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人成山登山記録  作者: あゆつぼ
短編 カモは何処へ行ったか?
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短編 カモは何処へ行ったか?②

 翌日は日の出るよりも早く起き、一人夜明け前の人成山を登った。

 山頂に着く頃、遠くの山々の向こうから太陽が顔を出す。

 涼やかな夏の朝の日の出を拝みながら朝食をとり、それから山頂の石碑に手を触れて下山していく。


 中層地区に辿り着く頃には七時五分前になっていて、中層地区のはずれにある真っ赤な家に到着すると、その窓から一羽の黒褐色のカモが飛び出していった。

 タチバナが出て行くと窓はぴしゃりと閉じられて、玄関先で待っていても人が出てくる気配がない。

 仕方無く扉を叩いて声をかける。


「橘花ー。起きてるかー、橘花ー」


 名前を呼びかけてしばらくしてから、ゆっくりと扉が開いた。


「何?」


 いつも以上に不機嫌そうな、というより寝ぼけ眼の橘花が顔を出す。

 髪は寝癖がついていてアホ毛が飛び出してるし、服装も昨日見たのと同じ体操服姿で上着がめくれて少しお腹が出ていた。


「何、じゃねえよ。タチバナを追いかけるって話だっただろう」

「何よそれ」


 とぼけているというより寝ぼけているのだろう。橘花はとろんとした焦点の合っていない目でどこか遠くを見ていた。


「カモだよ。カモ。追いかけるって話をしただろ」

「カモ? あー、あのアホ鳥ね。今日じゃないと駄目?」

「駄目」

「面倒くさい」

「先延ばししても面倒くさいだけだから観念して着替えてこい」


 橘花は喉を鳴らして抗議したものの、こちらが黙っていると観念したのか頷いて答えた。


「分かったわよ。ちょっと待ってて」

「早めにな。あと寝るなよ」

「分かってるって」


 引き返していく橘花を見送って、しばらくその場で待つ。

 一〇分ほど待つと、丸襟の白い半袖ブラウスとショートパンツ姿の橘花が出てきた。

 着替えはしたようだが髪は相変わらず寝癖がついたままである。


「寝癖くらい直してこいよ」

「うっさいなあ。帽子被るからいいのよ」


 そう言って橘花はすっぽりと赤いベレー帽を被った。確かに寝癖はこれでごまかせるかも知れないが、本当に良いのだろうか? まあ本人が良いというのだから良いのだろう。


「で、タチバナをすっかり見失ったわけだが――」

「やっぱり今日はやめとけってことじゃないの?」

「そんなことはないと思う。中層でカモなんて珍しいから、直ぐ見つかるだろう」


 きっぱりそう答えると橘花はため息ついて、それでもそれ以上駄々をこねる気もないらしく素直に着いてきた。


「とりあえずタチバナの行きそうな場所へ行こう。カモなんだから水場とかだろ」

「そうね。あ、その前に朝ご飯食べたいからどっか寄って」

「いや、急いでるんだけど」

「もう見失ってるからいいでしょ。あとお金ないから奢ってね」


 全く、図々しさもここまで来るとむしろ清々しい。

 仕方無く朝の営業を始めたばかりの喫茶『尾根』へ入り、アイスコーヒーを飲みつつ橘花がトーストを食べ終わるのを待ち、会計を終えてからタチバナ探しを始めた。


 既に時刻は八時を過ぎ、そのせいで太陽も随分高いところまで昇っていた。

 夏の日差しを受けた橘花は額の汗を拭い、喫茶『尾根』でもらってきた冷水を喉に流し込むと提案する。


「続きは夕方にしない?」

「夕方になったらあいつ帰ってくるんだろ」

