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血狂いと勇者

 勇者と魔王の妹のどつき合いは、その後三十分以上続いた。他の対戦者が全滅し、戦いの余波が観客席にまで到来するようになってもなお、二人は戦闘を止めなかった。

 

「はああああっ!」

「シイイイイッ!」


 互いに歯を食いしばって息を吐き、渾身の一撃を叩き込む。鋼の剣と氷の剣がぶつかりあい、激突した互いの魔力は反発し、衝撃波となって周囲に拡散する。無秩序に広がる魔力の波は観客席を平等に攻撃し、力のないギャラリーをズタズタに引き裂いていく。

 

「死ね!」


 お構いなしにホープが権を握ったまま、もう片方の手で真樹の腹を殴りつける。小ぶりの拳が深々と腹に突き刺さり、真樹は思わず目を剥いた。


「お前が死ね!」


 しかし負けじと、真樹もホープの顔面を殴り飛ばす。直撃をもらったホープの顔は無理矢理真横に捻られ、首筋から何かが軋む嫌な音が響く。ホープはすぐに首を強引に元の位置に戻し、真樹と睨みあう。

 痛み分けのまま、両者が剣を離して距離を置く。互いに両手で剣を持ち直し、敵めがけてまっすぐに飛び込んでいく。

 両者の剣が再度ぶつかりあう。殺傷力を高めるために刀身を覆っていた魔力は、激突の衝撃で丸ごと剥がれ落ち、またしても火花と共に方々へ飛び散って行く。魔力の残滓が客席を襲う。力のある者はそれを障壁で防ぎ、または襲い来るそれを一息に飲み込んだりしてやり過ごした。また弱いものは強いものの傍まで逃げ込み、その者の影に隠れてそれをやり過ごした。

 逃げ出した者はごく一部だった。それ以外は強い者も弱い者も、みな等しく客席にい続けた。それだけ眼前で行われている試合が魅力的で、見逃すには惜しいものであったからだ。

 

「いい加減に……!」


 互いの顔が至近まで迫ったところで、ホープが必死の形相のまま言葉を漏らす。それから彼女は剣を持つ手の力を緩め、刃に重心を置いていた相手の態勢を崩してから再度力を籠める。

 ホープが一息に剣を持ち上げる。直前に体のバランスを崩していた真樹は、それに釣られるまま剣を持ち手ごと上へと押し上げられた。腕が伸び切ってもホープの剣の上昇は続き、ついには真樹は剣を手放す羽目となった。

 はね飛ばされた真樹の剣が中空を舞う。剣と共に持ち上げられた真樹の両腕は、まだ天高く掲げられている。ホープがそのガラ空きの腹に手刀を叩き込む。

 クリーンヒット。ホープの一撃はやすやすと真樹の腹に命中し、そのまま彼女の体を貫通した。真樹の背中から血に濡れたホープの手刀が飛び出し、腹をぶち抜かれた真樹はその顔を苦痛にゆがめた。

 

「終わりだ」


 吐血する真樹を見てホープが告げる。しかし真樹は口から血を流しながらホープを睨み返し、不敵に笑みをこぼした。

 

「まだまだ」


 そして言い返し、両手でホープの頭を挟むように掴む。ここに来て何をしようというのか。ホープはすぐには理解できなかった。

 真樹はすぐにその答えを出した。彼女はホープの頭を掴んだまま、力任せに首を回転させた。

 結果、ホープの首の骨が折れた。彼女の頭部を支える骨は全て砕け散った。

 

「……!」


 骨がへし折られる直前、ホープは自分が何をされたのかを理解した。そして理解し、驚愕した表情のまま、彼女の頭は支えを失い、だらりと前に垂れ下がった。まさに首の皮だけで繋がった状態であった。

 ホープが一瞬で生気を失った後、真樹は自らずり下がって、体を貫いていた手を引き抜いた。そうして手刀から逃れた後、彼女は腹に穴の開いたまま、ただ直立するだけとなったホープの体を蹴り倒した。脳からの命令を受け取れなくなったホープの体は、ただ崩れ落ちるしかなかった。

 

「一生寝てろ!」


 その体を見下ろし、真樹が血反吐を吐いてから罵る。苛烈な戦いを経て暴力衝動に支配された彼女は、平時では考えられないほど見るからに凶悪な面構えをしていた。それから真樹は空から降って来た自分の剣を受け取り、腹に空いた穴が塞がっていく様を、直接そこに手を押し当てて確認した。

