63 くれ
「勝者、カレッタ・ラミレージ!」
ルー博士が高らかに叫ぶと、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
こちらのほうが悪役だったのに、ノリのいい学園でよかったですわ。これもルー博士の活躍の賜物ですわね。
「テトラ!」
第一王子殿下が負けた彼女に駆け寄ろうとする。しかし、殿下はその途中で足を止めてしまった。
俯く彼女の足元に咲いていた可憐な花が枯れ落ち、代わりに毒々しい色や奇妙な形の花々が咲き始めた。
するすると伸び続けその場で絡まり合うツタには、先ほどまでなかった鋭い棘がサメの歯のように連なって生えていく。
「あー、うぜぇ……うぜぇうぜぇうぜぇマジでウゼェ……」
地の底から響くような低い声で、彼女はぶつぶつと呟いた。
「人生楽しい? 踏み外しても楽しむ? それができたら最初からこんなことしてねぇよ……」
「テ……テト、ラ?」
第一王子殿下はおそるおそる、まるで初対面の人間を相手にするような声で彼女の名を呼ぶ。
顔を上げた彼女は表情がごっそりと抜け落ちていた。横目で凍てつくような視線を返された第一王子殿下は、喉の奥で「うっ……」と小さな悲鳴を上げてしまっていた。
「もういい。もうどうでもいい。完璧じゃなきゃダメなのに。これ以上やっても意味ねぇ。どうせアタシは何やったって結局こうなるんだ。全部終わりだ」
彼女は血走った目でわたくしを睨みながら言った。
「これでゲームオーバーだってんなら、気に食わねぇテメェのその面、ズタズタにして終わらせてやる」
爆発した怒りの魔力はイバラの形を成し、彼女を包み全てを拒む砦のように姿を変える。
「ほんっと、マジ、草生えるわ」
歪んだ冷笑。
彼女が己の全てを出し尽くし、燃やし尽くすような魔力で幾本ものイバラの鞭を振り上げた、その時。
「テトラ嬢」
彼女の名前を呼んで、観衆の輪の中からリッドが静かに進み出た。
ルーデンス殿下の影魔法の力で存在感を消し会場に紛れ込んでいた彼は、帯剣しておらず丸腰だ。
彼女は鋭く尖った声でリッドに怒鳴った。
「またテメェか! ほんと何なんだよ! 勝手に自己満でコソコソしやがって。気持ち悪ぃんだよ! もう全部終わったんだ。アタシに構う必要ねぇだろ!?」
辛辣な言葉がリッドをぐさぐさと抉る。いいですわもっと言って差し上げて!
リッドは本当に刃物で刺されたかのように痛みに耐える顔をして、それでも顎を上げてテトラ嬢を見た。
「そうだ。全部、俺の自己満足だった。誰よりも君を知っているつもりで、何も理解していなかった。何を言われても、俺は言い返すことができない」
「じゃあその口閉じて黙ってろ」
「それは無理だ。俺は自分勝手な人間だからな」
「は?」
言い返せないと言ったばかりのその舌を翻して口答えされ、彼女は呆気にとられた。
そんな彼女に、リッドはまた淡々と。
「もう全て終わったというのなら、俺にくれ」
彼女も、会場の学生たちも、中途半端な位置で固まっていた第一王子殿下も、きょとん、とした。
静まり返った会場の空気を胸いっぱい吸い込んで、リッドはお腹の底から叫んだ。
「テトラ、愛している! 殿下とではなく俺と結婚してくれ!」
いつも静かな口調でしか話さないリッドの声が、大広間の天井に朗々と響き渡った。
あんぐりと口を開けてその声を聞いていたテトラ嬢は、ただ意味のない声を漏らす。
「は……あ、え……?」
いつの間にか、彼女のイバラの砦はきれいさっぱり消え去っていた。相当の驚きようだった。
彼女はふらつくように一歩下がり、驚愕を通り越して恐れるような目でリッドを見つめながら、やがて小刻みに顔を横に振る。
「や……むり……」
「何故だ! 俺が嫌いか? 気持ち悪いのはこれから善処する! 改善点を教えてくれ!」
「ちが……」
リッドの勢いに思わずといった様子で否定しかけて、テトラ嬢は今度は強く頭を振った。
「ふざけんな! ありえねーだろそんなこと! 頭おかしい!」
「俺の頭がおかしかろうと、ありえないことではない! この場の全員が目撃している事実だ!」
テトラ嬢の拒絶も、リッドは大声で容赦なく切り捨てる。こんな剣戟みたいな愛の告白があっていいのだろうか?
「う、嘘だ……アタシが愛されるはずがない……」
「まごうことなく真実だ。幸福を妄信する純粋さ。そのためなら全てを欺き犠牲にする覚悟。目的を達成するための努力。そばで見続けて、惚れないわけがない」
リッドが一歩距離を詰めると、テトラ嬢はさらに一歩下がった。
「でっ、でも……こんなクズでガサツな女……」
「歯に衣着せぬ物言いが心地いい。その愛らしい容姿で男のような態度をとるその差異が正直たまらない」
……今のは気持ち悪いポイント一点追加では?
再び一歩、また一歩。
「あ、アタシ、本当は人付き合いしたくねーし……働きたくもねーし……」
「社交が嫌なら好きなだけ家に居てくれ。君が居てくれるだけで俺は幸せだ。働く必要もない。俺が養う」
一歩、一歩。
「きっ、キレたら何するかわかんねーぞ! 前はハンマーで車一台ぶっ壊したんだからな!」
「車? 馬車のことか? 魔法もなしに破壊するなど凄いな。騎士の妻となるのに申し分ない」
一歩。……。
「……アタシ、は……逃げた……」
最後のもう一歩を進み出て、リッドはついに彼女の目の前に立った。
肩を震わせるテトラ嬢の瞳からは、大粒の涙がこぼれていた。
「逃げて……優しくしてくれた人を……初めて向き合ってくれた人を……傷付けた……悲しませた……」
彼女が手で拭っても拭っても、涙は止めどなく溢れて流れ落ちてくる。しゃくりあげる呼吸はやがて嗚咽に変わり、彼女は声を抑えることもなく泣き始めた。
その迷子のように頼りない肩を、リッドはたくましい腕で力強く抱きとめた。
「今度は、俺がそんなことはさせない」
その言葉を耳元で聞いて、テトラ嬢は幼い子供のように泣きじゃくった。縋りついてくる彼女の頭を、リッドの無骨な手が包み込むように優しく撫でた。
少しして感情の波が落ち着いてきた様子を見計らって、リッドは柔らかく微笑みながら、胸の中の彼女の顔を覗き込む。
「もう一度言う。俺と結婚して、幸せになってくれ、テトラ」
テトラ嬢は鼻をすすって目元を拭うと、リッドを見上げてくしゃりと笑った。
「わかったよ……趣味悪すぎて、草も生えねぇわ」
その瞬間、大広間で爆発した学生たちの歓声は、学園じゅうどころか街のカイラー通りまで聞こえていたとかいないとか。




