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31 履行

 飛び出してきた魔物はドラゴンと同じ様に人が見上げるほど体高がある白銀の狼型の魔物だった。


「Wooon」


 いきなり森全体に響き渡りそうなほどの遠吠えをする魔物。それと同時に放たれた魔力が辺りに満ち気温が低下する。

 トールティアたちはその音量に耳をふさいだが、その澄んだ遠吠えの声に不快感は感じていなかった。


「フェンリル(氷銀狼)」


 遠吠えをする魔物の姿を見た妖精の地図の魔術師フェリが一番近い魔物の名を口にする。氷銀狼はドラゴンと同列に語られるほどの強力な魔物だ。


「この魔力の乱れの原因は貴様らか、ニンゲン!」


 フェンリルが怒気のこもった言葉を放つ。そのあまりの圧に妖精の地図の面々は身構えたが、トールティアだけは変わらず飄々とした態度で答える。


「そうだけど?俺達がこの地で強かったから、この地を好きにしている。それの何が問題なんだ?」

「この地にはドラゴンがいたはずだが?」

「ああ、居たね。でも、最盛期ならともかく年老いてボロボロになったドラゴンなんて大したことなかったな。まぁ、年老いてもドラゴンだ、見目はいいから立派な置物になりそうだ」

「黙れ小僧!」


 トールティアはわざとフェンリルを煽るような態度をとっているのだろう。そして、それはかなりフェンリルに刺さっているようだ。

 フェンリルは後ろ足で何度も地面を掻いていて穴が掘れている。


「ドラゴンとフェンリル…… うん、並べて飾ったらかなり箔がつくな」


 その言葉でフェンリルの我慢が限界に達したようで、前足を振り下ろして魔力の刃をトールティアに放った。しかし、その刃はわずかに逸れてトールティアを通過し、後ろの木を切りつけた。その切り口はフェンリルの魔力によって凍りついている。

 そんな自分の攻撃を顔色も変えずにやり過ごしたトールティアに対しフェンリルの怒りがさらに激しくなる。縦、横、斜めの様々な魔力の刃が放たれる。しかし、どの刃もトールティアには届かなかない。放たれた刃はその瞬間から僅かずつその進路を変えられトールティアを通過したり、手前の地面を切りつけて消える。


「フェリ、あれはどういう状況だ?」

「多分だけど魔力の流れを作って攻撃を逸しているんだと思う。トールだった時も水の盾で同じようなことをしたいたから」


 フェンリルも今までの攻撃がダメと悟ったのかと口元に魔力を集めて次の攻撃手段に移った。


「Waoooon」


 フェンリルの咆哮とともに圧縮された魔力が凍てつくブレスとしてトールティアに向かって放たれる。


「水盾」


 トールティアがつぶやき、手を軽く降ると地面から水の壁が立ち上がってブレスを受け止める。水盾はブレスを受け止めた部分の水が凍り砕かれるが、次から次に水が生み出されているため。やがて、フェンリルの方のためていた魔力が底をつきブレスが止む。ブレスを放ったフェンリルの口からは白い冷気がこぼれていた。

 やがて距離をとっての攻撃はあまり効果がなと考えたのかフェンリルは全身に魔力を巡らせる。フェンリルの全身から大量の白い冷気で足元が覆われていく。

 そして、十分に魔力が巡ったフェンリルが一気にトールティアに突っ込む。


「水盾」


 トールティアは先程と同じ様に水盾を発生させるが、すでにトップスピードになっているフェンリルは止められない。まるで障子紙を破るかのごとく水盾を突破するとそのままトールティアを轢き殺す勢いで突っ込んだ。

 しかし、トールティアはそれをヒョイッと横に跳んで交わした。

 フェンリルの方も体当たりが当たるとは考えていなかったようで、かわされたところで踏ん張り急停止すると、後ろ足で地面を掻いて土でトールティアに目潰しを仕掛ける。


「おっと」


 フェンリルの攻撃にトールティアは腕で顔をかばって防いた。しかしその瞬間、フサフサのしっぽがトールティアに襲いかかる。

 それもトールティアはバックステップでかわした。しっぽは地面を撫でただけだったが、魔力で強化されたフサフサの毛一本一本が鉄のように固くなっておりそれが地面を引っ掻いて抉っていた。

 フェンリルの攻撃はまだまだ続いている。体を反転させる勢いで鋭い爪撃を仕掛ける。爪に乗った魔力で青白い光の線として爪撃の軌跡が残る。しかし、当たらない。右左の前足から繰り出される連撃に鋭い牙の噛みつき、合間合間に放つブレスなど、全ての攻撃がトールティアに躱され、往なされ、防がれる。


「飽きた」


 唐突にトールティアは言い放つとフェンリルに背を向けた。


「ふざけるな、俺と戦え」

「そんなことを吠える時点で君と戦う価値は無いよ。どうしても戦えと吠えるのなら、せめて彼らに勝ってから言うんだね」


 トールティアが妖精の地図の方を見て言い放った。

 いきなり話を振られた妖精の地図は面を喰らっている。前もって戦うことがあるとは聞いてはいたのだが、あまりにも話しの振り方が雑すぎた。

 しかし、トールティアの話に乗せられたフェンリルは妖精の地図の方に殺気を向けている。それに反応した妖精の地図もあっという間にフォーメーションを組んで戦闘モードになる。

