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人成山登山記録  作者: あゆつぼ
短編 一瞬より早く
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短編 一瞬より早く②

 刹那の一件があってから三日。

 酷使に酷使を重ねた両足は悲鳴を上げていて、来る日も来る日もしとしとと降り注ぐ雨の中、一歩一歩這いずるようにして登山を続けた。

 十月十日の間は登山を続けなければならない。その一心で痛む体にむち打ち、なんとか頂上まで這い上がった。

 そんな情けない様子を見かねたのか毎日のように慧乃が登山に付き合って、何かと手助けをしてくれた。


「ようやっと頂上か。いつもより一時間以上余計にかかってるな」

「その足でよく登ったものだよ」

「こんなことなら断っておけば良かった」

「そんなこと言っても、過ぎてしまったことは変えることなんか出来やしないのさ」

「分かってるよ」


 不機嫌を装って返答しながら、山頂の石碑に手を触れて引き返す。


「そういえば、どこかの誰かさんが、刹那に人のことをお節介だから適任だとか推したらしい」

「あら? 間違っていたかな?」


 慧乃は全く悪びれた様子もなく答える。


「いや、間違っちゃいないさ。でもお節介なら、お前の方が相当にお節介だろ。こんな雨の中登山に付き合って」


 そう言うとやはり慧乃は笑みを浮かべて、さぞかし面白そうに返すのだ。


「それは違うよ。私のはお節介ではなくて趣味みたいなものだからね。君のお節介とは違うのさ。それになにより一番大切なことは、君は刹那君の力になることが出来たけれど、私には出来ないってことさ。彼の競争相手として、私はとても力不足だからね」

