第164話 そして現在。「エリーゼ・カナン・マクスウェル」とは。
僕はクロエの話を聞いて愕然とした。
クロエが「元カレ」なんて軽い調子で言うから。
もっと、なんか「軽い」内容だと思っていたんだ。
「ね?」
いや、「ね?」じゃないよ。
「あんまり他の人に話せない内容だニ」
そりゃそうだ。
「で、お察しのとおり」
クロエの軽い口調。
「ハルは、共和政府の軍事司令の名前を知っているだニね」
僕はその問いに頷く。
そう、そうなんだ。
3年前の「王家」への反乱を扇動した人物。
そして、エリーゼさんたち「五将軍」を「お尋ね者」にした人物。
―――共和政府、軍事司令。ウォルター・H・ウォーロック。
先の話でエリーゼさんの「元カレ」と言われた人。
「奴が何を考えて、反乱を起こしたのか」
「おおよその見当はついているニ」
クロエが言う。
「アンジェは真相を『知っていた』だニ」
え?どういうこと?
「だから、共倒れを画策された」
目に暗い光が灯る。
「全ては『黒幕』の『アイツ』によって」
クロエはため息をついた。
「ダメだニね。『アイツら』のことになると冷静ではいられない」
頭を振った。
スッと僕の顔を見上げる。
「そして、『今』必要なカードは全部そろった」
クロエが笑う。
目が三日月の形になった。
「ハル。お前が『カギ』だニよ」
何を言っているんだ?
クロエが手を伸ばしてくる。
そっと僕の頬に触れる。
「今の戦いで、それが証明される」
顔が近づいてくる。
「私の『願い』も叶えられる」
え?なんで、目を瞑って――――
『うおおおおおおおい!』
怒声が響き渡る。
「お、おまえっ!おまえはっ今、何をしようとしたぁぁぁ!」
ルーダが走って来る。
って、顔怖いっ!?
「鬼」みたいな顔している。
遅れてコレットとリャナンも向かってくる。
「昼間っから、何をしているんですかっ!」
「ハルの『約束』ってこれ!?」
なんだか、すごく誤解されてる。
「あちゃ~、邪魔されただニ」
少しも残念そうではないクロエの笑い。
「お預けだニね~。ハルぅ」
「にしししっ」と笑う。
「じゃあ、私は刺されたくないから逃げるだニ」
そう言って僕から手を離す。
「あっ」
クロエが言った。
「え?何?」
僕は聞き返す。
―――― チュッ
おでこにキスをされた。
『あーーーーっ!』
〈あーーーーっ!〉
ルーダたちの叫び声。
そして、クロエはさっさと走り去った。
後に残った僕がどんな目に遭わされたかは……想像にお任せします。
◇
エリーゼは街を見て回った。
戦力の再編はフリードたちに任せている。
現ロナウ・スペンサー領から出ているとはいえ、近隣の情勢は知っておきたい。
何よりも、「自身の領地の奪還」を前に、気持ちを落ち着けたかった。
故郷を前にしてつい、いろいろなことを思い出してしまったからだ。
従弟の「ロナウ」についてではない。
彼の後ろ盾になっている「ウォルター」についてだ。
今は「敵」。
向こうにとってもそうであろう。
こんな薄情な女など、もはや願い下げだろうし―――
そう物思いにふけっていた時だった。
「おまえ、エリーゼ・マクスウェルじゃねぇか」
薄汚れた男が、掠れた声で声をかけてくる。
◇
「……」
エリーゼはそのままやり過ごそうとしたが、男は食い下がってきた。
「無視するんじゃねぇよ、お前はわからなくても、俺は忘れてねぇ」
よろよろと危うげな足取りで近づいてくる。
異様な雰囲気に周囲の者も注目し始めた。
(この男・・・)
「おい、エリーゼ、『騎士の恥』!お前が斬ってきた雑兵なんぞ顔も憶えてねぇってか!?」
男はわざとらしく声を張り上げる。
目的はおそらく彼女を衆目にさらして辱めるためだ。
「晒してやるよ!『騎士の恥』!」
人が行き交う中、声を張り上げる。
「数えきれないほど殺してるからな!俺のダチや兄弟もお前に殺された。俺もお前に腕を斬り飛ばされて、このありさまだ。まともな仕事にも就けやしねえ」
欠損した右腕を見せてくる。
「どうした?おまえら、ここにエリーゼ・マクスウェルがいるぞ!俺たちの家族を殺した極悪人だっ」
男の言葉の後、エリーゼの足元に石が転がる。
「この恥さらし!」
罵倒と共にさらに石が投げられる。
「そうだ、何が十字の騎士だ!アンタらが何をしてくれたってんだ!」
「家族を返せ!」
「そうだ、家族を返せ!」
口々に彼女を責める言葉が吐きかけられる。
◇
「コレット、なんでそんなに怒っているの」
僕はコレットに尋ねる。
「知らないっ」
コレットが「つーん」とそっぽを向く。
困ったなぁ。
妹のエナも、ときどきこういう時があった。
今までは時間と共に何とかなっていたけれど。
大事な「奪還作戦」前なのに、これはちょっとよろしくない。
ルーダとリャナンは僕を引っ叩いて帰って行った。
でも、コレットは何もしない代わりにずっと僕について歩く。
どうしようかな?
