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第186話 父子の連携。魔人を蝕む【這い寄る恐怖(テラー)】



開戦から一時間。


エリーゼ、ガレット、ティアといった面々が前線で戦っている。


先行していたハティ・アガートラーム・マクスウェルは、一足早く乱戦から抜け出た。


視界が開ける。


もはや「共和政府」の本陣は目の前だ。



「ウォルター・ホロウ・ウォーロック」



ハティは呟く。


ウォルターに対して思うところはたくさんある。


だが、今となっては「敵の総大将」。



「ハティ・アガートラーム・マクスウェル」


同じくしてウォルターも呟いていた。


敵戦力の中でも、最も危険度の高い存在。


反乱を起こした時も奴のせいでエリーゼを捕らえ損ねた。



戦場にあって互いに油断なく対峙する。


もっとも、彼らの間には数万の兵が槍や剣を連ね、楯による防壁を築いている。


「またも、立ちはだかるか。銀の右腕よ」


互いの姿は目視できても、その言葉は耳に届くことは無い。


「その野心は潰えることがないか、奸雄よ」


宿敵ともとれるふたり。



「執心から抜け出ることのできぬ頑迷な魔人。そんなことだから貴様は国を追われるのだ」


そう呟き、ウォルターが剣を鞘から引き抜く。

十二の宝石によって装飾された荘厳な剣。

権威と富と名声。

その威風堂々とした剣は、持ち主の器量を示す。



「我欲の暗闇に囚われし奸雄よ。そんなことであるから、戦乱ばかりを引き起こすのだ」


そう呟き、ハティが銀の義手を解き放つ。

神代の意匠による神聖なフォルム。

神威と力と畏怖。

その魔導の結晶は、持ち主に闇と光を等しく示す。


ウォルターが声を大にして言い放った。


「諸人よ!思い知るがいい。弱き光の下に平和は訪れぬ。強き光を受けてはじめて安息は訪れる」


ハティは眼前の迫る兵たちを大喝する。


「目を凝らすがいい、ここに絶望が口を開けて待っているぞ!虚栄に憑りつかれた亡者どもよ、その名利に曇った眼では奈落に落ちるだけだぞ!」


ウォルターは剣を振り下ろす。

突撃の合図だ。


「我はこの剣にかける修羅。この世を平らげし威光!」



ハティが左手に剣を持ち替える。

銀へと変じた右腕を構える。


「我が築いた絶望が!後の世の繁栄の礎となるだろう!」



ウォルターが剣を振り下ろした。


「突撃」の合図である。


ワアアアアア―――――


兵たちが雄たけびをあげてハティへと向かって行った。





「よもや、ここまで来るとはな」

ウォルターが剣を構える。


「ウォルター・ホロウ・ウォーロック」

ハティが呟く。


「さすがの魔人もだいぶ消耗しているな」


呼吸の乱れをウォルター揶揄する。



ハティは「マクスウェル領奪還」以後、これまで数多の兵を倒してきた。

当然のように魔力、体力共に消耗している。


「これぐらいでないと勝負にもならないだろう」


「ぬかせ」


余裕をみせるハティにウォルターは鼻で笑う。


「聞きたいことがある」


ハティは殺意を込めた目でウォルターを見る。


「なぜ、いなくなった?」


「何のことだ」


「なぜ、神殿騎士テンプルナイトの副長まで上り詰めながら姿を消したのだ。思えば、お前の父君はあのころからおかしく……」


「黙れ。父を追放したお前が言うことか」


「それは、姉上を害そうとしたからではないか」


「ならば、問う必要もなかろう」


「いいや、私はお前を……お前になら姉上を任せられると思っていたのだ。それなのに」


「何が言いたい」


「姉上とお前の関係を私は認めていたんだ」


「黙れ、魔人が。情に訴えて私を挫こうというのか」


ウォルターが鼻で笑う。


「そうではない。姉上のこと、本当のところお前はどう思っていたのだ?」


「忘れたな」



「私と交わした約束は」


「さて、記憶にないな」


淀みない返答に、ハティが眉根を寄せる。


「そうか。是非もないという事か」


「そうだ。魔人よ」


「ならば、遠慮は無用だな」


ハティが剣を構える。


そのまま踏み込み、剣を振るう。


その速さは矢の如く、常人では反応すらできない。


