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人成山登山記録  作者: あゆつぼ
短編 人成山探訪記
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短編 人成山探訪記②

「この双六、全然楽しくないぞ」


 知佳と知子みたいな奴に一発ずつ殴られたり、邦実のような奴に六〇発棒で打たれそうになったりして、そんなことを思うようになった。

 みたいな奴というのはそのままの表現で、どうも見た目は知佳やら知子やら邦実やらなのだが中身は違うようで、仕組みは全く予想も出来ないのがこの双六には人成山の住人達を模したキャラクターが登場してくるようである。


 今のところ全てのマスでなんらかの暴力的行為に巻き込まれている。答え方が悪いのだろうか? しかし事実だけを淡々と答えたにもかかわらず警策を持った邦実みたいな奴に六〇発殴らせろと追いかけ回された。

 今考えてみてもさっきのはどうにも理不尽だ。


 気がつけば先を行ったはずのハナとも慧乃とも合流できず、果たしてこの双六は今どんな状態なのだろうか。慧乃の奴が既にゴールしていたりしないだろうか。

 なんて、期待するだけ無駄な話で、気がつくと手のひらの中には賽子が握られていた。何故か二つ。


「何故二つ?」


 どうして増えたのか? 誰も答えてはくれない。

 二つ振って良いのだろうか? いいや、振ってしまえ。


「十一ってことで、良いんだよな?」


 出た目は六と五。合わせて十一。

 進んで良いものか。いいや、二つ賽子を渡したのは他ならぬ人成山探訪記だ。

 ただただ登山道を登っていき、遂には人成山寺に続く長い長い石段の元まで辿り着いた。

 十一マス進むのは構わないが、思いの外距離があった。

 そしてどうにもまだ目的のマスは先らしく、仕方無く石段に足をかけて登ろうとしたところ、目の前、石段を十数段登った場所に、すっと黒い霧が立ちこめた。


「ここで十一マスか?」


 現れた黒い霧は段々と濃くなり、やがて人の形へと変わっていった。

 黒い簡素な和装と、木製の薙刀が目を引いた。

 和装のせいで体の凹凸は分かりづらいがどうにも女性らしい。

 腰まで伸びる美しい黒髪が雲を抜けた薄明かりに照らされしっとりと輝いていた。

 そしてその顔は、まあ今更さして驚きもしないのだが、六宮慧乃と瓜二つであった。


「ここを通りたければ、この私を倒していくことだ」


 何処までも慧乃の真似を押し通すらしい。

 しかし慧乃と四月近く共に過ごした今となっては、その偽物の慧乃らしくない場所ばかりが目につく。

 そもそも慧乃の瞳はそんな光沢のない黒色をしていないし、人に対してそんな敵意むき出しの表情を向けたりしやしないのだ。

 しかしそうだとしてもこれは人成山探訪記のイベントの一つ。突破するにはどうにもこれを倒さなくてはいけないらしい。


「倒せば良いんだな」


 尋ねると、偽慧乃は無言のまま薙刀を構えた。

 素手対薙刀では幾分不利ではあるが、相手が慧乃なら勝機はある。

 さっさと先へ進もうと、勢いよく階段を駆け上がる。足場が不安定だがそれは相手も同じだ。


 と、突っ込んだところで偽慧乃が一歩踏み出した。

 向かってくるのか。だがまだ距離はある――

 そう思った刹那、薙刀の切っ先が肩に突き刺さった。

 思わず後ろに飛んだが、そのまま石段から足を踏み外し、一番下の段まで転がった。


「痛ってええ」


 体のそこら中が痛い。特に薙刀で突かれた肩が激痛を訴えていた。

 何があったのかと顔を上げて偽慧乃を見ると、突きだした薙刀を優雅に振るっていた。

 そのまま薙刀の尻で石段をトンと鋭く突くと、口を開いた。


「そこで一時頭を冷やすが良い」


 言い捨てて、偽慧乃は現れた時と逆に、黒い霧の塊になったかと思うとそのまま空気に溶けるように霧散した。


「油断した。あいつが慧乃じゃないって事を忘れてた」


 素手対薙刀で勝てる前提は、相手が慧乃だった場合だ。

 相手が人成山探訪記が用意した門番キャラなのだからその前提が成り立つわけはない。


「あら、私がどうかしたかい? というより一体何が起きたらそんな風にぼろぼろになるのかな?」


 背後から声をかけてきたのは、本物の方の六宮慧乃である。いつの間にやら追い抜いていたようだ。そして何故だか、手に子猫を抱いていた。


