第13話 へーんしん(へーんたい)!
「困ったわね」
エリーゼが呟く。
「もう一度、尋ねるが、旅の目的は何か」
騎馬隊の隊長が静かに告げる。
五十騎はいるだろう。
さすがのエリーゼもこれは厄介だと思った。
「二年まえの戦争で、行き場をなくしてあちこちを放浪しているんです」
「子供連れでか?」
エリーゼの眉がぴくりと動いた。
「はい。夫に先立たれてから」
すぐに平静を装って答える。
「乗合馬車を使わないのは」
「そんなお金がないからです」
「糧はどうしているのだ」
「そんなこと、子供の前では」
嘘を連ねるエルザに、この隊長は容赦がない。
「では、近くの街まで我々が送り届けようか」
「いえ、騎士様がたにそのような」
「気にせずともよいのだ。それとも、我々が見返りを要求するとでも?」
「そんな……」
しおらしく答えるエリーゼだが、内心苛立っていた。
(面倒くさぁぁぁぁぁ)
腰の剣を抜きそうになる。
親切を装った物言いではあるが、その目はエリーゼの豊かな胸をじっと見ている。
本音は別にあるようだ。その証左に他の者は小声で「悪い癖が出た」とこぼしている。
エリーゼはエリーゼで十代の子供がいると思われていることにも腹を立てている。
(誰が年増じゃぁぁぁぁボンクラめ)
「我々共和政府の軍は民の為に注力している。この荒野で進退窮まっている子連れを見過ごして何が民のための騎士か。遠慮は無用だ」
そう言って隊長が手を伸ばす。
「やめてください」
エリーゼがわざとらしく身を引く。
その時、遠方から声が上がった。
「その手をどけろ。それが騎士のすることか」
僅か離れたところ。一人の青年がこちらへと歩いてくる。
悠然としたその足取りは青年の域を出ない若さながら、歴戦の猛者を彷彿させる。
「なんだ、貴様は」
「かような蛮行を行う者に名乗る名などない」
言いながら近づいてくる。
「なにっ」
「そこのご婦人、勝手ながらご助力をさせてもらえまいか」
「それは助かるね」
「む?」
「あなたがいれば楽ができそうだ」
エリーゼの言葉に、男は得心がいったように呟く。
「……そういうことか」
「積もる話は後でしましょう。露払いは頼むよ、アガートラーム」
「その名は止せと言うに」
アガートラームと呼ばれた男は、騎兵を前に怖じることなく口上を述べる。
「退けば追わない。だが、向かってくるのであれば、容赦はしない。向うならば決死でこられよ」
傍から見れば滑稽である。五十近い騎兵を前に、一人の男が傲慢な発言をするのである。
「命が惜しければ、逃げても構わないぞ」などと。
当然のように騎士たちはそれを挑発とうけとった。
「どこのアホか知ったことではないが、騎士道をきどって恰好をつけたうえ、骸をさらすとはな」
隊長が笑う。
青年はその嘲弄を風が吹いたかのように聞き流す。
「どうする?」
そう片頬を歪ませて尋ねる。
「返答は、『バカが』だ」
このやり取りの間に、エリーゼたちは離れ、避難をする。
隊長格の男は答えると、抜剣した右腕を振り下ろす。無論、突撃の合図である。
「荒神の怒鎚よ」
その言葉に応じるように旋風が起こった。
外套が風になびかれ彼の姿があらわとなる。
白銀の髪、琥珀色の瞳。面立ちがどこかエリーゼに似ている。
右腕が銀へと変質していく。肩鎧のような流麗なフォルムを象った。
彼はひどくゆっくりとした動作で腰をおとし、眼前の軍を見据える。
「我らに仇なす者を打ち砕け」
腰に引いた拳に紫電が走る。
「【ライトニング】!」
白銀の拳が突き出される。虚空に放たれる正拳突き。
だが、合わせるように男の義手から雷が放たれる。
放電は敵の上空まで飛ぶと雷光となって降り注いだ。
天から降り注ぐ破壊は、古の神が怒りのままにふるう鎚である。
数十名で編成された小隊をことごとく焼き払い、焦土と化す。
轟音と巻き上がる土煙にコレットは悲鳴を上げる。
◇
ヤバい、ヤバい、ヤバい……この人は化け物だ。
私は目の前を歩く男の人を盗み見る。
黒い靄が体の中を渦巻いている。
右の腕がとても色が濃い。
この人の心の声は静か。
でも、時々別な人の声で「憎い」ってうめくような声がする。
怯える私をよそに、目の前の二人はスタスタ歩いている。
「…たく、考えなしにも程があるわ」
「それ、言われたくない」
お姉ちゃんの愚痴に、即座に青年が答える。
「逃走手段として、馬とか残さない?」
「そんな器用な真似はできませんよ。それならひとりひとり倒さなくてはならないから時間もかかりますし」
「本当?できる子でしょ、アナタ。どうせ、アホ呼ばわりされたのに腹を立てたんでしょ」
「う……」