しかし、間に割って入った者がいた。


黒いローブ姿、魔術師「ディアブロ」である。


ハティの剣が弾かれる。


それもディアブロの手にしたロングソードにである。


「……あなたは」


ハティが眉を顰める。


「ウォーロック卿」


ハティが名を呼ぶ。


「どういうことだ」


「ディアブロ」として相対してるのは、シグルド・カイン・ウォーロックであった。


「何がだ?父と再会し、共に暗愚な王を打倒したというだけだ。王国を救ったのだよ、そして民を、エリーゼをあの暗愚な王から解放した」


ウォルターがそううそぶく。


これにハティがうめくように言った。


「ふざけるなよ……」


怒りを露わにしながらもハティはシグルド・ウォーロックとウォルター・ウォーロックの父子に冷静に対峙する。


シグルドが魔術を放つ。


魔術の雷が走り、ハティに向かう。


それを避けたところへウォルターが斬り込む。


剣を受け流して切り返そうとするところを今度はシグルドが突いて邪魔をする。


ハティは一度、ふたりの連携を受けて距離をとった。


今度はウォルターが剣魔術を使い、追撃を仕掛ける。


さらに避けようとするハティにシグルドが拘束の魔術を使って足止めをする。


(厄介な相手だ)


ハティはこの父子の動きを分析する。


今でこそ剣を主とした武官となってはいる。


しかし、もとは家名の「ウォーロック」の通り魔術師の家系である。


この国における剣と魔術を掛け合わせたものなどは彼らの祖が生み出した。


そして―――


「ふっ」


鋭い呼気を放ち、ハティがシグルド・カイン・ウォーロックに斬りつける。


魔人アガートラームの剣は普通の方法では防ぐことはできない。


速度や威力が桁違いなのである。


常人ならざる力を有したこの父子も例外ではなく、反応できずにいる。


その剣がシグルドの胴体を切り放つはずであった。


だが、胴を捉えたはずの剣が体に触れる前に止まる。


そして、次の瞬間に止めた場所から放電がありハティを焼きながらも剣が弾いた。


「……つぅ」


ハティは高熱で一部皮膚が焦げるがすぐに再生する。


(これが【蒼雷の装束アズール・ガルブ】か)


王国軍の上席にあった男が凡夫であるはずがない。


先代の『腰鎧フォールズ』として一軍を率いた将。


彼が用いたのは敵の攻撃を阻む魔術の鎧。


機動性を削がず、常に敵の攻撃を受けつけず、攻撃をはね返すとともに傷つける。


ハティの動きが鈍ったところにウォルターが斬り込んでくる。


得意の突き技が来るが、ハティはそれをいなして滑らせるように剣を切り返す。


肩口を狙って剣を落すが、不可視の鎧に阻まれる。


そして、放電と反発。


(ふたりとも使えるのか?それとも他者に付与できるのか……)





「なかなか楽しんでもらえているようで、なによりだ」


(妙だ。確かにふたりは強い。だが、これだけでは決定的な……)


いくら消耗しているとはいえ、魔人アガートラームを討つには決定打にかける。


ふたりの防御力は抜きんでており、今でこそ拮抗している。


だが、持久力を考えれば次第に均衡は崩れていくだろう。


「っ!?」


足元から伸びる影がハティの足を掴む。


「その内に押し込めたもの、吐き出してもらおう。【テラー(這い寄る恐怖)】」


ハティの足元に方陣が浮かび、光を放つ。


そして彼の体から黒い靄が漏れ出てくる。


「あ、アアアアア……」


ハティがうめく。


「魔人の抵抗力、ここまで削ってなお一筋縄ではいかぬか」


ハティは体を掻きむしる。


銀の右腕。


その変質が広がり始める。


肩から右の胴体、下半身と波及する。


『憎い』


彼からあふれ出た靄から声が響く。


体が「銀」のフルプレートメイルのようになる。


『憎い』


さらに声が響き渡る。


ハティから漏れ出た靄は、繭のように彼を覆い始める。


「銀」への変質が、頭部までに至った。


フルフェイスの兜に覆われる。


―――ズズズッ


音を立て、その靄はハティの体へと戻った。


そして、


――――― ハティは停止した。




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