015 縦と横
「ドラコ様、お次は如何いたしましょうか。」
「……このまま続行だよ。」
「引き抜きと賃金の底上げ、販売価格の引き下げですか。」
王都にあるダンドール家の屋敷。そこのドラコの執務室でドラコと相対するメガネをかけた男がいた。
話し合う事項は当然、レオンとの政争について。現状、レオンの策略により3人の主要人物を引き抜けたドラコは、戦略をそのままに状況を見守るつもりのようだ。
「しかし、このまま続けると賃金の引き下げは難しくなりますので、ダンドール家の負担になってしまうのではなないでしょうか。」
「その上で利益を担保できるようにしている。いずれはレオン兄さんの陣営を包括することになる。客層の差別化を図る方が最終的な利益は大きくなる。」
「そのような意図でしたか。しかし、それでも価格を変えるのは難しいと言いますか……」
基本的に人にお金を配るのは簡単な事であり、逆にお金を回収しようと思うと非常に難しいことだ。賃金の引き下げは労働者の反発を招き、回り回って経済の悪化を辿る。一時的な経済の周りをよくするのは、時間稼ぎにはいいが長期的には悪影響でしかない。
それでもドラコがこの策を遂行するのは自身が勝つことを想定してのこと。自陣営の給金の底上げと商店の価格の引き下げにより市場の客の母数を獲得することを狙い、いずれレオン陣営のブランド化した店で高額の商品を売ることを目的としている。
「……そこの見極めは任せる。できる限りでいい。それで人員が離れてしまっては意味がないからな。」
「いえっ!!私どもには有難い提案でありますが、ダンドール家の将来を考えますと。私の愚考でしたかな。」
「意見を貰えてうれしく思う。私も全てを把握しきれるわけではないから、あなたのような人がいると組織が活性化する。」
ドラコの皮肉のような言葉に男は焦ったように口を回す。その様子をドラコは無表情で見ており、それが増々男を焦らせることとなった。実際はドラコとしては事実を語っただけであるが、言葉尻を捕らえるとそうもなる。
男としてもドラコ陣営が勝ちに近づくことを望んでいるし、また賃金は増えることも喜んでいる。社長のような立場であるから、利益率が下がるのは好ましくないが、最終的な利益は上昇傾向になるなら文句もない。
ただ、その結果数年後にダンドール家がどうなっているか。不況なんてことになったら男としても困るというもの。
「ハハハ。そう言ってもらえると有難い限りです。」
「……。」
「では、引き続きドラコ様陣営の勢力拡大に向けて精進いたします。」
乾いたような笑みで頭を下げる男だが、その男にドラコはただ黙って視線を向ける。
頭を上げた先にある無表情と見つめ合う形になった男であるが、特段何かを言うまでもなく、言葉をしめた。
「頼んだ。」
「失礼いたします。」
男が出て行った扉をドラコは見つめながら、若干ながら機嫌よさげにトントンと机をリズミカルに叩く。
ドラコとしては今は陣営の母体数を増やして、勢力をひっくり返すことを目指す。人脈を横に広げて、様々な人間と知り合いとなり、数の力で勝負をしようというのだ。
「さて、レオン兄さんはどうするかな。」
「今宵は集まっていただき感謝する。皆、思うところはあるだろうが、食事でもしながら語っていこう。それでは……乾杯!!」
「「「「乾杯!!」」」」
一方でレオンの方は自陣営の主要人物を呼び寄せて、懇親会を開いていた。煌びやかに光る食堂でがやがやと主要人物たちが談笑している様子は余裕があり、関係の良さが伺い知れる。
ドラコの取った横の広がりとは反対のアプローチであり、縦の繋がりを深くするものだ。今いる陣営と団結して、窮地を乗り越えようというのだから、陣営の士気は相当に高かった。
「お久しぶりでございます。」
「おお、カイン殿ではないか。3か月ぶりだろうか。ご健勝か?」
「ええ、お陰様で順調にやらせていただいています。」
レオンの元にやってきたのは顎髭を蓄えた偉丈夫。にこにこと人好きしそうな笑みを浮かべているのを見るに、お人よしなのだろうことが簡単に予想がつく。
「これも単にレオン様の御意思あってこそ。あの時は本当に助かりました。」
「なに、仲間が困っていたら助けるものだろう。何よりもカイン殿には逆に返しきれないほどのものを貰っている。」
「いえいえ、そんなことはございません。今の私はレオン様あってのことですから。」
カインという人物は昔にレオンが支援したことがあり、その頃からの付き合いである。命さえなくなるかもしれないという時に救われたのだから、カインにとっては多大な恩を感じているのだ。
とはいえ、支援に使ったリソースに関してはもう完全に倍以上にして返されており、リソースの回収だけで言ったら、完遂されているのだ。
「ははは。そう言って貰えると嬉しい。」
「レオン様に付いて行けば間違いないと思っておりますので。今後ともよろしくお願いいたします。」
「ああ。こちらこそ頼んだ。」
「ブライン殿。ご健勝だろうか。」
「ええ、私は順調でございます。レオン様は……」
「ああ、中々厳しい状況だ。ブライン殿の助けがあってこそ持ちこたえているだろう。」
一方で笑みだけを浮かべて話してもいられないこともある。ブラインという人物は微笑を浮かべながらも、鋭く厳しい視線をレオンへと向けている。
その視線を受けてレオンもまた真面目な表情を浮かべて、ブラインに対峙している。主要人物が3人も抜けており、状況的に厳しいものだからだ。
「ハハハ。いえ、私の力など大したことではありません。」
「いえいえ、ブライン殿にはいつも助けて貰っているからな。感謝している。」
「……コホン。3人の引き抜きの件ですが、あれはどういうことかお聞きしても良いでしょうか。」
レオンの褒める言葉にブラインは気恥ずかしそうに咳を一つする。少々頬を朱に染めながらも、本題を聞かないわけにはいかない。
ブラインが態と作った厳しい視線にレオンは真正面から視線を合わせて、数拍の間をあける。
「その件は俺も悲しく思っている。目にかけてきた3人だからな。これ以上の人材流出は止めなければならない。」
「ええ、どのようにお止めするのでしょうか?」
「このような時期だからこそ、結束を高めなければならない。今回のように交流の機会を増やして、ブライン殿や他の皆の意見を取り入れて行こうと思っている。」
3人が抜けたという現実を受け止め。その上で次からどうするか。その答えが今日のような懇親会などによる陣営の結束強化であった。
レオンがわざと引き抜かせたとしても、それを自陣営に全て伝えるわけにはいかない。どこで情報が洩れるか分からないからだ。そのため、表向きはこの事態を受けての行動を表明しない事には想定以上の人員の流出が起きてしまうのだ。
「これまで以上に交流を積極的にするのですか。私も微力ながらお助けになれればと思います。」
「いつもブライン殿には感謝しかない。これからもよろしく頼む。」
納得したのか、最後は両者ともにこやかな笑みを浮かべながら握手をする。
このように一人一人に向かって真摯に対応するからこそ、レオンの陣営は結束力を高めることができるのだろう。
レオンとドラコの戦いはまだ続く。