甘い物とかで、ご機嫌とりしようかな?
「あの~、コレットさん―――――」
僕が声をかけた時だった。
『―――ここにエリーゼ・マクスウェルがいるぞ!俺たちの家族を殺した極悪人だっ』
叫び声が聞こえてくる。
僕はハッとしてコレットを見た。
コレットも聞こえていたみたい。
コレットは僕に構わず、声のした方へ走り出していた。
◇
「父ちゃんを返せ!」
幼子がエリーゼに石を投げる。
それが、顔を庇った彼女の腕に当たる。
――――静寂が訪れた。
彼女の気性を知る者であれば、ただではすまされないと危ぶむのは当然だ。
だが、エリーゼは茫然と人々を見ていただけであった。
それを見て人々は、また彼女を侮辱する言葉と石が投げつけられる。
エリーゼは顔を庇っているだけで、その場に立ち尽くしていた。
「お姉ちゃんっ!」
コレットの悲鳴。
「えい!」
薬剤の瓶を投げつける。
地面に叩きつけられた瓶から薬液が飛び散る。
即座に化学反応を起こし異臭と煙を上げる。
悲鳴があがり、人垣が割れる。
「っ!?」
なぜと問う暇もない。
「お姉ちゃんっ!」
コレットはなおも彼女を呼び、駆けてくる。
何をどうするという算段はないだろう。
ただ、走り、エリーゼの元へ向かう。
その姿をみて、エリーゼは今の自分の姿を想像した。
どんな顔をしているのだろう―――
そう思ったとき、コレットに映る自分のみじめな姿が見えた気がした。
そう遠くない距離から懸命に駆けてくるコレット。
その姿がひどくゆっくりに見える。
割れた人垣を抜け、コレットは彼女の傍らに駆け寄った。
その手がエリーゼの腕に触れる。
コレットの瞳が、エリーゼの姿を映していた。
そこに映ったエリーゼは孤独に怯え、泣きそうな顔をしていた。
コレットは手を広げて投石をする人たちに立ちはだかる。
「あ、あなたたちは、なんてことをするのですか!」
声が震えている。
「女性一人に、寄ってたかって石を投げるなど」
さらに声を上げる。
「恥ずかしいのはどちらですか!」
その声に、男が声を荒げる。
「うるせぇ!ガキはすっこんでろ!罪人の女だぞ」
これにコレットはすぐに返した。
「一人の女性ですよ!」
コレットはエルザを一人の女性として見ていた。
亡国の騎士でも、罪人でもなく、町医者でもなく、ただ一人の人間として。
「エリーゼ」
静かに語りかける声がする。
「なんで、下を向いているの」
「っ!?」
「私が好きになった人はそんな顔の人じゃない」
コレットの声だ。
「エリーゼ・カナン・マクスウェル。騎士の誉。私のお姉ちゃん」
背中越しに聞こえる声。
「なんで、なんでっ!そんな顔をしているのっ、いつものお姉ちゃんに戻ってよ!」
(私は……なんと情けないのか)
「このっ!」
男が今度はコレットめがけて石を投げる。
怒りに任せて投じられた石は勢いよくコレットめがけて飛ぶ。
(情けない、情けない……)
コレットは避けようとしない。
石からも、エリーゼのに向けられた「悪意」からも。
(エリーゼ……あなたは何をしているの)
石がコレットに当たる寸前、白く柔らかな手で受け止められた。
「ほんと、情けないにもほどがある」
「お姉ちゃん?」
コレットが瞳を輝かせる。
「この私が、エリーゼ・カナン・マクスウェルとあろう者が、よもや諦めてしまうだなんて!」
あの、自信に満ち、全てを照らす陽光のようなエルザに戻ったように思えた。
「そう、いつだって騎士は万人のために!」
エリーゼは自らに言い聞かせるように口にする。
「コレット!」
「私の後ろにっ」
「はいっ」
コレットがエリーゼの背に隠れるようにすがりつく。
それを見届け、エリーゼは不敵な笑みを浮かべる。
「聞け、諸人よ!」
声には不思議と人々の手をとめる力があった。
