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016 想定外

 レオンによる懇親会より数週間後のことである。レオンとドラゴの二人はそれぞれの政略を実行して、勢力拡大にいそしんでいた。

 そんな時にレオンの執務室の扉が大きな音を立てて開かれる。入ってきたのは走ってきたのだろうか、荒い息を吐く男である。


「レオン様!!」

「……そんなに慌ててどうしたんだ?」


 大きな声をあげた男に対して、レオンは少しばかり冷ややかな声と目線を向けた。本来であれば貴族相手かつ、上司の立場の人間に対して取っていい態度ではないからである。

 とはいえ、ここまで男が慌てているとなると、尋常じゃないことが起きたことは想像に難くない。レオンも書類から視線を男へと移している。


「それが、職人たちから苦情の声が届いておりまして。」

「苦情……?」

「はい。材料の値段が急激に高騰して、仕入れができないと。」


 報告内容は職人たちの苦情であった。材料費の高騰による加工ができなくなったことで、商品を売ることも出来ず、利益を出せなくなったのだ。

 これは商売人にとっても、労働者にとっても死活問題である。お金を稼げなければ、生活など出来るはずがないのだから。


「……。」

「ど、どういたしましょうか。」

「少し待ってくれ……」


 レオンは男の言葉を聞き、その場で目を瞑る。頭の中には様々な思考が回る。材料費高騰の理由、その影響範囲、今後の展開、対策方法。

 それらの思考がまとまるには情報が足りないが、様々な想定をすることは選択肢の幅を広げることである。


「どの店舗から苦情が来ている?」

「それが、全ての店舗からでして。」

「なるほどな。引き抜きはあるか?」


 レオンの擁する店舗としては多種多様な業種のものが集まっている。その中の一種類であれば、その材料の供給源に問題が起きたと予想される。

 だが、今回の場合は全ての材料、店舗の価格が高騰しているということで、どう考えても作為のある行為だろう。


「はい?」

「……」

「あっ、数名受けているとのことです。」


 レオンの質問の意図を捉えきれなかったのか、ワンテンポ遅れて返事する。男は慌てており、その事象の意味まで思考が回っていなかったのだろう。

 が、引き抜きという言葉から、ドラコ陣営による策略であると気がついたのだった。


「その手で来るか。……好都合、か。」

「はい……?」

「いや、何でもない。」

「はぁ。」


 好都合という言葉に男は怪訝な表情を浮かべる。その男に対して、レオンはそれ以上何も言うことはなく、また思考の海へと潜る。

 執務室には重たい空気が漂い、ごくりと男が唾を飲み込んだ瞬間にレオンの目がぱちりと開く。


「主要メンバーに伝言を頼む。」

「わ、分かりました!!」

「“対応策を練るため、執務室に集まって欲しい”。頼んだぞ。」


 男はレオンの指示を受け止めると、大きな返事をする。どこか緊張したような様子なのはこのような立場になれていないからか、それともいつになくレオンが真剣であるからだろうか。


「了解いたしました。」

「ああ。」




 男が執務室から出て行くと、入れ替わるようにレオンの護衛が部屋へと入室してくる。勿論、それは今回の件に関する話の為である。


「レオン様……」

「なに、好都合だろう。これで継承戦にまた一歩近づいた。」

「想定外でしたね。」


 継承戦の成立条件にはいくつかあるが、その全ては戦い以外で決着を付けない場合の方がダンドール家としての利益と相反するということだ。元々、当主の適性を見る期間であるが、それが白熱した結果、ダンドール家に損益を与えるのが一番まずいことである。

 そして、今回のドラコ陣営による策略はそこにドンピシャで当たっており、継承戦の開戦を目指すレオンにとっては条件の一つを満たせる結果となった。


「ああ。もう少し慎重に勢力拡大をすると思っていたんだが、ダンドール家の損になるからな。」

「ええ、自重していただけたらよかったのですが。」

「言っても仕方ないだろう。」


 今の結果になった時点で、現状から策を修正して自分の目的を果たさなければならない。その目的が達成されることになったのだから、レオンとしては嬉しい反面、ダンドール家に所属する身としては何とも言えないものだった。


「ひとまず、後は主要メンバーにどう飲み込ませるか。それだけだな。」

「はい。情報を集めに行きます。」

「頼んだ。」




「ははは。面白いっ……。」


 レオン一人になった執務室の中で、獰猛な笑みを浮かべる。自分の想定のなかった手によって場が動き、その後でその事象に対策を打つ。

 レオンはドラコと間接的に対話をしているようで、その対話そのものを嬉しく想い、楽しんでいるのだ。


「さて、どう動くかな。」

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