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人成山登山記録  作者: あゆつぼ
短編 カモは何処へ行ったか?
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短編 カモは何処へ行ったか?③

 翌日、何とはなしに早起きして、起きてしまった以上じっとしていられず早くに家を出て人成山山頂を目指した。


 途中、中層に着く頃には時刻は九時を回っていた。

 気になって、中層の大通りを抜けてハナの家のある通りへ入る。

 遠くから通り沿いの花壇を見ると案の定、タチバナを頭の上に乗せた橘花と、ハナの姿があった。

 橘花はタチバナに対して文句をたれながらもなんだかんだ仲良くやっているようだ。

 それを見届けたら一安心して、登山道に戻り山頂を目指した。


 橘花の家に突然住み着いた一羽のカモ。あれは偶然でも何でもなく、紛れもなく人成山が生み出した産物であろう。




 そのまた翌日、すっかり早起きが定着してしまい、そして起きてしまった以上人成山へ向かうのが最早習慣と化していた。

 軽く朝食を済ませ、準備を整えて部屋から一歩出る。

 夏の朝方の涼やかな太陽の光を浴びると、眠かった目もすっかり覚めていた。


「おはよう。今朝も早いねえ」


 隣の部屋の扉が開いて、そんな声が聞こえてくる。


「習慣になっちまっただけだ」


 そう答えると、慧乃(えの)は鳶色の瞳を輝かせてにんまりと微笑む。


「それは良いことだね。それに、なんだか君、何か嬉しいことがあったみたいな顔をしているよ」

「ああ、あったよ」

「それは何かな? 是非教えて欲しいな」


 言うだろうと思った。

 だけれどそんな慧乃の要求を、きっぱりはねのけた。


「教えない」

「あら?」


 断られたにも関わらず慧乃の表情はどこか楽しげだ。もしかしたらこいつは断られることすら計算に入れていたのかも知れない。いや、流石にそれは考えすぎだろうか。


「代わりと言ったらなんだが、これから中層まで一緒に行かないか? もしかしたらそこで、面白いものが見られるかも知れない」


 こちらから提案すると、慧乃は待ってましたとばかりに満面の笑みで答えた。


「是非、ご一緒させて頂こうかな。準備してくるから少しだけ待っていて貰えるかい?」

「待ってるよ。ゆっくりどうぞ」

「ありがとう。直ぐ戻ってくるよ」


 慧乃は言葉通り、部屋に戻ると外出用の鞄だけ持って戻ってきた。そのまま二人、人成山を登り、昨日と同じ九時頃には中層地区に辿り着いた。


「そういえば、最近中層で変わった噂を聞いたよ。中層地区に、人なつっこいカモが住み着いたらしいって」

「人なつっこいかどうかはともかく、カモが住み着いたことは間違いないだろうな。多分、ハナの所にいると思う」

「あら、ハナちゃんが飼っていたのかい?」

「いいや、違う」

「ほう。だったら誰だろう?」

「誰だろうな」


 答えを誤魔化すと、慧乃はまた微笑む。

 自分で考えてみたらどうだ、なんて言ってやろうかとも考えたが、仕返しが怖いので止めておこう。どうせ答えは直ぐに分かるのだから。


 ハナの家のある通りに入ろうとすると、勢いよく誰かが飛び出してきて、危うくぶつかりかけた。


「あっぶないわね!」


 走ってきたそいつは敵意むき出しでこちらを睨み付けてきた。でも直ぐに、こちらに詰めよって尋ねる。どうにも相当、切羽詰まっている様子だった。


「あんた、あいつ見なかった!?」


 橘花の問いかけに首をかしげる。


「あいつって?」

「あいつよ! あのアホ鳥!」

「タチバナか? 見なかったって、お前の頭の上にいないなら何処だってんだ」

「それが分かんないから聞いてんでしょ!」


 橘花のベレー帽の上には今は何も乗っていない。ただ、タチバナの乗っていた証だろうか、羽毛の切れ端と泥だけが残っている。


「ええと、何の話かな? タチバナ? 橘花ちゃんのことではないのかい?」


 話について来れていない慧乃が尋ねるが、橘花は慧乃のことを無視して話を進める。


「朝起きたら居なくなってたのよ! ハナにも花屋にも探してもらってるけど見つからなくて――」

「朝起きたら、ねえ」


 突然橘花の家に住み着いた一羽のカモ。

 現れるのも突然なら、居なくなるのも突然だ。


 さて、タチバナが人成山が起こした不思議な現象の一つであるのならば、当然消えたのにも何らかの意味があるのだろう。

 だとしたらそれは何か。

 タチバナは何処へ消えたのか――。


「話が全く見えないけれど、君は何か心当たりがあるようだね」


 こちらの表情を読み取ってか、慧乃がそんな風に言ってのける。

 全く、こいつに隠し事は出来やしない。確かに心当たりはあるのだが、それが本当に正しいかどうかの確信はさっぱりありやしないのだ。


「ホント!? 何処にいるの!?」


 詰め寄る橘花。

 さて、教えてやるべきか否か。


 自分で探せ、と言うのも一つの答えではある。

 だがその答えを選択すると、橘花はきっと怒るだろう。

 そしてもう一つの答え。タチバナが何処へ行ったか示して見せるというのも、行き着く先は目に見えている。橘花は確実に怒るだろう。


 どっちにしろ怒られる。

 それならば、精々盛大に怒られてやろうじゃないか。


「橘花、上を見てみろ」

「上って、頭の上にいないから探してんでしょ!」

「そうじゃない、上だ上。空を見上げてみろ」

「上――? 空の何処よ?」


 橘花は間抜けな顔して、馬鹿正直に顔を真上に向けて空を仰いだ。

 そこで一つ、慧乃へ向かって右手を見せてにっと笑みを浮かべると、そのまま右手を橘花の顎の下まで持って行き、勢いよく指を弾いた。


「あった――。は、はあ!? あんた何してんの!? 信じられないんだけど!! 指へし折られたいの!!!!」


 涙目になってわめき立てる橘花の姿を見て、そこでようやっとタチバナが何処へ行ったのか。その問いかけに対する答えに確信いった。

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