第11話 「ありがとうごじゃました」。なぜか「脂身くん」はモテ期来たと勘違い。
次の日、お姉さんが私に声をかけた。
私は身を固くした。
だって、昨晩のぞき見していたのを怒られると思ったから。
でも、違った。
普段はどう過ごしているのか、興味があるものは何かって聞いてきた。
それから、暇なら手伝ってほしいって。
無理強いはしないという前置きもあった。
全部嘘偽りのない言葉。
本当に私を心配している。
昨日の夜に見たお姉さんの姿を忘れられない。
あんなふうに、きれいになりたい。
病気やけがをしている人を治して……
――必要とされる人になりたい。
そんなことを思っていたら「はい」と私は返事をしていた。
それから少しずつ、ほんとうに少しずつお手伝いをするようになった。
周りの子ともちょっとだけ話せるようになった。
ある時、町でけが人の処置をお姉さんがしていた時、私は勇気を出した。
失敗して、間違えて怒られるかもって怖かった。
けれど、お姉さんが驚いて、褒めてくれてた。
それから「助手にならないか」って言ってくれた。
――――「助手」って助ける人なんだよね。
誰かに必要とされる、人になれるんだよね。
お姉さんは私を必要としてくれた。見てくれた。
きっと今までみたいに裏切られたりもするんだろう。
でも、その綺麗な青い瞳を見て思ったんだ。
今だけは夢をみてもいいんじゃないかって。
◇
僕は改めて麓の村、ノービス村に来ていた。
もちろん、エルザさんにお礼をしに来たのだ。
あの人は妹を治したらさっさといなくなってしまった。
治療代もなにも受け取っていない。
そして、ワイン工場でも助けてくれた。
もちろん家にはお金がない。
だから、治療代は働いて返さなきゃいけないんだけれど。
他にどんな見返りを求められるかわからない。
それでも妹の命の恩人だ。
僕にできることはしたいと思っている。
◇
(うう、ちょっと緊張するな……)
扉の前でためらう僕。
〈ロッシェ!そう身構えなくても大丈夫だって〉
「そうかなぁ」
〈こういうところは、表向きだけ善人面したシスターがいるくらいだから〉
いや……それはそれで嫌だよ。
〈ほら、ドーンと当たって砕けろ!〉
別に告白するわけじゃ人だからさ。
お礼を言うのに「砕け」てどうするのさ。
僕は【土寄せ棒】の「アンジェさん」に励まされて、扉に手をかける。
「すみません」
教会の扉を開く。
「あら?」
礼拝堂には年老いたシスターがいた。
「こんにちは」
僕は挨拶をしながらもエルザさんがいないか視線を巡らせた。
「こんにちは。今日はどうかしましたか」
シスターの問いに僕は答える。
「あの、この間ここにいるお医者さんに助けてもらったんです。その、お礼を言いたくて」
僕が答えると、「そうでしたか」とシスターは頷いた。
「呼んできますので、ここで待っていてください」
シスターはそのまま奥に行ってしまう。
どうしたものかな。
まずは、お礼を言おう。
それから治療代と薬代の金額を聞いて……
きっと高いから返済期限とか、物で交換できないかとかも相談しないと。
◇
「エルザさん、こちらです」
シスターの声が聞こえる。
「え~、別にいいんですけどぉ」
面倒くさそうな女の人の声。
「そうおっしゃらずに。せっかく来てくれたんですから」
「面倒くさいなぁ」
あ、口に出して言った。
シスターに連れられてエルザさんが入ってくる。
「妹を助けてくれて、ありがとうごじゃましたっ!」
勢いよく頭を下げてお礼を言う。
やばっ、噛んだ。
「ごじゃました」ってなんだよ。まともにお礼も言えないのか僕は。
〈……〉
あ、アンジェさん?何か言ってよ。
エルザさんも黙っていた。
彼女はすぐに声を上げて笑い出した。
「ご、『ごじゃました』って……いま『ごじゃました』って言った?」
僕は恥ずかしさで顔が熱くなった。
「おもしろっ、何?方言なの?それとも君のキャラ?」
なおもケラケラ笑っている。
シスターの「笑ってはダメです」という声が聞こえる。
〈自己紹介で張り切り過ぎてスベッた子みたい……〉
いや、今はそういう感想はいいの!