「ほら、短気はこれだから」
「あなたには言われたくないな、それ」
文句を言い合っているというより掛け合いみたい。
知り合いなのかな。後ろ姿そっくりだし。
「あ、自己紹介がまだだったね」
そう言って男の人が立ち止まる。
振り返った顔が一瞬だけ黒い靄に覆われ、その奥から金色の獣の目がのぞいた。
「ひぅ」
私は必死に悲鳴を堪えた。
「はじめまして、私はハティ。ハティ・マクスウェルです」
この名乗りに固まってしまった。
「いやぁ~姉上が世話になっているね。迷惑かけてない?」
お姉ちゃん同様に気取りのない話し方。
「私が世話をしているの」
お姉ちゃんが小突く。
「姉上、挨拶の決まり文句ですよ~」
青年……ハティさんは苦笑いしている。
この人の好さそうな青年が「ハティ・アガートラーム・マクスウェル」……白狼将軍…
この人のことは噂で知っている。
大戦後期、暴虐の限りを尽くした「銀の右腕の魔人」。
帝都を陥落させた立役者でありながら、王様も追い出さざるを得なかった。
「侮辱をした」って理由で身内も、政敵の将軍も暗殺している。
単身、犯罪組織に乗り込んで虐殺したとか。仲間でも気に入らなければシバキ倒すとか。
とにかくキレると何をするかわからない人。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。なんでそんな悪鬼みたいな人が絡んでくるの!?
「君はなんていうの?」
「ひぃっ」
思わず悲鳴を上げてしまった。ヤバい、殺される……
「あんまり怖がらせるんじゃありません」
またもやハティさんを小突く。や、やめた方がいいですよ!いつキレるか。
「そんな~、誤解ですよ。姉上」
誤解も六回もないですよって……あれ?この人、今、「姉上」って言った?
「ねえ、君は――――」
めげずにハティさんは声をかけてくれたけれど、私の反応に愕然とした顔で固まっていた。
「あ、あねうえぇ」
それから情けない声を出す。
って、また「姉上」って言った!?
お姉ちゃんが「よしよし」ってハティさんの頭を撫でて慰めている。
そうだ、そうだった。
ハティ・アガートラーム・マクスウェル。その家名の通りマクスウェル家の人。
将軍になる前の通り名前は「マクスウェルの番犬(狂犬)」。
そして、お姉ちゃんの異母兄弟。
どうしよう、こんな魔獣がいっしょだなんて生きた心地がしない。
◇
ようやく村についた。
途中からエルザの様子がおかしい。変に陽気なのだ。
コレットはこれまでにない様子のエルザに違和感を禁じ得ない。
久しぶりに弟に会ったということで、その嬉しさからなのだろうと始めは思っていた。
けれど、道中やたらボディタッチが多いし、距離が近い。
言葉遣いもときどき丁寧な口調が出る。
村に一件しかない宿屋に来たとき、その異変が殊に出た。
「二部屋空いてますか?」
ハティが聞くと宿の主人が怪訝そうな顔をする。
「ケンカでもしたのかい?」
「え?」
「若い夫婦が、子供だっているんだ。別々に泊まることなんかないだろうに。子供がかわいそうだ」
非難がましくハティに言う。
「え?あの……」
多分な勘違いに驚いて言葉が出ないハティ。
エルザが「まぁ」と歓喜の声を上げて割り込んだ。
「ご主人、わかってくださいますか?夫ったらいつまでも意地を張って『お前たちは別の部屋に泊まりなさい』なんて」
悲しそうに口元を抑える。
この急な小芝居にコレットは驚いた。
「そうかい、甲斐性のない旦那だ。ほらっ、狭い部屋だが、ベッドをくっつければ3人でも寝られるだろう。なんだったら仲直りする間、その子を預かっていてもいいぞ」
「あ、あの、ちがうんで…」
間違いを正そうとするハティの横腹をエルザが殴る。
「ぐぇっ」とハティが小さくうめく。
「ご主人、ありがとうございます。それでは一部屋でお願いします。いいですね、あ・な・た」
そう言って腕を組む。
「……はい」
ハティが小さく答える。
◇
上機嫌でハティを引っ張るエルザをコレットは後ろから眺めていた。
部屋に入るとハティが文句を言う。
「姉上、なんですかあの演技」
渋い顔をする彼に対してエルザは鼻歌までうたいはじめる。
「うふふふぅ、久しぶりに姉弟で一緒に寝られるチャンスですものぉ、逃す手はないじゃないですかぁ」
頬を赤らめながら満面の笑みを浮かべるエルザ。
コレットは思考が追いついていない。
「ほら、コレットも混乱してますよ」
「あら、ごめんなさい。嬉しくってつい。コレットも同じベッドで寝ましょうねぇ、楽しみねぇ、ア・ナ・タ」
「その悪ノリやめてくれませんか。誤解されます」
