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闘技場と勇者

 国家の解体と人間性の喪失。そして風の国の王が、自らこの二つを容認したこと。これらの事象を帰ってきた真樹達から聞いたホープとミューゼル、そしてその大会議場にいた水の国の重鎮達はは、揃ってただ唖然とするばかりであった。


「本当にそんなこと言ったの?」

「はい。はっきり言いました」

「これはまた、思い切ったことするわね」


 真樹の断言を受け、天使長と魔王の妹は共に顔を暗くした。しかしその内、ホープが面を上げながら不意に呟いた。


「でもそれ、ありかもしれないわね」

「えっ?」


 寝耳に水だった。その場にいた全員が彼女を見た。

 ホープはそんな衆人環視の中、躊躇無く自分の意見を披露した。


「だって私達が暴走するのって、元々魔族が出来ないようなことを無理して続けたからなんでしょう? 理性がぶっ壊れるまで我慢するくらいなら、定期的に発散させて理性を保たせた方がずっと合理的じゃない」

「ですがその場合、最悪町が崩壊する可能性だってあるんですよ?」

「実力者連中が揃って暴走して、魔界そのものが崩壊するよりはずっとマシよ。それくらいならある程度制御出来る内にルールを組んで、その中で暴れさせて、被害を最小限に留める方がよっぽど有益じゃないかしら」


 アドメレクの忠言に対し、ホープはそう言ってのけた。天使は鼻白んだが、反論は出来なかった。滅茶苦茶な論理だが、それでも一理あるからだ。


「それはつまり、アリーナのような物を作る、ということでしょうか?」


 そしてホープの台詞にミューゼルが反応する。それを聞いたホープは何かひらめいたように表情を輝かせ、「それいいわね!」と言いながら天使長を見た。


「魔王公認で好き放題出来る場所を作るのよ。リングとか、闘技場とか。とにかくそんな所よ。そこでならどれだけ暴れてもいいし、どれだけ壊してもいい。そこで好きなだけストレス発散させれば、血石も出なくなるかもしれないわ」

「文化的な生活を壊すことなく?」

「そういうこと」


 真樹の問いかけにホープが頷く。そんな彼女に、アドメレクが再び質問する。


「どこに建てるのですか? 魔界は環境が極端ですから、全ての魔族が等しく満足できるような場所を見つけるのは難しいと思いますが」

「国ごとに一個ずつ作るのよ。それと魔界の中央に総合アリーナも作りましょう。特別大きな奴をね」

「総合アリーナ? なぜ?」

「魔界で一番強い奴を決めるためよ」


 ホープは臆面もなくそう言ってのけた。真面目なアドメレクは思わず苦い顔を浮かべた。


「遊んでいる場合ですか。これはあくまで、あなたがた魔族の尊厳を守るための措置でしょう?」

「こんな時だからこそよ。心に余裕を持って、静かな気持ちで問題に対処するべきなの。必要以上に肩肘張ってもロクな結果にならないからね」

「緩みすぎだと言っているんです」

「これくらい普通よ。少なくとも魔界ではね」


 アドメレクの忠告ものれんに腕押しであった。全く悪びれないホープにアドメレクは苦い顔をしたが、対する魔王の妹はどこ吹く風とばかりに澄ました表情でミューゼルに言った。


「ところで、どうかしら? せっかくだからあなた達も乗ってみない?」

「乗る、とは?」

「こっちで作った闘技場に、天界も参加してみないかって言ってるのよ」

「は?」


 アドメレクはまたしても唖然とした。周りにいたホープの部下は揃って目を丸くし、問われたミューゼルは「ほう」と呟いた。真樹は驚きつつも、その後の展開に目を輝かせた。

 そんな彼らを差し置いて、ホープは自分のペースを保ったまま話を続けた。


「それと人間達にも声をかけてみましょうか。三界最強の戦士を決めるっていうのも悪くないわね。どうせどこもろくに戦争しなくて暇してる感じだし、断る理由は無いわよね?」


 好奇心に表情を輝かせながらホープが提案する。なお彼女の中では、既に決定事項と化しているようであった。その証拠として、彼女の目はこれまでに無いくらい期待と好奇に満ちていた。


「まずは足場を固めましょう。他の魔王にこのことを伝えるのよ。向こうも向こうで暇だろうから、お姉様にも言っておきましょう。その次に人間界と天界ね。こっちは並行して話を進めるのがいいかもしれないわね。うん、そうしましょう」


 興奮したホープが、一人で今後の予定を組み立てていく。その熱気は本物であり、誰も口を挟めなかった。そして一方で、ホープはどんどん計画を構築していった。


「みんな聞いて! 今後の計画を発表するわ。当分はこんな感じで行くから、そのつもりでね!」


 そして報告を聞いてから数分も経たない内にホープはこれからの予定を組み上げ、その場でそれを発表した。彼女の声は朗々として躊躇いがなく、半端な反論を許さない迫力を有していた。おかげでホープと共に国を支えていたその重鎮達は、ただ諾々と彼女の計画を聞き入れるしか無かった。


「このままでいいのですか? 勝手に我々が彼らの計画に組み込まれて行っているのですが」


 そんな中、アドメレクが縋るようにミューゼルに問いかける。爪弾きにされた真樹の視線も、自然とその大天使長に向けられた。

 ミューゼルは一人平然としていた。彼女は柔和な笑みを浮かべたまま、やがてゆっくりとアドメレクの方に顔を向けながら彼の言葉に応えた。


「いいんじゃないでしょうか」

「えっ?」

「大きな戦乱もなく、退屈を持て余していたのは事実ですしね」


 ミューゼルはそう言い切った。アドメレクは顔面蒼白になった。


「それにあなたも、大分体が鈍ってきているでしょう? たまにはしっかり戦って、勘を取り戻しておくべきではないかしら?」

「それは……」


 事実であった。アドメレク自身、平和に倦んでいた自覚があった。このまま自分は戦争を経験せず、磨いたスキルを発揮できずに終わるのか。彼は僅かながら危機感と焦燥感を抱いていた。

 これは今まで誰にも明かさなかった、自分だけの秘密だった。しかしミューゼルにはしっかり見抜かれていた。


「他の天使達も、おそらくあなたと同じ心境のはずです。力を持ちながら戦えないと言うのは、非常に心苦しいものですからね。ならばこれはチャンスと見るべきです」


 ミューゼルは笑みをたたえて言った。しかしその笑みには、他の反論を許さない凄みも含まれていた。

 その息が詰まるような威圧感を受け、アドメレクは何も言い返せなかった。もっとも彼自身は、このような目に遭うのは初めてでは無かった。これはミューゼルが相手に有無を言わさず自分の意見を通す際に取る、彼女の悪い癖だった。そして彼女がそんな悪癖を持っている事は、天界では広く知られていたのだ。


「理性が拒むと言うのなら私が許可します。あなたもこの件に関わりなさい。思うままに暴れるのです」


 長が鬼気迫る笑みでアドメレクに告げる。

 告げられた天使は、もはや黙って頷くしかなかった。

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