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王と勇者

 城下町は惨憺たる有様だった。目に見える建物全てが倒壊し、至る所で瓦礫の山が築かれていた。街道には街路樹やどこの物かわからない煉瓦などが散乱し、まともに歩く事すら出来ずにいた。

 そして意外なことに、死体の類は一つも見られなかった。そもそも人気すらなかった。生活感の完全に欠如したその場所は、完全にゴーストタウンと化していた。

 その事実は、実はまだ誰も死んでいないのでは、という微かな希望を二人に抱かせた。しかし同時に、拭いようのない不安もまた、彼らの胸中に沸き上がってきたのだった。


「ここの住人はどこに行ったのですか? どこにも見当たりませんが」


 アドメレクがそんな疑問をストレートにぶつけた。前を行く真樹は王宮へ向かう足を止める事なく、その彼の問いに答えた。


「彼らならもうここにはいないわ」

「いない? どういう事だ?」

「本能に従ったのよ。理性を捨てて、本当の自分に立ち戻ることにしたの」

「?」


 アドメレクは今一つ要領を得ない顔を見せた。それは彼の横にいた真樹も同じだった。二人は自分達を先導する「偽物の」真樹の言葉を理解しきれずにいた。

 偽物の真樹は、そんな彼らの疑念をしっかり察していた。それから彼女は愉快そうにクスクス笑いながら彼らに話しかけた。


「最初の方でも言ったけど、詳しい話は王宮でね。落ち着いて、ゆっくり話しましょう?」


 本物の真樹とアドメレクは、それに異論を挟まなかった。ここは彼女の言葉に従うのが賢明だということは、この二人も理解していた。

 それから彼女達三人は、無言で王宮へと歩き続けた。国内外の境である検問から王宮へはまっすぐ一本道で繋がっていたが、今となっては決して平坦な道ではなかった。瓦礫の山を通り過ぎ、道に散乱した残骸や木々を踏み越え、時には前方を塞ぐように崩れていた建物をよじ登ったりもした。そうやって三人は汗だくになりながらも、どうにか王宮へとたどり着いたのだった。


「これが?」

「酷いなこれは」


 王宮もまた惨憺たる有様であった。かつて風の国の象徴であった、古風でありながら優美さも携えていたその古城は、今では一階部分だけが辛うじて残されているだけという痛ましい姿をしていた。天高くそびえていた三本の尖塔も、その塔を繋げる空中回廊も、その全てが崩壊し、ただの残骸となり果てていた。


「これはあなた達がやったの?」

「別にどうでもいいじゃない。玉座と寝室が残っていればいいのよ」


 本物の問いに対し、偽物は「はい」とも「いいえ」とも言わなかった。しかしその彼女の返答は、それだけで完全にオリジナルの問いに対する答えとなっていた。


「どうしてこんなことを」

「それも後で話すわ。さ、中に入って」


 それから偽物は本物からの問いを受け流し、余所者二人を城の中に招いた。本来なら堅く閉ざされていた正門は完全に開け放たれており、見張りの兵隊もいなかった。

 どこまでも無防備だった。それがアドメレクの不安を煽った。


「中には誰がいるんですか?」

「秘密」


 しかしその天使の問いに、偽物の真樹ははぐらかすだけだった。





 門の奥は狭いホールに通じていた。三人はそこを素通りし、正面通路を通ってまっすぐ玉座の間に向かった。

 玉座の間はほぼ無傷だった。敷物や絵画も無く、剥き出しの石材で囲まれたその空間は、王の領域でありながら華美とは無縁であった。もっとも、それは元からの仕様であり、特別驚くことでは無かった。


「うわ」

「すごい」


 真樹とアドメレクを驚かせたのはむしろ、その玉座の間にいた面子であった。そこにはまず王の椅子に腰掛ける者が一人おり、そしてそれを中心にして全部で二十人ほどの人間が、この空間の中にまばらに存在していた。直立する者、壁にもたれかかる者、気怠そうに床に座り込む者など、あり方もバラバラであった。

 そしてその全員が同じ顔をしていた。服も装備も全員違っていたが、顔だけは全員が小坂真樹であった。


「おお、よく来たわね。歓迎するわ」


 その小坂真樹の群れの中にあって、一人玉座に腰掛けていた真樹が最初に来客者達に気づいた。それは金の王冠を被り、豪奢なマントを羽織った、見るからに「お高い」身なりをした真樹だった。そして彼女が声を上げると、他の面々も一斉にオリジナルの真樹とアドメレクに視線を向けた。

