第165話 マクスウェル領奪還作戦!……ってまだ始めないのかよ?
旧・マクスウェル領
現・ロナウ・スペンサー領。
今、ここは戦場となりつつある。
日の出と共に開放される窓は固く閉じられている。
扉は内側から固く閉められ、開けられないように重しが置かれている。
昨晩の内に投げ文があった。
『日が昇りし後、虎が牙をむく。無辜の民は家屋より表に出るな』
人々はつい先日起きた騒ぎを思い出し、疑うことなく己の身を守る行動に出た。
領地付近の街で認可のない「格闘興業」をしていた者がいた。
そこに「エリーゼ・カナン・マクスウェル」がいたというのだ。
警備隊がそれを目にしている。
彼女が過去、帝国との戦で怒りに任せて、敵の砦を「消滅」させたことを知らぬものは無い。
だから、人々は抵抗よりも避難を選んだ。
そして、それよりも人々が恐れたのはもう一人の存在。
捕らえられた人々が最近国内を騒がせている者の存在を口にしていたのだ。
――――「ジャガーノート(不可抗力の破壊者)」
オルジュの街を半壊にした。首都を壊滅寸前まで追い込んだ。
エーレンブルグ領で10万もの兵を退けた。政府本営で暴れ回った。
その姿を見た者は少ない。
だから、憶測が憶測を呼ぶ。
一撃で将軍たちを倒した。
魔術が効かず、傷つけることができない。
叫び声ひとつで兵を怖れさせた。
SSR級の魔物を操る、魔獣使いでもある。
――――人々は祈った。
「もう、どうでもいいから『ロナウ』は領地還せよ!」と。
◇
「ヘックチ!」
僕はくしゃみをする。
「あら、風邪かしら?」
そう言ってエリーゼさんが僕のおでこに手をあてる。
「ん~、熱はないみたいだけれど、大丈夫?」
そう顔を覗き込んでくる。
「あ、はい。大丈夫です。誰か噂でもしているのかなぁ~なんて、はははは……」
僕は笑う。
「なら、いいけれど。ちょっとでもおかしいと思ったら休んでいていいからね」
そう言って、僕の頭をクシャッと撫でて去っていく。
ちょっと耳が赤いようにも見えたのは、気のせいかな。
う~ん、勢いとはいえ、「好きだ」って言っちゃったもんなぁ。
「ふんふんふんふふ~ん」
そして、クロエもご機嫌。
昨日の「おでこチュ~」はどういう意味なんだろう。
思わず見ていたら、クロエも気づいたみたい。
あ、なんかウインクされた。
どうしよう、「モテ期」来たのかな?
「あ、痛っ!」
コレットに脛を蹴られる。
「ちょっと、コレット……」
「つーん」っていなくなる。
「なぁ、ハティよ」
ガレットさんの声。
「うん?」
「ハルはいつからあんなにモテるようになったんだ」
「う~ん、いつ頃かな?たぶん、アダマス地区で会った時からモテモテだったような気がするよ」
「本当かっ!?」
おじさん二人が話している。
「俺がいなくなった途端じぁねぇか……」
ガレットさんが眉間を抑える。
「末恐ろしい子だね」
ハティさんは興味なさげ。
人の恋愛ごとには結構ドライなんだよね……
なんか、自軍の人間模様が、ドロドロし始めてないかなぁ……
◇
少しして、エリーゼさんが出てきた。
僕は、その姿を見て言葉を失った。
――――きれいだ。
白銀の鎧を身にまとっている。
鎧の要所に瞳と同じアイスブルーの装飾があしらわれている。
昨日、アビスさんから受け取ったロングソード。
そして、いつも肌身離さず身に着けているグラディウス。
それらが腰に提げられている。
白銀の髪が陽光を受けて、燃えるように輝いている。
アイスブルーの瞳が輝く。
「皆、傾聴せよ」
フリードさんの声。
「エリーゼ様よりお言葉をいただく」
皆は黙って耳を傾けた。
エリーゼさんが前に進み出る。
「皆、よくここへ集ってくれた」
「思えば、3年前、私は国を追われ、領地を奪われ、仲間と引き離された」
周りを見渡し、ひとりひとりの顔を見る。
「私はあなた達との『絆』を引き裂かれた」
「ぶひぃぃぃん」とハティさんが泣いている。
「ちょっと」ってアンジェさんがハンカチ渡してる。
なんだよ、この身内の結婚式みたいな感じ。
って、フリードさんまで泣いてるっ!?
アンタもそっち側かよ。
とういうかさ、なんで他の人たち、もらい泣きしてるの?
まだ、戦ってすらいないよ?
「くぅう、熱いぜぇ!全国大会の後、スタジアムの砂を集めてるみたいだぜっ」
あの~ガレットさん、それ負けた側だからやめようね。
縁起でもねぇ。
「わ、私はぁ泣いてないぞぉ、目にゴミが入っただけだぁグスどもがぁ」
いや、ティアさま、そこ強がる意味あるの?
「な、なんかいい話だね~」
リャナンさ~ん、まだ冒頭部分っ!さわりで何の内容もないよ?
「くっ、さすがは未来の『義姉』っ!スピーチでここまで泣かせるとはっ!式の時は親族代表を……」
リムアン、今そういう妄想する時間じゃないよ。
TPOって知ってるかな?