「やだ、お姉ちゃんのこと嫌いになったの?」
「いえ、好きですよ」
「まぁっ、コレットの前で告白なんて」
「ですから、誤解を招きます」
「お風呂どうしましょう?久しぶりに一緒に入りますか」
「結構です。だいたい、いつの話を持ち出しているのですか」
ハティが頭を抱える。
「コレット、助けてくれ」
と懇願する。
「あの、エルザ先生、そのくらいにしてあげては」
「コレットっ、なんてこと!?」
エルザが愕然とする。
「あなたまで私からハティを引き離そうとするの!」
「いえ、違います。困ってるみたいなので」
「まさか……」
そういってコレットの顔を覗き込む。
「な、なんですか」
戸惑うコレットの額をつつく。
「もう、おませさんなんだから。いくらハティがカッコよくたってあなたにはまだ早いんですから」
「なにを言ってるんですか?!」
「一緒にお風呂とかちゅ~とかはもっと大人になってからにしないと」
「いえ、大人の方がまずいですって」
「じゃあ、いましたいと」
「言っていません」
「そう?まあひとまず安心ですね」
この後もベッドを譲って床で寝ると言ったハティに対してエルザは姉弟で同じベッドで寝ようと言い張って聞かなかった。
「とりあえず、先に風呂屋に行って汗を流してきてはどうでしょう。荷物番は私がするので」
「ハティも一緒に行きましょう」
「昼間の騎士団が気になります。打ち滅ぼしたとはいえ、仲間が捜索するでしょうから」
ひどく真っ当な意見なのだが、エルザが却下した。
「嫌です。ハティも一緒に入りましょう」
「行きましょう」ではなく「入りましょう」と言うあたりがおかしい。
「何を言っているんですか。一緒に入れませんよ、私が捕まります」
「じゃあ、私も行きません」
「コレットだけで行かせるのですか?保護者でしょう」
「この子は一人でもお風呂に入れます」
「あの~私も別に行かなくてもいいんですけれど」
「女の子はそういうところは遠慮しちゃだめだよ、汗を流して疲れをとっておいで」
ハティが笑顔で言う。
「あ、別に汚いというわけじゃないよ、長旅で疲れてるんじゃないかって思って」
「いえいえ、大丈夫です。お気遣いいただいているってわかっています」
コレットは目を逸らした。
それからチラチラとエルザの様子を見る。
なんというか、甘えん坊になってる。
見た目が若いだけに、頬を膨らませて拗ねている様子がいっそう幼く見える。
「じゃあ、風呂は却下ですね。お湯をもらって体を拭くとしましょう」
「はあ」
「じゃあ、ハティはお姉ちゃんの体を隅々まで拭いてください」
「なんでそうなるんですか!?」
「それはダメですよ、さすがに」
「姉弟ですもの、何も問題ありません」
「むしろ姉弟だから大問題ですっ!」
「彼女の言うとおりです。何を無茶苦茶な」
「みんなであれもダメ、これもダメとなんで意地悪を言うの」
「意地悪ではなく、世の常識ですよ。あと、教育上よくない」
「昔は――――」
「子供の頃の話ですよね」
「大きくなっときも私が―――――」
「ちょっ、ちょっと待ってください。ダメですって口にしちゃ」
「事実でしょうに」
「勘違いしないでくれ。看病してもらった時の話だ、死にかけだったから」
必死に訴えるハティ。
「今度はしてもらっても罰は当たらないでしょう」
「私にとっては罰です」
「あの時はもうりっぱに育っていましたからねぇ、逞しくなって。今度はお姉ちゃんがりっぱに育っているところを見せてあげようじゃありませんか」
「やめてぇぇぇ」
ハティの悲鳴が響く。
◇
「はい、ア・ナ・タ。あ~ん」
「……やめてくださいぃ」
心労でやつれたハティさんが言う。
ちなみに「様」づけはやめてほしいと二人に言われた。
(魔人と十字の騎士なんだよね?というか、ほんっとおぉに姉弟なんだよね)
「もう、子供の前だからって照れなくてもいいんですよ。ちゃぁんと仲直りしたってみせてあげなきゃ」
「もう勘弁してください」
こんなお姉ちゃんは初めて見る。とにかくデレデレして周りを気にせず甘える。
う~ん、好きな人には尽くすタイプなのかな。
心の声を映すイメージが桃色のお花畑。
ハティさん、強引に席替えをして私を間に入れる。
「あ~ん、ならコレットに」と言うと、お姉ちゃんが私を見る。
ちょっと期待してしまう。
「これも良いわね」って言いながら腸詰めを切り分けはじめた。
心の声がしない。本当に思っていることなんだ。
差し出された腸詰めを私はご満悦で頬張る。
何倍にもおいしく感じた。
「コレット、良かったね」とハティさんも嬉しそうだ。
私はもぐもぐさせながらも大きく頷く。
(きゃぁわぃぃぃぃぃぃ!)