「そりゃそうだ。それで、これから下山するけど、ついてきてくれるのか?」

 尋ねると慧乃は鳶色の瞳をキラキラと輝かせて、柔らかな笑顔を向けて答えた。

「もちろん。趣味だからね」




 慧乃と二人、いつも以上に時間をかけながらゆっくりと下山していき、下層地区への分岐点へさしかかったところで、この場所では珍しい人物に出会った。


「あ! お姉ちゃん! お兄ちゃんも!」


 駆け寄ってくるハナに慧乃は笑顔を振りまく。


「珍しいな。ハナが下層にいるなんて。何かあったのか?」

「はい! メガネさんが、凄い物があるというので、見せてもらいに来ました!」

「またメガネか……。ろくな事にならなそうだ」


 あの自由人ときたら、何かにつけていらん情報をばらまいて迷惑をまき散らすのだ。そんなあいつが凄い物だと言うくらいだから、それはまた凄く迷惑な物なのだろう。


「で、そのメガネはどこにいるんだ?」

「メガネさんは中層に残るそうです。なにやら大切な用事があるそうで」

「絶対外出するの面倒くさいだけだろ」


 あいつはそういう奴なのだ。そういえば今の今まで、あいつが中層から外に出ているところを見たことがない。とんだ引きこもり野郎も居たものだ。


「それで、凄い物って一体何かきいているかい?」

「それがさっぱりなんです。下層地区の近くのようですけど」


 そう言ってハナが差し出した、ビニール袋に包まれた地図を見る。手書きの地図だが、確かに下層地区の近くを表しているようで、地図の中に一つだけ赤く丸がしてあった。


「この丸の場所か。そこそこ距離があるな」


 正直な所、足が痛いので不必要な移動はしたくはなかった。しかしあのメガネがハナに対してけしかけたとなると、放っておくのはどうにも不安である。

 そんなことを考えていると、いつの間にやら鳶色の瞳を輝かせた慧乃の顔が間近にあり、毎度の事ながら慌てて一歩後ずさった。


「何だよ」

「私は気になるな。一体何があるのか。君はどうだい?」


 全く意地の悪い質問だ。しかし、答えはもう決まっていた。


「そうだな。気になる。ちょっと見に行ってみるか」


 返答に慧乃はさぞかし満足いったようで、いつものにやけ顔を更に緩くして微笑んで、「そうだろうそうだろう」と呟いた。

 何もかも慧乃とクソメガネの思い通りに動かされているような気がするが、今更断ることも出来ず、三人で地図の場所へと向かった。




「やあ、ようやく来てくれたか!」


 地図に示された場所へ行くとそこは開けた土地で、ただ錆びだらけの古びたガレージだけが目立つ、人成山ではなかなか見ない景色が広がっていた。

 そして何故かそのガレージの軒下で雨宿りしていた刹那が、こちらににやりと気色悪い笑顔を向けてくる。


「おいハナ、なんであいつがここにいるんだ」

「刹那さんが先に行って待ってると、メガネさん言ってましたよ」

「そういう情報は最初に言うべきだ」

「そうでしたか! ごめんなさい、次から気をつけますね!」


 あのクソメガネが見せたい凄い物。そしてその場所にあるのは古びたガレージで、待っていたのは刹那。

 三日前のことを思い出すとこの場所に何があるのか察しはついたが、まさか本当に人成山にそんなものが存在するとも思えなかった。


「で、この中に何があるんだ?」


 分かりきっていたが尋ねてやると、刹那はふふんと鼻で笑って、こちらに手招きして大きなシャッターの鍵を開ける。


「それをこれから確かめるのだろう。馬謖、そっち側を持ち上げてくれ」

「筋肉痛の人間に力仕事させやがって」


 言いながらも、刹那と反対側へ歩いて行き腰を下ろすと、シャッターに手をかけて刹那の合図で持ち上げた。

 開いたガレージからは埃っぽい空気が流れ出てきて、雨雲からこぼれた微かな光がガレージの中をほんのりと照らした。

 柔らかな光に照らされ、ガレージの中央に鎮座する巨大な物体が目に入る。

 四枚羽根のプロペラに、全幅一〇メートル以上ある翼。濃緑を主体とした塗装を施されたそれは、紛れもなく旧日本軍の戦闘機であった。


「まさか本当にあるとは……」


 シャッターが開ききると薄暗いガレージの中へと入り、取り出した懐中電灯の明かりを頼りにその機体を観察する。

 機体側面には国籍を示す日の丸が描かれていた。塗装ははがれ、機体には錆びも浮いている。ガレージの中にあっただけあり劣悪な保存状態とまではいかないものの、少なくとも製造から七〇年は経過しているわけだから、新品同然ともいかないだろう。


「これってもしかして、零戦ってやつかい?」


 何を思ったのか、機体を見上げてそんな素っ頓狂な言葉を発した慧乃に、思わず間違いを指摘する。


「違う。こいつは陸軍機だ」

「六宮殿、これは疾風(はやて)ですよ」


 刹那も間髪入れずに返す。

 慧乃はなんだか申し訳なさそうな表情を浮かべて、隣にいたハナへと声をかける。


「あまり適当なことは言わない方がいいみたいだね、ハナちゃん」

「お姉ちゃん! 四式戦(よんしきせん)ですよ!」

「ありゃ。もしかして一般常識だったかな?」


 とぼけた会話をする姉妹を尻目に、刹那がガレージの照明をつけると二人で機体を調べた。

 正直こんなものどうやって扱って良いのかさっぱり分からなかったが、ガレージの片隅から機体の図面と、取扱説明書、そして機体の修理診断書が出てきた。日付は昭和三十一年となっていたので、戦後に誰かが書き記した物なのだろう。


「壊れてるそうだ。部品がないから直せないとさ」


 診断書の内容を斜め読みして答えると、それを手に取った刹那が肩を落とす。


「よもや壊れているとはな。なんとか修理できないか」


 刹那は診断書を念入りに見つめるが、どうにも内容はさっぱりだったようだった。

 仕方無くその手から診断書を引ったくると、内容をあらためて確認して、もの凄く不本意ではあるものの、仕方無く答えてやった。


「点火プラグなら今の時代簡単に手に入るし、電気コードの接続くらいならやって出来ないことはない。図面も修理必要箇所の図もここにあるしな」

「直せるのか?」


 単刀直入な問いかけに、なんと答えて良いのか一瞬戸惑った。答えはもちろんイエスなのだが、そう答えた場合次なる問題は一体誰が直すのかであって、この流れでいくとその誰かが誰に飛んでくるかはあまりに明白であった。

