アフターエピソード2:白魔狼フェンの戦い(後半)
フェンを追いかけてオレたちは、黒魔狼族のテリトリーに侵入していた。
ここか先は危険な地域、油断は出来ない。
だが、そこに広がっていたのは、信じられない光景だった。
「ねぇ……オードル。そこで倒れているのって、全部……」
「ああ、黒魔狼族だ」
山岳地帯に、十頭近い黒魔狼が横たわっていた。
全身が血だらけで痙攣している。
まだ死んではいないが、戦闘不能の状況だ。
「もしかして、これってフェンが、ぜんぶ?」
「ああ、そうだな。戦いの跡から見て、ここで大きな戦いがあったのだろう」
周囲は凄まじい激闘の跡だった。
巨大な岩が砕け、地面が爪痕で抉れている。
見ただけで分かる。
危険な多勢を相手にフェンは、ここで全力を出して戦っていたのだ。
「たった一人で、この数を……凄いわね、フェン」
「そうだな。この感じだと、ちゃんと多勢相手のセオリーを守って、ここで戦っていたみたいだな」
今までオレはフェンに、様々な戦い方を伝授してきた。
対人戦や対魔獣の戦い方を。
その教えをアイツは忠実に守っていた。
さらに応用を効かせながら、フェンは黒魔狼族を倒していたのだ。
「ん……これは?」
その時だった。
獣が吠え合う声が、近くから聞こえてきた。
「この声は……あっちだな」
「もしかしたらフェンが、まだ戦っているの?」
「そのようだな。感じからして、相手のボスかもしれない」
転がっている黒魔狼の中に、ボスらしき個体はいない。
おそらく今戦っているのが最後の一匹、相手のボスなのであろう。
「フェンが心配ね……」
「そうだな。見に行くが、オレたちは手を出さないぞ。それもいいか?」
今回はフェン自身の戦い。
たとえアイツが命を落とすことになって、オレは加勢するつもりはない。
「ありがとう! それでもいいわ!」
「そうか。なら、急ぐぞ」
フェンの最後の戦いの地へ、オレたちは向かう。
強烈な魔獣の気配が、近づいてきた。
二匹の上位魔獣の気配。
強烈な魔獣同士が戦っているのだ。
「いた。あそこだ」
荒野の先に、白銀の毛並みのフェンを発見した。
まさに戦いの最中。
巨大な黒魔狼の個体と、激戦と繰り広げていた。
戦況はフェンが押されている。
かなり防戦一方だった。
「ちょ、ちょっと、オードル。相手のアレはなに⁉ 上位魔獣にしても、大きすぎるわ!」
「そうだな。先ほどの黒魔狼とは段違いだな」
エリザベスが驚くのも無理はない。
フェンが戦っている相手は、“普通”ではなかった。
大人の黒魔狼は、大きくても馬位のサイズ。
だがボスは馬の倍以上。
見たこともない巨大な狼の魔獣だったのだ。
「なるほど。アレは突然変異の個体かもしれないな」
魔獣の中には、普通とは違うサイズの個体が、出現する場合がある。
そして巨大な魔獣は、例外なく強力な力を持っている。
フェンが戦っている相手も、普通の魔獣とは違う圧力を発していた。
しかも巨体でありながら、疾風のような素早さも有している。
そのためフェンは押されているのだ。
「あれじゃ、フェンが不利すぎるわよ……」
エリザベスが言葉を失うのも、無理はない。
一方でフェンは、普通の犬程度のサイズしかない。
武器を持たない魔獣同士での戦い。
サイズと体重の違いは、直に戦力のハンデとなってしまうのだ。
「それに、あのボス……何かおかしくない? 何か黒いモヤが、見えるんだけど……」
黒魔狼のボスの全身を、禍々しい瘴気が覆っている。
上位魔獣でも普通は見ない状況だ。
「アレは瘴気の一種だろう。負の力を集めた、特殊個体の魔獣なんだろな」
特殊な個体の中は、負の力を身にまとったモノがいる。
オレも過去に、アレと似たような魔獣と戦ったことがある。
かなり危険な相手で、手こずった経験があった。
「そんな……そんな危険な相手じゃ、フェンが……」
「目を背けるな、エリザベス。フェンのことを信じてやれ」
大事な家族の一員である、フェンの窮地。
エリザベスの気持ちも分かる。
だが家族だからこそ、最後まで見届けるのも役目なのだ。
「それに、よく見て見ろ。フェンの方が徐々に、相手を押し始めてきたぞ」
「えっ……本当だわ⁉ でも、そうして⁉ さっきまで劣勢だったのに?」
「もしかしたらフェンの奴……相手の攻撃を見切るために、あえて守勢にまわっていたのかもな」
フェンは全身に傷を負っているが、致命傷はまだない。
おそらく今までの戦いの中、全てギリギリで攻撃を見切っていたのであろう。
「ん、あれは? よく、見ておけ。フェンが本気を出すぞ」
今まで回避に専念していた、フェンの動きが急激に変わる。
目にも止まらぬ移動速度を開始。
巨大な黒魔狼を翻弄していく。
「えっ……なに、あの動き……」
「あれが、フェンの“本気”だ」
フェンのスピードはドンドン加速していく。
まるで流星の様に、白い軌跡を描いている。
オレの目から見ても、見事な動き。
黒魔狼にいたっては、既に反応すら出来ていない。
「さぁ、勝負に出るぞ!」
直後、白い流星の動きが変化。
円を描いていたフェン。
一気に間合いを詰めて、攻撃をしかけたのだ。
「すごい……流れ星……みたい……」
フェンの動きは人の反応速度を超えていた。
白い流星が閃光の軌跡を描く。
シャキーン!
