破滅と勇者
最初その男が何を言っているのか、誰も理解できなかった。しかしその男は至って真剣に、今にも世界が終わりそうな程絶望した顔で、主であるホープに向かって言った。
「風の国が崩壊したのです。前兆すらありませんでした。最初に王宮が、続けて町が唐突に破壊されていき、後には静寂だけが残りました。国そのものが瓦礫の山へと変わったのです。あまりにも唐突でしたので、何が原因なのかこちらでもわかっていません」
「ちょっと待って、崩壊? 国が?」
真樹がそれに食いつく。男が真樹の方に向き直り、そして相手が勇者であることに気づいて慌てて背筋を伸ばす。
真樹は素直に困惑した。それから彼女は、男に対して楽にするよう告げてから、先と同じ質問を繰り返した。
「国が崩壊したって、本当なんですか?」
「は、はい。ひょっとしたらまだ中枢部は生きているのかもしれませんが、それでも王宮と城下町が破壊されたのは事実です。風の国にあった城や建物が、まるで積み木を崩すように、ガラガラと壊れていったのです」
「どうやってそのことを知ったんですか?」
今度はアドメレクが問いかける。男は次にその天使に向き直り、なぜここに天使がいるのかと困惑しながらも素直にそれに答えた。
「監視用の使い魔から、その情報を得たのです。その使い魔は空を飛んで対象を上空から監視するタイプでして。それとその使い魔の目はこちらの監視魔術と繋がっており、使い魔が見たものはそのまま、こちらで映像として見るすることが出来るのです」
「他国を監視しているのですか?」
「必要な措置よ」
驚くアドメレクにホープが答える。この時のホープは「余計な事を言うな」と言わんばかりに不愉快そうに顔を歪めていた。
「何かあった時のための備えよ。別に他の国に攻め入る隙を窺ってる訳じゃないわ。そんなことしている暇が無いことくらい、こっちでも理解してるんだから」
「ではその情報を他国と共有しているのですね? その国の内情を独占していては、結局攻撃の機会を探っていると言われても文句は言えませんよ」
「なんでそんな事する必要あるのよ。これは私達の掴んだ情報。何の見返りも無しに提供するとかあり得ないわ」
「は?」
天使は愕然とした。散々不戦を言っておいてそんな事を言うのか。結局情報の格差が生まれ、そこから火種が生じるのは目に見えているだろうに。
「それが原因でいちゃもんをつけられて、攻め込まれたらどうするつもりなのです?」
「その時は迎え撃つまでよ。向こうから先に攻めてきたんだから大義もこちらにある。何も悪いことはしていないでしょう?」
ホープが逆に尋ねてくる。アドメレクは何も言えなかった。この悪魔は本気で言っているのか。おそらく本気なのだろう。自分と相手の間にどうしようもない溝があることを知り、この天使は言いようのない虚脱感を覚えた。
「これが魔界の一般観念なのです。何も言わずに受け入れるのが一番ですよ」
そんなアドメレクにミューゼルが話しかける。文字通り雲の上の存在である大天使長からそう告げられたアドメレクは、疑いもせず素直に彼女に従った。すなわちそれ以上考える事を止め、今ある問題に向き合うことにしたのだ。
「それで、国がそうなった原因はわかっているのですか?」
そのままミューゼルが男に尋ねる。男はそれを受けてミューゼルに視線を移し、そしてここに大天使長が降臨している事に今更ながら気づいて腰を抜かした。
「な、な、なんでここにあんたが!?」
思いきり尻餅をつきながら男が言い放つ。男は明らかに狼狽えていた。そんな男にホープが言った。
「大丈夫。今の彼女はただの客人よ。だから早く彼女の質問に答えて」
ホープにそう言われ、男はいくらか落ち着きを取り戻した。そして男は言われた通りおっかなびっくり立ち上がり、そして言われた通りミューゼルに説明を始めた。
「げ、原因はまだわかっていません。本当に突然だったんです。突然王宮が崩壊して、土煙と炎があちこちから上がって、そのまま今度は城下町が、次に周囲の町々が、一気に崩れていったんです」
「何もわからないのですか? 手がかりは?」
「だから、それもわかってないんです。今調べてますが、正直言って八方塞がりです」
「では、そうなる前の風の国はどのような状況だったのですか? 直接的な原因ではなく、間接的な原因は? 本当に兆候は無かったのですか?」
アドメレクが食い下がる。男は頭を掻きながら苛立たしげに答えた。