 しかし脅迫じみた刹那の視線から逃れることは出来ず、消え入りそうなか細い声ながら、確かに答えてしまった。


「可能かどうかなら、可能だ」

「直してくれ」


 率直な依頼に、流石に首を横に振った。


「悪いが専門じゃない。飛行機なんて触ったこともないし、ましてやこいつは骨董品もいいところだ。こんなもの素人が適当に修理したところで、空を飛ぶのは夢のまた夢だ」

「しかし飛行機の専門家なんて何処にいるというのか」

「探してくれ。人成山になら案外そういう人間もいるかも知れないだろう」

「一理ある。しかし俺はお前なら直せると信じている」

「何を根拠にそんなことを」

「お前が俺の好敵手だからだ」


 相変わらずこいつは何を言っているのか全く分からん。

 慧乃も何を言っているのか分らないときがあるが、こいつのこれは慧乃のそれとは全く似て非なる物であって、本当に何の根拠もないのにその場の勢いでもって言っているに過ぎない。

 だから相手にするつもりもなかったが、妥協案だろうか、一つ提案をつきだしてきたので、まあ聞いてやることにした。


「俺はお前以上にこいつをどうしたら直せるのか分からん。直すとか以前に、どんな部品が必要になるかも分からん。だからとりあえず必要な部品を集めてきて欲しい。その間に俺は飛行機に精通した人物を探してこよう。見つからなかったら、その時は素人だけで何とか直してみようじゃないか。どうだ?」


 どうだ、と言われてもどうしたものか。素人集団が修理した飛行機なんて、動かなかったらまだ良いが、最悪飛び上がってしまった場合は地獄を見るぞ。しかしまあ部品集めくらいなら引き受けてやっても良いだろう。


「部品買ってくるくらいならやってもいいが、素人集団だけで修理するのは反対だ。機械の分かる人間を何としてでも連れてこい」


 返答に刹那は、にっと暑苦しい笑みを作って答えた。


「了解だ。では俺は人捜しを。馬謖は部品探しをする。そうだな、三日後、またこのガレージで会おう」

「ああ分かったよ。だがその前に一つだけいいか?」

「何でも言ってくれ」


 何でもと言われたので、当然確認しておくべきだろう事項について尋ねる。


「部品代の支払いはもちろんお前持ちだろうな」

「当然だ。領収書を貰ってきてくれ。立て替える」

「そりゃどうも。嬉しい限りだね」





 約束の三日後。部品は一通り近くの町の無線機店と通信販売で揃え終わり、小雨の降る中今日の分の登山を終わらせると、その足で下層のガレージへと向かった。

 すっかり筋肉痛も治っていたため今日は慧乃とは別行動で、慧乃も用事が終わったら様子を見に行くよだなんて言っていた。

 ガレージ横の通用口から中へ入ると、既に刹那がやってきていたようで照明がつけられ、四式戦疾風が照らされていた。

 疾風の元で機体を見上げていた刹那が、通用口の開いたのを確認してこちらに振り返る。


「待っていたぞ、馬謖」

「馬謖じゃねえって。それで、人は集まったのか?」

「見ての通りだ。お三方、こちらへ」


 刹那が合図すると、近くの椅子に腰掛けて待機していた面々がやってきた。

 三人居たが、三人揃ってかなり年老いた老人で、杖をつきながら怪しい足取りで刹那の元へ集う。


「こちら自動車の修理工をしていた源殿。こちらは計器メーカーで技術者をしていた小野殿。そしてこの方が零戦や雷電の操縦経験のある松殿だ」


 老人達は紹介されると頭を下げ自己紹介しようと試みるものの、三人揃ってかなりの高齢のため、お辞儀すらままならない様子だった。


「それで、そっちの調子はどうだ? 部品は集まったのか?」

「集まったが、まさかそのじいさん三人衆に修理させる気じゃないだろうな」

「何か問題が?」


 真顔で問いかけた刹那に、本気で分かっていないのかと顔をしかめて示したが、どうにも本当に分かっていないようで、首をかしげて返してきた。


「お前なあ。こんなよぼよびのじいさん達に修理させるつもりか? 死んじまうぞ」

「誰がじいさんだ!」


 突然の大声に驚いて声を上げたじいさんを見やったが、元気だったのは一瞬だけで、それ以降はしわしわの口をなにやら動かして小声で何か言っていたが、何を言っているかは定かではなかった。


