第159話 倒れることは許されない。~命を守る。軍医と父の願い~
僕は静かな場所でクロエの話を聞いていた。
「あのさ。エリーゼさんの昔話を聞けるのは、それは嬉しいんだけれど」
落ち着かない。
周りは木だけ。
他に人がいない。
内緒話にはいいのだけれど、問題は僕たちの座る位置だ。
なぜか、クロエは僕にぴったりと寄り添うように座っている。
〈クッ、どういうつもりよ。この猫〉
【土寄せ棒】の「アンジェ」さんも警戒している。
「ん~、別に他意はないニ」
そう言いながらクロエは僕の腕にスリスリと顔をこすりつける。
〈ほんっっと、離れなさいよね〉
「アンジェ」さんこと【棒ジェ】さんが苛立たしげに唸る。
「ハルに匂いをつけているだけだニ」
それ自体が問題行動だよ!
「オマエは私にとっても『鍵』だニよ。居場所を探れるようにしておかないとニ~」
あの~どういう事でしょうか?
「あ~、細かいことは気にしない方がいいだニ。話の続きをするだニ」
クロエはスリスリしたまま話し始めた。
◇
「改めて、モルガーナ・クロムエル。軍医をしている」
「エリーゼ・カナン・マクスウェルです。よろしくお願いいたします」
「トリスタンところのはねっかえり娘か」
「あら、失礼ですね」
「下町で盗賊どもを半殺しにしたのを知らん奴はいない」
「ただの噂ですよ」
「お前の親父は自慢して回っていたぞ」
お父様、あの時めちゃくちゃ怒っていらっしゃったのに。
「お前の後片付けをしてやったのが私たちだ。感謝しろ」
「あら、それはお世話になりました」
「食えないガキだね」
◇
モルガーナは名乗った通り、軍医だった。
「いいか。我々は軍医でヒーラー(回復係)だ」
モルガーナが言う。
「前線で戦い、傷ついた者たちを癒すのが仕事だ」
そう告げると、私に近づいた。
「この意味がわかるか?」
「後方支援が主であるということですか?」
「違う!」
大声で怒鳴る。
「絶対に倒れてはいけないということだ」
続ける。
「私たちが倒れれば、誰が他の者を癒す?誰が救う?」
「だから、他の誰が倒れようとも私たちが倒れることだけは絶対に許されない」
「倒れ、息が尽きる時は、周りに誰もいなくなったときだけだ」
(そういうことか)
私は察した。
父がなぜ私を士官学校に入れたのか。
学校では医学を専攻するよう勧めたか。
(攻撃性の強い私に、上に立つ者として他の者を支援する術を身に着けさせるためですね)
「わかったな!」
「はい」
「返事は、イエス、サー(教官殿)だ」
「イエス、サー」
「よろしい」
◇
次の日から訓練が始まった。
モルガーナや救護隊が詰める場所は王都から川を挟んだ丘にあった。
ここにある詰所まで私は通うことになる。
通学時間前に「ここに顔を出す」ように命じられた。
朝一に顔を出すと、なぜか筋骨隆々の男どもがいた
「おはよう、子猫ちゃん」
「おはようございます」
笑顔で返す。
「お前が新入りだな?」
「ええ」
私は頷く。
「これから、朝の日課だ。お前も動きやすい恰好でついてきな」
「はい」
「中に女どもがいるから、着替えとか聞いておくといいぜ」
そう言って建物を示す。
そしてすれ違いざまに尻をなでようとする。
私は半歩ほど歩調をずらしてそれをかわす。
「お?」
男はその空振りを驚いたように声を上げる。
「やるねぇ」と感嘆の声を上げた。
◇
「私はシヅキ」
「あたしはクライン」
女性隊員が挨拶をしてくれる。
ちなみに、黒髪がシヅキで栗色の髪がクラインだ。
「エリーゼ・カナン・マクスウェルです」
「じゃあ、よろしくね、エル」
めちゃくちゃ省略された。
お父様も時々呼ぶけれど、エルって、なんだか大柄な女っぽい。
「じゃあ、これに着替えてね。これから朝の日課なんだ」
言うと、上着から下のズボンまで一体となった服を渡される。
「このツナギが制服。ここではこれで過ごしてね」
そんな具合で着替えを促される。
着替えると、一緒に屋外に出た。
皆そろっている。
「いいか。それでは、日課のロードワークに出るぞ」
言葉と共に皆が駆けだす。
私もついていく。
う~ん。
朝だからだろうか、急な運動は体に悪いので緩い感じなのだろうか。
隣で息が上がっている隊員に聞く。
「あの……これをどのくらいするのですか」
「あ、えっと。王都の城壁までいって、丘をまわって帰るんだが」
「この緩いペースでですか?」
「はぁ?」
男が声を上げる。
なにか、変なことを言ったかしら?
◇
その後も、腕立て伏せ。
スクワット。
腹筋。
などなどを100回×3セットをする。
私が日課でする運動よりも少ない。
まあ、プラスアルファの運動ならいいか。
だが、みんな疲れているようだ。
少しして数名の男性隊員が中から顔を出す。
「朝飯の時間だぞ」
どうやら炊事当番は持ち回り。
その者は朝の日課がないようだ。
「新入りも学校前に食って行けよ」
私も相伴にあずかる。
「ちょっと、エル。初日で気合入ってるのわかるけど、大丈夫なの?」
「何がですか?」
「日課よ。これ、朝、晩とやるのよ」
「この準備運動をですか?」
「じゅ……」
シヅキが唖然とする。
何か変なことを言ったのでしょうか?
