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人成山登山記録  作者: あゆつぼ
短編 人成山探訪記
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短編 人成山探訪記③

 それから何度か偽慧乃の問いかけに挑んでみたものの、毎度毎度石段を消されて一番下まで落とされた。

 石段が消えることを予測して後ろに飛び退くと地面を消されて背中から落ちる羽目になるので、それからは素直に尻餅をつくことにした。

 何度目の落下だろうか。下に落ちていたところに、後ろからクソメガネがやってきた。遂に一マスずつ進んでいたこいつにまで追いつかれてしまったわけだ。


「おや馬謖、こんなところで寝転がってなにをしてるんだい?」

「見ての通り頭を冷やしてるんだよ」

「はっはっは。そりゃあいいや。僕も是非仲間に入れて欲しいね」

「お断りだ。だがもしかしたら、頭を冷やす羽目になるかも知れない」

「どういうことだい? なんて、聞いてしまったらつまらないかな。んじゃあ僕は先へ行くよ」


 クソメガネが石段へ足をかけると、例によって黒い霧が現れて、偽慧乃が姿を現した。


「おお、これはなかなか面白そうだ。さあ、どうやって僕を楽しませてくれるんだい?」


 現れた偽慧乃はクソメガネの問いかけに対して薙刀を構えることもなく、無感情な視線を一瞬向けたかと思うと、一言だけ短く声を発した。


「通れ」


 偽慧乃は姿を消し、残されたクソメガネはきょとんとした顔で振り返った。


「どういうことだろう?」

「お前の相手するの、面倒くさかったんだろうな」

「はっはっは。面白いことを言うね馬謖は。ま、通れと言われてしまったから通るとするよ」


 クソメガネは今し方現れてそのまま消えていった偽慧乃について深く考えず、そのまま先へと進んでいった。全く、幸せな脳みそをしていやがる。

 さっさと上がりたかったのに、いつの間にやら最後尾になってしまった。

 これも全部、この通行妨害女のせいだ。


 慧乃は出された問いに答えを返して通行を許された。

 ハナは持っていた花束を差し出して通行を許された。

 クソメガネは何もしていないにも関わらず通行許された。

 そして自分は、未だ通行を許されていない。


 一体この違いはどこからくるのか。

 確かに自分は出された問いに対して明瞭な答えを出したわけではないし、何かを与えたわけでもない。でも、クソメガネは何もしていないのに通行を許されている。

 クソメガネはどうして通行を許されたのか?

 相手をするのが面倒くさかったから? それとも、一マスずつ進んできたクソメガネに対する温情とかだろうか。


 考えても答えなど出るわけがない。

 気がつくと手のひらの中に賽子が転がっていた。

 偽慧乃が出す課題を突破する算段は何も持っていなかったが、ともかく進まないことにはどうしようもない。

 起き上がると賽子を転がして、数も確認しないで石段に足をかけた。

 現れた黒い霧が偽慧乃の形になる。


「ここを通りたければ、この私を倒していくことだ」


 偽慧乃はこちらをタダで通してくれるつもりは全くないらしく、薙刀を構える。


「どうしても倒さないと駄目か?」


 問いかけに対し偽慧乃は薙刀の切っ先を振り下ろして答える。駄目ならば、問いに答えるほかあるまい。


「分かったよ。問いをくれ」

「よかろう。では問う。道とは何か」

「道――」


 最初に出されたのと同じ問いだ。

 さて、道とは。

 あれ以来考えていたものの、結局答えは出ていない。

 されど出された以上考えないわけには行くまい。


 道とは――。人成山が言う道とは何か?