「あなた達の憤りは分かったわ」
そう言い放ち、衆人を見渡す。
「では、問おう!その怒りは誰に向けるもの?私個人?私の仲間?それとも王家の人々?」
そのよく通る声は群衆の最後列まで響いた。
「それもいいでしょう。憎み、嫌うならば否定はしない。戦で散々殺してきたからね!」
挑発的な言葉に人々はまた怒りをあらわに罵倒しはじめた。
「でも…それでも、よく聞きなさい!」
力強い言葉。
「あなた達の家族は何のために戦ったの?何のために、みんなは血を流した?!」
声を張り上げる。
「ただ憎み、殺すためだけにその命をなげうった?!」
再度投石をしようとした人々の手が止まる。
「ちがう!ちがう、ちがう、ちがう!」
エリーゼが叫ぶ。
「あなた達、みんなが欲しかったものは何だったの?」
一変して優しく問いかける。
「違うよね?あなた達、いえ、私たちみんなが欲しかったものは、違うはずよね」
雲の切れ目から日が差し始める。
「私たちが欲しかったのは、みんながお腹いっぱい食べることができる国、笑っていられる、そんな世界だったでしょ?」
言葉に、彼女の姿に人々はのまれ始めていた。
「いま、それは実現できた?3年前にしたことでできた?」
彼女の問いにすぐに答える者はなかった。
あの男を除いて。
「うるさい、偽善者が!」
男は喚き散らす。
「俺は、俺のしたいように生きてきたっ!傭兵団の仲間たちと楽しくやっていたんだっ」
「お前が邪魔をしなければっ!今でも仲間とやりたいようにやっていたんだっ」
「正義面するんじゃねぇ!」
そう言ってなおも彼女へ石を投げようとする。
ボグシャーーーーー!
物凄い音がして男が吹っ飛ぶ。
ゴロゴロと地面を転がり、エリーゼと民衆の間でうつぶせた。
「オマエなんかに、何が分かるんだよ!」
ハルの叫び声だ。
殴り飛ばしたのはハルだったのか。
「僕はエリーゼさんに救われた!妹も救ってもらったっ」
棒を手にしてエリーゼの方へ歩いてくる。
そして、背に庇うように民衆へ向かう。
「村で苛められていた僕を、いつも救ってくれた。病気の妹を助けてくれたっ!」
さして背の高くない少年の背中が、エリーゼには大きく見える。
「アンタらさっ、本当にこの人にヒドイ目に遭わされたのかよ?」
「そんなに怒りをぶちまけるくらい、酷いことをされたのか?」
「みんなで1人の女の人を袋叩きにするのが『正しい』って言えるくらいのことをさっ!」
そう言って「土寄せ棒」を振るい、構える。
「もし、そうだって言うんならさっ、僕にだって譲れないものはあるんだ」
人垣の中から声がする。
「うるさい!正義感気取りのガキがっ、お前に何が分かるんだっ、退け!」
その言葉に応じるように群衆からは「退け」「何も知らないくせに」と野次が飛ぶ。
「ああ、そうだよ!アンタらのことなんか知りたくもない」
「僕が知っているのは、僕たちを救った『エリーゼ・カナン・マクスウェル』だ」
「僕は、僕はこの人が『好きだ』」
「だから、絶対に退かない」
なおもハルは群衆を睨み付ける。
「僕と同じくらい、近くで見て、本当にオマエ達はそう『実感』してるのかよっ!」
◇
ハルの怒声に人々は静まった。
そっとハルの肩に手を置く者がいる。
エリーゼだった。
優しく場所を開けてもらい、歩み出る。
日の光を受けて、白銀の髪は陽光に溶け込んだかのようになった。
「私はあなた達を責めない。私の仲間も」
一息おく。
「だって、みんな、あなた達と同じだもの」
人々は脱力し、手にしたものをとり落とした。
「だから、もう戦わなくていいの!もうあなた達が血を流さなくていい!」
喉が張り裂けんばかりに声をあげる。
「その憤り!悲しみの代弁者に私がなるから!」