大笑いする声が聞こえる。
「エリーゼ、あ、エル!おまえ、普段何やってんだ」
「はあ…」
モルガーナの問いに正直に答える。
聞いていた他の隊員が手にしたものをとり落とした。
「うぅ、ぷ。聞いただけで吐き気が」
口元を抑える者もいる。
「トリスタンは異常者だな。クレア姐さんも、自分の娘を自分と同じだと思ってる」
モルガーナが笑う。
クレアとは私の母の名前だ。
法術師として王都にいたのは知っている。
それから皆で世間話をしながら食事を続けた。
こういうのも楽しいものですね。
いつもは無言で食事をしていましたから。
「みんな、食後はまず雑務を片付けるぞ。終わったらそれぞれの業務に就け」
「イエス、サー」
皆が元気よく答える。
「エルは、午後、戻ったら私のところへ来い」
◇
私は午前中、士官学校で勉学に励んだ。
お勉強……結構、難しいですね。
体で憶えるタイプの私ですから、すぐに忘れてしまいそうです。
後で復習しておかないと。
昼食もそこそこに、すぐに救護隊の詰め所へ向かった。
「お、子猫ちゃん。早かったな」
男性隊員が声をかけてくる。
「ごきげんよう」
私は挨拶をした。
「あははは、ここじゃそんなに上品にしなくていいんだぜ」
笑う隊員に私は微笑み返す。
「じゃあ、こんにちは。これからよろしくお願いしますね」
「ははっ、よろしくな」
そう言って手を振っていなくなる。
「あ~、エルっ、お帰り」
「ただいま。クラインさん」
「さっそくだけれど、着替えたらモルガーナさんの所に行きなよ」
「はい」
◇
モルガーナに挨拶をする。
彼女は私に救護隊の仕事などを教えてくれた。
そして、ふたりで林に向かった。
「まずは、実力を知りたい」
モルガーナが言う。
「とはいえ、剣はなしだ。素手で行くぞ」
組み手ということだ。
突然とはいえ、モルガーナとの組手が始まった。
う~ん。
わずかな攻防でわかったこと。
モルガーナは強い。
だが、負けるほどではない。
私はこの数分にも満たない間に有効打をいくつも入れている。
私は一発ももらっていない。
はっきりいって弟のハティのほうがやりにくい。
ハティには一発も当たらない。
ハティは謎の原理の技を使って私を動けなくする。
だから、彼に掴まれてはまずいのだから、私も回避は得意になる。
「エル、すごいじゃないか」
モルガーナが打突を繰り出しながら言う。
手加減をしているようでもないですね。
彼女が右ストレートを私に放ってきた。
「っ!」
鋭い突きだけれど…
私は彼女の左側に回り込む。
そして、脇腹に拳を突き入れた。
「グッ!?」
彼女が呻く。
普通なら痛みで動けなくなるはず。
けれど、彼女はすぐに私に向き直る。
何事もなかったかのように攻撃をしてくる。
なんという耐久力。
何度となく有効打を食らているのに。
すぐに何事もなかったかのように続ける。
距離が開いた。
「……だいたいわかった」
モルガーナが言う。
軽く息がはずんでいる程度だ。
「はっきりいう。エル、戦う術ならここで学ぶことはない」
彼女はそう告げた。
「というか、隻眼の私の死角ばかり狙うのはどうなんだ?」
「あれ?そうでしたかしら?」
私は舌を出す。
「ほんと、食えないガキだね」
モルガーナが笑う。
「お前は強い、それ故にここで学ぶことは多い」
改めて彼女は言った。
「殴り合い、斬り合いなら私よりも格段に強い」
「もっと強い騎士に就けば、さらに伸びることも考えられる。だが、この国でお前を指導できる者はトリスタンとガレスぐらいだろう」
モルガーナが臆面もなく言う。
自身のことを理解し、他を認めらるのは大器だ。
「それに時間を割くよりも、お前に足りていないものをここで鍛える。そして、それはお前の武力にも還元される」
「そして、お前は『最優の騎士』となるんだ」
モルガーナが言った。
「最優の騎士」?
何ですかそれは?
「私に足りないもの、ですか?」
「それが、先ほどからモルガーナ様が使っている『倒れない』戦い方でしょうか」
私は彼女に尋ねた。
「そうだ。察しが良くて助かるよ」
それからモルガーナは深呼吸をしてから言った。
「お前に嘘をついても見破られるので最初に告げておこう」
真剣な顔で言った。
「私はお前の父母に頼まれていた。『最優の騎士となるべく育ててほしい』と」
「最初は断るつもりだったんだ」
それからニヤリと笑った。
「でも、会って気が変わった」
「お前は面白い奴だ」
何ですかね。面白いって。
「ところで、『最優の騎士』とは何です?」
私の問いにモルガーナが少しためらった。
「これは、両親の口から聞いた方が良いと思うのだが」
ややあって彼女が口を開いた。
「お前の両親は言っていたよ」
『次期マクスウェル当主として、騎士の鏡となるよう励んでほしい』
『マクスウェルの後継者は、最優の騎士であると言わしめてくれ』
この言葉は私の胸に深く突き刺さった。
意図せずに、涙がこぼれていた。
涙する私に、モルガーナは何も言わなかった。
――――そう、「後継者」なのだ。
周りが疑っても、私が疑っても、父母が信じてくれている。
私が「マクスウェルを継ぐ者である」と。