頷いた途端、ふたりの心の声が視えた。
このとき初めてハティさんの声が聞こえた。
(良い、実に良い!子供が健康でモリモリ食べる姿はじつに尊い!)
「あの、僕もしていいかい?」とハティさんが遠慮がちに尋ねてきた。
なんだか黒い靄が消えている。あの暗い声も聞こえてこない。
私はハティさんの勢いに圧されて頷いた。
ハティさん、満面の笑みで「コレット、コレット、何が食べたい?」とうきうきし始める。
(やった~、何がいいかな、好き嫌いないかな?ここは無難にいこうかなぁ)
なんだろう、この心の声。
「ハンバーグかい?ハンバーグいってみようか」と食べやすいように切り分けて差し出す。
ちょっと緊張しているのか頬が赤い。
近くで見ると、睫毛も長くて、綺麗な顔立ち……王子様系超イケメンなんですけれど。
私は意を決して口を開いたところ、横からお姉ちゃんが割り込んできた。
「ひゃぁっ!?」
「何するんですかっ、姉上っ」
ハティさんの非難に口をモグつかせながらお姉ちゃんが言う。
「私だって、モグ、してもらったこと、ムグ、ないのに、なんで先にコレットなんですか」
「相手は子供でしょう」
「関係ありません。まずはちゃんと、お姉ちゃんにしてから、順番にしなさい」
「ほんとうにこの人は……」
ハティさんが眉間を抑える。
「さあ、遠慮なくっ」
気合を入れてお姉ちゃんが言う。
「ハティのその、大きくて太いのを私の口にねじ込むのですっ!」
「私の手前の皿の腸詰めのことですよね。言い方、気をつけてください。通報されます」
ハティがフォークに腸詰めを刺して差し向ける。
「あ…おっきい……」
うっとりとエルザが見つめる。
「姉上、ちゃんと口を開けてください。入れづらいです」
「入るかしら」
「歯を立てたりしないでくださいね」
「ん、む……」
すこししてパリンと小気味良い音がする。
「ぅぅんっ、おいっしぃぃ」
お姉ちゃんが腸詰めを噛みしめて嬌声を上げる。
「ハティ、次はその黒光りしてるのが食べたいのぉ」
「姉上、順番と言ったではないですか」
「ええ~、お姉ちゃん我慢できないっはやくぅ」
「茄子焼ですよね。いい加減、そのビジュアルだけ言うのやめてください」
ハティさんがちょと緊張したように私へ向き直る。
「コレット、いいかい?」
私は頬を赤らめたまま黙って頷く。
「無理しないでね」
そう言ってハティさんは私の頤にそっと手を添えた。
ごめん、お姉ちゃん。
弟さん、美形すぎて私変な想像しちゃいそうです。
「さあ、どうぞ」
ハティさんが改めてハンバーグを差し出す。
「はむっ」
思い切ってかぶりついた。ハティさんは優しくフォークを引き抜く。
ハティさんとても優しい顔で笑っていた。
「いや~、良いもんだねぇ。おいしそうにご飯を食べてくれている姿ってさ、見ているこっちも幸せな気分になるよ。子供はモリモリ食べて元気いっぱいなのが最高なのさ!」
この人はたぶん、私たちまったく違う感覚なんだろうな。
心の中で「元気百倍!大きく育てよぉ」とか叫んでいるだもの。
「ハティ、はやくぅ」
お姉ちゃんのねだる声がする。
うん、きっとこの人も違う感覚なんだろうな。




