第172話 マクスウェルの悪魔
「まずは、その『ムカデ君』からいきますか」
エリーゼが不敵に笑う。
「フリード、ブレイブ、アビス。ロナウの足止めをお願いします」
彼女の指示に、三人は短く返事をした。
「お前らごときが……」
ロナウが笑う。
そして菌糸のように粘る腕を彼らに向けて伸ばそうとした。
「っ!?」
手足が「凍りついている」。
(……まさか)
ロナウはエリーゼを見る。
体から蒸気が上がっていた。
「ムカデ男」がエリーゼに迫る。
目隠しをし、耳栓までしているのだ。彼女は気づくことすらできないだろう。
上半身の一部が人間のソレは、数本の腕で持つ剣を振り下ろした。
「―――――っ!?」
気づけばそこにエリーゼはいなかった。
いつの間にか背後に回っている。
ムカデ男は尾を振るって薙ぎ払おうとした。
しかし、尾を振るった時にはすでに別の場所へと移動している。
◇
(やはり――――)
ロナウは確信する。
エリーゼは「使える」のだ。
その血に受け継がれた「マクスウェルの悪魔」の力を。
ならば、「観測者」たる悪魔の力を使えば、五感に頼らずとも「動き」が分かる。
さらに、先ほどから蒸気を発しているのは、「奪った熱」を自身の運動エネルギーに転換しているからだ。
加えて言うならば、エリーゼはロナウの周囲から「熱を奪っている」。
そのため、彼の周囲が凍り付いている。
「このっクソ女めっ」
ロナウは吐き捨てる。
ついでとばかりに「邪魔」をする性格の悪さ。
そのくせ、「公爵家の跡取り」として育てられた恵まれた環境。
そして誰もが羨む美貌。
自分には与えられなかったものをあの女は生まれながらにして持っていた。
ロナウはその「嫉妬」を「食」で紛らわした。
父は息子の無念を知り、「エリーゼ」との結婚を勧めた。
それによって、「マクスウェル家」はエリーゼを廃することなく、ロナウにも受け継がれる。
悪い話ではなかった。
だが、それをあの女は一蹴した。
「ろくに鍛えもしない『おデブちん』は好みではありません」と。
クソクソクソクソクソクソ―――――クソ女がっ!
そして今、目の前で「血統」を見せつけられている。
その血に受け継がれる「マクスウェルの悪魔」の力。
生まれながらにして授けられた「恩寵」の源泉。
忌々しい!
ロナウはエリーゼに向かおうとする。
凍った体が崩れるが、また再生させればよいだけだ。
「させませんよ」
フリードが立ちふさがる。
「従者風情がっ!」
ロナウは構わず突進する。
「――――フッ!」
鋭い呼気とともに振られた剣。
―――――ドッ
ロナウの体が真っ二つに斬られる。
「その『従者風情』の剣でお前は斬られたわけだが……」
断ち割られたロナウの体。
切られた部分から菌糸が伸びて接合する。
また元の形に戻った。
「だから、どうした?」
ロナウが笑う。
アビスが左手で顔の半分を隠し、指の間からロナウを見ている。
「深淵より来たりし漆黒の腕よ……彼の者に抱擁を」
アビスが詠唱する。
「【黒鎖の拘束】!」
ロナウの足元から黒い腕が無数に現れる。
そのままロナウに絡みつくと、鎖のように連結して縛り上げた。
「そのままジワジワと締め上げられるといい……」
左手で癖のあるあその前髪を掻き上げた。
「だって、エリーゼ様を『クソ女』呼ばわりしたんだからなッ!」
ぶんぶんと腕を振り回し始める。
もはや、中二病感だけではない危なさ。
「狂信」が彼を占めている。
「うおおおおおおおお!」
ブレイブが雄たけびを上げてロナウに突っ込んで行く。
「俺の相棒『鉄の土竜』の一撃!」
そう言って手にしているのは巨大な「ショベル」だ。
「ぶっ潰してやる!」
そう言って「面」の部分を叩きつける。
ゴイーーーーーン!
「ぶふぅぁっ!」
鈍い音とロナウの悲鳴。
みごとに頭から地面に叩きつけた。
――――実に忌々しい。
自分には得られなかった「忠実な部下」。
全てを持った「エリーゼ・カナン・マクスウェル」が。
◇
「そろそろ、いい感じで『仕分け』られましたね」
エリーゼがニヤリと笑う。
「動きだけでも気持ちが悪いのは変わりませんね」
その挑発にムカデ男はさらなる追撃をかけようとした。
だが、自分の体が動かないことに気づく。
――――霜が降りていた。
「虫さんは寒いのが苦手でしょう?」
パキパキパキパキ―――――
音を立てて氷が広がる。
「ゥ……ア……」
声を上げる間もなく、氷漬けにされる。
「それじゃぁ、焼却処分ですね」
エリーゼの双剣が赤く光る。
――――――――スン
高速で駆け抜けたエリーゼ。
その背後では、「焼き切られた」ムカデ男の体が無数の破片となって崩れる。
わずかに遅れて発火した。
それだけの高熱であった。
(ひさしぶりとはいえ、慣らし運転に時間をかけすぎてしまいましたね)
耳栓と目隠しを外す。
「さて。メインディッシュをいただくとしますか」
そう言ってロナウたちを見る。
(オエ……やっぱり、「キノコ」は好みじゃありませんね)
視線の先ではフリードたちの猛攻を受けるロナウ。
「菌糸」を飛ばして仕掛けているが、三人はそれを難なく避けている。
(よく我慢して「足止め」に徹してくれました)
(そろそろ、「おあずけ」はやめにしましょう)
「フリードっ!ブレイブっ!アビスっ!」
エリーゼが声をかける。
「もう、手加減しなくていいですよ」
その言葉を受けて三人がニヤリと笑う。
「でも……」
エリーゼも笑う。
「ちゃあんと、私も、混ぜてくださいね」