 そうだ。道は道路だとか山道だとかそういった意味ではない。

 人成山で道とわざわざ言うからには、それはきっと物理的な意味を持たない、精神的な道であるはずだ。よく人生を道に例えたりするが、こいつはその道とは何かを問いかけているのだ。

 さて、そうしたときの道とは――。


 思案の途中だというのに、偽慧乃は薙刀の尻で石段をかつんかつんと叩いて、こちらに回答の催促をしてくる。

 あまり長い時間考えさせてはくれないようだ。

 早急に答えを出さねばならない。さあ、道とは何か――。これまで人成山で学んだ道とは――。


「分からん!」


 自信満々に答えると、偽慧乃は目を細めてこちらに鋭い視線を送った。

 しばしの沈黙。

 その後、偽慧乃は薙刀を鋭く振るうと短く声を発した。


「そこで一時頭を冷やすが良い」

「え、おい――」


 足下の石段がかき消されて、落下して尻餅をつく。

 答えには自信があったのだが、正解としては認められなかったようだ。若干悩みはしたみたいだが。

 これで駄目となると本格的に行き詰まってしまった気もする。

 今以上の回答を出せと言われたら、もう少しばかり猶予時間を長くとって貰わなければ。慧乃と違って、即座にぽんと答えを出せるような頭はしていないのだ。

 どうしたものかと、地面に座り込んだまま思案する。


「道とは何か――」


 偽慧乃の問いかけを声に出してみると、近くから透き通った声がそれに答えた。


「普段の気持ちがそのままに道さ」


 声に振り返ると、そこにはにんまりと笑う、慧乃の姿があった。


「というのは正解にはならないだろうけどね。それでも大切なことだと思うよ」


 慧乃はそんな風に先程の答えについてなにやら付け加えていたがそれ以上に気になることがあった。


「お前どうしてここにいるんだ? 先に行ったはずだろ?」

「それはほら、双六にはあるだろう? 振り出しに戻るってやつさ」

「それで、振り出しからやり直してきたと」

「そうなるかな?」

「わざと答えを間違えて戻ってきただろう」


 問うと、慧乃は指で髪の先をくるくるといじり初めて照れくさそうに笑う。


「それはどうかな。でも、戻った甲斐はありそうで嬉しい限りだよ」

「助けてくれるのか?」

「うーん。何とも言えないね。ところで随分行き詰まっているようだけれど、さっき言っていた「道とは何か」というのはここで出された問いかけで間違いがないかな?」

「間違いないよ」


 答えると、慧乃は顎にぴんと伸ばした指を当てて、不思議そうに首をかしげた。


「どうして君は、そんな問いに挑戦したのかな?」

「どうしてって……」


 問われても困る。問いを出したのは偽慧乃だ。そんなの向こうに聞いてくれ。


「ええと、こんなこと聞いていいのか分からないけれど、君はそういうの答えるの得意だったかな?」

「お察しの通り苦手だ」


 答えると、慧乃はやはり不思議そうにして言葉を返した。


「ならどうして問いを出させたのかな? 君の得意なことで勝負したらいいじゃないか」


 一瞬、言葉の意味を理解できなかった。

 しかし意味が分かると分かったで困惑する。


「いやいや、そんな、こっちの得意なことで勝負してくれるのか?」

「え? してくれなかったのかい?」

「いや、試してない」

「どうして?」


 どうして、と問われると答えようがなかった。

 だって最初に殴りかかって返り討ちにされて、真っ向勝負で勝てる相手ではないことは分かっていた。次いでやってきた慧乃が問いに答えて通行許可を得たので、そうやって通るものだとばかり思い込んでいたのだ。


「すっかり忘れているだろうけどこれは双六だよ。人成山で学んだ智慧を試すという側面もあるだろうけど、遊戯であることは間違いないのさ。だからあれこれ難しいことは考えず純粋に楽しんでみたらどうかな」