「そうだけど――。あのアホ鳥中層にいるとも限らないじゃない。探し回って歩いてたらあたし倒れるわよ」

「探し回るのが嫌なら朝ちゃんと起きたら良かったんだ」

「うっさい」


 自分の非を責められたのが気にくわないのか橘花は鼻を鳴らす。こうしてふてくされているだけなら可愛いものだ。

 中層地区にある小さなため池のある公園を覗いたがタチバナの姿はない。


「ここじゃない。他に水場は――あの神社か」

「どの神社?」

「あんまり行きたくない」

「なら行かなくていいでしょ。それより花屋行きましょ。肥料買い足さないとだった」

「お前、本来の目的を忘れてないか」

「目的も何も、闇雲に探してるだけでしょ。ついでに肥料くらい買ったって罰は当たらないって」

「分かったよ。奢らないけどな」

「えー、何でよ」

「当たり前だ」


 仕方無く進路変更して大通り沿いの花屋へと向かった。

 店の前に辿り着くと、まあ考えてみたら当然ではあるが、花屋はやっていなかった。当然だ。なにしろまだ朝の八時過ぎなのだ。


「一〇時からだった」

「そうだろうな。また後で来いってことだろ」

「むー、無駄に歩かされた。ただでさえ暑いのに」


 橘花は文句をたれて恨みがましく花屋のシャッターに描かれた営業時間を睨む。

 無駄が嫌いならば、そんなものを睨んでないでさっさと移動した方が合理的じゃあないか。

 なんて、そろそろ言ってやろうかと思っていると橘花が花屋のシャッターの隅に置いてある小さな植木鉢に気がついた。


「あれ、これって」

「どうした?」


 橘花が覗き込む植木鉢を横から覗いてみると、中には光を吸い込んでしまいそうな程、真黒に染まった小さな球状の物体が入っていた。


「これ無明花の種だよな?」

「そうみたい」


 橘花は種を一つつまみ上げて確かめる。毎日のように触っている無明花の種を橘花が見まごうはずもなかった。


「ユイちゃん、って書いてあるぞ」


 植木鉢の側面に書いてあった名前らしきものを見せると橘花は首をかしげる。


「ユイちゃん? あたしのこと?」

「そうなのか?」

「あたし名字ユイマよ。でも花屋にそんな風に呼ばれたことないけど」

「となるとお前のではないと。無明花の種に関係なく、ただ植木鉢に偶然誰かの名前が書いてあっただけかもな」

「うーん、だとしてもあの花屋、貴重な無明花の種を野ざらしで放置するなんて許せない。こんなことするならタダであたしに譲ってくれたら良いのに」

「こっちのユイちゃんに渡しても黒い花咲かせるだけだからな」

「なんか腹立つからその呼び方やめろ!」


 癪に障ったらしく橘花はこちらのつま先を思いっきり踏みつけてきた。スニーカーで踏みつけられたところで、登山靴装備のこちらは痛くもかゆくもない。


「ま、無駄足だったって事で。ほら、次行くぞ」

「分かってるわよ。あんたが先だからね、早く道案内してよ」

「はいはい」


 花屋の前を後にして、中層地区にある神社へと進路をとる。

 大通りを進んで、路地へと入ろうとしたとき橘花が立ち止まった。


「どうした?」

「やっぱりあの種野ざらしは良くないわ。どっかのアホ鳥に食べられる前に回収しないと」

「あの種は花屋のものであってお前のものじゃない」

「外に置いてある時点で捨ててあるのと一緒よ。これは泥棒とかじゃなくて、資源を有効活用してるだけ」

「ものは言い様だな」


 花屋としても、開店前に店の前に放置してあるわけだからそれこそ鳥の餌になっても文句なんて言いやしないだろうし、それがもし橘花が持って行ったとしても怒ったりしないだろう。


