64 どさくさのうやむや
シャンデリアの光の下で感動的に抱き合うリッドとテトラ嬢の姿を、完全に置いてきぼりにされていた第一王子殿下は呆然と眺めていた。
まだ興奮が冷めやらない歓声が包むその場をわたくしはすすすすと移動して、さりげなく第一王子殿下の隣に立つ。
第一王子殿下は今にも泣きそうな目で、説明してくれ、とわたくしに必死に訴えかけてきた。
こんなにこの方のお気持ちがありありと分かるなんて、後にも先にも今日くらいではないかと思う。
まあ、それを汲んで差し上げるつもりは毛頭ないのだけれど。
わたくしは近くに居る学生たちに聞こえるようわざと大きな声を出して、第一王子殿下に言った。
「ああ、一時はどうなることかと思いましたが、全て殿下の計画通りに収まりましたわね!」
殿下は驚愕の、いえさっきからずっと驚愕し続けているけれど、とにかく何を言い出すんだという顔をわたくしに向けた。
見ないふりをしてわたくしは続ける。
「殿下を気遣って身を引こうとなさっていたリッド様を焚きつけ、頑なになって望まぬ婚約をしようとしていたテトラ様の心を溶かす。そのためなら自らが恥をかいてもいいという殿下のお友達への熱い想いに胸を打たれたからこそ、わたくしもルー博士も今回のご依頼を受けたのですわ」
目を真ん丸に見開き、餌を欲しがる魚のようにぱくぱくと口を動かすばかりで言葉が出てこない殿下に、追加の『筋書き』をぱらぱらと撒く。
「けれどいくらわたくしを悪役にするためとはいえ、ラミレージ家の評判まで落としてしまうなんてひどいですわ。わたくし頑張りましたのに。事実無根なのですから、あとできちんと訂正なさってくださいね?」
そこで、混乱で反応できない第一王子殿下をじっと眺めていたルー博士がガビガビ声を張って、とどめの爆弾を投下した。
「なにはともあれ、計画は大成功。報酬として、カレッタ嬢は正式に『私のもの』にさせてもらうよ。殿下はさっき婚約を破棄したのだから問題ないだろう?」
しれっと既成事実にしてしまったルー博士に、さすがにわたくしも驚いて顔が熱くなってしまった。とんだ押し売り営業である。
当人たちの戸惑いは置き去りにして、周りにいた学生たちはばっちりしっかりと聞いていた。
「殿下……そこまでしてご友人たちの恋路を叶えようと……!」
「ルー博士にまで繋がりをお持ちだったとは、さすがは殿下!」
「いや、違う、俺は、何も知らない!」
「ご存じないふりなんて、殿下は謙虚なお方ですね!」
「ちょっ、待てっ、お前たちなんてことしてくれて……!!!」
もみくちゃにされ始めた殿下を置いて、わたくしはまたさりげなくその場を離れた。一丁上がりですわ。
これで少しは、うわさと筋書きに振り回される側の気持ちを分かってくださるかしら。
ルー博士のもとに戻ると、彼は当たり前のように短い抱擁で迎えてくれた。
「おかえり。よくやったね」
「ちょっとやりすぎじゃありませんこと?」
「全部ひっくり返すんだ。やりすぎくらいがちょうどいいよ」
いたずらっぽくそう言って、彼は細めた目でまた数秒、第一王子殿下の姿を眺めた。
そして、振り返って会場に向けて大きく手を掲げ、合図をした。
「さあ、結ばれた騎士と令嬢、そして今日卒業する皆の門出を祝って、私からの贈り物だ!」
その瞬間、大広間の高く薄暗い天井に、バンっと大輪の花火が咲いた。
この世界で一般的な、音だけ鳴ってちょっと光る程度の花火ではなく、火の粉の花びらが虹色に輝き降り注ぐ花火だ。
さらに続けて、その光の空間に巨大なドラゴンと不死鳥が現れる。
もちろん本物ではなく、氷でできた動く氷像だ。
次々と咲き乱れる花火の光をキラキラと反射させながら、二体の氷魔獣は学生たちの頭上を悠々と飛び回った。
見たこともない夢のような光景に、学生たちは飛び上がって歓声を上げた。
そこで、空気を読んだ楽団が、軽快な舞踊曲を鳴らし始める。
特に打ち合わせなどしていないのに完璧なタイミング、さすがプロですわ。
学生たちは手に手を取って、思い思いに踊り始めた。