「そういえばそうだった。これまで全く楽しめなかったけど、残りくらいは楽しんでやるか」

「その意気さ。ほら、君の番だよ」


 気がつくと手のひらの中に賽子があった。

 そっと地面に落としてその目を確認する。

 六か。なかなか良いじゃないか。これで、クソメガネは追い抜ける。


 一歩足を踏み出して、石段へと足を駆ける。

 案の定姿を現した偽慧乃が、薙刀を構えて言い放った。


「ここを通りたければ、この私を倒していくことだ」


 通りたければ私を倒せ。確かに、方法は何も限定されていない。

 何で勝負したら良いか? 考えるまでもない。得意なことで勝負したら良いのだ。


「写真で勝負だ」


 提案すると、偽慧乃は無表情のまま頷いた。


「よかろう」


 偽慧乃が手にしていた薙刀が煙のようにすっと消え去り、代わりに、両方の手に一台ずつカメラが現れた。


「好きな方を選べ」


 現れたのは国産のフォールディングカメラと、ドイツ製のレンジファインダーカメラ。いまいち使い方の分からないフォールディングカメラを避けて、一応使い方は知っているレンジファインダーカメラを選んだ。


「よかろう。被写体はそこの女とする」

「あら、私かい? そういうことなら協力させて貰おうかな」


 指名を受けた慧乃は階段を駆け上がって、偽慧乃の元まで赴く。


「ではこちらから撮らせて貰おう」


 偽慧乃がそう言うと同時に辺りの景色が一変して、どことも分からぬ、一面に黄色い菜の花が咲き乱れる場所に移り変わった。

 いつの間にやら慧乃の服装も変わっていて、真っ白なワンピースと、つばの広い白い帽子を被っていた。


「わあ。流石にこれには驚いたね」


 いつも見ない慧乃のそんな服装は確かによく似合っていて、艶のある腰まで伸びた黒髪とも相まって、素直に美人だと感じた。そんな慧乃が黄色く染まった菜の花畑の中にいるのだから、絵にならないはずもない。


「向きはそのまま。手は帽子のつばを持って。もう少し前の方。左手はそのまま下に。力を抜いて。目線をもう少し上に――」


 偽慧乃はそんな慧乃に対して次々と指示を出してポーズをとらせる。相当ガチなようで細かく指示を重ねたが、慧乃の方もノリノリで、指示に従ってその通りのポーズをとった。

 やがて満足したのか偽慧乃はカメラを構えて、光学距離計と単体露出計を使って設定を合わせ、やがてシャッターを切った。


 その瞬間、またも景色が一変し、元いた人成山探訪記の中の、人成山寺前の階段に戻った。


「戻ってきたようだね」


 慧乃の服装も元通りになっていた。


「次はそちらの番だ。場所も被写体の服装も好きにするが良い」

「なんでもこいさ。さあ、私はどうしたら良い?」


 慧乃はやる気満々なようで嬉しい限りである。しかし場所だの服装だの自由にしていいのなら、むしろカメラを自由にさせて欲しかった。――などと愚痴っていたら頭を冷やせと落とされそうだから口には出すまい。


