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第11話 逃げちまおう


お姉ちゃんについて来て良かった。

私ことコレットは毎日思っている。

一緒に畑仕事をするのも、医学の勉強をするのも、とてもうれしい。

お姉ちゃんは私を見てくれる。必要としてくれる。

傷の処置とか、手術の仕方とかいろいろ教えてくれる。

薬の効果とか怖さとかもちゃんと教えてくれる。

そして、治癒の魔術…教会では法術って呼んでいるものを教えてくれる。

出来なくても、失敗しても怒らない。見捨てない。

ちょっとずつちょっとずつ……

出来た時はお祝い。

それから私は舞い上がってしまって、とにかく頑張っちゃう。

「焦らないで」って優しく諭してくれるお姉ちゃん。


お買い物当番は私。ときどきついてきてくれるけれど。

戻ってくるのをちゃんと待っていてくれる。

なんだか頼りにされているようでうれしい。

お小遣いもくれて「好きなの買っておいで」って。

いっしょに食べたいものを買ってくると「ありがとう」って言って半分こする。

お姉ちゃん、ぜったいに大きいのを私にくれる。


私の人生で一気に太陽の光が差したような感じ。

でも、私にも不満はある。

ひとつは「お姉ちゃん」って呼べていないこと。

もうひとつは時々お姉ちゃんがいなくなってしまうこと。私を置いて。

必ず戻ってきてくれるんだけれど、「お留守番」はとても寂しい。

もしも、このまま帰ってこないってことはないよね?って不安になる。



「うう、頭痛い……」

少し寝すぎたのか、エルザは頭を抑える。

「先生、昨晩飲みすぎたんですよ」

先に目覚めていたコレットが言う。

確かに胃のムカつきがある。

「水……あと、塩ぉ」

「はいはい」とコレットが水差しから水を注いでくれる。

エルザは手渡されたそれを一気に飲み干した。

「ぷはぁ」

息をつく。

「もう一杯ちょうだい」

そういってコレットに空になったコップを差し出す。

コレットは何も言わずに注ぎ足してくれた。

「だいたい、先生は先日どこに行ってらしたんですか」

コレットがコップを差し出す。

「ん?ああ、ちょっとね」

「私を3日も放っておいて。帰ってきたと思ったらお酒をひと瓶も飲んじゃうんですもの」

「ごめんってぇ、たまのヤケ酒なんだからぁ」

そう、エルザは不意にいなくなる時がある。

仕入れや仕込みという言葉に納得をしていたが、やはり一人の留守番は不安な限りだ。

「私がいない間、なにか変わったことあった?」

「特には……あ、そういえば憲兵さんに先生のこと聞かれました」

「憲兵が私に?」

「はい、何でも先生の評判を聞いて政府認可の大病院へ迎えたいとのことです」

「どう思う?」

エルザの苦虫を噛み潰したような顔に、コレットも唸る。

「バレたんじゃないかなって思います」

「だよね」



エルザは処置室の椅子に腰かけ、日中の会話に思いを巡らせる。

『憲兵が私に?』

『はい、何でも先生の評判を聞いて政府認可の大病院へ迎えたいとのことです』

(憲兵はコレットにあたりをつけて尋ねた?それとも手あたり次第に尋ねて歩いている?)

嫌な予感があった。

せっかく腰を落ち着けることができた矢先である。

「……!」

森閑とした外からわずかに聞こえる足音。

それも複数で、時折金属のこすれるような音がする。

(来たか)

腰を上げるとコレットが寝ている部屋へと足早に向かう。


「コレット、まだ起きている?」

「はい?先生?」

「急いでこっちに来て」

すぐにコレットが出てくる。エルザの顔を見て何かあったのだと彼女はすぐに察した。

荒々しくドアをたたく音がする。

「先生、エルザ先生!」

ドアをノックする音が聞こえる。

「エルザ先生はご在宅ですか?」

呼び声が聞こえる。

エルザはコレットへクローゼットに隠れるように促す。

もっとも、そこは二重構造になっており、人が二人分だけ潜めるようになっている。

コレットは急いでクローゼットへ身を滑り込ませる。

それをわき目で確認しながらエルザは応対する。

「はいはい、どなたですか?こんな夜遅くに、急患ですか?」

腰にはランプの光を受けた剣が濡れたような光を放っている。

エルザは歩調を緩めるでもなくドアまで歩いていく。

その瞬間、ドアを蹴破る音と甲冑のけたたましい金属音が複数響き渡る。

「エリーゼ・マクスウェル!大人しく縛につけ!」

この言葉にクローゼットに入ったばかりのコレットは耳を疑った。

エリーゼ・カナン・マクスウェル。

尊称“十字の騎士”、亡国の英雄、白銀の虎の名だ。

(お、お姉ちゃん……?)

