中編 好凮寺奇譚⑥
邦実とこころが好凮寺の大方丈にたどり着くと、どうにも坊主一人では子供達全てをまとめることは出来なかったようで、暴れ回る子供に泣きじゃくる子供と、さながら地獄絵図と化していた。
帰りの道が登りだったため邦実は疲れ果ててそんな子供達を相手にする余裕もなく、さりとて寝転ぶには今の大方丈は危険過ぎ、面倒くさそうに深々とため息つくしかなかった。
「子供とは聞いていましたけど、思っていたより小さい子ですね。幼稚園児ですか? いったいどこからきたんです?」
「そんなのこっちがききたいわよ」
うんざりした様子で答える邦実にこころは水の入った水筒を渡して、多少の機嫌をとったところで再度尋ねる。
「ひーふーみーよー……。九人ですか。これで全員ですか?」
「九? さっきは十人居たわよ」
「ありゃ、坊主君、一人どこ行ったか分かる?」
「すいません。目の前のことで手一杯でして、存じません」
言葉通り、坊主は泣きじゃくる小さな女の子をなだめるのに必死で、それどころではなさそうであった。
「好凮寺は結構広いですから、他の部屋に隠れられたら探すの面倒ですね」
「さっき他の部屋に勝手に入らないように釘刺しといたからたぶん大丈夫」
「そうですか? だとしたら――」
こころは隙間の空いた押し入れを見つけ、その前にしゃがみ込むとそっと戸を開ける。
「みーつけた」
押し入れの中で座り込んでいた女の子に笑顔を向ける。女の子はきつい目つきでこころを見返したが、こころは再び声をかける。
「こんなところでどうしたの? 暑いでしょ。お外に出ましょう」
「……ここがいい」
しまってあった座布団の端をぎゅっと掴んで動くものかと意思表示する女の子。
「そっか、ここがいいかー」
困ったようにしながらもこころは笑顔を作って、押し入れの中に入ると女の子の正面に座り込む。
「もしかしてお友達と喧嘩しちゃった?」
問いかけに女の子は首を横に振った。
「それじゃあ、頭つるつるのお姉さんにいじめられたとか?」
またしても首を横に振る。そして女の子が何か言いたそうに小さく口を開いたので、こころは顔を寄せて耳を傾けた。
「……お寺に、妖怪がでるの。子供を食べるって」
こころは一瞬振り向いて邦実に非難の視線を向けてから、向き直ると女の子の肩に優しく手を当てた。
「大丈夫! 良い子にしてたら妖怪なんて出てこないよ! それに、お姉さん強いから、妖怪なんて怖くないよ! だからほら、一緒にお外に出ましょう」
こころが女の子の手を取るとぎゅっと握り返されたので、二人は一緒に押し入れから這い出した。
「誰しも一つは取り柄があるものね」
「これでも大学で幼児教育専修してますから」
「人は見かけによらないものだわ」
「言いたい放題ですね」
こころの非難の視線を邦実は軽くいなして、大方丈に十人集まった子供達を見渡す。
「でも一安心だわ。それなら十人くらいちょろいもんでしょ」
「それはまあこの人数ならわたし一人でも面倒は見られますよ。でもそれはあくまで遊び相手になるくらいの話で、泊まりとなったら話は別です。いつ帰るんですかこの子達」
「そんなのあたしが教えて欲しいわよ」
邦実は腕を組んで眼を細め、子供達を見渡しながら答える。
返答にこころもため息ついて、でも直ぐに笑顔を作る。
「ともかく今は遊び疲れるまで遊んであげて、それから寝かしつけましょう。必要なのは気合いと笑顔です!」
「あたしはクソガキ相手にへらへら笑うなんて御免だわ」
面倒そうに答えた邦実の言葉に、こころは笑顔のままくるりと背を向けて、ゆっくりと呼吸をすると、短く鼻で笑ってから言い捨てる。
「――邦実様、アイドルだったのに笑顔も作れないんですね」
「あん? こころ今なんつった?」
邦実は不機嫌を露わにするが、こころは動じない。
「いえ、別に」
素っ気ない態度に、邦実はついにブチ切れた。
「小娘風情が、この美少女アイドル邦実ちゃんにたてつくとは良い度胸だわ! 見てなさい! 本物の笑顔って奴を!」
邦実は突然まばゆいばかりの笑顔を振り舞いて、子供の元へと歩み寄っていった。
こころはしてやったりと悪い笑みを浮かべて、小さく呟く。
「まあ子供って初対面の印象を引きずるから、今から笑顔作って受け入れて貰えるかは難しいところですけどね」
「ではお師匠様は受け入れて貰うのは難しそうですね。それにしても見事なお手並みです」
やってきて声をかけた坊主に、こころは胸を張って答える。
「まあね。子供をあやすのは得意なの」
「お師匠様にきかれたら怒られますよ」
「うん。だから今のは秘密ね。ところで坊主君、何か遊び道具とかないかな? 楽器とか人形とか。道具があった方が道具の場所に子供達を集めておけるから楽なんだけど」
「太鼓とりんでしたらそちらに」
「太鼓だと音が大きいし、りんはちょっとシュールだなぁ……。ピアノとかないもんね……。人形とかは?」
「お釈迦様や観音様、薬師如来様など選取り見取りです」
「うん。そうだったね。よし、お絵かきにしよう。紙とペンくらいならあったよね」
「自分の部屋にあったはずです。とってまいりますね」
