第168話 爆裂そばかす娘、戦場に吠える?そして「むしり取られる」?アレ
『私は、君たちの悲しみを知っている!』
どこからともなく聞こえた声。
距離に関係なく、人々の耳に届いた。
そして、心のうちにある「悲しき風景」が人々の脳裏をかすめる。
「うっ!?」
途端に体の内からせり上がる黒い靄。
そして、その靄に誘われるように粉のようなものが憑りつく。
「う、あ、あ……あああああああっ」
人々は声を上げた。
付着した「粉」が黒い菌糸となって体に食いつく。
まるで、第二の「筋肉」が体の外側にできたかのように。
ロナウの使った「恩寵」。
それは、言葉どおりのものではない。
「悪魔」の力の一端だ。
異世界から転生した異能者たちを「悪魔」と呼ぶ。
その「悪魔」たちの力は、血縁に引き継がれる。
時に、悪魔たちは「血縁のない他者」にも力を分け与える。
その「力」こそ「恩寵」。
ロナウの場合は「マクスウェルの悪魔」のものではない。
アアアアアアアアア
そこかしこで悲鳴が聞こえる。
うねうねと蠢く菌糸が人々を覆い、意思に反して動かす。
人々は意に反して動かされる「恐怖」と「苦痛」に悶えた。
ミシミシミシ……
無理に動かされ、体が軋む音。
「や、やめ……」
悲鳴を上げながら――――フェンリルナイトたちに襲い掛かった。
◇
デレンッデッデッテ……デレンッデッデッテ……
どこからともなくボレロの音が聞こえる。
あくまでも「ルーダ」の脳内でだけ。
ルーダがゴーグルをした目をニヒルに細める。
彼女の手が、「魔導ランチャー」こと「轟きジョニーさん・初号機」のトリガーへと伸びる。
ワウワウワ~~~~
まるでコヨーテのような叫び声が響く。
あくまでも「ルーダ」の脳内でだけ。
風が吹いた。
周囲では暴走した兵たちとフェンリルナイトたちが戦っている。
ピィ~~~、ロリロリロ~~~~
口笛の音。
これも、あくまでも「ルーダ」の脳内でだけ再生されている。
襲い来る兵士たちの中から異形の者が現れる。
カニのような姿。
おそらく、「ナハト」と同じように「眷属」となった者だろう。
ルーダが照準を合わせる。
「アディオス、アミーゴ(さらば、友よ)」
ルーダがトリガーを引いた。
次の瞬間、轟音を立てて「ジョニーさん」の銃口から衝撃波が飛ぶ。
ズババババン!
ギターの咆哮。
あくまでも「ルーダ」の脳内で響いている。
同時に「ジョニーさん」が吠えた。
ドドーーーーーン!
怪人は吹っ飛んだ。
パパパーーー!パパパ、パパパーーー!
「――――デスカンサ・エン・パス(君よ、永遠に眠れ)」
ルーダが哀愁を込めて微笑む。
パパーーンッ
ルーダがタップを踏む。
「オーレイ!」
手を掲げ、ポーズをとる。
「え?呼んだ?」
ルーダが反動に持っていかれないよう支えていた「オーレ」が尋ねる。
「……兄貴のこと、呼んでない」
(せっかく、決まったところなのに)
◇
なんてことだ。
僕は窓の外の光景を見て戦慄した。
外にいる兵士たちが暴走している。
悲鳴を上げながら、助けを求めながらフェンリルナイトたちと戦っている。
〈ちょっと!何よアレっ、酷過ぎるっ〉
【土寄せ棒】の「アンジェ」さんはあまりの惨劇に悲鳴を上げていた。
「きさまぁっ!」
フリードさんの怒声。
「それはっ『不浄の悪魔』ではないかっ!」
え?「不浄の悪魔」?帝国にいたとかいう?
でも、アンジェさんが【煉獄】で浄化したんじゃないの?
「いかにも、かの帝国を汚染した『不浄の悪魔』の因子だ」
「なぜ……っ!?まさか、『ウォルター』が」
エリーゼさんの言葉に満足そうに頷くロナウ。
「そうだ。完全に消える前にウォルターが回収していた」
ちょっと待って、どういうことだよ?
「そこまで堕ちたか」
フリードさんが剣をロナウへと向ける。
激情を腹の内に押し込め、殺意に満ちた目でロナウを睨みつける。
「だが、これで我が弟、ルークの弔いができる」
その様をロナウは愉快げに眺めていた。
――――ズズズッ
何かが這いずるような音がする。
先ほど水たまりだった場所が汚泥のようなもので黒くなっていた。
そして、そこから這い出てくるもの。
「っ!?」
蛇のような下半身に人間の上半身。
魔獣の「ラミア」のような生物。
そして、もう一体。
その異様に、さすがのエリーゼさんが青い顔で固まっている。
ギチギチギチギチ
耳障りな音を立てるソレは、巨大な「ムカデ」だった。
「クククク、嫌いな『虫』を前にまともに動けるかな?」
え?そうなの?エリーゼさんって虫苦手だったんだ……
「逃げてもいいんだぞ?『ルークの仇』を前にしてな」
ロナウが笑う。
なんて奴だ!女の子の苦手なものを目の前でちらつかせて喜ぶなんてっ!