幼子をあやすようにエリーゼが続ける。
「ね、だから、もう怒らなくていいのよ。待っていて、その日が来るまで見守って」
言葉に、人々からの嗚咽が聞こえ始めてきた。
「その憤り、嘆き、このエリーゼ・カナン・マクスウェルが請け負おう!」
エリーゼは声を大にして告げる。
「『約束の地』はここに築かれる!祝福の時を皆は座して待て!」
◇
この空気をスペンサーの軍が打ち破った。
「暴動が起きたと聞いたぞ!首謀者は誰だ!」
騎馬の小隊が割り込んでくる。
兵たちは槍の石突で人々を追い散らそうとする。
演説の場が一変、逃げまどう人々で騒然となった。
「―――おい、無粋なまねをするな」
若い男の声がする。
首謀者を問うた男があたりを見渡す。
次の瞬間、背後からの一刀で首を刎ねられ、馬上から転げ落ちた。
「せっかく、姉上の弁舌に皆が酔っていたというのに。この高揚した気分をどうしてくれる?まして、民に暴力をふるうなど―――」
「アガートラーム!?」
兵たちが声を上げる。
この「アガートラーム」の声に、人々は悲鳴をあげる。
先ほどよりも必死に逃げ始めた。
そう、兵に追い散らされているときとは比べ物にならない必死さ。
(この扱い……)
ハティは人々の恐怖し、逃げまどう姿をしょんぼりしながら見ていた。
兵が群がってくる。
即座に切り替えたハティは剣を抜くと、早業で全員を切伏せる。
血糊をふき取って鞘に納めたところで、「ハティ~」という恨みがましい声が投げかけられる。
離れたところでエリーゼが額を抑えていた。
「いや、これは、他意はないのです。姉上。民に危害を加える者に鉄槌を……」
「さっき、『気分』がどうとか言ってませんでした?」
「や、それは、まぁそれでして」
この様子に、コレットは思わず吹き出し、声を出して笑ってしまった。
「やだ、もう。二人とも!お姉ちゃんもお兄ちゃんも」
コレットを二人で見る。
ハティはそっと「助かった」とこぼした。
「なんで、こんなに緊張感がないんですか?さっきまでが嘘みたい」
涙をふきながら笑い続けるコレット。
どうしたもかとマクスウェル姉弟は見守っていた。
そこへ、新たな馬蹄が響いてくる。
エリーゼが表情を引き締めて警戒を示すと、ハティは手を振って敵ではないと伝えた。
「エリーゼ様!」
白銀の鎧で武装した騎士の一団が悠然と現れる。
その姿にエリーゼは夢でも見ているかのように唖然とした。
「……姉上、口が空いております」
ハティが伝えた。
「我ら、マクスウェル家臣団『白銀の虎』出陣準備整いましてございます」
騎士たちは下馬すると、膝をつき低頭した。
「フリード……」
「我が主よ、いよいよですね」
フリードが微笑む。
「お召替えの準備もできております」
手で後ろを示す。
ブレイブが箱を担いでいる。
目の前に静かに置いた。
白銀の鎧。
「これも……」
一振りのロングソードをアビスが捧げ持つ。
私は自分の中に活力が沸き上がってくるのを感じた。
私はまだ戦える。
私はまだ折れてはいない。
そう思えた。
弟には感謝している。
皆と引き合わせてくれたのだから。
私はフリードの顔を見る。
顔の右側に痣のある男。
私よりもちょっとだけ年上で、小さい時から私の従者をしていた。
騎士団を運営するようになると、副官を務めてくれた。
今は故人となったが弟のルークのことをおくびにも出さず、ここまで尽くしてくれた。
そして今もなお共に駆けてくれている。
なんだろう、この安心感。
フリード・バッフェ。
マクスウェル家に仕えた忠臣。
弟とはまた違う、いるのが本当に当たり前に感じる存在。
他にもまだたくさんいる。私の信の置ける者たちが。
だから、私はまた戻るんだ。
―――――白銀の虎に。




