32 魂の組み換え
妖精の地図に見守られながら、トールティアの体が光りに包まれていく。
その光は周囲の魔力を大量に取り込み、その大きさを増していく。そして、三メートルほどの大きさになると光はある形を模していった。
「やっぱり婆さんじゃねえか」
光が消え、ドラゴンの姿となったトールティアにフェンリルが言った。
「アタシはトールティアだよ。ただドラゴンとして在るように魂と肉体を組み替えただけさね」
トールティアとして生まれ変わたからか、これまで取り込んだ数多の魂を組み替えて魂のあり方、即ち魂の種族を変えることが出来るようになった。そして、その魂をもとに肉体を魔力で再構築をする。この一連の技術を『ソウル・チェンジ(魂の組み換え)』と名付けた。
「けどまぁ、ドラゴンとしての魂はほとんどあんたを育てたドラゴンのものだから、その思いも引き継いでいるんだよね。そして今、あんたのことは『手のかかる子』だと思っているよ」
すでにフェンリルは主人に怒られている犬状態だ。
「いいさね、あんたの力は強力さね。それこそ世界の上位にはいるくらいにね。だけど、強いだけ勝てるほど世界は甘くないよ。力が足らずとも徒党を組み連携する、強力な武具などの道具で用いる、知識として相手のことを知って対策の知恵を絞る。こういった事で個の力を超えることも出来る」
トールティアの説教にフェンリルはぐぅの音も出ないようだ。
「いいかい、世界は広い。森のことはしばらくは大丈夫だからあんたは外の世界を見て回りなさい。先の森の主だったあんたの育ての竜もこの森に居着く前の若かった頃は世界を飛び回っていたものさね」
その話を聞いたフェンリルの表情が明るくなる。
「わかった。お前の言う通り森を出る。そして、今より強くなって戻ってくるから、また俺と勝負しろ!」
「約束はできないねぇ。できれば旅を通してアタシに勝つなんて小さなことに固執しない、でっかい器になって欲しいもんだよ」
そんなやり取りをしたフェンリルはスッと立ち上がり体をブルブルと振って毛についた土やゴミを吹き飛ばすとこの場を離れた。
その身の軽さは魔物ゆえか。
そんなフェンリルをトールティアは慈しみの眼差しで、妖精の地図は得も言えぬ微妙な表情で見送った。
「さてと、次はあんたたちだね。って、どうしたんだい、微妙な表情をして」
トールティアは妖精の地図の方を向き、目線を合わせたことでようやく妖精の地図の表情に気がついた。
「いや、フェンリルって強力な魔物をのに解き放って良かったのかなと思って。まぁ、俺たちには冷静になったフェンリルを止める手立てなんてなかったんだが……」
オルカのつぶやきを聞いたトールティアは視線を上へと逸らす。
「ほ、ほら、あの子は少し短慮なところがあるけどきちっと理性があるし、強くなるというしっかりした目的も、森の管理者という役目も背負っているからそうそうむやみに人を襲ったりはしないはずさね。もしかすると異世界人と出会って、その人が作る料理に胃袋を掴まれて従魔契約を結んでしまったりするかもしれないよ」
「何だそのやけに具体的な想像は?」
「それよりもあんた達についよ。数的有利を活かせないこの森の魔物はあんた達にとってキツイでしょ。だから町まで送るよ。それに、協会長も見てる前であたしが去ったほうが安心するだろうからね」
やらかしたことを自覚したトールティアは少し強引に話そうとしていた話題に替えた。そして、その話を聞いた妖精の地図の面々の表情は明るくなる。
「その姿で町まで行くのか?」
「いえ、町の手前で降りるつもりさ。流石にこの姿では町が騒然とするだろうからね。その後にあんた達に協会長を連れてきてもらって、その目の前でシイトオルの世界に旅立つつもりさね」
「それなら問題ない。って、降りるってことは空を飛ぶのか?」
「ええ、アタシはこれでも空も飛べるドラゴンと自覚しているから」
トールティアはそう言うと背中の畳んでいた翼をバサリと広げてみせると、妖精の地図の面々の前に広げた翼を地面に付けた。
「空は多分寒いからそれなりの用意はしてから、アタシの背に乗りなさいね」
その言葉に従いオルカ達は厚着をすると、トールティアの翼をスロープ代わりにして背に乗った。鈍感牛もずっとオルカ達妖精の地図のメンバーと一緒に居たお陰か、ペースを乱すことなくトールティアの背に乗った。その後、落ちないように両翼の根本とロープでつながれていた。