「ほらみろやばいって。ちょっと考え直せ」

「しかし人成山にこの方達以上の適任は居なかった」

「もう諦めろって事だろ」

「何、確かに体力は衰えているが、三人とも頭ははっきりしておられる。指示を受けて、その通りに直せば良いだろう」


 確かにそれはありかもしれない。当然本当に頭がはっきりしていればのことだが。しかしそれをするにも問題があることも事実だ。


「で、誰が直すんだ」

「分かりきっている質問だ。そんなの、お前に決まっているだろう」

「やなこった自分でやれよ」


 それが当然だと突っぱねたが、刹那は笑い飛ばす。


「それは無理な相談だ。俺には俺で、やらねばならないことがある」

「なんだそれは」

「当然、松殿に飛行機の操縦方法を教わらなければならない」


 言われて見ればそれもそうかと納得しかけたが、どうにも心配で尋ねる。


「お前、本当に飛ぶつもりなのか?」

「当たり前だろう。タイムを縮めるためだ」


 そう言い切った刹那の顔には微塵も迷いがない。

 こんな骨董品で空を飛ぼうなど無謀にも程があるし、飛べたとして一体何処に着地するつもりなのか。

 刹那がどこまで本気なのかさっぱり見えないが、中途半端な修理で事故を起こされるのも御免なので、しょうがない、少しばかり付き合ってやることにした。


「修理だけだぞ。ただし出来ないことはやらないからな」

「それでいいさ。流石、俺が好敵手と見込んだ男だ」

「勝手に見込まないでくれ」




 結局なんだかんだで刹那の思惑通り疾風の修理にかり出されることになった。

 と言っても一日中つきっきりで修理できるわけでもなく、未だあけぬ梅雨空の元人成山を山頂まで往復してから、余った時間でもって手を貸す形になった。


 確かにご老人三人は頭のほうはそこそこはっきりしているそうで、的確に修理箇所を示してくれるし、部品の接続方法など、細かいところまで熟知していた。

 慧乃やハナもたびたびガレージに訪れては、修理作業中の面々のために食事をふるまってくれた。それ以外にも、珍しい物見たさなのか、ガレージには多くの人が訪れた。


 そんなこんな修理作業は順調に進み、修理開始からものの二週間で全ての故障箇所を修理し終えた。

 じいさん達も帰ってしまい夕暮れ過ぎまで刹那と二人で最後の点検作業を行う。全体を見て異常はないだろうと結論づけたところで、操縦席から降りてきた刹那が話しかけてくる。


「実に順調に事が運んだ。こいつで空を飛ぶ日が楽しみだ」

「何度も聞くが本気で飛ぶつもりか? 無事で済む保証はないぞ」

「愚問だな。翼がある以上、飛ばねばなるまい」


 刹那の短絡思考は相変わらずで、何度言ってもこいつは人の忠告など聞き入れてはくれないだろうとはっきり分かった。

 別に刹那が心配でこんなお節介を言っているわけではない。自分が修理に携わった飛行機で死者が出るのがいたたまれないというのが半分で、もう半分はこんな状態の良い疾風をスクラップにしてしまうのが惜しいという理由から無理はするなと忠告しているのだ。