お前の精神年齢は8歳児かよ!
僕が前に出ようとすると、エリーゼさんが手で制する。
「ははは、ハルわわわ……コレットっと一緒にぃぃ」
もう声が震えてよくわかんない感じ。
「街のみんなををを、たすけるのデデデっス」
「いや、でも……」
「だだ…だいじょうびび……デス」
どう考えても大丈夫な感じではない。
「ハルでないとと……完全なじょじょ『浄化』は、できまっしぇええん」
青い顔で言う。
「わわ私はぁぁ、ハルをしんじていますううう」
「だだかららら……こんどこそ……私の代わりに皆を救ってくださいいい」
その言葉に続くようにフリードさんが言った。
「あの時、私は弟を救えなかった」
「けれど、君が『そう』であるならば、代わりに皆を救ってほしい」
そして「頼む」と頭を下げた。
ここまで言われたら行くしかないよね。
〈ロッシェ。アタシたちは、アタシたちの役割を果たしましょう〉
【土寄せ棒】の「アンジェ」さんが言う。
僕は彼女の言葉に頷いた。
「叔父さん、アビスさん」
僕はブレイブ叔父さんとアビスさんに声をかける。
「エリーゼさんを、お願いします」
ふたりは驚いたように僕を見た。
それから「任せておけ」と笑った。
「ここは、エリーゼさまと私、ブレイブとアビスで受け持つ」
「皆はハルとコレット様を守りつつ、浄化作業を手伝え」
フリードさんが指示を出す。
みんな力強く頷く。
「どうだ?最期の別れは済んだか?」
ロナウが余裕を見せて笑う。
クソッなんか腹立つな。
「……出ベソ」
コレットが呟く。
「なに?」
ロナウが驚き、聞き返す。
「アナタのお母さん、出べそ!ついでにアナタも出べそ~っ!」
ちょっ、コレットさん?
「ふんだ!『お姉ちゃん』は出べそなんかに負けないんですっ!ギタギタにやっつけた上でその出っ張った『モノ』をむしり取ってやるんですから!」
ななな、なんちゅう挑発の仕方っ!?
ほら、あまりの幼稚さにさしもの相手も呆れ――――
「貴様っ、なぜそれを知っている!?まさか、見たことあるのかっ!」
いや、本当に「おへそが出ている人」なのかい!
なんか、コレットの「眼」が金色に光ってるけど……何かの「能力」?
「私たちが戻ってくるまでっ、せいぜい頑張って耐えるんですね、『デベソウ』さんっ!」
いや、「ロナウ」の最後の「ウ」しかかかってないからねっ!
「きさまぁぁっ!この美しき私の唯一の欠点をあげつらうとはっ」
あ、「デベソウ」さんがお怒りだ。
「おまえから縊り殺してやろうかっ」
怒りのあまり、口角から泡を吹いているデベソウさん。
僕は【棒ジェ】さんを逆手に持つ。
実は僕もこの人にけっこうムカついていた。
(「アンジェ」さん!一発かましてから行こう!)
そう囁く。
〈いいわよん。ロッシェも言うようになったわね〉
「君のおかげでね!」
僕は【棒ジェ】さんを投擲した。
「食らえっ【ポテト・スマッシュ】!」
ひゅ~~~ん
弧を描いて飛ぶ【土寄せ棒】の「アンジェ」さん。
カーーーーーン
地面に落ちた。
〈ろろろ、ロッシェ~〉
あまりのことに【棒ジェ】さんも戸惑っている。
あ、ヤベ。
あの厭味ったらしい顔にカッコよく食らわせようと思ったのに。
コロコロコロ……
【棒ジェ】さんは「ラミア」の方に転がっていく。
「ふ、はははははっ!なんだそれは――――」
――――――こつん
笑うロナウを余所に、【棒ジェ】さんはラミアの蛇体にぶつかった。
――――――スン
ラミアの体がぶつかった場所から崩れ始める。
「っ!?っ!?」
ラミアは声にならない悲鳴を上げて消えた。
「……」
何とも言えない沈黙が訪れた。
「よっしゃぁっ!今だっ」
ブレイブ叔父さんが叫ぶ。
「今のうちに、みんなで街の人たちを救いに行けっ!」
呆けていたみんなが慌てて走る。
「あれが、俺の甥っ子!ハル・ロッシェっ!」
「不可抗力の破壊者だ!」
ちょっと、おじさんまでやめてぇぇ!
走り去る僕の背に声がかけられる。
「頼んだぞ。今度こそ、救えなかった無念を代わりに晴らしてくれ」




