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戦いと勇者

 結論から言って、反魔族連合はその存在意義を大きく失った。魔族は彼らが明確な行動を起こすよりも前に、自分達の抱えている問題の解決策を自分達で提示してみせたのだ。しかも彼らは人間達が魔族を拒絶する動きにあることを知り、それでいてなお彼らを容認するという寛容な姿勢も見せた。元々人類の大半が魔族との全面戦争を望んでいなかったこともあり、こうした魔族の動きを見た反魔族連合に属する者の大半は、あっさりとその連合から離反した。

 

「戦争とはまさに百害あって一利なし。下手に傷つけあうよりも、手を取り合う方がずっと有益なのです」

「魔界の皆さんには色々と世話になっていましたからね。やっぱり、はいそうですかと手を切ることなんてできませんよ」

「ていうかさ、今更モンスターと殺し合いとか古いんだよね。仲良くできるんなら仲良くしていいじゃん?」


 一度ついた勢いは誰にも止められなかった。連合は急速に瓦解し、クーデターの主犯格とその側近だけを集めた一部の人間を残し、人類の過半が魔族の側についた。当然反魔族連合の残党はそれを非難し、制裁を加えた。世界のほぼ全域に食物を供給している農耕国に圧力をかけて食糧供給を停止させ、港湾都市に制圧部隊を送り込んで港を封鎖し、貿易ラインをマヒさせた。

 こうして離反した人間達は、同じ人間達の手によってその首根っこを抑えつけられた。しかしそんな彼らに対し、今度は魔族側が援助を行った。物資提供の見返りは闘技場の建設支援。供給を止められた国の人々は一も二も無くその提案に飛びついた。

 

「ギブアンドテイクか。中々上手い手を考えつくものだな」

「これくらいは思いついて普通だと思いますよ。国を治める者ならば猶更です」


 この人類支援のプランを提案し実行したのは、水の国の代表者ホープであった。しかし彼女のその言葉に対し、屋外の臨時会議場に集まった他の大陸の魔王達は、一様に黙りこくった。

 デルネスもセスタもジーラントも、神妙な面持ちでホープを見つめるだけだった。

 

「思いつかなかったの?」


 唖然とした表情でホープが尋ねる。魔王三人はバツの悪そうに視線を逸らした。

 

「じゃあ今までどうやって統治してきたのよ? まさか、具体的な施政プランも練ってなかったとか?」

「練るわけないじゃない。なにせ天下の魔王様、魔族のボスよ? 理知的で文化的な活動が送れるわけないじゃない」


 全部行き当たりばったりでやってきたのよ。会議場に同席していたホープの姉、メナスが口を挟む。ホープはそれを聞いてすぐにメナスの方へ首を回し、呆然と尋ねた。

 

「本当なの?」

「ええ。魔物は基本的に頭を使ってモノを考えるのが苦手だからね。そんな魔物連中のトップである魔王がどういう頭の構造してるか、わからないでも無いでしょう? 真面目にやってるあなたが特異なのよ」


 メナスは当然のように言ってのけた。ホープは軽い目眩を覚えた。

 

「そういうわけだから、細かい調整は全部あんたに任せるわ。あとよろしくね」

「そんな勝手な……」


 姉の言い分に、妹は辟易した。前に国の政治を丸投げしておいて、ここでも自分に仕事を丸投げするのか。ホープはここにいる魔王連中に対して真剣に怒りを抱き始めた。

 しかしその一方で、彼女は今後の計画策定のために頭脳を高速回転させていた。そしてプランは八割方完成していた。生真面目で、頼まれたものはイヤでも断れない。ホープは魔族において非常に珍しい、そんな性分をしていた。

 

 

 

 

 魔王達がホープに面倒事を押し付けている間も、人間界と魔界では闘技場の建設作業が続いていた。そこでは魔族と人間、そして天界の住人も作業に参加していた。

 

「なんで天使がここにいるんだ」

「魔族と人間が仕事をしていて、我々だけがサボっているわけにも行きませんからね」


 天使はそんな二種族からの疑念に対し、そう答えた。特に問題も無かったので、三種族は協力して作業に当たった。そして人手が三倍に増えたので、効率も三倍に増えた。

 完成日時は予定の三倍以上短縮されるだろう。ホープ直属の現場総監督はそう判断をした。

 

