第14話 礼拝堂からの脱出!食べ物粗末にする奴は魔術ごと「スン」!
僕は「熟成芋」を持って孤児院へと急ぐ。
『野菜ありがとう。頻繁に持ってこなくてもいいんだからね』
遠慮をしながらも喜んでいるエルザさんの顔を見ると、アイツらのことなんか忘れられる。
「ハルの野菜はすごく評判がいいの。みんな元気になったし。つくっているハルがすごいのかな」
毎日嫌なことがあるけれど、こうやって褒めてもらえると頑張れる。
アンジェさんは膨れて文句を言う。
ハンナは相変わらず素っ気ない。
時々近くの林で、「石」か何かを木にぶつけている音が響くようになったけれど。
そして、エルザさんと話しているとコレットも参加するようになった。
三人でお話しするのもなかなかに楽しい。
でも、なんか、コレット時々面白くなさそう。
どうかしたのかな?
◇
この日は帰りが遅くなってしまった。
いや、一緒にいられる時間を長くしたいと思ってつい粘ってしまったんだけれど。
教会の礼拝堂に入ったら、エルザさんがいたから、そのままおしゃべり。
ジャガイモさんの入った籠を足元に置きっぱなし。
つい話し込んでしまったんだ。
〈ロッシェぇ、早く帰らないと、お母さんたち心配しているよ〉
アンジェさんが帰宅を促す。
日も傾きかけている。
エルザさんもそのへんのところを気にしてくれた。
「暗くなってきたけれど、大丈夫?」
「はい。夜道には慣れてますから」
ああ、優しいなぁ。
「もうお家に帰りなさい。ちょっとでも危ないと思ったらすぐに引き返すのよ」
うん、この心遣い。間違ってもアイツらは口にしないな。
アンジェさんの言うとおり。
遅くなると母さんたちを心配させるよね。
エルザさんの迷惑にもなるから帰ろう。
そう思って腰を上げかけた時だった。
「あの、エルザさん」
シスターが声をかけるてくる。
「なんでしょう」
エルザさんはいつもどおり、穏やかな表情のまま尋ねた。
「ここでは……」
シスターの顔が強張っている。
表情からして良くないことだと僕でも察した。
「急患ですか?急ぎでしたらすぐにでもおっしゃってください」
エルザさんは表情を変えずに言った。
シスターも切羽詰まっていたのか、すぐに口にした。
「今晩にでも出て行っていだだけないかしら」
「理由は何です」
「あなたが何者かわかったからです」
え……どういうこと?
この言葉にエルザさんは微笑み返した。
「憲兵に突き出さないのですか?」
「ここにいる皆は貴女に感謝しています。ですから」
言い淀むシスター。
〈ロッシェ〉
アンジェさんが声を掛けてきた。
それで、僕も気が付いた。
外で、何か金属音がする。
「それじゃあ、少し離れたところにいるアイツらはなんです?」
エルザさんも気づいていたのか。
笑顔を崩さずに建物の外、茂みを指さす。
「それは」
シスターに焦りが見えた。
「『貧すれば鈍ず』という言葉があります。聖職者が嘘はいけない。きっとこの貧しい暮らしであなたの信仰心は鈍ってしまったようだ」
エルザさんの言葉にシスターはたじろいだ。
〈あ、このシスター!〉
固い金属の音がする。
僕はシスターが小さな革袋を手にしていることに気づいてしまった。
「いや……ちゃんと秤にかけたのか。ふふっ、そうですね。じゃあ、こうしましょう」
エルザさんは不意に立ち上がると僕の胸倉を掴んで引き寄せた。
「この子の命が惜しければ、外の奴らを中に入れるな」
僕はあまりのことに動くことができなかった。
声の主がエルザさんだと気づくのに時間がかかった。それだけ、冷たい声。
いつの間に、いや、どこに隠し持っていたのか彼女は片手剣を手にしていた。
「どうした?私が何者かわかったのでしょう?」
シスターはおびえて動けないでいる。
「お望みどおり、出て行ってあげますよ?でも、私のやり方で、ですけれど」
騒ぎに子供たちが集まってくる。
そして、目に入った光景に固まってしまう。
エルザさんは子供たちに声をかける。
「誰か私の荷物を持ってきなさい」
静かに言うが有無を言わせない威圧感がある。
「早くなさい!」
声を荒げると、コレットが走って中に入って行った。
