魔王と勇者
小坂真樹が人間の手にかかって捕まったことは、彼女が牢屋送りになった時には魔界の全てに広がっていた。魔族の重鎮たちは人間界で魔族への反攻の機運が高まっていることは既に知っていたし、彼らの一派が反乱を起こして無理矢理人間の意志を統一させたことも知っていた。ただ真樹を余計不安にさせるわけにはいかないと、そのことをあえて伏せていたのである。まさか彼らが真樹にまで危害を加えることは無いだろうと、高を括っていた部分もあった。
その傲慢さが、今の悲劇を生み出した。本当に人間が真樹を収監してしまったことを受け、魔族達は軽くパニックになった。しかしその混乱は長くは続かず、魔王達はすぐに理性を取り戻して解決策を模索した。人間たちに自分達が暴走の解決案を見出したこと、そして真樹の無実を訴えるためである。
「私に任せてください」
そこで真っ先に名乗りを上げたのが、複製の小坂真樹の中の一人であった。彼女は自分のオリジナルを助けるのは自分であると頑として譲らず、最後まで抵抗し続けた。
「ただでさえ本物が捕まっているのに、そこにお前が出てきたらどうなる? なおさら混乱が増すばかりだぞ」
「それでも、彼女を放っておくわけにはいきません。彼女は私にとって、家族も同然なんです」
他の魔族の反論に対し、言い出しっぺの真樹が負けじと言い返す。すると彼女の周りにいた「真樹達」が一斉に頷き始める。この時、確かに彼女達の意志は一つに統一されていた。
全部そうなるように設定してあるんだけどね。複製マキ達の生みの親であるホープは心の中だけで呟いた。そんな造物主の本音をよそに、複製マキの一人は強い語調で言い切った。
「とにかく、誰が何と言おうと、私が助けに行きます。私達が行かないとダメなんです」
「しかしだな……」
「お願いします。行かせてください」
真樹の態度は全く揺るがなかった。廃墟と化した水の国の王城の一室、大会議場の中にいた魔族達は全員がそれぞれ顔を見合わせた。この辺りの頑固さはオリジナル譲りか。目の前の「小坂真樹」を見て、彼らは一様に渋い表情を浮かべた。
「そんなにあ奴を救いたいか」
その時、部屋の奥から声が聞こえてきた。声を聴いた全員がそちらに目を向けると、そこには体を丸め、全身から溶岩を垂れ流しながら部屋の一角に鎮座する巨大な獣がいた。
デルネス。火の国の魔王は炎の吐息を漏らしながら、その複製の真樹をまっすぐ見つめつつ口を開いた。
「答えよ。そうまでして小坂真樹を救いたいのか」
マグマを纏った獣が問いかける。真樹の偽物はやや気圧されながら、それでも負けじとデルネスを見つめ返しながら答える。
「そうです。私は彼女を助けたい」
「捕まってすぐ死刑になるわけでもあるまい。それでも今すぐ、真っ先に助けたいというのか」
「放ってはおけません」
「そうか」
デルネスはそれだけ言って、口を閉じた。偽物もまたそれ以上は何も言わず、黙ってデルネスを見つめた。
空気が重く、張り詰めていく。やがて酸素に鉛が混じったかのように室内にいた面々が息苦しさを覚え始めたころ、デルネスがおもむろに口を開く。
「私も同じことを考えていたのだ」
賛同者が一人増えた瞬間だった。小坂真樹の複製体は、そんな魔王の言葉を聞いて喜びの表情を見せた。
一方で他の魔族達は、ここに至ってデルネスの性格を改めて理解した。この火の国の魔王は、とてつもなく小坂真樹に甘かったのだ。
「それで、その後どうなったんだ?」
「話せばわかると思って、正面から向かったんです。そしたら、こっちの言い分も待たずに一方的に拘束されて」
「ここに連れてこられたってわけか」
新たにやってきた小坂真樹から彼女がこうなるまでの流れを聞いた看守と囚人達は、一様に肩を落とした。助けに来た筈なのに、なぜかミイラ取りがミイラになってしまっていたのである。
「どうして抵抗しなかったんだ。何か理由があるのか?」
「だって、変に暴れたりしたら向こうが痛い目に遭うかもしれないじゃないですか。変に傷つけたく無かったんです」