 勇者と天使は軽く引いた。同じ顔をした人間が何十人も、一斉に自分の方を見てきたからだ。しかし本物の真樹とアドメレクは「相手に悪印象を持たせてはいけない」と踏みとどまり、どうにか無理矢理笑みを浮かべて見せた。


「は、ハイ」

「やあどうも。元気そうで何よりです」

「ええ、どうも。あなた達も元気そうね」


 そんな愛想だけはいい二人に対し、玉座に座っていた真樹は心からの笑みを浮かべて答えた。周りを見ると、その他の真樹も動揺に笑みを浮かべていた。全員が勇者と天使を歓迎していた。

 非常に気味が悪かった。


「それで、いつ本題に入るんです? 我々はここで何が起きたのかを知るために、ここまでやってきたんです」

「慌てないでください。それもちゃんとお教えしますから」


 そんな不気味な気配に屈しまいと、語気を強めながらアドメレクが玉座の真樹に問いかける。王の姿をした真樹はその天使の問いに対し、笑みを崩さないまま彼に返した。


「とりあえずは彼らを待ちましょう。せっかくですから、答え合わせは全員ですることで」

「誰が来るんです?」

「来てからのお楽しみです」


 そう言って、王の真樹は楽しそうに微笑した。それはまさに本物が浮かべるような笑みだった。アドメレクと真樹は一層薄気味悪い気分を味わったが、それを口に出すことは無かった。

 奥にある扉が開かれたのは、まさにその時だった。


「お待たせ。例の件だけど、大分わかってきたわ」


 そこからやってきたのは、また小坂真樹だった。フードの付いた黒いローブを羽織り、四肢をローブの中に隠しながら素顔を晒したその真樹は、どこか満足げな表情を浮かべながら王の真樹に向かって言った。王もそれに対して「ありがとう」と返した後、彼女を見ながら続けて言った。


「せっかくだから、ここで進捗を教えてもらおうかしら。彼女達と一緒にね」

「彼女達?」


 王の声を受け、ローブ姿の真樹が部屋を見渡す。それから彼女はすぐにオリジナルとアドメレクの姿に気づき、驚きながらも王に尋ねた。


「オリジナルがここに? どうして?」

「私達のした事を調査しに来たのよ。事を急いて騒ぎすぎたツケってところかしら」

「仕方なかろう。こちらとしても時間が無かったのだ。いずれにしろ選択肢は無かったのだ」


 王の返答に返すように、ローブを着た真樹の背後から男の声が聞こえてきた。同時にローブ姿の真樹の後ろから人影がゆっくりと姿を現し、ローブの真樹の横に並んでその姿を衆目に晒した。

 ぼろぼろの衣を纏った、痩せ細った長身の男だった。服といい、骨に肉を貼り付けただけのような体つきといい、非常に貧相な出で立ちであった。


「あなたは」


 それを見たオリジナルの真樹は驚いた。彼女の横にいた天使は、なぜ彼女が驚いているのかわからなかった。そして彼女に驚きを与えたその男は、驚くオリジナルに恭しく一礼をした。


「お久しぶりでございます。勇者よ」

「ど、どうも」


 オリジナルの真樹もそれに応えるように礼をする。アドメレクもつられて頭を下げ、その格好のまま横の真樹に問いかける。


「あの痩せた方は何者ですか?」

「風の魔王です」

「え?」


 アドメレクは目を剥いた。真樹はいたずらっぽく笑みを浮かべた。

 それから二人は表情を消し、同じタイミングで上体を上げた。それからローブの真樹と痩せぎすの魔王に視線を向け、勇者の真樹が彼らに向かって口を開いた。


「魔王様。私達がここに来た理由はご存じですね?」

「存じております」

「では、説明していただけますか?」

「もちろんでございます」

「じゃあお願いしていいでしょうか」

「はい。喜んで」


 風の魔王は非常に下手に出ていた。そして勇者の方も、傲慢とは無縁の態度を取り続けた。天使も、そして周りの真樹達も、彼女達のやり取りを止める者はいなかった。

 真樹とアドメレクは急かさなかった。聞きたいことは山ほどあったが、まずは相手の調子に合わせることにした。急ぎすぎても良いことは一つも無い。


「真樹様」


 その内、魔王がちらと王を見た。王の真樹は小さく頷き、魔王もそれに頷き返してから来客者に向き直った。


「では、説明に入ります。まずはなぜ我々がこのような事をしているのかについて、それから話すとしましょう」


 風の魔王は率直に来た。周りの面々は無言で魔王を見つめ、勇者と天使は固唾を飲んで彼を見守った。

 やがて魔王が口を開いた。


「解放のためです」

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