 橘花が元来た道を引き返そうと一歩踏み出すと、黒褐色をしたカモがどこからともなく飛んできて花屋の前に舞い降りた。

 思わず橘花の手を掴んで路地裏へ引き釣り込む。


「いった、何すんのよ」

「悪い、つい。だがチャンスだ。あいつ、無明花の種に釣られてきたんだ」

「あ、あのアホ鳥!! まさかまた無明花の種を!!!!」


 怒り狂って飛び出そうとする橘花を無理矢理路地裏に引き戻し、大声を上げようとした口を押さえる。


「落ち着けって。後をつけるチャンスだろ。種を食べ終わって飛んでいくのを待つんだ」


 橘花はじたばたと暴れていたがやがて暴れるのをやめると、口を押さえていた手を叩いて喋らせろと主張する。


「大声出すなよ」


 頷いて返したので手を放してやると、橘花は早口でまくし立てる。


「あのアホ鳥、あたしの無明花の種をバカみたいに食べて! あれ一つにあたしがどれだけ苦労してるかあいつは分かってないのよ!」

「落ち着け。まずあの種は花屋のであってお前のじゃない。それに苦労って言ったってお前夕方起きてぐだぐだ手入れしてるだけだろ」

「うっさい! あんたにあたしの苦労が分かるか!」

「大声出すなって。それよりほら、タチバナが飛んだぞ。見失わないよう追いかけよう」


 橘花はまだぶつくさ言っていたが、タチバナの後を追いかけ始めるとその後ろを黙って着いてきた。

 タチバナは低空をゆっくりと飛行して、いくつか路地を曲がると綺麗な石畳をした細い通りに舞い降りた。その様子を確認して、橘花と二人路地に入り、顔だけ出してタチバナの姿を観察する。


「タチバナの目的地はここか?」

「この通りって――。あ、あの花壇、無明花が咲いてる」


 橘花が指さす先には、確かに無明花の咲く花壇があった。

 道の脇にある花壇にはいくつかの黒い無明花が咲いていて、その奥の花壇には色とりどりの鮮やかな無明花が咲いていた。

 タチバナは花壇の端へと飛び乗ると、首を上下させて無明花の種を吐き出した。


「あいつ、こんなところで何やってんのよ」

「食べてたんじゃなくて運んでたのか。それにしたって、カモが何で無明花育ててんだ? それもご主人様と違って黒じゃない無明花も咲かせられてるし」

「あたしを引き合いに出さないで。だいたいあのアホ鳥があんな綺麗に無明花を植えられるわけがないのよ」


 言われて見ればカラフルな無明花は花壇に規則正しく並べて植えられていて、明らかに人為的に植えられたものだと分かった。それと比べて、黒い方はいかにも適当に植えましたと言った風で、並びも乱雑であった。


「となると、あの無明花を育てたのは――」


 その時通りに面した洋風の一軒家の扉が開き、園芸道具一式の入ったバケツを持った少女が出てきた。


「あれ、ハナじゃないか。そういえばここ、ハナの家のある通りだった」

「あんのアホ鳥! 言うに事欠いてあたしに内緒でハナと会ってたなんて! 許せない! 締め上げてくる!」

「待て待て。落ち着けって。もう少し様子を見よう」

「何でよ!」

「何ででも。折角だから最後まで見届けよう」


 暴れる橘花をたしなめて、路地からタチバナとハナの様子を観察する。


「おはようございますキイちゃん。今朝も早いですね」


 どうやらハナはタチバナをキイちゃんと名付けているらしい。

 タチバナはハナが手を差し出すと頬ずりするよう顔を寄せて、ハナもそれに答えるようにタチバナの喉を撫でた。


「なにあいつ! あたしが手を出すと噛むくせに! どうしてハナにはあんなになついてるのよ!」

「大声出すなって。そんなのこっちだって教えて欲しい」


 タチバナは一通り喉を撫でられると満足したのか、一輪の無明花の元へと歩いてハナを呼ぶよう頭を上下させて鳴く。


「あ、昨日のつぼみが咲きましたね。また黒ですか」


 黒色の無明花にタチバナはしょんぼりとうなだれて見せたが、ハナは満面の笑みを向ける。


「わたしは黒い花も好きですよ。でも、キイちゃんは何色の花を咲かせたいんですか?」


 ハナの問いかけに、タチバナはくぅと喉を鳴らす。


「そうですね。咲くと良いですね。では今日の分植えましょうか」


 ハナはタチバナの言っていることが分かるのだろうか?

 実際どうなのかはともかく、少なくともタチバナはハナの言葉をしっかり理解しているようで、短く鳴くと黒い無明花の咲いた隣の土を、くちばしを使って器用に掘り返し始めた。

