アフターエピソード1:白魔狼フェンの戦い(前半)
オードル一家が王都から、村に無事に帰還。
それから日が経つ。
一年ぶりの故郷での暮らしは、前と変わらず。
ゆったりとした時間が流れていた。
◇
そんな中、オレたち一家の村での暮らしも、順調だった。
元聖女リリィは前と同じように、村のパン職人の下で修業を再開していた。
彼女は見習いを既に卒業していた。
最近では自分オリジナル新作パンを、よく作っていた。
リリィが目指しているのは、彼女の故郷のパンの味。
あの頑張りだと、完璧に再現する日も近いであろう。
女剣士エリザベスも元気にしていた。
前と同じように、村での重労働を手伝っている。
主に農作業や山林の開墾に精を出して、村の発展に寄与していた。
また自警団の青年たちを鍛えて、楽しそうに剣も振るっている。
王都から持ってきた可憐なドレスの出番は、当分の間は無さそうな様子だ。
娘マリアと妹ニースも元気にしていた。
村に戻ってきてからマリアは、村の学校の教壇に立つようになっていた。
そう……マリアは先生として、村の子どもたちに、勉強を教える側になったのだ。
リッチモンドの話によると、今のマリアの学力は王都の学者並らしい
教師マリアは楽しそうに、村の子どもたちに勉強を教え日々だ。
最後にオレの近況。
前と同じように、村の何でも屋として働いていた。
村長から依頼があれば、何でもやる。
農作業や山林開墾、害獣の駆除など多種多様だ。
歳を取ってきた村長の爺さんを、陰で助けていた。
そういえば女鍛冶師ヘパリスからプレゼントされた、あの古代の腕輪。
村でかなり役立っていた。
あの腕輪は頭の中でイメージするだけで、どんな形にも変形できる。
お蔭で農機具や大工道具として、オレは重宝して使っていた。
本来のヘパリスの意向とは違うが、いつか会った時に報告しておこう。
村にいる我が家の全員は、こんな感じで順調に今日も暮らしていた。
なに?
またフェンのことを忘れているだと?
実は今、フェンは村にいないのだ。
あいつは三日前、何も言わず村を出て行ってしまったのだ。
◇
「ねぇ、オードル。やっぱりフェンのことが心配よ……後を追っていこうよ!」
「心配するな、エリザベス。あいつは自らの意思で“戦い”にいった。フェンの覚悟を尊重してやろう」
フェンは三日前に出陣していた。
「でも、相手は黒魔狼の群れなのよ……」
フェンが倒すべき相手は、因縁の黒魔狼族の群れ。
自分の生まれ故郷を滅ぼし、未だに故郷を占拠している魔獣の群れ。
フェンはたった一人で、戦いに向かったのだ。
「心配するな、エリザベス。今のフェンは強い。それはお前も知っているだろう?」
「知っているわよ! でも向こうは群れで、フェンがたった一人なのよ……」
黒魔狼族には一対一で戦う習慣など、もちろんない。
フェンはたった一人で、全ての相手を倒す必要があるのだ。
「たしかにフェンが勝てる可能性は、ギリギリだ。だがアイツは自分の意思で、一人で出発した。それはお前も分かっているだろう?」
三日前、フェンは急に、オレに相談してきた。
……『家族の仇を取るために、故郷を奪い返すため、ボクは一人で戦いに行きたい』と。
フェンはいつになく真剣だった。
アイツのあんな表情は初めて見た。
だからオレは承認したのだ。
「それは、そうだけど……でも、やっぱり心配すぎるわ!」
エリザベスがここまで心配するのも、無理はない。
フェンの故郷を襲った黒魔狼は、少なくても十数頭はいる。
上位魔獣である黒魔狼は、数頭だけでも国が亡ぼせる驚異度。
客観的に見ても、明らかに無謀な戦いなのだ。
「あっ、パパ! ここにいたんだ!」
そんな時、マリアがこちらに近づいてきた。
エリザベスとの重い話は、いったん中断する。
「ねぇ、パパ。これフェンのために作ったの! 村で伝わるお守りなんだって!」
手渡してきたのは、安全祈願のお守り。
マリアはフェンの事情を知らない。
だが何かを察していたのであろう。
だから丹精込めて、マリアは三日もかけて編んでくれたのだ。
「こんな難しいのを、たった一人で編んだのか、マリア?」
「うん。だってフェンは大事な家族だから。マリアの大好きな妹なんだよ!」
マリアは満面の笑みで答えてきた。
きっとフェンのことが、内心では心配なのであろう。
だが、それを見せないように頑張っていた。
姉として妹フェンを、心より応援しているのだ。
「でもマリア。お守りってね。その人が身に付けていないと、効果がないのよ……」
「あっ、そうか! そういえば、そうだね、エリザベスお姉ちゃん。どうしよう……」
エリザベスに指摘されて、マリアはハッとなる。
