018 決定打
「皆に集まって貰ったのは他でもない、素材の価格が高騰している件に付いてだ。」
ドラコからの策略が行われた日から数日たった後のことである。スケジュールの調整ができた主要人物たちはレオンの執務室に集合していた。
当然、議題は素材の価格高騰に関すること。この件に関する影響は多岐に及び、あらゆる店舗に波及する問題であると執務室にいるメンバー全員が認識していた。
「まず、どのくらいの価格高騰が発生しているかを報告してくれ。」
「私の方は低いもので3倍程度、高いもので7倍程度まで上がっています。」
「こちらは全体的に5倍程度まで。」
「私の方は2倍ですね。」
素材の価格高騰は元の値段にもよるが、少ないものでも2倍にはなっていた。それよりも大きな問題となるのは、元々単価の安い素材の急激な高騰である。
安い素材というのは元々市場に供給量が多く、ある意味では価値が低いものである。だが、それは悪いということではなく、需要も多いからこその安値であるのだ。
その場合、起こるのはその素材が必要なもの全体に対して起こる原価の向上である。よく使うものであるからこそ、価格高騰は大打撃足り得る。
「ふむ。確かにその素材の価格であると、作れば作るほど赤字になってしまうな。引き抜きはどれほどある?」
「引き抜き自体の話は出ていますが、今のところは職場を離れるものはいません。」
「職人たちは元々義理堅いですから、すぐに引き抜かれる。ということはないかと。」
「ですが、給料の未支払いなどが発生すると状況は一変するでしょう。」
ドラコの価格高騰の基準はその素材を使った場合に確実に赤字になる値段で売る。それ一点に尽きる。利益を求めての行為ではなく、ただ相手に損益を積み重ねるための行為であった。
だから、作れば赤字になるということが起き、追撃をするように引き抜きまであるのだ。確実に赤字になる状態を経営者として認めるわけにはいかずに、受けざるを得ない。そんな状況になってしまう。
「そうだな。現状は商店への恩でいてくれるというわけだな。」
「はい。以前購入していた素材が残っているため、それが無くなるまでは問題ないでしょう。」
「ですが、経営が成り立たなくなれば、生活が成り立ちません。なので、それをどう止めるかですが。」
「価格高騰はおそらくドラコ様の策略だと予測できますが、私たちとしてもこのままでは遠くないうちに破綻してしまいます。」
引き抜きを職人たちが受けない理由。それはただ単に恩があるからで、素材の在庫があるからに過ぎない。
だが、その素材の在庫も何か月、半年と持つわけがなく、そこからは資金を溶かしながら耐え忍ぶ。そういう動きとなることが確定してしまう。
それに、引き抜きの条件は時間が過ぎれば過ぎるほど、悪くなっていく。素材の在庫を枯らした後に引き抜かれようとすると、前よりも利益率が下がった状態で引き抜きを受け入れるしかない。という状況さえ起きかねない。
「対処法か……。まず素材の採集を抱える冒険者に頼んだため、少量ではあるが供給できるだろう。だが、これだけではまず足りない。」
「はい。私どもも冒険者協会に依頼を出しはしましたが、どうしても以前より利益は少なくなってしまいます。」
「それに供給できる量に限りがあるのは変わりません。全ての店舗に回せるだけの供給を維持できません。」
「いずれは冒険者協会への依頼料も高騰するため、そこも無理になるだろうと思われます。」
数日間でレオンは部下たちで構成されている冒険者パーティーに対して、素材の確保を指示していた。また、冒険者協会にも素材の採集の依頼を出しており、素材の確保に努めている。
だが、それだけでは現状をよくするためにはあまりにも不足している。
「ああ、そうだな。そして、今の段階で人員の引き抜きを仕掛けるのも現実的ではない。応じてくれるところがないだろう。」
「ええ、応じた結果干されてしまえば、潰れてしまうので当然、陣営の入れ替えは通用しません。」
「引き抜きをかければ、あちらもまた好条件で引き抜きをすることになるでしょう。」
「それでも、少しでも可能性をあげるために引き抜きはしないとなりませんか。」
さらに、流通を司っているところへの引き抜きを行おうとも、それを受け入れるものがいるはずがない。ドラコもそこを受け入れさせてしまえば、より長期戦になってしまい資金の流出が巨額となってしまう。
「……さて、もはや根本的な解決は出来ない。というよりも、しなくてもいい状況になっている。根本的な解決をするまでもなく、当主による介入が起きる。継承戦での決着になるだろう。」
レオンとドラコの画が共通しているのは承知の事。しかし、執務室にいる主要人物たちにとっては思ってもみなかったことだ。
そもそもとして、先に生まれて正統な後継者として見られているレオンは序盤から有利の盤面であった。7:3程度の勢力差があり、順当に戦えばいずれはレオンが勝てる環境であった。
だが、引き抜きを受けさせたことで5:5となり、陣営の勢力差がほぼなくなった。そこに両陣営が資金を急に放出し始めたのだ。普通なら7の勢力が勝つはずだが、互角となっているため、どちらもが共倒れする。そんな未来さえ見え始めた。
「その状況に損益を最小にしつつ、展開を動かす手は各店舗の赤字想定よりも多い金額を補填する。引き抜きの条件を急激に吊り上げる。これだな。」
「は?」
「それでは相当な資金が流れてしまうのでは?」
「王都にどれだけの店舗があると思っているのですか?」
故にレオンの次の手を聞いたときにぽかんと口を開けてしまっている。継承戦ということを聞き、混乱しているところにさらに資金を放出する策を提示するのだ。
明らかに資金が急速に消費されるのは見えているため、そんな状況が成り立つはずがない。そう考えたのだ。
「長期的な資金の流出を認めるよりも、引き抜きの条件というチキンレースを行う。その締結前に当主からの介入をするのが、最終的な損益は最小に抑えられる。」
「なるほど。引き抜きの条件だけを強引に引き上げることで、本気の態度を見せるのですか。」
「また、相手も条件の吊り上げをするため、引き抜かれる側もどのタイミングで締結するかを見誤るのですね。」
「書類での締結をせず、提案で後日正式な締結を行うとすれば……」
だが、レオンとしては長期的に状況の推移を観察して、当主が介入するまで待つのは愚の骨頂であった。短期的な資金の放出よりも、長期的な資金の放出の方が総合的なコストが大きいと判断したのだった。
今の赤字を補填することで引き抜きをさせないという姿勢を見せること。引き抜き条件を吊り上げて、チキンレースに発展させる。そして、勢力図が互角である。
赤字の補填だけに資金を放出することで、この泥仕合を終幕させることができる。この手が最小コストで済ませられる手だろう。
「そう。その締結前に資金の流出を抑えるために当主が介入する。」
「では、引き抜きの条件の提示を全力で行います。」
「本気と捉えられつつ、嘘くさくない。当主様が介入するだろう条件。」
「腕がなりますね。」
レオンの提案の意図を掴んだ主要人物たちは早速、詳細の詰め合わせを開始する。必要な状況はもう揃っているため、レオンとドラコが望むように当主の介入が発生するだろう。それも最小のコストだけで済ますことができて。
「皆の力が必要だ。よろしく頼んだ。」
「「「了解いたしました。」」」