「わからないって言ってるでしょうが。間接とか直接とか、それも今調べてる最中なんです。ちょっと待っててください」
「風の国とは特別親しかった訳じゃないからね。こっちも内側の詳しい情報は掴んでないのよ。監視してたのは外面だけ。まあ日常的に、あっちにマキを売り出してたりはしたけどね」
男をフォローするようにホープが告げる。真樹が僅かに顔をしかめたのはその直後だった。
「それが原因なんじゃ……?」
「えっ」
直後、場の空気が固まった。その場にいた全員が一斉に真樹を見た。
そうして一気に皆の注目を集めた真樹はすぐに困惑した。
「あ、あの、ひょっとしたらそうなんじゃないかなって思っただけで、特に理由は無いんですけど」
それでもマークは外れなかった。
真樹は口が滑ったと思ったが、後の祭りだった。
その一時間後、真樹達は「爆心地」に到着していた。ここにいたのは言い出しっぺの真樹と付き人のアドメレクの二人だけであり、ホープとミューゼルは元いた水の国に留まっていた。
「私達のような重鎮が、安易に他の国に出向いては仕方ないでしょう? ですからここは、お二人にお任せします」
「ちゃんと調べてくるのよ。寄り道はしないで、要点だけまとめてくること。いいわね?」
魔王の妹と大天使長は揃って言いたい放題言ってきた。二人はそれらに抗弁する機会も与えられず、半ば強引にワープポータルでここまで放り出されてきたのであった。
「まったく、いくらなんでも勝手すぎます。あなたもそう思いますよね?」
これにはさすがの真樹も怒り心頭であった。そして真樹はすぐに隣のアドメレクに視線を向けて同意を求めたが、天使は何も言わず複雑な表情を浮かべるだけだった。例えどんな理由があろうと、大天使の悪口を口にするのは躊躇われたのであった。
「きっとミューゼル様には、何かお考えがあるのでしょう。だから我々だけをここにお送りなさったのです」
「本当ですか?」
「本当ですとも。あのお方が何の考えも無しにこんな事をなさるはずがない」
そう断言するアドメレクの声には覇気が無かった。そしてそれを見た真樹は何か言おうとして止めた。仲間の傷を抉っても何の得にもならない。ここはさっさと調査して、さっさと帰るのが得策だ。
真樹はそう考え、さっそく一歩を踏み出した。彼女達のいる所は風の国の入り口近くであり、眼前には国に入る際に通る検問があった。もっとも、今はその検問もその奥にある田園風景も、全て破壊され瓦礫の山と化していた。
「誰がこんなことを」
怒りと悲しみに顔を歪めながら、真樹がゆっくり歩き始める。アドメレクも慌ててそれに続く。
その田園地帯は見るも無惨な姿になっていた。田畑こそ傷ついていなかったが、そこかしこに建てられていた農夫の家や穀倉用の倉庫などはその殆どが破壊され、残骸の中からもうもうと煙を上げていた。中にはまだ赤々と炎を吹き上げている所もあり、まさに地獄のような場所であった。
「なんと無惨な」
真樹と並んで歩きながら、アドメレクが苦悶の声を上げる。真樹もそれに頷き、中心部である王宮を目指して進みながらそれに答える。
「ここにいた人達は無事なんでしょうか」
「わかりません。気配は感じられませんが、死体も見当たらない。どこかに逃げたのでしょうか」
「ここにいた人達なら逃げたよ」
その時、不意に声が聞こえてきた。それはアドメレクの言葉にそう答え、そしてそれを聞いた二人は反射的に声のする方へ体を向けた。
声の主は彼女達の背後にいた。そして声の主を見た真樹は目に見えて驚愕した。
「あなたは!」
「慌てないで。私達は敵じゃない」
そんな真樹に声の主が話しかける。その声の主は鎧を身につけ、頭部を露出していた。顔つきは見るからに女であった。
声の主は腰に提げていた斧を真樹達の方に投げ、ゆっくりと両手を上げた。降伏のポーズである。動く度に鎧の端が擦れあって、ガチャガチャと金属音が鳴るのが耳障りだった。
一方でそれがそんなポーズを取った時には、アドメレクもその声の主の正体をしっかり視界に捉えていた。そして真樹と同じように、それを前に驚きの顔を見せていた。
「あなた達がここに来た理由は何となくわかってる。でもこっちの話も聞いて欲しい。私達だって、何の理由も無しにこんな事をした訳じゃないの」
驚く真樹達の前で、その小坂真樹はまっすぐな眼差しのまま言葉を続けた。
「まずは王宮へ。そこでちゃんと説明するわ。ついて来てもらっていいかしら?」
二人は何も言えなかった。ただ目の前の真樹に請われるがまま、首を縦に振るだけだった。