「好きにして良いんだな? だったら――」


 他の誰でもない、被写体が慧乃である以上、撮るべき写真は一つしかない。

 目を瞑ってその慧乃の姿をイメージすると、再び目を開いた時には慧乃の服装はその通りに変わっていた。

 剣道着のような紺色の上着と黒い袴に、手にはいつもの薙刀を手にしている。


「あら? これって、いつもの服装だよね?」

「なんでもこいって言ったじゃないか」


 正確には靴だけは手を加えて、いつもの運動靴から足袋に変更していたが、概ね変わりないと言っていいだろう。


「確かに言ったね。それで、私はどうしたらいいんだい?」

「もう少し上の段まで行ってくれ。あんたは一旦消えろ」


 消えろと言うと偽慧乃は言われたとおり姿を消した。

 慧乃が階段を数段上がったところでそこで止まるように言って、階段の真ん中へと立たせる。


「この後はどうしたらいいかな?」

「いつもの奴を頼む」

「いつもの奴?」


 首をかしげう慧乃。そんな慧乃に対してにっと笑みを見せて答える。


「いつもの奴だよ」

「ああ、いつもの奴ね。分かったよ」


 それで慧乃も理解してくれたらしい。

 露出を適当に合わせてカメラを構え、焦点を合わせると合図を出す。


「やってくれ」


 合図を受けて、慧乃はすうっと息を吸い込んで、薙刀を振るって構えると、腹の底から大きな声を出した。


「ここを通りたければ、この私を倒してからにすることね!」


 その瞬間、シャッターを切った。

 いつの間にやら目の前の慧乃の姿は消え、その代わりに偽慧乃が立っていた。

 偽慧乃は伏せた目でこちらを一瞥すると、静かに短く声を発した。


「よろしい通れ」


 偽慧乃の姿は煙のように消え去った。ようやっと先に進むことが出来る。


「どんな写真が撮れたかちょっと気になるけどね。ともかく先へと進もうか」


 背後にいた慧乃の声に、先程まで持っていたカメラが消えて無くなっていることに気がついた。


「そういやお前、賽子は振らないのか?」


 当然の如く着いてくる慧乃に尋ねると、慧乃はにやりと笑う。


「振り出しから元いたマスまで歩いて戻るという指示だったからね。戻りきるまで賽子が振れないのさ。ところで、君は六の目を出していたけれど、そこで一旦お別れで良いのかな?」

「ああ構わないよ。先に行ってくれ」

「分かったよ。少し寂しい気もするけれど、先に進ませて貰うとしようかな」


 残りはまだまだあるが、もう慧乃がいなくても大丈夫だ。

 これは双六なのだから、楽しんだらいい。


 因果に落ちるか落ちないか。その問いに慧乃は因果次第だと答えた。

 因果が絶対の法則である以上、因果に落ちるのは当然だ。問題は因果に落ちた後。そこでどう振る舞うか。

 それこそ因果次第だ。こうして双六という因果に落ちた以上、因果を受け入れて楽しんでしまわなければもったいない。


 六マス先へと進むと、目の前に薄汚い格好をした老人が現れた。

 その老人がしゃがれた声で、こちらに一つ問いかけた。


「どんなものが仏かな?」


 仏は何か? そんな問いに答えを持っているわけがない。残念ながらこちらは住職でも修行僧でもありゃしないのだ。

 それでもこれが遊戯だと分かっていれば答えることは容易い。なんだかそれっぽく、それっぽい事を言っておけばいいのだ。その結果因果に落とされたのなら、落とされた先でどうしたら良いか考えたらよろしい。


「分からないのか? 心だよ」


 適当な答えを返すと、老人は満足した表情で頷いてその姿を消した。

 あまりに適当な答えがよほど面白かったのか慧乃はしばらくクスクス笑っていたが、やがてこちらを真っ直ぐ見据えて柔らかな声を発した。


「では先に行くよ」

「ああ、直ぐ追いつくからさっさと行ってくれ」

「実は私はもう上がり直前なのだけれど、そうだね。追いついてくるのを楽しみにしているよ」


 それだけ言い残して慧乃は更に先の方へとどんどん進んで行く。

 さあ、残り半分程となってしまった人成山探訪記。精々この先は楽しませて貰おうじゃないか。慧乃は無理でも、いつの間にやら姿を消したクソメガネくらいは追い抜いて上がってやりたいものだ。




「おや、ようやく到着だね。ご苦労様」


 山頂に着くと、既に到着していた三人に出迎えられた。


「慧乃とハナはともかく、どうしてお前にまで抜かれてるんだ」


「はっはっは。途中から賽子が三個になってね。半分まで一マスずつ進んだご褒美だったのかな? ま、本当は全部のマスを通ってみたかったけどね」

「なんだよそれ。まあいいや。これでようやっと人成山探訪記も終わりだ」


 上がりであるらしい山頂の人成山神社分社の直前まで足を進めると、子猫を抱えた慧乃が微笑んで声をかけてきた。


「ところで君は、人成山探訪記を楽しめたかな?」


 問いかけに答えるように、作り笑いを無理矢理こさえる。


「半分くらいはな」

「半分か。でも、それくらいが丁度良いのかもね」

「なんだよそれ――お?」


 一歩前に進むと同時に、世界が暗転した。

 謎の浮遊感に包まれるのも束の間、明るさを取り戻したかと思えば、いつの間にやら小さな和室の中にいて、人成山を模した双六を作り込まれた古びた木造の大きなカバンを四人で囲っていた。