「この先の門番に返り討ちにされた。気をつけた方がいい、滅茶苦茶強い」

「この先のねえ。忠告ありがとう。気をつけて進むとするよ」


 慧乃はそう言って石段へと足をかける。

 案の定、それを合図にしたように、黒い霧が現れて人の形を作っていった。


「あら? これはまた粋な催しだね」

「ここを通りたければ、この私を倒していくことだ」


 そしてその台詞にはさしもの慧乃も驚いたらしい。


「今まで散々人に対して言ってきた台詞だけれど、言われた側はこんな気持ちになるのだね。これは良い勉強になったよ」

「どこまでも脳天気だな……。それ倒さないと先に進めないんだぞ」

「そのようだね。えーっと、あなたを倒したらここを通ることが出来るのですか?」


 偽慧乃は無言のまま薙刀を構える。

 その姿に慧乃は笑顔を浮かべて返した。


「受けて立ちましょう」

「おいおいマジか。お前が勝てる相手じゃ――」

「それはやってみないと分からないでしょう?」


 何処までも慧乃は楽天的だ。丸腰の慧乃が一体どうして薙刀を手にした偽慧乃に勝てるというのか。


「ではあなたに問います。あなたは因果に落ちますか? 落ちませんか?」


 何を思ったか、慧乃は偽慧乃に対してそう問いかけた。

 すると偽慧乃は構えを解いて、直立して慧乃へ視線を投げかける。


「問いはこちらから出題する」

「ええ、良いでしょう。受けて立ちます」


 慧乃が答えると、偽慧乃は薙刀の尻で石段を鋭く突き、問いを発した。


「その子猫は因果に落ちるか、落ちぬか」


 問いかけに対して、慧乃は少しだけ口角を上げて見せる。

 そして大して興味なさそうに静かに問い返した。


「他に何かあるかい?」


 しばしの静寂。やがて慧乃の手の中で子猫が小さく鳴き声を上げる。

 偽慧乃は微笑む慧乃を一睨みすると、短く一言だけ声を発した。


「よろしい通れ」


 突然強烈な風が吹き抜けると、偽慧乃は黒い霧となってそのまま煙のように姿を消していった。


「通って良いみたいだね。それでは先に進むとするよ」


 それだけ言い残して先へ進もうとする慧乃を、思わず引き留めた。


「待て、今のでどうして正解なんだ。「他に何かあるか」ってのはどういうことなんだ」


 尋ねると慧乃は振り向き、そしてやはり意地の悪い笑みを向けた。


「君は一体、これまで人成山で何を学んできたのかな?」

「何だよ。自分で考えろって言いたいのか?」

「分かっているのなら自分で考えてみるといいさ。前にも言ったとおり、人成山の問いに対する正しい答えなんてものは存在しないのさ。今のだって通れと言われただけで正解とは言われていないだろう?」

「確かに。言われて見ればそうだ」

「分かってくれたかい。では先に行くけれど、きっと直ぐ追いついてくるだろうね?」

「ああ勿論。さっさと行ってくれ」


 慧乃は石段を早足で駆け上がっていき、石段の下に一人残された。

 やがて慧乃の姿が見えなくなると、手のひらの中に賽子が一つ現れた。


「今度は一つか」


 とはいえ、結局この石段の偽慧乃を突破しなければここから先へは進めないのである。

 意を決して賽子を振ると、出た目は一だった。

 思い切って一歩石段へと踏み出すと、黒い霧が人の形を作っていく。


「ここを通りたければ、この私を倒していくことだ」

「受けて立つ。問いをくれ」


 前回のような過ちはしない。戦って勝てる相手ではない。

 人成山に来たばかりの頃はよく慧乃に「君は直ぐ物理的手段に訴えるきらいがある」などと言われたものだが、今はもう昔の自分とは違うのだ。


「よかろう。では問う。道とは何か」

「道?」


 問いかけを思わず復唱する。

 道とは何か。

 道とは。

 道。

 道は道じゃないのか?


 いやいや落ち着け。これは単なる問いかけではない。

 人成山探訪記が問いを発している以上、この問いは人成山の呪いと深く関わりのあることだ。

 その前提で考えたとき、一体「道」とは何か。


 今自分が立っている場所も道だ。

 というか、人が歩く場所を道と呼ぶのならば、何処だって道となり得る。

 さて、ではここで言う道とは?

 こいつは道に対してどのような回答を求めているのか――。

 不意にかつんと、薙刀の尻で石段を突く音が響いた。

 どうも答えの催促をしているらしい。沈黙は答えにならぬと。


「道とは――」


 そこまで口にしてみたが、どうにもその先は出てこなかった。

 道とは何なのか?