 ハナは空色の無明花の隣へと穴を掘って、そこへタチバナが運んできた種を植えていく。


「キイちゃん、いつも無明花の種をありがとう」


 タチバナは小さく二回鳴いて何らかの感情を表すが、それが何なのかは分からない。

 それでもタチバナは自分の運んできた種をくちばしの先でつまんで、今し方掘り返した場所へとそっと落として、上から土をかけた。


「お水持ってきますね」


 ハナがバケツを手に家へ戻っていくと、残されたタチバナは花壇の中を歩き回り、芽を出していた雑草をついばみ始めた。ハナとタチバナの間で役割分担が存在するようだ。


「アホ鳥のくせにハナと一緒に農作業なんて許せない!」

「昼間寝てる奴が何言ってんだ」

「それとこれとは関係ないでしょ!」


 鼻息を荒くして答える橘花に、仕方無い、順を正して話してやることにした。


「関係なくないだろう。今日みたいに朝ちゃんと起きたら、花屋の前に放置してある無明花の種を回収できるし、そのままここまで来ればハナと遊べるだろう」

「むう」

「分かったら、少しは早起きしてみたらどうだ?」

「そんなの簡単にできたら苦労しないのよ」

「そうだな。でも出来ないなら文句言うな」

「うるさいなあ」


 小言にうんざりしたようで橘花はむくれていたが、そのままじっとハナとタチバナの方を見つめていた。

 一通り無明花の世話を終えたハナとタチバナ。


「今朝もお疲れ様でした。ご飯にしましょうか」


 ハナがそう言うと、タチバナは嬉しそうに舞い上がり、ハナが手にしていたバケツにすっぽりと収まった。そのままハナに連れられて、家の中へと入っていく。


「お、おかしいでしょ!」

「今度は何だよ」

「だって、あいつあたしの時は頭の上に乗るくせに、なんでハナの上には乗らないであんな良い子ちゃんぶってバケツの中に入ったのよ!」

「まあ、人を選ぶようだな、あいつは」


 答えるが、実際そうとなると手を出すたび噛みつかれる自分もタチバナからの評価は低そうである。初対面でぶつかりかけた訳だからその評価も真っ当と言えば真っ当であるが、全くここまで差があるとは酷い話だ。


「それにハナとご飯食べるって何!? 信じられないんだけど! あたしが与えた残飯一口食べて吐き戻すくせに!」

「残飯を与えるなよ」

「そういうことじゃないの! ハナとご飯よ! そんなのあたしが食べたいわよ!」

「だからー、朝早く起きてハナの家行けば良いだろ」

「出来るわけないでしょ! アホ! 素直に一緒にご飯食べよ、なんて言えたら苦労はないのよ!」

「それこそ知ったこっちゃねえ」

「あんのアホ鳥、帰ったら羽根むしってやる!!」

「やめてやれよ。で、どうすんだ? ご飯食べたきゃ行ってこいよ」

「さっき食べちゃったでしょ!」

「そうだったな。ま、あいつがハナのところで世話になってることは分かったし、そろそろ後をつけるのやめるか」


 これ以上なにかあるとも思えなかったので提案したのだが、橘花は首を横に振った。


「まだ続ける。あいつが何処で何してるのか全部突き止めてやる」

「そうかい」

「あんたも付き合いなさいよ」


 さてどうしたものか。

 タチバナの追跡についてはもうだいぶ満足していたのだが、こうして橘花を無理矢理連れ出したのは紛れもなく自分である。ここで「飽きたから後は一人でやれ」というのはあまりにも無責任だ。