「凄いですね。みんなが協力したら、ここまで早く仕上がるなんて思いもしませんでしたよ」


 そして小坂真樹もその輪の中に入っていた。彼女は当たり前のように作業着に着替え、当たり前のように他の人達と仕事をしていた。真樹は驕らず、人間の一人として真面目に作業をした。周りの面々もまた彼女を特別扱いせず、仲間の一人として対等に接していた。

 そういった意味で、勇者真樹はどこまでも影の薄い存在であった。

 

「ところで真樹ちゃん、あんたも闘技場出るのかい?」


 そんな時、唐突に同僚の一人が真樹に話しかけた。彼の横で材木を切っていた真樹は、ノコギリを動かす手を止めてその男に目を向けた。

 

「それってどういう意味ですか?」

「だから、あんたも戦うのかいってことだよ。あそこ確か、自己責任で誰でも参加可能なんだろ?」


 魔族達はこのアリーナを作る前に、これは誰でも使える公共の場所としたいと説明していた。魔族と戦うのは、なにも同じ魔族である必要はない。同党の力を持っているのなら、それこそ人間でも天使でも誰でも良いのだ。


「天使の中にも何人かやる気のあるやつがいるらしいからな。人間の中にも、闘技場が出来たらそこで戦いたいってやつも出てくるかもしれん」

「へ、へえ、そうなんですか」

「それで、あんたはどうするのかって気になってな。勇者はアリーナに出場するのか否か、みたいな感じでな」

「あなたの方こそどうなんですか? 出場するんですか?」

「俺はもちろん出るとも。で、あんたは? 行くのかい?」

「ええと、それは……」


 真樹は迷った。本音を言うと、全く戦いたくなかった。目立ちたくなかったのだ。持て囃されることに慣れていなかった彼女は、大々的に祭り上げられるのを嫌ったのだった。

 しかし正直に自分の気持ちを告げて、相手を変に落胆させたくも無かった。だから真樹は強く言いだせず、苦し紛れに愛想笑いを浮かべるだけだった。

 

「なんだ、お前出ないのか? つまんねえな」


 そこにどこからか魔族がやってきて、彼女に声をかけた。その黒い肌をした魔族三人組は、真樹を見据えて口々に言った。

 

「あの勇者マキと本気で戦えるっていう、滅多にないチャンスだったのに。残念だぜ」

「俺達だけじゃねえ。魔物ならみんな同じこと考えてるぜ。あんたがどれほど強いのか、一度正面からぶつかってみたいってな」

「本当に参加しないのか? あんたが出てくりゃ、他の魔物もこぞって参加すると思うんだが」

「ええ……?」


 真樹はますます困惑した。そこまで期待されても、どうしようもない。そうして真樹が困惑していると、今度は反対側から天使達が近づいてきた。

 

「おやマキさん。あなたは出ないのですか?」

「我々もあなたの参戦を心待ちにしていたというのに、残念です」

「勇者の名を馳せる者と剣を交える。騎士としてこれ以上に心躍ることはありませんからね」


 先ほどまで自分と同じ汗を流していた天使たちが、そう言って一様に真樹を見つめてくる。人間と悪魔は共に驚いて、その天使達を見つめた。

 

「へえ、あんたらも闘技場に行くのかい?」

「天使連中は争いとは無縁そうに見えたんだがな」

「確かに我々は、無益な争いは好みません。しかしだからと言って、剣の腕も磨かずに怠惰な時を過ごすほど、愚かではないのです」

「それはあんたらだけかい? それとも天使全員の意見かい?」

「天界の騎士の総意と受け取ってもらって構いませんよ」

「ま、いいや。俺達は戦えりゃ何でもいいしな」


 そうして参戦を表明した天使達に対し、人間と悪魔は必要以上に驚いたりはしなかった。最後の悪魔の言葉通り、彼らは「戦えるなら誰でもいい」と思っていたからだ。

 そしてそのやり取りの後、戦狂い共は揃って真樹を見据えた。

 

「どうなんだよ真樹チャン。エントリーすんのかよ?」

「なあ、やろうぜ。あんたが出りゃ、嫌でも盛り上がるんだしよ。出ねえ手はねえぜ」

「勇者真樹よ。我々としても、あなたの参戦を強く希望します。我ら騎士団、みな貴女との手合わせを望んでおりますので」


 三つの種族が団結した瞬間だった。そして団結の代償として、小坂真樹は一人、針の筵に座らされることとなった。

 

「どうすればいいんでしょうか……」


 勇者は完全に委縮していた。

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