 道は道だ。他にどう答えろというのか。

 どうにもこうにも頭の中が真っ白になってしまい、思わず答えらしき何かを口にした。


「他に何かあるか?」


 偽慧乃がもう一度薙刀の尻で石段を叩くと、足下の石段が霧のように空気に溶けて、そのまま足場を失った体は転がるように後ろに倒れた。


「うおっ、ちょっと待て――」


 そのまま石段の一番下まで転がって、見上げた先では偽慧乃がこちらへ冷たい視線を向けていた。


「そこで一時頭を冷やすが良い」


 偽慧乃の体は黒い霧となって風に流れて消えていった。

 何がいけなかったのか。そんなの分かりきっていた。

 他人の答えをさも自分の答えのように口にしたとなれば、そりゃあ人成山は怒りもするだろう。


「急かされなかったら問題ないんだ。道だろう、道――」


 その場であぐらをかいて、再び思考を始める。

 道とは何か。考えても考えても答えが出ることはない。

 どうしたものかと思案にくれていると、背後から足音が聞こえてくる。振り返ると、花束を持ったハナの姿があった。


「あれお兄ちゃん。一回休みですか?」

「いや、これで二回目だ」

「たまにはお休みも良いですよね」

「どうだろう。休みとは言っても休まされてる感じだ。ともかく、ここから先に進むなら気をつけた方が良いぞ」

「何かあるんですか?」

「この先に行く手を阻むたちの悪い女が居る」

「えへへ。お姉ちゃんみたいですね」


 そう言ってハナは迷うことなく石段へと足をかけた。

 それを合図に、黒い霧が現れ人の形を作る。


「ここを通りたければ、この私を倒していくことだ」

「あ、本当にお姉ちゃんみたいです!」


 現れた偽慧乃の姿にハナは目を丸くして驚いた。


「でもやっぱり別の人なんですね。ええと、先へ進みたいのですが、倒さないといけませんか?」


 ハナが尋ねると、偽慧乃は手にした薙刀を振るって突き出すように構えた。

 その隙の無い鋭い構えにハナは一歩引き返そうとしたがなんとか踏みとどまり、逆に一歩踏み出して、手にした花束を前へと差し出した。


「あ、あの、このお花、とっても綺麗なんです。お姉ちゃんから貰ったものですけど、これで通してくれませんか?」

「いやいやハナ、そいつは――」


 しかし何を思ったのか、偽慧乃はゆっくりと石段を下ってきて、ハナが差し出した花束を両手で受け取ると、顔を近づけてその香りをかぐ。


「優しい香りがする不思議な花なんです」


 ハナは聞かれていないのにそう説明する。すると偽慧乃はハナの顔を一瞥して、それから一言言い放った。


「よろしい通れ」

「わあ、ありがとうございます!」


 偽慧乃は直ぐに煙となって空気へと溶けていったが、それでもハナは頭を下げてお礼を言った。


「お花、きっと似合いますよ。では先へ進ませて貰いますね。お兄ちゃんも、一旦お別れです」

「ああ、先行ってくれ」


 石段を登っていくハナに別れを告げてその背中を見送る。

 それにしても、買収もありなのか。

 だが困ったことに渡してしまえるものを何も持っていなかった。

 慧乃やハナと違って、ここに来る道中で何かを手に入れるイベントには出くわさなかったのだ。

 しばらくすると手のひらの中に賽子が現れた。

 そいつをそっと地面に転がして、数も確認しないで立ち上がり、石段へ一歩踏み出す。

 すると偽慧乃が現れていつもの台詞を言い放つので、どうしたものかと一瞬考えてから、問いかけた。


「何も渡すものがないんだが、通して貰えないか」

「通せぬ」

「おぅっ」


 即座に足下の石段が煙のように消え果てて、そのまま尻餅をつく。


「早い! 拒絶が早すぎる。もう一回チャンスを――」

「そこで一時頭を冷やすが良い」


 偽慧乃はこちらの言い分などまるで聞く耳持たぬと言った風で、それだけ言い残すとまたふっと空気に溶けるようにしてその姿を消してしまった。


「一体どうしろっていうんだ」


 まるで答えが見えない難題にどうしたものかと頭を悩ませる。

 頼んでも駄目なら何とか人成山探訪記が納得出来る答えを出すほかない。

 手のひらの中に現れた賽子を振って石段へ足をかける。

 姿を現した偽慧乃に対して問いを求めると、即座に問われた。


「声を出してはならぬ。さあ、言うてみよ」


 声を出すなと言っておきながら、言うてみよとはどういうことだ。

 そう言えば最初のマスでのアレも試されたのはこれと同じような事柄であった。

 口を開けば落ちるような状態で、しかし問いかけに答えなければならない。

 つまりここの答えは――。


「無茶苦茶言うな」


 自信満々に答えたのだが、溶けるように足下の石段が消え失せて、本日一体何度目となるかも分からぬ尻餅をついた。


「そこで一時頭を冷やすが良い」


 偽慧乃が消え失せてその場に一人残された。

 一体今の問いかけに何と答えたら許されたのだろうか。

 黙ることと語ることを同時にやるのは出来っこない。それでも答えろというのだからああするほかないじゃないか。

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