妖精の地図も自分の背に乗ったことを確認したトールティアは翼に魔力を込めて動かす。すると、ひと羽ばたきグンと上昇していった。その後、十分な高度まで上昇すると羽ばたき方を変えて前進し始めた。
風を切る感触、次々に眼科を流れていく景色。これら空を飛ぶ感覚は、元の魂の経験として持ってはいたが、実際に体感できたトールティアは少しテンションが上っていた。そして、その影響は背に乗る者がモロに受けていた。
「あまり乗り心地は良くないな」
低い気温に打ち付ける強風、これらは事前に準備していたのでそこまで問題ではない。一番の問題はトールティアの体が羽ばたくごとに大きく上下することだ。トールティアの体下がり体がふわりと軽くなったかと思えば次の瞬間には上昇していて、体がズシンと重くなる。そして、また次の瞬間にはまたフワリと…… 繰り返されるその感覚に妖精の地図の面々の顔色は悪く、特に酷いフェリがつぶやいた。
「おっと、すまないね。記憶の中では経験あっても、あたしとしてははじめての空だからちょっと興奮しすぎてしまったよ」
フェリのつぶやきを聞いたトールティアはそう言いながら飛び方を変えた。まるで空を滑るような飛び方になり、上下の揺れの頻度は少なくなりも大きさも格段に小さくなった。
こうして飛んでいると何日もかけて踏み入った森をすぐに抜けた。
「ここからは人に見られると面倒くさいから、さらに高度を上げるさね」
トールティアはそう言うと緩やかに上昇していき、雲を眼下にするほどまで上昇した。それと同時に風魔法で自分の周りの空気に干渉して気圧を上げ流れを緩やかにした。
「あ、ありがとう」
すぐに変化に気がついたフェリが礼を言った。
「ここまで上がると地上の生物ではかなり環境だからね。寒さは風を抑えたから鈍感牛でも大丈夫だろうさね」
こうして、空の旅はトールティアにとっても、妖精の地図にとっても順調だった。
ホーエルの街近郊まで来たトールティアは街道からも離れている平原に着陸した。
「カラン、着いてそうそうで悪いが協会長との繋ぎを頼む」
「分かっている、っと」
地面に落ちたったカランがふらついた。
「大丈夫か?」
「ええ、まだ飛んでいる時の感覚が残っていたみたいね。少し歩けばもとに戻ると思うから問題ないわ」
カランはそう言うと、街に向かって歩いていった。
次に降りたイーシユも感覚を戻すために周囲を歩き、最後に降りたフェリは座り込むとそのままトールティアの体に体を預けて休んでいる。
森とは違う明るい草原の雰囲気にオルカはいけないと思いながらも気が緩んでしまっていた。
「この辺にあたしにケンカを仕掛けるような生き物は居ないさね。森ではずっと気を張っていたんだから、リーダーも休みなさいな」
「ああ、そうだな。そうさせてもらおうかな」
オルカはそう言うと今も走っているであろうカランに悪いと思いながらもフェリの横でトールティアに寄りかかった。
ゆっくりとした時間が流れていく。
しばらくするとカランが戻ってきた。その後ろには協会長を始め街の兵士と領主までもがついてきている。
「しばらくぶりだなオルカ。話は聞いてはいるが、本当にそのドラゴンがあのトールなのか?」
協会長と対面し、失礼がないようしっかりとした姿勢で話を受けるオルカ。
「はい。私たちがしっかりとこの目で彼が儀式を経て変化したのを見届けています。そして、私たちが安全に街に戻れるように送ってもらい、より安心できるように協会長の前で別の世界に旅立つようにするそうです」
「そうか」
「そういうことだから協会長さん」
トールティアが頭を動かして話し変えた。その瞬間、兵士たちが領主を守るように前に出て武器を構える。
「あたしというドラゴンを前に恐怖も在るだろうにこれだけ動けるのはよい兵士たちだな。だが、今の私に敵意はないから武器は下ろしてほしいさね」
兵士とトールティアの間にイーシユ、フェリ、カランが入りどうにか落ち着いた。
「改めて協会長さんや、あたしはこのまま消えるから安心してほしいさね。元の世界に変えるための用意もすでに整っている」
「わかった。後のことはきちっとやっておく」
協会長の言葉を聞いてトールティアは安心して魔力を高めていく。するとトールティアの体は淡く光だして数多の光の粒が立ち上っていく。
「最後にオルカ、イーシユ、フェリ、カラン。君たちにはだいぶ世話になってね。強い感謝の思いが心の奥底から湧き上がってくるよ。本当にありがとう」
最後にそう伝えるとトールティアの体は光の粒となり空に登っていき、そして虚空にきえていった。