「ま、どうせ暇だし良いけどな。ここで待つか?」

「待つ」

「はいはい」


 その後、結局夕方まで橘花と共にタチバナの後をつけ回すことになった。

 食事を終えたタチバナは、ハナの持つバスケットの中に入って中層を一周し、ハナと共に中層に住む人たちに挨拶していく。

 その様は昨日見たタチバナからは想像でいないほどに大人しく、そんなタチバナは中層の人たちにとても好かれているようだった。

 日が傾くと、タチバナは朝からずっと一緒だったハナに別れを告げて、中層の片隅にある真っ赤な外装をした家の方へと飛んでいった。


「帰ったな」

「帰ったわね」


 一日歩き回ってぐったりした橘花は、水筒の水を飲み干して深くため息をつく。


「あいつ、あたしより良い生活してそう」

「そりゃあなあ。一日寝てたら良い生活も何も無いだろうよ」

「あんたそればっかりね」

「別に寝るなって言ってんじゃないんだよ。もう少し生活リズムを整えたって罰は当たらないだろうさ」

「はいはい。説教はもう結構」

「分かったよ。じゃ、帰るか」

「んー。あ、花屋寄らないとだった」

「そうだったな」


 今朝店が閉まっていたことを思い出した橘花は、帰り際に花屋へと寄り道をした。

 夕暮れの店先で外に出されていた花を片付けていた花屋の店主は、橘花の姿をみとめると優しく微笑んで出迎えた。


「あら、橘花ちゃんお久しぶり。そろそろ来る頃じゃないかと思ったわ。肥料でしょう? ちょーっと待っててね」


 花屋の言葉に橘花は短く「ん」とだけ相づちを打って、そのまま店先で立ったまま花屋が戻ってくるのを待った。


「はい。これ、いつものね」

「どうも」


 橘花は財布から取り出したお札を花屋に渡して、代わりに肥料の入った袋を受け取った。

 花屋はそれでもその場を動かない橘花を不思議に思ったのか問いかける。


「まだ何かあったかしら?」

「んー」


 橘花は言うかどうか若干悩んだようだが、結局口を開いた。


「今朝さ、ここに無明花の種が置いてあったでしょ」

「ああ、そうそう。毎朝ね、お客さんがやってくるのよ」

「お客って――。カモでしょ?」

「大切なお客さんには変わりないわ。私はユイちゃんって呼んでるけど」


 花屋の答えに橘花は「むう」と顔をむくれさせてふてくされる。


「あんな鳥にあげるくらいなら、あたしにくれたら良いのに」

「そうね。毎朝たくさん用意しているから、好きなだけ持って行っていいわよ」

「――じゃあ遠慮せず貰っていくから」

「どうぞどうぞ。楽しみに待っているわ」


 花屋の返事もそこそこに、橘花はずんずんと大股で自宅の方へと歩いて行った。

 仕方がないので追いかけようとすると、花屋に声をかけられる。


「橘花ちゃんを外に連れ出してくれてありがとう。あの子、不器用だけど悪い子じゃないのよ。これからもよろしくね」

「あいつからかってると面白いからな。向こうに嫌われない限りたまに構ってやるさ」


 返答に花屋はくすくすと笑う。

 何がおかしいのかと尋ねるとこれまた小さく笑って見せたので恨みがましく睨んでいると、花屋は遠くを指さして言った。


「何をしているの。ほら、早く橘花ちゃんを追いかけてあげて」

「誰のせいだと思ってるんだ」

「細かいことはいいの。ほら行った行った」


 追い出されるように花屋の前を離れ、先を歩く橘花の背中を早足で追いかける。

 丁度橘花の家に辿り着くころに追いつく。

 橘花は例の窓のところで早く開けろとくちばしを鳴らしていたタチバナを見つけると、その首をつかみ指を弾いてくちばしを鋭く打った。


「こんの、アホ鳥!」


 タチバナはわめいて暴れるが、橘花は手を放さず更に何度も指先でくちばしを弾く。


「おいおい、やめてやれよ。八つ当たりだろ」

「うっさい、これくらいしないと気が済まないのよ」


 それでも橘花は掴んでいた手を放してタチバナを解放してやる。

 タチバナは大声を上げて橘花の残虐な行為に抗議して見せたが、一通り喚き散らすと舞い上がり、結局橘花の頭の上へと収まるのであった。


「絶対こいつ懲りてない」

「だろうな」

「気にくわない」


 橘花はもう一度タチバナのくちばしを指で弾いて、飛び上がったタチバナが頭の上に戻ってくるとため息をつく。


「もう良い。相手にするのも馬鹿馬鹿しい。今日は疲れたし、無明花の世話だけして寝るわ」

「手伝おうか?」

「必要ない。あんただって山登らないとでしょ」

「朝登ってきたから後は下るだけだ」

「あの時間で登ってきたの?」


 問いかけられたので頷くと、橘花は信じられないと言った風で、というかどこか引いているようだった。


「手伝おうか?」


 昼間寝て過ごしてる奴に引かれるのが癪だったので重ねて問いかけたが、やはり橘花は首を横に振る。


「必要ないって。さっさと帰ってよ鬱陶しい」

「分かったよ。じゃあな、橘花」


 振り返り元来た道を引き返すと、橘花が背中に声をかけたような気がした。

 あまりに微かな声だったので風に消されて聞き取れなかったが、それでも伝えたいことはしっかり伝わった。

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