010 イリアという少女
「カルア。」
「ん。……何?」
「英霊招来の実験をするから、誰かが近づいてきたら教えてくれ。」
冒険者ランク昇格試験より数日後、当然昇格試験自体は合格の判定を貰っており、イリア一行は鉄級のクエストを熟していた。そのクエストも特に問題なく達成できており、合格が妥当である証明は出来ていた。
そして今日は週に二度ある休日の一日。イリアは客室の中でカルアの名前を呼ぶと、待っていましたと言わんばかりにイリアの身体から光の粒子が舞い、カルアの形になっていく。
「……マタタビ酒?」
「もちろん。」
「……5本?」
「う……いやっ、流石に多いわ!!2本。」
スキル“英霊招来”の仕様は裏ダンジョンでの一度のみで、その実際の使用感を今回は確かめようということであった。その時に何かあっても対応できるようにカルアを読んだわけだが、当然のように好物のマタタビ酒を要求していた。
最初はカルアの5本という要求に頷きそうになったイリアであるが、寸前で動きを止めて2本へと修正する。
「分かった。仕方ないから、それで許す。」
「あ、ありがとな。」
「ん。……それで何をするの?」
「ああ。まぁ、見ていてくれ。」
何故か上から目線のカルアがふふんと鼻をならして、イリアの提案を受け入れる。それに釈然としないながらも、イリアは特段それ以上言うこともなく、ただ礼を言うのであった。
「“英霊招来“アルベルト。」
「……!!」
「うん?……これは?」
「アル?」
検証事項とはそう。“英霊招来”を自分自身に使った場合の挙動である。本来であればイリアの肉体にあるのはイリアとしての魂であり、アルベルトは英霊でしかない存在だ。
逆に英霊であるなら、“英霊招来”の対象に自分を含ませることができるのではないかという話である。もし実現が出来れば、それはイリアに一定時間肉体を返還することができるということだ。
(落ち着いてくれ。)
「わっ、頭の中で声が。」
(きこえますか……あなたの心に直接呼びかけています。)
「あなたは……【英雄】アルベルト?」
イリアは頭の中に響くアルベルトの声に戸惑いの表情を浮かべて、その場で天上、壁、床をきょろきょろと見る。
だが、当然アルベルトは見えるものではなく、イリアの肉体の奥にいるのだ。思考を伝え合うことができる“英霊招来”というツールを介して、会話しているだけなのだから。
「……どういうこと?」
(混乱するのは分かるが、時間制限があるから手短にいこう。)
英霊招来
英霊の力を宿らせて、その力を扱うことができる。限定的に固有スキルも用いることも可能。また、英霊に身を委ねれば英霊の意志で戦いを可能とする。
器のランク*5%だけ英霊のステータスを上乗せする。
使用中はランク/毎秒分だけSPを消費する。
SPを消費する“英霊招来”は永遠に使っていられるものではなく、この間にも徐々にSPが減少していっているのだ。
(まずは申し訳ない。俺のせいで身体を奪ってしまうことになった。)
「いえ、分かっていたことでしたから。元々、神様に言われていました。」
(神に……?)
「はい。そもそも、私も一度死んだので。」
アルベルトとしては自分の願いによってイリアの肉体を奪ってしまっており、そのことを心苦しく思っていたのだ。それをどうにか出来そうな手段として、“英霊招来”を扱った。
だが、どうやらイリアは身体を奪われることを知っており、そのことを気にしていないようだった。そればかりか、それが当然であり必然であるというような態度。自然体な態度がその考えを持っていることをより補強していた。
(そうなのか。それで……神に。)
「はい。私の死んだ年までは……と。その後は【英雄】に身体を明け渡すようにと。」
(なるほど。とはいえ、奪ってしまったのは事実だ。いずれ、身体は返す。)
「いえ!!本当にいいんです。私は……罪を犯したので」
神の思惑は何であれ、アルベルトとイリアは神と契約を結んでおり、その契約の結果今のような状態になっている。
だが、それに対しての捉え方は真逆と言ってもよく、本来の被害者であるはずのイリアが身体の返却をしてもらうつもりはなく、そればかりか罪という単語さえ出てくる。
とはいえ、イリアの意志がどうであれ、アルベルト側からしたら本来の肉体を奪ってしまったことも事実であり、それ故に心ぐるしい思いを胸に抱いているのだ。
(罪……?)
「はい……」
(それは……うぐっ、頭が……)
アルベルトがイリアに対して罪の詳細を聞こうとしたときに、急に視界が暗転する。強い眩暈と倦怠感がアルベルトに襲う。
「くっ、時間切れか。」
「アル。……大丈夫?」
「ああ、ありがとう。イリアと話していた。」
「ん。そう。」
イリアが目を開けるとそこにはいつも通りの景色が映っており、アルベルトが主人格へと移行したことを示していた。その目線の向こうで耳を垂れさせたカルアの姿があった。
「ははは、【英雄】だとさ。……一人の女の子を救うことも出来ないのに」
「アルはもう頑張った。」
「……。」
客室には何とも言えない空気が流れ、しばらくの間沈黙が二人の間を包み込んでいたのだった。




