代役と勇者
世界各地に設営され、同時にオープンとなった闘技場は、大成功のうちに初日の幕を閉じた。戦いに飢えていたのは魔族だけではなかったらしく、人間も天使も好きなように暴れまわり、その様を楽しんで観戦した。開幕以前、もしこのアリーナの評判が悪ければ魔界以外の場所に作られたものを全て撤去する、とホープは言っていたが、その提案は杞憂に終わりそうであった。しかもこのアリーナの盛り上がりようを見た天使の中から、天界の中にもこれと同じものを作ろうという言葉まで上がり始めていた。
戦いによって、三つの種族はより緊密に繋がろうとしていた。反魔族連合は完全に影響力を失い、アリーナが盛り上がる中でひっそりと姿を消しつつあった。それを気に掛ける者は一人もいなかった。
しかし問題が無いわけではなかった。各地の闘技場が大盛況を収める中、魔界の中心にある一つの闘技場だけが失敗に終わる結果となった。そこは初日が終わった時には既に闘技場と呼べる場所は存在しておらず、そこには代わりに瓦礫の山が築かれていた。試合をしていた者も、それを見ていた者も、仲良く生き埋めとなった。
魔族主導で作られたその闘技場は、魔王クラスの力に耐えきれるほど頑強に作られてはいなかったのである。
「なぜそのような脆い作りにしたのですか?」
「お上の方々が開催を急がせたからであります」
翌日、救出されたホープは魔界にある病院の一室で尋問を受けていた。主題は「何故闘技場が崩壊することになったのか」であり、天界の長であるミューゼルが直々に彼女に話を聞きに来ていた。なお、ホープ以外に埋もれていた者達も全員救出されており、この闘技場の崩壊によって死亡した者は一人もいなかった。
「お上の方々、とは?」
「魔王様ですよ。あの四人です」
「なぜ急がせたのです?」
「死活問題だからです。闘技場の運営が我々の未来に関わると、本気で思っていたからです」
「血石の暴走を防ぐため、ですか」
「そうです。だから私も急がせました。彼らの要求は滅茶苦茶でしたが、彼らの急ぐ理由も理解していましたからね。もちろん時間をかければ頑丈に作ることも出来ますが、そこまでしっかりする余裕はありませんでした」
ホープはベッドの上で上体を起こしながら。傍らに座る天使長の質問に答えた。何故天界の長がこんなことをしているのか、ホープは尋ねようとしなかった。誰が何をしようがどうでも良かった。さっさと終わらせて寝たかったのだ。
「なぜ私がここにいるのか、気になっているようですね」
「いえ、別に。早く寝かせてくれればなんだっていいです」
「私が聞きたいからここにういるのです。本当は他の者が事情を聴く予定だったのですが、その方に無理を言って替わってもらったのです」
「聞けよ」
ミューゼルは自分から内情を打ち明けていった。ホープは呆れるしかなかった。天界の長は自己顕示欲の塊なのか?
「それで、今後はどういった対策を? やはり頑丈に作りなおすのですか?」
「そのつもりは無いですね。お金も時間もかかりますし。補強はしますが、作り直しはしません」
そんなミューゼルからの問いかけに、ホープはきっぱりと言い切った。ミューゼルは少し不安そうな顔を見せた。
「大丈夫なのですか? 強大な力を持つ者ほど理性を失いやすいと聞いたことがあるのですが」
「そこはご安心を。そちらの方も対策済みですから」
「成功確率は?」
「百パーセントです。心配は無用です」
ミューゼルの問いに、ホープは自信満々に返す。天使長はそんな魔王の妹の姿を見て、すぐに彼女の考えていることを察した。
「彼女に頼むのですね」
そしてそう漏らしたミューゼルの顔は、暗く打ち沈んでいた。ホープもまた申し訳なさそうに渋い表情を浮かべ、独り言のように呟いた。
「結局最後はこうなるんですよね」
打開策の件については、真樹の方にも話が来ていた。中身は至極単純で、アリーナで戦えないほどの強大な力を持つ者に対しては、いつも通り真樹が対処するというものであった。真樹はその話を、魔界にある診療所のベッドの上で聞かされた。
「はい。私は別に構いませんよ」
真樹はその提案を二つ返事で了承した。彼女にこの話を持ってきたミューゼルも、彼女の反応を見て驚きを隠せなかった――なお彼女が真樹に知らせたのは、申し訳なく思った魔族の連中が、この話を直接真樹に伝えるのを渋ったからである。
「本当によろしいのですか? 魔界の者達は皆、面倒事の全てをあなたに押し付けようとしているのですよ?」
「でも、他にやりようもないんですよね。じゃあそうするしかないじゃないですか」
「それは……」
ミューゼルは言葉に詰まった。実際問題、他に方法は無かった。いくら天界の長でも、これ以上の良策を思いつくことは出来なかった。
しかしミューゼルは同時に、この案に反感を抱いてもいた。一人の人間を人身御供に捧げるようなこの計画を、一人の天使として見過ごすことは出来なかった。
「不死身の力はこのためにあるんですよね。じゃあちゃんと使わないと、勿体ないじゃないですか」
しかし真樹は乗り気だった。ミューゼルはなぜ真樹がここまで自分を犠牲に出来るのか、大いに気になった。しかしそれを聞こうと口を開きかけ、少し迷い、結局何も言わずにそれを閉ざした。他人のプライベートな領域に堂々と踏み込む恥知らずな度胸は、彼女は持ち合わせていなかった。
「何かあった時は、すぐに私の方に相談に来てくださいね。アドメレクも他の天使も、皆あなたを歓迎しますから」
だから彼女は、それだけ言って終わらせることにした。自分の押しの弱さを恨めしく思ったが、実際一歩先へ踏み込む根性は持っていなかった。それでも真樹はにこやかに笑って頷いた。
「わかりました。その時は頼りにさせてもらいますね」
「絶対に無理をしてはいけませんよ」
ミューゼルが釘を刺す。真樹も笑って首を縦に振る。
「肝に銘じておきます」
「それでいいです。御身を大切に」
まあ実際は偽物の真樹もそこに加わり、自身の負担が大きく減ることになっていたのだが。それを本人が知るのは、その次の日の事であった。