坊主は礼をして自室へと歩いて行く。
背中を見送りながらこころは邦実の様子を確認して、ここを邦実一人に任せておくのは危険だと即刻判断を下すと、とりあえず障子を破いて遊んでいる男女の元へと歩み寄った。
「だからクソガキは嫌いよ」
寝転がって愚痴る邦実は、子供達と遊び疲れてへたへたであった。
今子供達は大方丈に敷いた布団で寝息を立てている。ようやっと取り戻された好凮寺の静けさ。されど、何時になっても子供達が居なくなる気配はない。
山中に突然現れた子供達。明らかに人成山の呪いによって現れたはずだが、子供達は誰一人としてどんな呪いで好凮寺にやってきたのか分からなかった。
「邦実様も結構楽しんでいたじゃないですか」
こころは長机に置かれたたくさんの絵の中から邦実の描いたものを取り出すと、邦実に向けて見せつけて笑う。
「クソガキのレベルに合わせてやったのよ」
うんざりしたように答えた邦実は、だるそうに体を伸ばすと寝返りをうって丸くなった。これ以上話すことはないという意思表示だ。こころもそれは理解していたので、絵を置いて今度は隣の坊主へと話しかける。
「坊主君もお疲れ様。大変だったでしょ」
「はい、少々。ですが、良い経験になりました」
坊主はこころのような明るさはなかったものの、常に平静であったためか、静かなのを好む子供達に気に入られていた。それ故に子供達との意思の疎通が難しく振り回されることもあったが、本人はむしろ楽しんでいたようであった。
「突然押しかけてしまった上に大変なご迷惑をかけてしまい申し訳ありません。お茶のおかわりをどうぞ」
空になっていたこころの湯飲みに、黒髪の女の子がお茶を注ぐ。
落ち着きがあって、見た目は子供なのに大人のように振る舞う、どこか不思議なその女の子にはこころもずっと目をつけていたが、こうして落ち着いて話をするのは初めてだった。
「あなたはお昼寝しないの?」
「もう少しお話ししたら、眠らせて頂こうと思います」
「そっか。どんなお話がしたい?」
こころは黒髪の女の子に対しても、他の子供と同じように優しく問いかける。
「私たちがどこから来てどこへ行くのか――」
返答に、こころは息が詰まった。黒髪の女の子は鳶色の瞳を細めて微笑む。
「と、申しましても、来た場所に戻る、としか言いようがないのです」
黒髪の女の子の答えにこころは「そっか」と小さく呟いて、ため息交じりで会話を続ける。
「来た場所に戻るかあ。無事に戻るなら安心だけど、問題は何時、どうやって戻るかなんだよね」
「そうですね。私も気になっていたところです」
「やっぱり分からないかー。そうだよね。突然こんな山の中に飛ばされてきて、帰りかたとか分かるわけなかったよね」
こころは残念そうに呟く。こころとて、突然呪いにかかって電波が入らなくなり、呪いを解くため無心になろうとあれこれ努力したが、結局未だに完全に呪いを解けてはいなかった。そんな呪いを年端もいかない子供がかけられて、しかも誰一人呪いの解除条件を知らないのだからそう簡単に解決法が見つかるはずもない。
「ですが、全てのことには原因があるはずです。因果律という考え方では、全ての事柄に原因があり、その結果として事が起こるとされています。私たちがこうして好凮寺に辿り着いたのも何かの因と、それに働きかける縁があったからの事だと思います」
「因果律か。難しい言葉を知ってるね。でもだとしたら、どんな原因だろう。人成山はあなたたちに、どんな結果を望んでいるんだろう?」
「さて、私たちは何を望まれているのでしょう?」
問いかけに対して問いを返されて、こころは唸りながら思案を巡らせてみたが、そんなこと今更考えて分かるのならば苦労はしないのだ。結局、何も思い浮かばなくて、こころは机に突っ伏してしまう。
「分からない。何だろう。お寺――それも好凮寺で。何を望む? うーん」
「長洲さん、一つ良いですか?」
「坊主君、何か気づいたことがあるの?」
思い悩んでいたこころは、短く手を上げた坊主に期待の眼差しを向ける。
「はい。逆に考えてみたら何か分かることがあるかもしれません」
「逆? どういうこと?」
「子供達ではなく、好凮寺に原因があるのかも知れません。余所から子供達がやってくることで、好凮寺に住む我々に何かを望んでいる。そうは考えられないでしょうか?」
「つまりわたしたちが何かしら条件を満たす必要があるってこと?」
「あくまで可能性の話です。ですが、今日は好凮寺にとっては特別な日です。長らく留守にしていた長洲さんが、こうして好凮寺に戻ってきたのですから」
「と、言うことは何かを望まれているのはわたし?」
こころはまたもや頭を悩ませる。
そんなこと言われても、こころには何も思い当たる節はない。
学校の夏期休暇が始まり、休暇中好凮寺で修行しようと、手土産をたくさん用意して舞い戻ってきたのがたまたま今日だったと言うだけだ。
人成山がこころに求めたのは無心になること。でも与えられたのはたくさんの子供達。子供達の世話をすることによって、何か無心への手がかりが手に入ると言うのか?