 しかしこいつがどうしても飛ぶというのだから、飛ばずに済むということはないのだろう。

 現在疾風の所有者は刹那で有り、これをどう扱うかもこいつ次第だ。


「もう勝手にしろ。精々機体を壊さないようにしてくれ」

「無論壊すつもりなどない。何、きっとうまくいくさ」


 刹那は作業机の元まで歩いて行くと、広げてあった人成山の地図を広げる。


「入り口の鳥居をくぐったら真っ直ぐここへ。ガレージ前の広場は離陸に十分な距離がある。ここから飛び立って、高度一一〇〇メートルまで上昇。そこまで五分とかからないだろう。そしたら山頂付近に用意した着陸用滑走路になんとかして着陸し、機体から降りて山頂の鳥居へ向かう。全てうまくいけば二〇分ほどでゴールできる計算だ。最速タイムから一時間三十分以上短縮できるのだから、呪い解除は確実だろう」


 全く、机上の空論もここまでいくと芸術的だ。十分な距離があるか怪しい着陸用滑走路とやらに、二週間ばかり地上で操縦方法を教わった程度の初心者が本当に着陸させられるのかとか、言いたいことはいくらでもあった。言っても聞かないだろうから言わないが。


「天候が回復し次第結構といこう。晴れの日が待ち遠しくなるな」


 素直に同意する気にもなれなくて、曖昧に返事をして、それから思い立って一つ尋ねる。


「聞いてなかったが、どうしてそこまでして呪いを解こうとするんだ?」

「そんなもの、呪いにかかったからに決まってるだろう。かけられた以上、解かねばなるまい」


 腕を組んで自信満々に答える刹那。これ見よがしに向けられた満面の笑みがまた憎たらしい。


「模範解答だと思う。慧乃がきいたら手を打って喜んだだろう。だがききたいのはそんなことじゃない」


 顔をしかめて抗議の視線を向けていると、刹那はまた嫌らしい笑みを浮かべて、それから語り始めた。


「俺は大学の陸上競技の選手でね。短距離なんだが同じ地区にとんでもなく早い奴がいるのさ。当然、そいつに勝たないと全国に進めないんだが、勝率は大体一割って所だ。俺はそいつのことを好敵手だと思っているが、向こうはそうは思ってはくれていないだろうな」

「ふむ。それで?」


 刹那が言葉を句切ったので相づちを打って先を促す。

 刹那は一瞬迷ったように息を吐いてから、やはり笑って、しかし憎らしさのない吹っ切れたような笑顔で答える。


「呪いを解くまでそいつに勝てなくなったそうだ。たかが一割でも、俺にとっては失うには惜しい数字でね。だからどうしてでも呪いを解きたい訳だ。どんな手を使ってでも、目標タイム以内に登り切ってみせるさ」


 話を聞き終わり、小さく相づちを打って、照れくさそうに笑う刹那に対して、こちらも無理矢理控えめな笑顔を作って声をかける。


「勝てると良いな」

「やはり、六宮殿の言葉は正しかった」


 声を上げて笑いそう言った刹那に対し、不快感を隠すことなく睨み付け、問うた。


「慧乃がなんだって?」


 若干の間笑い続けていた刹那だが、黙ったまま睨み付けているとようやく呼吸を整えて答える。


「馬謖は心にもないことを言うときは口角が上がるそうだ」


 言われて自信の口角が上がっていたことに気がついて、無理矢理真一文字に口を結ぶ。

 刹那はまた声を上げて笑い始めて、相手にするのが段々うっとうしくなってきた。


「いらんことを言いふらして回りやがって。だからあいつは嫌いだ」

「いいじゃないか。互いのことをそこまで分かっているなんて、俺から見たら羨ましい限りだ」

「残念だがこっちはあいつの考えてることなんてさっぱり分からん」


 きっぱりそう言ってやると刹那はなにやら苦笑して、それから疾風にかけるシートの端を手に持って、もう片側を持つように示した。仕方無いので示されるがままにシートを持って疾風に覆い被せる。


「晴れの日が楽しみだ。そうだろう?」

「今まではそうだったが、これからはそうでもなさそうだ」

「何、きっと何もかもうまくいくさ」


 何の根拠があるのかさっぱり分からないが、刹那はそう言って楽天的に笑って見せた。

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