どんどん広がるその輪にリッドとテトラ嬢も引きずり込まれていくのが見えて、わたくしは思わずくすりと笑ってしまった。
視線を壁際に向けて探すと、少し離れたところにプリステラ嬢とアローナ嬢の姿が見えた。
楽しそうな笑顔で手を振ってきた彼女たちに、わたくしも手を振り返した。
そして、傍らに立つルー博士……ルーデンス殿下を見上げる。殿下もどこか安心したような目でわたくしを見下ろしていた。
その目が、やがて真剣な光を帯びる。
わたくしたちは、ただ無言で頷き合った。
ルーデンス殿下は踵を返し迷いなく歩き始めた。わたくしもその一歩後をついて進む。
向かう先は、玉座だ。
途中、玉座の階段の中ほどで道を遮っていたカーディナル魔法伯が、ころころと笑いながら言った。
「あらあらあら。もういいかしら? わたくしも混ざりに行きたくてたまりませんの」
「ええ。どうぞ楽しんで」
ルー博士の声色で、殿下は大仰な身振りで魔法伯に道を譲る。
魔法伯は嬉しそうに歩調を弾ませ、けれど一切の足音も立てないで、おもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎの会場に紛れて消えていった。
一段、また一段と階段を上りながら、ルーデンス殿下は顔を覆っていたマスクの留め具をぱちりと外す。
そして先ほどまで魔法伯が立っていた位置まで上がると、その素顔を陛下の前に晒した。
「お久しぶりです、陛下。以前お見かけしたのは……十歳の儀式の日が、最後でしたね」
「ルーデンス……なのだな」
「はい」
肌を刺すような緊張感が二人の間にあった。背後で繰り広げられる夜会の賑わいから、ここだけがまるで別世界のように取り残されていた。
険しく眉を寄せた国王陛下は、ルーデンス殿下を睨みつけながら言った。
「ラミレージだけでなく、カーディナル家まで。そして夜会のこの有り様。お前がここまで大きな力を得て、学園で影響力を持つことになろうとは、正直予想していなかった」
殿下は何も答えず、ただじっと陛下を見つめていた。
陛下は不意に表情から力を抜くと、息子のその視線を避けるように目線を落とした。
「お前は余をさぞ恨み、憎んでいることだろう。余はお前から全てを奪い、何一つ与えなかった。お前が自ら掴み得たその力をひとたび振るえば、余をこの座から刈り取ることさえ造作もなかろう。復讐は、成る」
殿下は視線を注いだまま、静かに尋ねた。
「陛下は、僕を恐れていたのですか」
「そうだ」
目蓋を伏せ、陛下は肯定した。
「ただの赤子……まだ生まれてすらいなかったお前の存在が、余の足元を揺るがした。全て我が身勝手が呼んだ業、己が被る罪とはいえ、これをどうして恐れずにいられよう。どんな失態を犯しても、余は王として国を治めねばならぬ。……余はそれを遠ざけ、蓋をしておくことしかできなかった」
陛下がここまで忌避することになったルーデンス殿下の存在。
はっきり言って、全ては浮気をした陛下の自業自得なのだけれど、問題なのは単なる浮気で済まなかったことだ。
いろいろな要因が重なって……結果として、ルーデンス殿下の母方の一族と、その一族が縁を取り持ち同盟を結んでいたとある国が滅んでいる。
王の元に一人遺され、失態の象徴のような存在になってしまったルーデンス殿下を、国王陛下は我が子として正しく遇することができなかった。
貴族たちが、殿下の冷遇に誰も異議を唱えられなかったのは、この陛下最大の失態を蒸し返すことを避けたかったからだ。
この事件とキリー将軍の悲劇の後は、陛下はおおむね良き王として国を束ねている。
安定した治世と天秤に掛けられて、犠牲になっていたのが、ルーデンス殿下だった。
「しかも、気付けばお前は影の力を得てしまった。得体の知れぬ忌まわしき力を。余は……お前が、恐ろしかったのだ」
こめかみを揉むように、陛下はご自分の目元を手で覆ってしまった。
それを正面から見据えるルーデンス殿下は、しばらくの沈黙をおいて、言った。
「陛下。あなたが恐れるもの、その正体をあなたにお伝えするため、僕はここへ来ました」