しばらく考えを巡らせてみても、こころは何も思い浮かばない。
そんなこころを見てか、坊主が声をかける。
「あくまで可能性の話ですから。人成山の真意は人成山にしか分からないことです」
「それもそうなんだけどさ……」
何度考え込もうともさっぱり答えの見えない問い。
こころはすっかり考えるのを諦めて、こんなとき慧乃様がいてくれたらと強く思う。あの人ならきっと何か重大なヒントを与えてくれるはずだ。
「とても通常の理では解決できない問題について考えるときは、一般的な思考法ではなく、それを越えた全く別の思考法をとらなくてはならないと、たびたび父に言われます」
突然、何かを思い出したかのように、黒髪の女の子が語り始めた。
「一般的を越えた思考って、また難しい言葉だね。わたしにはさっぱり分からない」
「はい。私にもさっぱり分かりません」
こころの言葉に、黒髪の女の子はやんわりと笑って、それからぴんと人差し指を立てて見せた。
「ですから、これは一般的な思考の範囲でのことです。ですがもしかしたら何かの手助けになるかも知れません」
「うん。是非教えて欲しいな」
こころが問いかけると、黒髪の女の子は順を追って、話を進めていく。
「私は好凮寺の皆さんと会うのは今日が初めてです。私だけではなく、今日ここに訪れた全員がそうです」
「そうみたいだね」
「そして私は、一緒に訪れた他の九人、誰とも面識がありません。先程全員と話をしましたが、こちらも全員に共通しているようです」
「そうなんだ。つまり、全く関わりのない一〇人が、全く知らない好凮寺に集められたって事になるね」
「その通り。出身地も年齢もばらばらです」
「共通点はないと」
「はい。ですが、一つだけ気になることがありました」
再度ぴんと立てられた人差し指に、こころは思わず息を呑み、尋ねた。
「それは、何かな?」
問いかけると、こころの視線の先で、黒髪の女の子の鳶色の大きな瞳がきらりと一瞬輝いた。しかし鳶色の輝きは直ぐに消え去り、それから綺麗な鳶色も、淀みの中へと沈んでいってしまった。
「記憶です。私たちは、大切な記憶がなくなっているのです」
「記憶……?」
復唱したこころの言葉に、黒髪の女の子はうとうとしながらも、少しずつ言葉を吐き出していく。
「――ですが、一人だけ……。記憶を――。――ああ、駄目、ですね。眠くなってきました――。これ以上は、ルール違反のよう、です――」
ことん、と黒髪の女の子は長机につっぷして、すやすやと寝息を立て始めた。
こころと坊主は女の子が眠っているのを確認すると、互いに顔を見合った。
「皆何かの記憶を失っているけど、一人だけは覚えてるってことだよね? だとしたら、その子が今日のこの出来事を解決できる鍵ってことになるのかな?」
「そうかも知れませんね」
坊主の素っ気ない返答に、こころは不満げに呟く。
「興味なさそうだね」
「ないわけではないのです。ただ、そのことに気がついてしまった女の子がこのような有様ですから、どうにも人成山としては、自分と長洲さんにはそのことを知られたくないようです」
「あ、そうか。いざとなったらわたしの記憶も消される可能性があるのか」
こころは慧乃の妹であるハナのことを思い出した。
帰る場所が思い出せない呪いにかかったハナは、時折無意識に帰る場所の手がかりを口にすることがあるが、その瞬間に人成山の呪いによって前後の記憶をすっ飛ばされてしまう。人成山にとって記憶操作なんてのはちょちょいのちょいなのだ。
「そういうことですから、精々人成山の逆鱗に触れないよう記憶の片隅にとどめておきましょう。子供達の中に一人だけ、偶然か必然か、記憶を失っていない子供がいる。今はそれだけ分かっただけでも良しとしましょう」
「そうだね。それがいいみたい」
こころは黒髪の女の子おを抱きかかえると、空いていた布団まで運び、薄い掛け布団をかけてあげた。
「何よりもまず、今のわたしたちには考えないといけないことがあったよ」
「それは何でしょう?」
坊主が問うと、こころはため息交じりに微笑んで答えた。
「この子達の夕ご飯をどうやって準備するかと、それでも帰らなかった場合にどうやって夜を過ごさせるか――。どうしよっか?」




