005 レオンの計略
「どうぞ。」
イリアたちが執務室から退出した後、少し経った頃に扉が数度ノックされる。その音を聞いたレオンは椅子に座り書類に目を通しながら、その状態で返答する。
「失礼いたします。」
「ご苦労だった。それで、どうだ?」
「はい。やはり末端の人材だったようで、決定的な証拠は出てきませんでした。痕跡を追って行けばあるいは、ですが、今頃消されているでしょう。」
入ってきた人物は黒い衣装に身を包んだ若い男だ。すらりと伸びた長身としなやかな筋肉を誇っており、実戦的な肉体はそれだけで人を魅了するようであった。
その男はレオンの部下であり、特に諜報や護衛に携わる人間である。実はイリアたちのいた場所にも点在しており、レオンのことを密かに護衛をしていた。当然、貴族たるレオンが護衛もなく外で出歩けるわけがないのだ。
そして、男が何の話をしているかというと、レオンとイリアが倒した襲撃者から得られた情報についての話である。
「だろうな。……追わなくてもいい。そこまで迂闊じゃないだろうからな。」
「はっ。」
結局、レオンを襲撃した犯人の手がかりを手に入れることは叶わないと判断して、誰の指示によるものかは憶測は付いているようだ。。
襲撃されたというのに、どこか嬉し気に笑みを浮かべているレオンは今何を思っているのだろうか。襲撃を指揮したものそれを嫌っている訳でなく、襲撃という事実でさえも不快とならない。
「それで、どう思う?」
「……手強いかと。ただ、【冒険家】の姿は見えませんでした。」
「ああ、残念だ。【剣聖】の名を出せば引き出せるかと思ったのだが。しかし、思わぬ収穫もあった。」
レオンの護衛をしている男からイリアへの評価は手強いというものだ。直接戦闘。それも正面から一対一で戦った場合にどのような結果になるか分からなかったのだ。それでも、何でもありの戦闘なら勝てないとは言わないのだった。
そして、【冒険家】カルアの名前から、どうやらイリアのパーティーにカルアが存在していることにレオンは気がついているようだった。それを確定させるために接触しようとしていたのだろう。
王都だけでなく、より広範囲の情報網を持つのは流石は貴族といったところか。
「お前が手強いというくらいだからな。一人の戦士として勝って貰うとしよう。」
「それがよいかと。私どもの仲間を三人選出すれば済みますので。」
「ああ。とはいえ、実際にそうなるかは分からないがな。今後の展開次第では他の手を考えなければならない。」
レオンは護衛の男を相当信用しているようで、その実力も認めていた。だからこそ、その男の率直な感想にすぐに頷き、そして、イリアをすぐに戦力に数えたのだ。自分自身でも一部戦いを見ているというのもあるだろうが。
その後続く言葉で最低四人による団体戦の人員確保についてのようで、その状況になるようにレオンがいくつかの手を打っているという状況だ。
イリアとの接触もそれの一環であり、【冒険家】の力を借りるのが第一案であったようだが、それ以上に単純に過去の英雄に会ってみたかったというのも、レオンという男の場合ありそうである。
「とはいえ、まずは今日の食会だな。」
「はい。パーティーに偽装するのも大変ですね。私には合いません。」
「ふっ。そうかな。意外と上手くやれそうだけどな。」
今日の会食とは当然イリアたちとの食事のことで、そこに参加するパーティーは実はレオンの部下たちで構成された部隊であった。
これは人間の心理的ハードルを下げるための気遣い兼好感度上昇を狙ったものだ。というのも、人間心理からして自分だけが特別な状態というものを異常だと認識するものであり、それが突然何の対価もないとなると、その心理的不安は計り知れないものだ。
その回避としての実例が先にあることを提示して、実際に合わせれば精神的な安定を与えることができるわけだ。
この仕組みの優れているところは理論が漏れた場合にも、態々気遣いしてもらったという風に印象を与えるところにある。勿論、それまでの関係値や印象が悪い場合はより悪印象を与えるが、レオンの人となりを分かるものは好印象を抱く事だろう。
このように極端にリスクが低く、リターンが大きいため優れていると言えるだろう。
「……いえ、私には。」
「ははは、冗談だ。いつも助かっている。」
「はっ。ありがたき幸せです。」
どうやら本気で嫌そうな様子の男を見て、レオンはおかしそうに笑った。そして、そのまま指摘するようなことはなく、ただ労いの言葉をかけるのであった。
それに対してゆっくりと、ただ深く頭を下げる男。二人の間には確かな信頼関係があるからこそ、貴族と護衛という立場であっても、多少の気軽さが存在しているのだろう。
「……いつも言うが、堅苦しいな。」
「性分ですので。」
「ふっ。そうか。あの三人を呼んでくれ。三人がいなくなると困るだろうからな。」
「はい。実際に引き抜きもあるようで。」
あの三人。言葉からダンドール家としても重要な地位を持つ人物であり、故に対抗するものからもまた引き抜きをかけられているようだった。それを予想していたかのようにただレオンは頷いた。
「好都合だな。頼んだ。」
「はっ。では、失礼します。」
「ああ。」
護衛がいなくなった後の静かな部屋で椅子に座りながら、レオンは書類に目を通し始める。その頭の中では今後の展開予想が複数渦巻いていた。




