膝を抱えてさめざめと泣いている。
「私は、悪魔……私は『チート転生者』……」
呟いている。
「十二宮の力を得て完璧なる世界を体現する者……」
「そして、【リインカーネーション(転生)】の魔法で不滅となったのに」
(うっわぁ、なんかかわいそう)
ハルは同情し始めていた。
(でも……)
「ハル、下がっていなさい」
エリーゼが離れた場所にいるハルへと声をかける。
「あなたに『咎』はありません。私たちが『終わらせる』のですから」
そう言うと、アーティファクト【死の十字星】を構える。
「ハティ、合わせますよ!」
その言葉にハティが駆ける。
彼の義手【銀の右腕】が光を放つ。
ディアブロも、最後のあがきで立ち上がり、迎え撃とうとした。
ハティに気を取られているうちにエリーゼが接近する。
「っ!」
双剣を振るう。
ディアブロの腕を斬り飛ばした。
「アアアアッ!」
ディアブロが悲鳴を上げる。
ハティが背後に回っている。
右腕【アガートラーム】を悪魔の背に突き入れた。
狙いはディアブロの「本体」がある胸部である。
「【輝く神王の宝剣】!」
至近距離でアーティファクトを解放する。
光が弾ける。
光が収まると同時に、懐から声がする。
「【死の十字星】!」
エリーゼのアーティファクトが放たれる。
「ああああああああ」
声にならない悲鳴が上がる。
「ハティ!」
「姉上!」
声と共に二人が駆ける。
「合技【蝕】!」
ハティの右拳が、エリーゼのグラディウスが悪魔の体に突き入れられる。
二人の声と共に、明滅する穴が生じる。
ディアブロの体の中心にできた穴。
「人は、生まれは選べなくても最期くらいは選べるのです」
エリーゼは言葉と共に、さらにグラディウスを突き入れる。
「生まれの理不尽を堪えた者の最期。それを汚すあなたを許すことはできません」
その暗い穴の中に吸い寄せられるようにディアブロが消えていく。
「人は、その生きざまと、死に様を選べるんだ」
ハティはそう呟いて拳をさらに深く突き込んだ。
「理不尽に堪え、それでも強く在ろうとした生き様。その幕引きの死に様を踏みつけにするお前を僕は許せない」
逃れようともがく黒い人影が暴れていたが、それも穴の中に消えていく。
『他人の生を貶め、満たされるためだけに生き続けるお前なんかに、それがわかるか!』
ディアブロの姿が消え、夜のように暗かった周囲が、元の空に戻った。
しばらく二人は周囲を警戒した。
そして何事もないことを確かめると、力を抜く。
ハティの鎧が砂のように崩れ、元の姿に戻る。衣服も元のままである。
どっと二人は折り重なるように地面に倒れた。
「や、やりましたね。ハティ」
「はい。姉上」
下になっているハティの胸に顔をうずめるようにしてエリーゼが言う。
ハティも疲労を隠せないようで、ただ短くこたえるのみだった。
「……すみません」
少ししてハティが呟く。
「何を?」
「ウォルターを救えませんでした」
「いいのです。あの悪魔から解放されたのなら」
「そう……ですね」
少しして、喚声が聞こえる。
その声は次第に近づいてくる。
白銀の胸鎧、黒金の鷹、魔狼騎士団のメンバーが集まってきた。
後ろに、投降したと思しき共和政府軍が続いている。
「皆、見たか!これが救国の英雄、エリーゼ・カナン・マクスウェルとハティ・アガートラーム・マクスウェルの姉弟だ!」
ティアの言葉にさらに歓声が高まる。
「我々を戦火に巻き込み、人々を苦しめた元凶をかの姉弟は滅した。陰謀は潰えた!世の人がかの二人をいくら疎んじ、謗ろうともこの姉弟は人々を守ったのだ」
声が響く。
それは敗残の共和政府軍に向けたものだ。
「そうだ。私たちは知っている。この友人の武勇と騎士道を。しかし、あえて皆に言おう。今日の勝利の立役者はかの姉弟である。だが、他にも功労者はいる!この者らがいなければ、今日の勝利はなかったのだ」