コレットはその背中を隙間から凝視する。

医師として尊敬し、姉のように慕っていた女性。

それが大罪人として知られる人物の名で呼ばれるとは思いもしなかった。


「は?誰、それ?」

とぼけるエルザに男たち続ける。

「証拠はあがっている。今ならば、そのまま連行するに留めておくが、もし、抵抗するならば生死不問とのお触れだ。死体で検証するまで」

「どっちにしても嫌な話ね。もうちょっと上品に出来ないの?」

「ふざけるのもいいかげんにしないか!」

激昂した一人が掴みかかる。

それをエルザは難なくかわし、足をかけて転ばせてしまう。

「き、貴様!」

「そっちが勝手に突っ込んできて転んだのでしょ?酔っ払っているの?憲兵さん。いけないんだ~お仕事中なのに」

「こ、このぉ!」

すぐに憲兵たちは抜剣し、エルザへと襲い掛かる。

だが、そんな男たちの剣を彼女は難なくかわす。

まるでダンスのように軽やかに間をすり抜けては、屈強な大男たちを簡単に転がしてしまう。

「な、バカな!」

「バカはそちらでしょう?こんなか弱い女性に乱暴しようだなんて」

「くっ、おあああああ」

一人の憲兵が雄叫びを上げて迫る。

体格差は歴然である。

だが、上段から振り下ろされる剣はエルザには何の感慨も与えない。

舞踏のステップを踏むように一歩だけ斜め前に踏み込むだけで避ける。

そして無防備な脇の下へと剣を突き立てる。

一刺しから引き抜くまでの動きは瞬く間であった。

「!?」

男は何が起こったかもわからず、そのまま倒れこみ絶命する。

「いい加減、騒がれるのは迷惑ですね」

エルザは憲兵の落とした剣を拾い、軽く振って確かめる。

すると、エルザは自身の剣を持った腕と胸の前で交差させて構える。

「やはり、貴女は…」

その構えを見て総髪の男が愕然とする。

「分かっていて襲ってきたのでしょう?なら、こうなることも考えるべきですね」

男は部下へと合図を送る。

残りの憲兵が壁を作るようにエルザの前に立つ。すかさず総髪の男は出口へと駆けた。

「……」

エルザはそれを見送り、眼前の憲兵たちを冷然と眺める。

「君たちはどうするの?」

「……」

返答はない。それが覚悟をあらわしていた。

「そう、ならしかたない」

エルザの纏う空気が変わる。張り詰めた空気が僅かに冷く重いものへと変化する。

そのまま構えを解かずに憲兵の作る壁へと歩み寄る。

「っ!」

腕が振るわれる。両腕を踊り子が扇を振るうように旋回させながら憲兵の中をすり抜ける。

彼女が抜けた後に一拍遅れて憲兵全員が崩れ落ちた。

「ごめんなさい」

そう言うと、奪った剣を投げ捨て、自身の剣だけ血糊を拭ってベルトに差し込む。

「……コレット」

振り返ると寂しそうな顔で呼びかける。

「う」

コレットは言葉が出なかった。

姉のように憧れていた人が、眼前でこともなく男たちの命を奪い、立っている。

クローゼットの中で様子を窺っていた彼女は、動くこともできなかった。

薄い木の板の隙間から憧れの人を見るしかなかった。

彼女は返り血に黒く塗りつぶされながらも、そのなかで変わらぬ笑みを浮かべている。

さきほど垣間見せたものとは別人の慈愛に満ちた笑み。

だが、突然のことで混乱した頭はうまく言葉を紡がせてくれなかった。

「私が、怖い?」

「ううぅ、ううぃ!」

コレットは必死に頭を振って否定した。言葉はまだでない。

「ねぇ、コレット。またここを出て行かなくてはいけなくなったの。急だけれど、また一緒に来てもらうわ」

「えぅ?」

本名を知られた。

賢いコレットならエルザが本当はどういった人間かはすでに察しがついたであろう。

エルザはいよいよ二人旅も終わりかと諦観をもった。

「あなた一人を置いていくと、私のせいできっと酷い目に遭わされる。だから、安全なところまで行きましょう。それから、どうするかを決めて」

言うなり、奥の部屋へ入っていく。いつも彼女が寝室として使っている部屋である。

ガタガタと物を漁る音がしたかと思うと、片手で持てるぐらいの雑嚢一つと、旅行用の鞄を二つ持ってくる。