フェンの鋭い牙が、黒魔狼の喉元を斬り裂いた。
見事な一撃。
ボスはその場に倒れ込む。
勝負が決したのだ。
「す、凄いわ……最後のフェンの動きが、ちゃんと見えなかったわ……」
「そうだな。オレですらギリギリ見えたぐらいだからな」
最後のフェンの攻撃は見事なもの。
ただスピードが速いだけではない。
緩急を付けて残像を生み出し、相手をかく乱。
最後は目にも止まらぬ突撃で、一気に勝負を決めたのだ。
「ねぇ、オードル。見て、フェンが止めをさすわ」
「仕方がない。それも自然界の掟だからな」
魔獣同士の戦いの終わりは、敗者の死のみ。
勝者は敗者の“核”を喰らい、更に強力な力を得るのだ。
それが魔獣界の常識とされていた。
「だが、見て見ろ。フェンは“普通”ではないからな」
「えっ……黒魔狼を見逃がした⁉」
フェンは驚いた行動に出た。
死を覚悟していた黒魔狼のボスを、そのまま見逃したのだ。
ボスは身体を引きずりながら、倒れている仲間の方へ向かっていく。
もはやフェンに歯向かう意志はない。
きっと仲間を引き連れて、どこか遠くに逃げていくのであろう。
「でも、どうしてフェンは見逃したのかしら? 自分が強くなれるチャンスだったのに?それに家族の敵討ちだったのに……」
「さあな。アイツも気まぐれな奴だからな」
エリザベスは不思議そうにしていたが、何となくフェンには共感できる。
きっと今回の戦いは、復讐ではなかったのだろう。
アイツなりにケジメをつけるための、戦いだったのだ。
「ねぇ、フェンがどこかに行くわ? 一人で大丈夫かしら……」
「放っておけ。きっと両親の墓前に、報告にいくんだろう」
フェンが向かった先に、小さな洞窟がある。
おそらく中は昔の白魔狼族の巣。
フェンの生まれ育った場所だろう。
二年前、黒魔狼族との戦いに敗れたフェンの両親。
家族の魂が眠る場所なのであろう。
「さて、オレたちは村に戻るぞ」
「そうね。フェンの帰りを待ってあげましょう」
誰もが一人で、感傷的に浸りたい時もある。
洞窟の中で、寂しげな鳴き声が響いていた。
オレたちは聞かないようにして、静かに村に戻るのであった。
◇
村に帰還してから、三日が経つ。
フェンも村に戻ってきた。
『ワン! ワン!』
「あっ、フェンだ! お帰り! 今までどこに行っていたの? マリアたち心配したんだから! でも、無事でよかった!」
家に戻ってきフェンを、マリアはギュッと抱きしめる。
無事に戻ってきた大事な家族だ。
そういえばフェンの全身の流血は、止まっていた。
戻ってくる途中で、全身の血や汚れを落としてきたのであろう。
「フェン、お帰りなさい!」
「おかえり」
『ワン!』
続いてエリザベスとニースも帰還を歓迎する。
久しぶりの末っ子との対面に、誰もが笑顔になっていた。
「フェン。よく帰ってきたな」
『……ワン!』
オレの言葉にだけ、フェンは少し間をおき返事してくる。
少しだけ照れているのかもしれない。
それにしても今回のフェンは本当に立派だった。
いつも食べ物のことしか言わないフェン。
だが今回の戦いは、オレの目から見ても本当に見事。
自分の里を滅ぼした黒魔狼を、たった一人で追い払った。
まさに戦士の中の戦士だ。
「フェン様、お帰りなさいませ。ご飯も用意しておいたので、どうぞ」
『ワン!!』
だがリリィの声を聞いてフェンは、一目散に立ち去っていく。
家族との再会よりも、食い気を優先。
せっかくの感動の再会も台無しだ。
(ふっ……だが、いつもフェンらしいな……)
こうして我が家に、今日も平和な日常が戻ってきたのだった。