その声を聞きながら、エリーゼが呟く。
「ティアは本当にいい仕事をしますね」
「はい」
ハティが頷く。
「今からでも乗り換えませんか?」
「彼女が『蕾』だったら考える余地はあったでしょう」
「あら、残念」
姉弟の言葉をよそにティアの演説は続く。
「守護者、アンジェ・フラン・スカーレットはかの邪悪なる者を封じ、抗い続けていた。戦火によってその任が途絶えなければ邪悪なる者の復活はなかった。アンジェは我々を長い年月をかけて守り続けていた」
手をひろげ、隣にいるアンジェを示す。
「ガレット・グランハート。この者はハティと共に邪悪なる者の陰謀を阻止すべく剣を振るい続けた。エーレンブルクに封じられた後も、今日に至るまで」
ティアの言葉が人々に響き渡る。
「魔狼騎士団は、彼らの手足となり、耳目となりて奔走した。この者たちはこの舞台を整えるための影なる主役だ!」
「白銀の胸鎧、黒金の鷹、魔狼騎士団、この戦に尽力した皆の者!」
「そして、辛い日々を耐え抜き、この戦の趨勢をあえて見守った者たち」
「諸君らの勝利である!」
「ちょっと待ちなさいよ!」
アンジェの声が響く。
「忘れている人がいるわよ」
ティアの横に立つエルフが、その背中を力強く叩く。
「ティア・シュトゥーテ・フライン。黎民の騎士!敵陣営にあえて残り、我々を勝利に導くために陰で支え続けた人をね!」
周囲から喚声が上がる。
「いつまでも裏方ばっかりやってるんじゃないの」
アンジェが片目をつむってみせる。
ティアはこみ上げてくるものを押し込めようと口を引き結んだ。
「彼女がいなければ、今日の勝利はなかったわ!英雄エリーゼを支えたのは誰?勇士アガートラームを救ったのは誰?覇者ガレットと共に戦ったのは誰?」
問いに観衆から声が上がる。
「ティアだ!ティア・シュトゥーテ・フラインだ」
その歓声にこたえるようにアンジェが叫ぶ。
「その通り。彼女がいたから今日の解放があった。私たちの戦いは、それぞれの苦難の日々だった。各々の戦いを彼女が繋いでくれたのだ!我々の友人に祝福あれ!皆の未来に栄光あれ!」
喧騒を遠目に見ているエルザがいる。
(私、忘れられていませんか?)
風が吹き抜ける。
(まあ、私にはハティがいればいいのですが)
歓声を上げてフェンリルナイトたちがハティとエリーゼに駆け寄っていく。
(これは、またとない好機!)
◇
「親父!」
フィンレーたちが折り重なるようにハティに抱きつく。
「ぐぇっ、やめれ~吐きそうだから」
ハティが悲鳴を上げる。
「ちょっと、あなたたち、私まで押しつぶすんじゃありません」
巻き込まれたエリーゼも非難の声を上げる。
「わ、すみません」
フィンレー達が退く。
「……あなた、いつの間に混ざってたんですか?」
反対側でハティに抱き着いているエルザ。
それをエリーゼがジト~と見る。
「うふふふ、今回も私は大活躍ですから、ちょっとくらいいいじゃありませんかぁ」
エルザが頬を摺り寄せる。
いつもなら「あなた、怖い」と邪険にするハティであった。
だが、ふと目元を緩めてエルザの頭を撫でた。
「ありがとう」
この言動に全員が固まった。
「あ、ああ、あああああ……」
フェンリルナイト、エリーゼ、エルザともに謎のうめき声を上げる。
「エルザがいてくれたから、みんなが助かったんだ。君がいないと僕たちはダメだったんだよ」
トドメのセリフにエルザが立ち上がる。
撫でられた頭を抑える。
「だ、ダメよ、そんな……こんなの、夢よ…そう、ハティがこんなこと言うわけが」
ハティは体を起こして胡坐をかき、エルザを見上げた。
「本当に感謝している。ずっと守ってくれてありがとう」
にっこりと笑う。
「これからもよろしくね。エルザ」
「っっっ!?」
声にならない悲鳴を上げてエルザが逃走した。