「……すみません。噛みました」
僕は恥ずかしさを堪えて呟く。
エルザさんは「あ~」と何とも言えない声を出した。
それから僕の肩に手を置いた。
「なんか、ごめん。面白くてつい、気を悪くしないでちょうだい」
声が震えている。笑いを堪えているんだ。
「いえ……」
とんでもなく恥ずかしい。
僕は顔を上げた。
その人は目じりに溜まった涙を拭ってこちらを見ていた。
顔が近い。
それに、すごくきれいな人。
ちょっと癖のある白銀の髪にアイスブルーの瞳。
ペン先のような眉。
やや丸顔の童顔。
僕とそんなに歳も違わないようにも見える。
ぼんやりと見惚れている僕。
その肩をぽんぽんと軽く叩いてエルザさんは離れた。
ふわっといい匂いがする。
柑橘のようで、スパイスみたいな……って、恩人に対して僕は変態か。
「確か、名前は……ハル、で合っているよね?」
憶えていてくれたんだ。
「はい。僕は『ハル』。『ハル・ロッシェ』です」
そう名乗ると、少し驚いたように眉を上げた。
「そう……どうりで」と呟いている。
ややあって、エルザさんが聞いてきた。
「その後、豚くんには何かされてない?」
「はい。大丈夫です。急に大人しくなったので」
「そう。それは良かった」
言うなり踵を返して帰ろうとする。
「あのっ」
僕は慌てて引き留めた。
「え?まだ何かあるの」
「お礼を」
「いま言ったじゃない」
そこでちょっと思い出したのか、「ププッ」って吹き出しかけている。
「治療代とか」
「あ、いらない」
興味ないとばかりに言って手をひらひら振りながら行ってしまう。
「ちょっと、エルザさん」
シスターが呼ぶけれど、さっさと行ってしまう。
「ごめんなさい、せっかく来てくれたのに。あの人変わり者で」
「いえ」
「で、お代なんですけれど」
エルザさんに対してシスターは俗物的だ。
「シスター、ダメですよ」
戸口でエルザさんがこちらを見ている。
「病めるもの、貧しきものを救うのは神の徒たる者の務めでしょう?『すべては神の御心のままに』ってやつです」
ワザとらしく顔をしかめて見せる。
「少年、『艱難、汝を玉にする』。腐ることなく日々の労働に勤しみたまえよぉ」
聖職者のようなセリフを言い、ケラケラ笑う。
「あ、どうしてもっていうなら、野菜少し分けてくれたら嬉しいかな」
「それと、工場で飲んだ『クソ不味いワイン』の代金も払ってくれたら助かるわ」
そう言い残して去っていく。
ホント、なんなんだろう、あの人。
◇
場所は変わってバクス村のワイン工場。
昨日の一件で、農園主はちょくちょくポルコの様子をうかがうようになった。
(クソ、気持ち悪い)
ポルコは内心毒づく。
(俺が、何をしたってんだよ)
(ハルが悪いんじゃねぇか)
「しっかし、アレが麓の村に来た『美人の医者』か」
取り巻きの一人が言う。
「確かに美人だったな」
そう言って手を胸のあたりで上下させる。
「確かに」
他の取り巻きたちは「キヒヒヒヒ」と笑う。
「俺は、面白くねぇよ」
ポルコが呟く。
取り巻きたちは「ハッ」とした顔でポルコを見た。
(そうだ。アイツのせいだ。アイツが余計なことしたから俺の信用がダダ下がりだ)
「なあ、ポルコ。昨日、あの女に何て言われたんだ?」
その言葉ににポルコは思い出した。
◇
『お前……これに懲りたら大人しくしていなさい』
『次はないから』
『それと、お前の服に「バカにつける薬」塗っといてあげましたから』
『バカな真似をしたらすぐにわかるのですよ』
冷たい声。
「お前など、いつでも殺せるぞ」と言わんばかりの。
ついでとばかりに、針でわずかにポルコ顎肉をつついていった。
わずかに血がにじんだ。
『首がいつまでも繋がっているとは思わないことですね』
◇
昨日のことを思い出し、ポルコは顎を撫でた。
「し、知らねぇよ!」
ポルコが慌てて言う。
「ん~、怪しいなぁ」
取り巻きが言う。
「もしかして『愛の囁き』か?」
「はぁ?」
「だってそうだろ、耳元で囁くのって」
そう言って取り巻きたちはくねくねと体を動かす。
「ポルコさん、ごめんなさい。私、一目惚れしちゃったの」
「でも、恥ずかしいから、ふたりっきりの時にお話ししましょ」
「アイツらなんか無視よ。アナタが関わっちゃダメ」
鼻にかかった高い声で言う。
『な~んてな』
そう言って取り巻きたちは笑う。
「そうか……」
ポルコは呟いた。
「そうか、あの女、流行りの『ヤンデレ』か」
ブフフフフと笑う。
「そういうことか」
「お?心あたりあるの?」
(最後、俺が疑われそうになったときに慌てて話逸らしたのはそういうことね)
「まあな」
ポルコは頤を反らせて言う。
「ひゅ~、やるじゃん」
取り巻きたちがはやし立てる。
「好きなんじゃん!」
「ガチ勢なの?」
その言葉に気をよくしたポルコ。
「ふへへへっ」
ポルコは笑いながら思う。
(それなら、少しお仕置きが必要だな)
(俺に恥をかかせた)
(膝を屈して許しを請うように「調教」してやるよ)