加えて外套を二枚。腰にはいつもの剣と見慣れぬ長剣が一振りずつ下がっていた。

かねてから用意をしていたのであろうか。エルザはクローゼットを開けると、まだ足腰に力が入らないコレットへ外套を渡し、着替えるよう促す。

「どうしても持っていきたいものがあったら持ってきて。でも、あなたが持てる分だけ。他に一つ鞄を持ってもらうわ」

エルザはというと、旅装に着替え始める。血で汚れた服は脱ぎ捨てていくらしい。

手早く着替えを済ませると、手慣れた様子で腰に下げた二本の剣の具合を確かめ、手甲と脛当てを装着する。

「それでは、いい?出発するわよ?あまりゆっくりしている余裕はなさそう」



やっちまった……

僕は沸騰した頭が冷めると同時に頭を抱えた。

まさか、殴るって思わなかった。この僕がだぞ。

いままで溜まりに溜まったものが出てしまったんだろう。

僕の右手は治っていた。リムが治癒魔術で治してくれたんだ。

ちょっと拗ねたように「ありがと」って言うのがメチャクチャ可愛い。

他のみんなも「あの人のために怒ってくれたのが嬉しかった」って。

でもやってしまったことは取り返しがつかない。

いまごろなんて言われているか。

村に居場所がなくなるんじゃないか。母さん、エナごめんよ。大丈夫かな。


「ごめん、俺らのせいだ」

フィンレーが謝る。

「ちがうよ、僕が勝手に」

「ハルがやらなかったら俺らがやっていた」

……ん?なんだか「やる」って言葉に不穏な響きがある。


「でも、どうしよう」

僕は再度頭を抱えた。

「だよなぁ」

スヴェンが考え込む。

「あの豚野郎、陰険だからなぁ。今ごろ有ること無いこと言いふらしてるぜ」

「うん。きっと無いこと無いこと言ってる」

あ、無いことねつ造するって思ってる。リャナンさん、よくわかるね。

「全面的に僕らが悪くって、僕らがやったことにしたら?」

「それで一時的におさまっても、きっとハルに意地悪するのエスカレートする」

「そっかぁ、『向いてない』とか言ってたよね。クビにする気満々って感じだったからな」

「たぶん、イジメて憂さ晴らししてる。ハルが謝って『クビにしないで』ってお願いしてた時の顔、アレ、自分の方が強いぞってマウントとるヤツの顔だった」

アルセイスとリムアンが相談してる。リムは「殴りたい」って繰り返し呟いている。

血の気多いんですね。

「いっそのことやっちゃおうか」

さらっと呟くリャナンさん、怖いんですけど。

「それはそれで俺らがスッキリするけどさ、問題の解決にならないよな」

スヴェンが腕を組んで言う。あ、スッキリはするんですね。


「ハルはさ、アイツらに殺されそうになったことある?」

不意の質問に僕は固まった。

そう、醸造の時、樽の中は発酵が始まって酸欠状態になる。

だから必ず複数人、しかも作業をする人は樽より上に顔が出るようにしなくてはならない。

村のみんなで作業をしていたときだった。

他の人が見ていない時にポルコのヤツが僕を転ばせた。

途端に、クラッときて、ふらふらになった僕を笑っていた。

その時はすぐに農園の人が助けてくれて、事なきを得たけれど……


「なるほど、あるんだ」

フィンレーはというと親指を口に押し当てながら考え込んでいる。

「豚野郎がいる限り、ハルは仕事場に戻れない。たぶん、噂が広まってこの村に家族もいづらい、報復もある……」

呟いている。

「うん、そうだな」

フィンレーは顔を上げた。

「こんな村、逃げちまおう」

「はい?」

唐突な答えに驚いた。

「ハル、お前は今から『フェンリルナイト(魔狼騎士団)』だ」

フェン……なに?

「お前の家族も別な村で暮らす」

「何をおっしゃる、フィンレーさん」

動揺のあまりなにかの童謡みたいな言い方をしてしまう。

「俺はハルのことが気に入った。だから団員になって欲しい。お前の家族のことはどこかの村で安全に生活してもらう」

フィンレーの言葉にみんなで「さっすがフィン」と賛同を示した。

あの、僕の意思は?それにどこかってどこ?


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