急にフェンのことが心配になったのであろう。
「大丈夫だ、マリア。このお守りはフェンに、オレが渡しておいてやる」
「えっ? でも、パパ、フェンは、もう遠くに行っちゃったんだよね……」
「急いでいけば、まだ間に合う。だから、安心して待っていろ」
「うん、パパ! ありがとう! マリア、良い子で留守番しているね!」
せっかくのマリアの編んでくれたお守りだ。
本人イン届けない訳にはいかない。
こうしてオレはフェンの後を追うことにした。
◇
村を出発してから、一日が経つ。
「たしか、この先だったな」
オレは北の山岳地帯に到着した。
この先にフェンの故郷、今は黒魔狼族が占拠している場所があるはずだ。
「ちょっ……と、ま、待ってよ、オードル……これ以上は走れないわ……」
息を切らしたエリザベスが、後ろから追いついてきた。
どうしてもフェンのことが心配になって、こいつも一緒に駆けてきたのだ。
「ここから先は、慎重に歩いていく。それにしても駆けるのが、だいぶ速くなったな、エリザベス?」
村からここまで、オレはかなりの速度で駆けてきた。
森と山岳地帯の最短距離を、闘気術を解放して疾走。
前までのエリザベスなら、途中で挫折していたはず。
だが遅れてはいたが、ちゃんと付いてきたのだ。
「ふう……わ、私も魔女との戦いの後から、鍛錬を欠かしていなかったから。いつかオードルに勝つための鍛錬をね!」
息を整えながら、エリザベスは闘気を漲らせていく。
ほほう、たいしたものだな?
なるほど確かに剣技だけではなく、基礎体力もかなり上がっている。
おそらくオレが見ていないところで、厳しい鍛錬を積み重ねていたのであろう。
「そうか。それなら帰りは、更に速度を上げられそうだな」
「えー⁉ あれよりも速く駆けられるの⁉ まったくオードルは底が見えないわね……」
「お前の動きは、まだ無駄が多いからな。さて休憩も終わりだ。ここから先は気配を消していくぞ」
ここか先は黒魔狼族の危険なテリトリー。
警戒して進んでいく。
「でも、オードル。フェンがここに到着してから、日が経っているけど、本当にまだ戦いは続いているの?」
「そうだな。オレの予想では二日前にフェンは、ここに到着している。上位魔獣同士の戦いは、長期戦になりやすい。とにかくフェンの気配を追っていくぞ」
「そうね……フェン、お願いだから……生きていてちょうだい……」
エリザベスは神に祈っている。
何しろフェンの相手は、危険な上位魔獣。
しかも十倍近い戦力差があるのだ。
「エリザベス、フェンを信じてやれ。何しろアイツは白魔狼族の中でも、特別な存在だからな」
「えっ……特別な存在だったの、フェンって?」
「ああ、そうだ。オレが若い時に白魔狼族のボスと、一度だけ戦ったことがある。かなりの強敵だったが、今のフェンはそれよりも強い」
「そうなんだ……というかオードル、白魔狼族とも戦ったことがあったのね?」
「ああ、そうだ。戦いというよりは、決闘みたいものだったがな……」
当時を思い出す。
若かりしことのオレは、各地で武者修行にも励んでいた。
その中で、この近くの山岳地帯を通りかかった時に、白魔狼族の群れと遭遇。
その時のボスと戦ったのだ。
「ちなみに、その時の戦いの結果は?」
「オレが勝った。ボスの身体に一撃くらわせて、勝負がついた」
瀕死になったボスを、オレは治療してやった。
何故なら相手は正々堂々と、一対一の勝負を挑んできた高貴な戦士。
たとえ上位魔獣だったとしても、オレは無益な殺生はしないのだ。
「あの時のボスも、かなり強敵だった。だが、それに比べても、フェンの潜在的な戦闘力は、別格だ」
「つまりフェンは“白魔狼族の天才”ということ?」
「そうかもしれないな。まぁ、調子に乗るから、アイツには言ったことはないがな。それにアイツは優しすぎる性格だからな」
この三年間の中の、戦いを思い返す。
基本的にはフェンは、大きな戦いに参加はしていない。
戦いの時は、いつもマリアやリリィの警護を担当していた。
なぜならフェンは無益な殺生を好まない。
だからオレが意図的に、戦いから外していたのだ。
「だが今回は、あいつの意思で出陣した。フェンが本気を出したら、どうなるか……正直なところ、オレでも予想がつかない」
フェンは今回、自らの意思で戦いに赴いた。
初めて本当の自分の力、上位魔獣である“白魔狼族の天才”を出すつもりなのだ。
「そっか……それなら、少しだけ安心かも」
「ああ、そうだな。ん? これは……あの先に何かいるぞ。警戒しろ」
会話に気を取られ、気が付くのが遅くなってしまった
黒魔狼族の危険なテリトリーに、オレたち足を踏み入れていたのだ。