シスターは慌てて外に逃げ出した。
子供たちは口々に「おねぇちゃん」と泣いていた。
エルザさんは僕を羽交い絞めにしたまま剣を喉元に充てている。
〈こいつっ!〉
アンジェさんが怒りだした。
(待ってっ!アンジェさん)
僕は小声で「アンジェさん」を止めた。
「あの、え、エルザさん……」
僕が口を開くと、エルザさんが耳元で言った。
「ごめんなさい。もうちょっとだけ、我慢して」
ほんとうに申し訳なさそうな、悲しそうな声。
なんだよ、これ。
この人に……こんな、こんなことを……
エルザさんはゆっくりと僕を連れて礼拝堂の通路へと移動した。
きっと、僕を人質にして逃げるんだろう。
コレットが鞄を持ってくる。
外からガチャガチャ音がするのとは同じだった。
エルザさんが舌打ちした。
「子供がいるでしょうに」と忌々し気に呟くのが聞こえた。
礼拝堂の扉が荒々しく開け放たれる。
「動くな!」
プレートメイルで武装した憲兵が入ってくる。
「それはこちらのセリフです。この状況がわかりませんか?」
エルザさんが憲兵に向けて僕を見せる。
「人質をっ、卑怯者め。恥を知れ、大罪人が」
憲兵の一人が言った瞬間、僕は背筋に冷たいものが走った。
エルザ、さん?
殺気立つエルザさん。
それが、異様な「冷たさ」を感じさせた。
憲兵たちが魔術を詠唱し始めた。
「子供がいるでしょう!」
エルザさんが叫ぶ。
だけれど、憲兵たちは詠唱を止めない。
「くっ!」
たぶん、大規模な魔術を使おうというのだろう。
炎が渦巻き、宙に火球が浮かぶ。
〈ロッシェ、コイツら私たちだけじゃなくてみんなを!〉
アンジェさんの声。
キーンという耳鳴りにも近い音がし始める。
離れたところにある火球の熱が伝わってくる。
それだけの高温。
「ごめんっ、ハル」
そう言って、エルザさんは僕に充てていた剣を外した。
「私の判断ミスです。下がって」
エルザさんが片手剣――――「グラディウス」を手に前に出た。
「わかりました」
そう言って剣を足元に落とす。
固い音がして剣は石の床を滑った。
「これでいいでしょう?」
エルザさんは手を挙げ、投降の意思を示す。
「っ!?」
エルザさんが投降の意思を示したのに。
憲兵たちは詠唱を止めない。
それどころか術は完成しつつある。
火球が小さくなりつつある。
赤々とした色が、白く小さくなる。
それに反して熱量と明るさは増していた。
「貴様らそれでも――――」
エルザさんが言いかけた時には、術が完成していた。
―――――『【終焉を刻む太陽】!』
光の球がエルザさんに向かって飛ぶ。
そこまで速くはないけれど、熱量がすさまじい。
タペストリーが燃え、礼拝堂の椅子も炭になった。
石の床が赤くなり、溶けかかっている。
ああああっ!?
床に置いている「ジャガイモさん」がぁぁぁっ。
石焼き芋になりかかっているっ!?
「それが騎士のすることかっ!」
エルザさんが床に投じた剣を再び拾う。
そして「白い火球」に向け、走り出そうとした。
僕はそれどころじゃなかった。
あまりの熱に、ジャガイモさんが焦げ始めていた。
(僕は―――――――)
〈アタシは―――――〉
――――『コイツらを許せない』
僕は【土寄せ棒】のアンジェさんを手に一歩踏み出した。
暗い堂内すらも明るく照らす熱の暴力。
それに、「僕たち」は真っ向から向かう。
「僕たち」はエルザさんを追い越し、前に出た。
〈ロッシェ!アタシを!〉
その言葉に僕は頷く。
「このぉぉっ!」
「アンジェさん」を振りかぶる。
そして、僕は【土寄せ棒】のアンジェさんを振り下ろした。
―――――――スン
光の球は、跡形もなく消えた。
「え?あ?ええ……」
憲兵たちが困惑している。
「ハル……?」
驚いたようなエルザさんの声。
「せっかくのジャガイモさんが、全部黒焦げになっちゃうだろ!」
僕は憲兵たちに声を上げた。
「食べ物、粗末にするなよ!」
〈ロッシェぇ、そこはもうちょっと違うセリフで決めなきゃ〉
「え?何か違った?」
他のセリフって言ってもなぁ……せっかく熟成させた「ジャガイモ」さんなんだよ?