 最悪トールティアがフォローするとは言っていたが、それにまるまる頼るわけには行かない。何よりトールとは違いトールティアに信用は置いていなかった。



「リーダー、ブレスが攻撃が来る」


 口に魔力がある詰まっげいるのを感じたフェリがオルカに伝える。それを聞いたオルカは大盾を地面に突き立て、そこにフェリが魔力を纏わせる。


「Waoooon」


 フェリの見立通りに極寒のブレス攻撃を仕掛けて来るフェンリル。

 ブレスは突き立てた盾により左右に割られて逸らされ、フェリの魔力で冷気も防いでいる。しかし、圧倒的な魔力量の差にこうして防ぐのも長く持たない。

 そこへ、ブレスを続けるフェンリルの目に影から矢が飛んでいく。フェンリルは顔を逸して目を庇ったが、それによりブレス攻撃を中断させられてた。すぐさま矢が飛んできた方向に双撃を放つがそこには射手の姿はなかった。


「閃光爆」


 フェンリルの意識が矢を射かけたカランに向いたことを見逃さずフェリが魔術名を叫んで術を行使する。

 凝縮した魔力が眩い閃光を伴って爆発する。


「guoooo」


 閃光を目近で受けたフェンリルは苦しそうな声を上げながら首を振っている。大きな隙を晒しているうちに妖精の地図が仕掛ける。


「そっちか!」


 足音に反応してフェンリルが双撃を放つが、オルカとイーシユは難なく躱す。さらにカランがフェンリルの鼻先や耳など防御が弱そうな箇所に矢を射かけて撹乱する。

 そして、十分フェンリルの懐に入り込めたオルカは脚力強化で大ジャンプすると盾を下に構まえてフェンリルの頭に向かった落下し、イーシユはありったけの魔力を大剣に込めて構える。


「フェリ、ぶっつけ本番だが発動の瞬間を見逃すなよ!」

「分かってる」


 ほんの一瞬のタイミングを逃さないように、発動のラグがほぼ無くなるように今から発動場所に目測を立てて魔力を圧縮させる。


「今!爆破!」

「牙折り!」


 オルカがフェンリルと接触する瞬間、圧縮した魔力を爆発エネルギーとして解放する。そして、ほぼそれと同時にオルカもスキルを発動させた。

 爆発魔術は基本的に目標からぐるっと球状に影響を与える。そして、今回はオルカに向かった爆発エネルギーはスキル『牙折り』でオルカの魔力分を上乗せされてフェンリルに叩きつけられる。

 これらの攻撃はフェンリルに大したダメージは与えていなかったが、その衝撃がフェンリルの下顎を地面に叩きつける事ができた。


「首刈り」


 フェンリルの顎が地面に付いたそのタイミングを待っていたとばかりに、最大まで魔力をためたイーシユの大剣がフェンリルの首に振り下ろされた。

 イーシユの魔力とフェンリルを守る魔力が反発しあって火花のように光り散っていく。


「うおぉぉぉ」

「Guoooo」


 イーシユとフェンリル。双方叫びながら互いに相手の魔力を打ち破ろうと自らの魔力を高めていく。


 パリン


 イーシユが大剣に纏わせていた魔力の刃が砕かれた。大剣自体も魔銀を使用した業物ではあるもののそれ自体ではフェンリルに傷を負わせるまでは至らず、体毛によって受け止められていた。

 首にかかっていた抵抗がなくなると同時にフェンリルは立ち上がって受け止めていた大剣を振り払うと強靭な脚力で跳躍し、妖精の地図から距離をとった。


「ニンゲン、何のつもりだ!」


 フェンリルは吠えた。しかしそれは、今まで戦っていた妖精の地図ではなく、外れで見ていたトールティアに向けたれていた。




 それはトールティアにとっても予想外の展開だった。力があっても驕り、手の内も晒したフェンリルに対して、一人ひとりの力は足りずとも互いを信頼し連携して戦う妖精の地図が遅れは取らないと考えていた。それでも良くて拮抗勝負になると考えていたが、フェンリルに届き得る刃を作り出せるとは思ってはたなかった。なので、互いに勝敗を自覚できたあのタイミングで圧縮した魔力をぶつけてイーシユの刃を砕いた。目的はあくまでフェンリルの鼻っ柱をおることである。


「ニンゲン、何のつもりだ!」

「……伏せ、少し落ち着きなさい」


 フェンリルが吠えてきたので、とりあえ落ち着くように魔力を込めた言葉を投げかけると、その言葉によりフェンリルは顎まで地面につけた『伏せ』の体勢になった。耳も尻尾も力無く垂れており、その姿は正しく怒られたあとの犬そのものだった。

 そんなフェンリルの状態を確認したトールティアはあるスキルを発動させた。するとトールティアが放つ魔力や雰囲気といったものが変化してく。


「婆さん」


 その魔力、存在感に覚えのあったフェンリルがボソリとつぶやく。


「このほうが話しを進めやすいと思ってね。妖精の地図の皆さんもご苦労さまでしたね。ここからは『アタシ』が引き継ぐよ」


 トールティアの激変ぶりに驚く妖精の地図一行だったが、とりあえず事の成り行きを見守ることに決めたようだ。

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