「はあ?」
そして続けて行われた質問を経て、そこにいた小坂真樹以外の面々はあからさまに呆れた顔を見せた。この期に及んで人道的な判断を取るのか。彼らはそう言ってのけたコピーの真樹を、「ただのお人好し」と判断した。そんなことではこの世界では生きていけない、と心の中で厳しい評価を下す者もいた。
なおその中で唯一、オリジナルの真樹だけは彼女に対して理解を示していた。自分が彼女の立場にあったとしても、おそらくは同じことをしたであろうからだ。
「まあ、いいや。それで、この後助けは来るのか? それともお前ひとりで来たのか?」
その一方で、囚人の一人が遅れてやってきた方の真樹に問いかける。真樹はそれに対し、どこか申し訳なさそうに渋い顔を浮かべながら答えた。
「ああ、まあ、います」
「いるのか?」
「はい。一応、プランBは用意してあります。私が失敗した時の保険が」
「そりゃいい。これで俺達も自由の身だ!」
次善策が用意されている。それを知った囚人達は一斉に喜びを爆発させた。それに混じって看守も喜んでいた。
しかし言い出しっぺの真樹は苦い顔のままだった。それを見たオリジナルの真樹は彼女に声をかけ、向こうがこちらに視線を向けてから彼女に問いかけた。
「どうしたんですか? 何か問題が?」
「まあその、別に問題ってほどでもないんですけど」
「あるんですね」
「……はい」
レプリカは結局折れた。ここもオリジナルと一緒だった。嘘をつくのが苦手だったのだ。
そんな複製の自分に向かって、オリジナルの真樹が問いかける。
「何が問題なんですか。そんなに思いつめるほどのことなんですか?」
「……はっきり言うと、助けに来てくれる人そのものに問題があるんです」
「どういう意味です?」
「私はちゃんと止めたんですよ。あなたが来たら面倒なことになるから止めてくれって、他の人達も必死に説得したんです。でもその方はどこまでも頑固な方で、周りの反対を押し切って自分が向かうことを無理矢理認めさせたんです」
複製真樹は弁護に必死だった。しかし肝心の結果には触れていないので、何がまずいのかさっぱりだった。
オリジナルはじれったくなってきた。彼女は強い口調で、さっさと結論を話すよう要求した。
「つまり、なんなんですか。誰が来るっていうんですか?」
「そ、それは」
強気に出たオリジナルを前にしてレプリカが口ごもる。そうして圧倒されながらも、レプリカはそれに答えようと口を開きかける。
しかしその直後、外から大きな音が轟き、牢獄が激しく震動した。
「うわっ!」
「なんだ、なんだこれ!」
突然の揺れに不意を突かれた看守は思い切り尻餅をついた。他の囚人達は壁や鉄格子に掴まり、態勢を崩すまいと必死だった。
真樹も彼らと同じ行動をとった。しかしオリジナルが全力で鉄格子を握りしめている間、レプリカの方はどこにもしがみつかず、呆然と天井の方を見上げていた。
彼女の目はその天井の、さらに遠くを見つめているようであった。それを見たオリジナルが彼女に問う。
「これは? まさかこれが助っ人なんですか?」
「そうです」
レプリカは表情を苦々しいものに変えながら答えた。オリジナルが重ねて問いかける。
「誰が来たっていうんですか」
「デルネス様です」
「は?」
今度はオリジナルが呆然とする番だった。次の瞬間、外から獣の咆哮が聞こえてきた。
小坂真樹が一番聞きなれた獣の雄叫びだった。その叫びと共に、レプリカの説明が彼女の耳に入ってきた。
「火の国の魔王が直々に、あなたを助けることになったんですよ」
再度部屋が揺れる。壁を構成している煉瓦の隙間から溶岩が漏れ始める。床にへたり込んでいた者達が一斉に尻が焼けるような熱さを感じ、飛び跳ねるように立ち上がる。
そう来たか。オリジナルの真樹はただ驚くばかりだった。そして同時に、彼女はここでデルネスの性格を改めて再認識した。
火の国の魔王は、小坂真樹に心から惚れていたのだ。