 ご丁寧なことにスタート地点に置いてあった駒は今ではすっかり四つとも上がりのマスにいる。

 小さな和室には斜陽が差していて、時刻はすっかり夕暮れ時になっているようである。

 いろいろ言いたいことはあったものの、とりあえずすっかりぬるくなっていた麦茶を手にとって一口飲む。


「なかなか面白かったじゃないか。神社の蔵も捨てたもんじゃない」

「二度と参加しねえからな」

「まーた馬謖はそうやって心にもないことを言うんだ」


 クソメガネがケラケラ笑うのに釣られて慧乃まで小さく笑っていて、全くこいつらは事の重大さを理解していない。


「あのなあ、登山する予定だったのにもう夕方なんだよ。どうしてくれんだよ」

「ん? 何を言ってるんだい馬謖は」

「今から山頂まで行って下山したら夜だぞこれ」


 事実を述べたのだが、相変わらずクソメガネは何がおかしいのか笑っていて、そろそろ殴っても許されるのではないかと拳を固めたところで、慧乃がぴんと人差し指を立てた右手をこちらへ示して、問いかけるように声を発した


「君は丁度今、人成山山頂まで登ったばかりじゃないか。どうしてもう一度登ろうとするんだい?」


 問いかけに一瞬戸惑う。

 しかし確かに、今し方人成山山頂まで登っていたのだった。


「いや、でも、さっきのは双六の話だろう。これで降りてノーカウントだったら泣くに泣けないぞ」

「その時は私も山頂まで付き合うよ」

「わたしもお供しますよ!」

「僕は山頂駄目だからね」

「一人裏切り者がいるな……。まあいいよ、分かったよ。降りてみて駄目だったら登り直すさ」

「そうそう。その意気だよ」


 うまいこと言いくるめられて、結局山頂へ向かうことなく下山することにした。

 駄目だったらそれこそあのクソメガネを六〇発くらい棒で打つところであったが、人成山の温情だろうか、下山して人成山登山道入り口の鳥居をくぐると、ぴこーんと間の抜けた効果音が響いて今日の分の登山がカウントされた。


「いまいちこいつの基準が分からん」

「あら? そうかい? 君はまた不思議なことを言うね」

「どういうことだ?」

「さあどういうことだろう」


 こうしてはぐらかされるときは一旦自分で考えろという慧乃様の心優しい気遣いなので、それ以上何も追求することはなく、とりあえず恨みがましい視線だけ送っておくことにした。


「そうだ。尋ねるついでに一つ思い出したのだけれど、どうだろうか」

「どうだろうかって何だよ。遠慮せず言ってくれ」


 返答すると、慧乃は小走りでこちらの前に立ちふさがり、人差し指をピンと立てた右手をこちらへ突き出し、夕闇を受けた鳶色の瞳を輝かせ尋ねた。


「君は因果に落ちるか、落ちないか。さあ、どうかな?」


 どうしたものか。

 因果に落ちるか落ちないか。

 全くふざけた問いかけだ。でもどうしても答えろというのなら、答えてやらんこともない。

 一つ思いついた適当な回答を口にすると、慧乃はくすりと笑って小さく頷いた。




 後日、登山から帰ると、珍しく郵便受けに封筒が差し込まれていた。

 取り出してあらためると、切手も貼っていない、差出人も宛名書かれていない封筒である。

 さてどうしたものか。配送ミスである可能性もなきにしもあらずだが、こんな無い無い尽くしで郵便受けに投函されている時点で碌でもない郵便物であることは明白である。

 とりあえず開けてみて、配送ミスだったら見なかったことにしよう。

 封筒の口を切って、逆さにして封筒の中身を机の上へと落とした。


「ネガ? ああ、なるほど」


 出てきたネガフイルム二枚を窓から入ってくる陽光に透かして見ると、なるほど、配送先は間違っていなかったようである。

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