 しかしここまで来て、アリーナは静寂に包まれていた。生き残った観衆はその光景を固唾を飲んで見守り、実況解説役は両者の衝突の煽りを食らって再起不能になっていた。アリーナに降りていた審判は他の選手もろとも氷漬けになっていた。

 真樹もまた沈黙していた。彼女は無言のまま、倒れたホープを見下ろしていた。

 やがて彼女は、そのホープの手が僅かに動くのを見て取った。真樹は小さく舌打ちした。

 

「まだ生きてるのか」

「当然」


 苦々しい真樹の口ぶりにホープが答える。次の瞬間、それまで倒れていたホープは唐突に上体を起こし、両手をロボットのようにぎこちなく動かして、ひん曲がった頭を元の位置に戻した。

 

「これでも魔王の妹なんだからね」

「首を折ってやったのに」

「この程度で勝ったと思って欲しくないわね」


 真樹とそう言いあいながら、ホープが何事も無く立ち上がる。足元に落ちていた剣もしっかり拾い上げ、何の問題もなく構えを取る。

 

「そういうあなたは? まだやれる?」

「当然」


 完全回復した真樹もまた、相手に答えるように剣を構え直す。両者は氷漬けの大地の上で相対し、ただ眼前の敵だけを見据えていた。

 

「いざ」


 どちらからともなく声をかける。足に力を込め、氷の大地を踏み蹴り上げる。

 二人が同時に駆け出す。一瞬で距離が詰まり、必殺の間合いで剣を振り下ろす。

 それまでの中で最も強大な魔力波が解き放たれ、アリーナの外壁にヒビが入る。さらに最初のそれと同等の魔力が、二人が剣戟を交わらせる度に容赦なく解き放たれ、アリーナそのものに深刻な傷を負わせていく。

 

「はあああああッ!」


 死に物狂いで戦っている当人たちは、それに全く気付かなかった。ただ闘争本能に任せて剣を振り、目の前の敵を倒すことしか頭になかった。そんな彼女らを止める者もいなかった。生き残った観客も、踊るような彼女らの戦いにすっかり夢中になっていた。足元から這い上がって来る破滅の気配に気づかないまま、彼らは戦いに狂乱し、歓声を送った。

 

「ん?」

「何の音だ?」

「地震か?」

 

 限界を超えたアリーナが崩落を始めたのは、その一分後だった。地響きが声援を消し去り、大地の震動が二人の戦士の動きを止めた。

 この時、二人の胸にはそれぞれ互いの剣が突き刺さっていた。揺れが始まった瞬間、両者は咄嗟に飛びのいて間合いを離し、胸に相手の剣を刺したまま辺りを警戒した。

 

「なに? どうしたの?」

「敵襲?」


 真樹とホープが目を皿のようにして周囲を見渡す。地鳴りと揺れは未だ収まらず、観客も不安そうに周囲を見渡す。なお率先して警告を出すべき立場にいた運営委員は、皆真樹達の魔力に中てられてグロッキー状態だった。

 

「新手の参加者かしら?」

「それだったらいいわね。まだまだやり足りないわ」


 しかし戦っていた二人は、この状況を全く危険とは思っていなかった。既に外では外壁が剥がれ落ち、床を支える柱がぼろぼろと崩れ始めていた。観客席の足元にはいくつもヒビが入り始め、それに気づいた何人かが恐慌状態に陥ったりもしていた。

 アドレナリンに脳を侵された二人はそれに気付かなかった。耳に入る外野の悲鳴も、彼女達には歓声に聞こえていた。

 

「で、どうする? ここで中断する?」

「冗談じゃない。まずは決着つけましょう。話はそれからよ」

「それもそうね。白黒はっきりつけましょう」


 どこまでも戦い続けるつもりだった。抑止力はどこにもいなかった。

 そんな彼女達が現実に気付いたのは、二人がそこまで話した後、震動の衝撃で観客席から吹き飛んできた岩盤が真樹を押し潰した時だった。しかしホープが我に返って本当の状況を理解するのと、アリーナが本格的に音を立てて崩れていくのは、ほぼ同時だった。

 

「え、うそ?」


 逃げるには遅すぎた。十秒とかからず、瓦礫の山が中にいた全てを埋め尽くした。

 アリーナが巨大な墓標と化すのに、たいして時間はかからなかった。

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