礼拝堂の扉が、バーンと音を立てて開いた。
「ブハハ、ブブハハハハハ!」
高笑いをして入ってきた人物。
ゆっさゆっさと震わせる太ましい肥満体。
「無駄な抵抗は、やめろ!」
意気揚々と告げる。
――――あ~、ポルコさんだぁ。
「って、アツっ」
堂内の熱気に顔を歪める。
「年貢の納め時だなっ!ハルっ、そしてマイハニー」
声高に言うが、誰もがそれぞれのことで手いっぱいだ。
〈いつもより、長めに働いておりまぁす!〉
アンジェさんがぴかぴか光っている。
「ああっ、アンジェさんっ、とっても輝いているよっ!」
〈でしょ!キラめきが止まらないわよ!〉
キラキラ光り輝く「アンジェ」さん。
僕はそれから目が離せなかった。
「なぜだ!?上位の『広域殲滅魔術』だぞ!消去など!」
魔術が消えて、混乱の最中の憲兵さんたち。
「コレット、荷物をこっちに」
エルザさんの言葉にコレットは頷いて駆け寄る。
「おおおおいっ!俺を無視するなっ!」
ポルコが地団太を踏む。
「よぉうし!オマエらっ、あのクソ地味な男はボコっていいぞ!」
そう言って僕を指さす。
「そんでもって、そこの『おっぱいおっきい』女は捕まえろ」
涎を垂らしながら言う。
でも、誰も聞いていない。
「魔術が、消えた」
「なんだ?マジックキャンセル?」
「あの女の『力』か?」
憲兵さんたち忙しそう。
〈トゥインクル・アンジェ。アナタのモヤモヤ!消しちゃうぞ☆〉
パッチーンとウィンクする効果音を出すアンジェさん。
いいよぉ!実に可愛いよぉ、アイドルしてるよぉ!
僕は光る【棒】アンジェさんをくるくると振ってダンスを披露。
「まだ、『魔術が使えない』ぞ!」
「アンチマジックフィールド?『法術』かっ」
憲兵さんたちは、なおもポルコを無視して騒いでいる。
「お、オマエたちっ、何をやって―――――」
ポルコは頑張って憲兵さんたちへと話しかける。
「ちゃぁんす!」
エルザさんが言う。
剣を納めた。
荷物ごとコレットを抱える。
「追えば子供の命はないと思え!」
憲兵を怒鳴りつける。
〈あ、この女っ!ロッシェを――――〉
え?何を言って……、えええええええええええ!?
次の瞬間には僕の体が宙を浮いていた。
投げ飛ばされたとかそういうのじゃない。
エルザさんに抱えられている。
すぐ目の前にポルコがいる。
「ああ、マイハニーーー」
奴は叫んでいた。
「俺の胸に、飛び込んで―――――げぶふぁぁぁ!?」
グシャッという音がしてポルコの顔が潰れた。
エルザさんが踏みつぶしたんだ。
グリィィッ
そして、ポルコを踏みしめて、再度跳躍する。
「?」
不思議そうにしている。
「誰?」
え?記憶にすら残ってないの?散々やっつけたでしょ。
「思い出せない……どうでもいいですね」
そう呟いてそのまま外に出る。
後ろでは憲兵さんたちが慌てて追いかける音が聞こえる。
それも、瞬く間に遠く、聞こえなくなった。
そのまま外に出る僕たち。
あの晩のように周りの景色が流れていった。




