総当たりと勇者
結論から言うと、小坂真樹に逃げ場は無かった。計画策定を丸投げされたホープは思案するのを面倒くさがった挙句、宣伝を行う際にもっとも単純で効果的な方法を使うことにした。勇者をアリーナで戦わせ、その姿を全世界に流すのである。ホープは真樹を広告塔として利用する気でいたのだ。
「そんな話聞いてません」
「ええ。今話したからね」
ホープ本人からその話を聞かされた真樹は、当然のように憤慨した。しかしホープは顔色一つ変えず、しれっとそれにそう答えた。真樹は唖然としたが、ホープはお構いなしに言葉を続けた。
「それと、あなたの出場日時ももう決まってるから。これスケジュール表ね。本番はまだ少し先だけど、今の内に準備しておいてね」
「あ、ああ……?」
真樹は困惑するしかなかった。それでも彼女は、ホープからそれを受け取ってしまっていた。彼女もまたノーと言えない人間であった。
しかも周りにいた魔族達は、全員が真樹の方をじっと見つめていた。その全員が、期待と羨望の眼差しを浮かべていた。
真樹はますます断れなくなった。
「じゃ、そういうことだから。開園初日の記念マッチ、しっかり頼むわね」
そのまきにホープが釘を刺す。周りにいたホープの部下も期待の眼差しを向けてくる。
ここにきて、真樹は悩むのを止めた。彼女はホープを見ながら半ばヤケクソに、「わかりました。やりますよ」と言ってのけた。
「最初の試合に出ればいいんですよね? やってやりますよ」
「ありがとう。勇者が出てくれれば盛り上がりも半端ないことになるわ。それじゃあ本番、よろしくね」
自身の置かれた状況が既に収拾不可能であるならば、悩む前にいっそ「もうそれでいいよ」と開き直ってしまったほうがいい。彼女がここに来て学んだ処世術であった。
それにスケジュール表によれば、開催までまだあと二か月もある。心の準備をしておくには十分すぎる長さだった。今の内にトレーニングをしておくのもいいかもしれない。真樹はそんなことさえ考え始めた。
開き直ってしまえば、色々と考える余裕が出てくる。そうして余裕を持ち始めた真樹は二か月後の「本番」に備えて、心を切り替えていった。
しかし現実は真樹に優しくなかった。三種族が合同で作業に着手したおかげで、全てのアリーナが二週間あまりで完成した。それを受けて後の予定も前倒しになり、最初の試合がアリーナ完成の一週間後に開催されることとなった。
最初それを聞いた時、真樹は頭の中が真っ白になった。予定が一か月早まったことに驚いていたのではない。その話を彼女が聞いたのは、最初の試合が始まる二日前だったのだ。
当然、心の準備など全く出来ていなかった。
「ちょ、ちょっと待って。え? じゃあもうやるってこと?」
「そうです。既に他の出場者にも連絡が行っています。あなたも準備をしておいてください」
「そんないきなり言われても」
「よろしくお願いします」
真樹に伝えに来たその魔物は、それだけ言ってさっさと消えた。気が動転していた真樹は、その魔物の瞬間移動先を把握する事も出来なかった。真樹はこの時人間界の町にある宿屋の一つにいたのだが、彼女の身の回りに起こった異変に気付いた者はいなかった。魔物の来訪は一瞬のものであり、何の痕跡も残さなかったからだ。
「……ええ?」
そして一人残された真樹は、ベッドに腰かけながら頭を抱えた。もうどうにもならない事はわかっていたが、それでも唖然とせずにはいられなかった。彼女の心はそれほど強くは無かったのだ。
しかし時は、真樹の感情などお構いなしに進んでいく。あっという間に二日が過ぎ、真樹は魔界に戻っていた。彼女がいたのは魔界の中央に作られた大闘技場。ここで全アリーナの開場を記念したエキシビジョンマッチが行われる予定となっており、そこに真樹が参加することになっていた。
結局真樹はここに来ていた。彼女はノーと言えない人間だった。
「おい、本当に来たぜ」
「すげえ。あれが勇者か」
「あの方が? 見たところ、普通の人間のようですが……」
しかも他の種族にまで話が広まっていた。彼女が選手待機場所である正面広間に足を踏み入れた瞬間、そこにいた全員の目が彼女に向けられた。数えるのも嫌になるくらい、そこには大量の選手でひしめき合っていた。
その全てが真樹を睨んでいた。それから数十分、真樹はどうしようもないほど居心地の悪い思いを味わった。誰もがこちらを見据え、時々仲間内で何やら話し合ったりしている。
心臓がキリキリ締め上げられていく。彼女はこの世界に来て初めて、元いた世界の家に帰りたいと本気で思った。
「お集まりの皆さま、長らくお待たせしました」
その時、奥の扉が開いてそこから一人の女性が姿を現した。祭儀の時に着るかっちりとした礼服を身に纏った、細身の女だった。頭から一対の角を生やし、一目見て魔族であることが確認できた。
「それではただいまより、エキシビジョンを始めたいと思います。皆様、準備はよろしいでしょうか?」
角の生えた女が淡々と告げる。選手たちはやにわにざわめき、やがてその中の一人が声を上げる。
「試合形式は? どんな感じで戦うんだ?」
「トーナメントか? リーグなのか? そこらへんどうなんだよ?」
「俺達、ここに来てから何も聞いてねえんだよ。いい加減教えてくれよ」
それを皮切りに、いたるところから一斉に不満めいた声が上がる。真樹はそれを聞いて、自分と同じ不安や不満を持っている人が思っていたより多いことを知って少し安堵した。
一方でやってきた女はぴくりとも動かなかった。彼女は選手たちを見ながら、ゆっくりと口を開いた。
「全員です」
「は?」
「全員で戦ってもらいます」
その場にいた全員がだらしなく口を開けた。そんな彼らに女が続けて言った。
「エキシビジョンはバトルロイヤル形式で行ってもらいます。ルールは単純。全員で戦って、最後まで生き残った一人が優勝です」
「マジかよ」
「なんか、短絡的だな。他に何か無かったのか?」
「企画担当がこれ以上頭を使いたくない、と言ったそうなので。文句がある方は担当者にお願いします」
応接の女は上司の内情を隠そうとしなかった。選手たちはそれを受け、その「担当者」に対して呆れたり、同情したりした。
真樹は苦笑するしかなかった。彼女は担当者であるホープの人となりを知っており、そして「あの人もこんな投げ遣りなことをするのか」と驚き混じりに思っていた。
ホープが魔王連中から雑事の全てを丸投げされていることは、さしもの真樹も知らなかったが。