「くそッ、なんか朝日が目に染みてきやがるゼぇ!」
ルーダまで目をこすっている。
僕はフィンたち男性陣を見た。
「おおおおお」
「良い話だ」
「胸アツ展開」
「感動のシーンだね」
「やっぱ、俺、エリーゼさん諦められない」
最後のスヴェンのセリフは切実だね。
まともな感覚の人は……
あ~ブレイブ叔父どころかアビスさんまで泣いてるよ。
「だが、こうして今、皆と会うことができた」
〈ロッシェ~良かったねえ〉
【土寄せ棒】の「アンジェ」さんが涙声で言う。
いやさ、だから何が「良かった」の?
まだ何も始まってないからさぁ!
「離れていた間も、我々の絆は断ち切られていなかったのだと信じたい」
オオオオオ――――――
歓声が上がる。
「今、我々は『刻』を迎えた」
「奪われたものを取り返す。失われた絆を紡ぐときを取り戻す。あの日々の思い出を!」
ワアアアアア―――――――
「共に馳せていこう!栄光はこの地に!楽園を共に築こう!仲間たちよっ」
エリーゼさんの言葉に皆が拍手を送る。
「――――では」
いよいよだ。
いよいよ、「マクスウェル領奪還作戦」が始まる。
「いい感じなんで、飲みに行きますかね」
『ヨッシャーーーーーー!』
一際大きな声での歓声が上がる。
「今日は良い酒が飲めそうだな」
「いやぁ、朝まで行けそう」
「未成年はノンアルだからね!」
「リムは子供じゃない」
「誰も、リムのことを言ってないって~」
「あはははっ」って談笑しながら街の方へ歩いて行く。
「今日の主役は私ですよね?」
エリーゼさ~ん?
「もちろんです」
あ~、フリ~ドさん?
「清酒あるかしら?」
「ちゃんとリサーチ済みです」
「さっすがぁ、フリードは『できる人』ですねぇ」
「エリーゼ様のお好きなジャガバター塩辛載せもございます」
「んもうっ、フリード最高ッ!好きっ」
「お戯れを…」
おい、僕の「好き」は「ジャガバター塩辛載せ」以下かよ。
「僕はどっちかっていうとエールとポテトフライがあればいいんだけれど」
「ハティは安上りでいいわね~」
「え~、一周まわって辿り着いただけだよ」
「私はアイスクリームにディップするのがお勧めだぞ」
……つうか、良いのかよ、コイツら。
「リムは最近気づいた。ハティはさらに『ソーセージ』があるとご機嫌だと」
「すごいね~、今さら気づいたんだぁ」
「ちょ……リィ姉さん、やめなよ」
本気で、解散はじめたよ。
予告文とか送ってなかったっけ?
今頃領地は厳戒態勢だよ?
待ってるよ?行かなくていいの?
「俺たち、結局扱い雑だなぁ」
「まあ、タダ飯食えるだけでもいいってことじゃないか」
「争わないのが一番だよ」
「コリガンは平和主義だねぇ~」
「まぁ、みんな仲良くできれば世話無いからなぁ」
男子チームも毒気抜かれたみたいな―――――
「ちょぉぉっと、待ったぁぁぁぁっ!」
叫び声が響き渡る。
何事かとみんなが振り返った。
コレットが仁王立ちしている。
「あなた達、ほんんっっとぉに、それでいいんですかっ!」
そうだ、そうだよ!コレットっ。
もっと言ってやれ。
「待っている人の身にもなってください」
そうだよ!解放されるのを待っている人たちだって―――
「みんな、お店を閉めて怯えているはずです!」
……ん?
「兵隊さんも、重装備で待ち構えてるんですよ!」
「それなのに、『やっぱや~めた』とか言って延期したらどうなると思うんですか」
「あの人たちの苦労は?気持ちを返せってなりませんか?」
みんなで感嘆の声を上げる。
いや、違くないかな。
あっちは、来なければ来ないで、「ラッキー」って思うはずだよ。
「私たちは『侵攻』すると決めました!」
ちがうって、「侵攻」じゃなくて「奪還」!意味合い違うからね。
「相手をガッカリさせてはダメです」
むしろ、期待を裏切ろうよ、この場合はさ。
「さあっ、立ち上がれ!皆の者よ!」
コレットとが拳を掲げる。
「万民の期待に応える時!」
みんなの目の色が変わり、戻ってきた。
怖い怖い怖い……目が、もう「狂戦士」だよっ!
「いつまでも、先に進まないと、飽きられるぞぉ!」
うおおおおおお――――
戦士たちの雄たけびが上がる。
「敵を駆逐せよ!奪われたものを取り戻せ!」
ワアアアアアアア――――
「胸の高鳴りをっ!血潮を沸騰させろ!」
戦士たちは武器を手に駆けだした。
騎馬する者もいる。
「いざ!出陣っ」
コレットの号令で進撃が始まった。
「失恋のコレット様の憂さ晴らしだぁ!」
「お兄ちゃんとられていじけているコレット様の八つ当たりだぁ!」
「結局、胸のサイズだと言い聞かせているコレット様のためだぁ!」
口々に勝手なことを言う。
「頑張れーーーっ、ジャガイモなんか忘れちまえぇぇぇっ!」
『うおおおおおおおおい』
僕とコレットの叫び声が響き渡った。




