中編 好凮寺奇譚③
現在の好凮寺の管理人、南洋邦実は、弟子の小坊主と昼食を食べた後、残りの雑務を小坊主に任せ、一人小方丈で転た寝していた。
好凮寺は広く、小坊主一人では掃除もままならないためこれまでは邦実も手伝っていたが、もう一人の弟子であるこころが戻ってきたのでその必要もなくなったため、早速食後に惰眠をむさぼっているという訳だ。
好凮寺は風に縁のある寺で、いつも涼やかな風が吹き抜けている。
邦実の住する小方丈も例外ではなく、戸を開けておくと部屋に風が吹き込み、真夏日でも快適に過ごせる。
さりとて先程起きたばかりで、睡眠も必要以上にとっていた邦実の眠りは浅く、横になってうつらうつらとしながら、時折響く鹿威しの音を数えていた。
そんな小方丈に、どたどたと騒がしい足音が響いてきた。
意に介さず、とばかりに寝返りをうって寝直した邦実だが、喧騒な足音は途切れず、むしろ次第にうるさくなっていた。
「この邦実様の昼寝の時間を邪魔するとは良い度胸じゃない」
邦実はゆらりと立ち上がると廊下へと出て、足音のする方向へと声を上げた。
「こころ! 何時だと思ってんの静かになさい!」
とん。
声を上げた邦実の足に、何かがぶつかった。
「あん?」
邦実が視線を下へと落とすと、そこには身長一メートルにもみたない、幼稚園児くらいの幼い子供が居た。
「うっわー、つるっぱげだ! はげだはげー!」
「何このクソガキ」
邦実は蹴り飛ばして良いかどうか迷ったが、まずはこのクソガキを敷地内に招き入れたであろうこころの方へと先に制裁を加えるべきだという結論に達して、慌ただしく逃げていくクソガキを見逃してやった。
「あ、あの、その――」
「今度は何」
クソガキが逃げていった方向へと邦実が視線を向けると、柱の陰から、これまた幼稚園児くらいのおかっぱの女の子が邦実を見つめていた。
「いえ、その――別に……」
「別にじゃないでしょ。ここ誰の家だと思ってんのよ」
邦実は柱の陰で震える女の子に詰め寄って睨み付けた。おかっぱの女の子は泣きそうな顔になりながらも精一杯説明しようと言葉を紡ぐ。
「あの、さっきの男の子がおっきな建物があるからみんなで遊ぼうって――。わたしは勝手に入ったら駄目って言ったけど、みんな行っちゃって、置いてかれるのが嫌で――」
「言い訳したってあんたも入ってんだから同罪よ。っていうか今みんなって言ったわね? 何人居るのよ」
邦実はしゃがみ込んでおかっぱの女の子に顔を寄せて尋ねる。
女の子は眼に涙をたたえながら、指折り数えて見せたが、結局首を横に振った。
「分かんない」
「これだからガキは嫌いよ。あんた、逃げるんじゃないわよ」
邦実が命じるとおかっぱの女の子はくしゃくしゃになった顔をこすって、その手で邦実の作務衣の裾をぎゅっと握った。
「汚っ――、まあいいわ。――坊主! ちょっと来なさい!」
「――はい。直ぐまいります」
坊主の返事は早かった。声の方向は坊主の部屋から。直ぐ来るというのだから来るのだろうと、邦実はその場で坊主がやってくるのを待った。
「お姉さん、どーして頭がつるつるなの?」
「あん?」
「ひぃっ」
尋ねかけた女の子を邦実が一瞥すると、女の子はすくみ上がった。それでもぎゅっと握った裾は手放さなかった。
「あんたね、ここはお寺なの。あたしはここで一番偉い人なの。分かる?」
「え、えと。和尚さん?」
「まあたぶんそんなところだと思うわ」
「お姉さん、凄い人だったんだ」
「当然でしょ。あ、来たわね、坊主……」
やってきた坊主の方向を見て、邦実は言葉を詰まらせた。
何を思ったのか、やはり幼稚園児くらいの、長い綺麗な黒髪をした女の子と、短髪の大人しそうな顔をした男の子と手を繋ぎ、背中にも一人、栗色の髪をした女の子を背負っていた。
「それは何?」
「はい。自分の部屋を訪ねていらしたので、先程まで趙州録の一節を読み聞かせておりました。皆さん、こちらが自分の師匠である南洋邦実様です」
坊主が示すと、黒髪の女の子が邦実の前に出て、丁寧に深々と頭を下げて挨拶をした。
「お初にお目にかかります南洋様。この度はお寺の敷地内に入りご迷惑をおかけしてしまったようで申し訳御座いません」
「別に入るなって言ってんじゃないのよ。無許可で勝手に入ったことを怒ってるのよ。あとぎゃーぎゃー騒がしいの。ここは神様にお祈りをする神聖な場所な訳。分かるでしょ」
「はい。おっしゃるとおりで御座います。私の力不足故にこのような事態になってしまい、反省しております。まずはお寺の方に事情を説明しようとお弟子様のお部屋を訪ねたのですが、つい長居をしてしまいました」
黒髪の女の子の丁寧な物言いに邦実は飽きて途中から聞き流したが、最後に「まあそうね」なんて最もらしく頷いて見せた。
それから邦実はもう片方の大人しそうな男の子へと視線を向けたが、男の子は一歩前に出て静かに頭を下げるとそのまま引き込んでしまった。
「まあいいけど、で、その背中のは? なんで背負ってるのよ」
「はい。足が悪く歩けないと。好凮寺まではこちらの二人が歩くのを手伝ったそうです」
「ふーん」
邦実が坊主の背負われた女の子へ視線を向けると、女の子は申し訳なさそうに小さく頭を下げて、それから坊主の背中に隠れてしまった。
「とにかく、好き勝手暴れ回られたらたまったもんじゃないわ。あんた、一番しっかりしてそうね」
邦実が黒髪の女の子を指名すると、女の子は返事をして一歩前に出た。
「好凮寺に何人子供が入り込んだか分かる?」
「申し訳ありません。私も突然この近くに迷い込んで、この方達と出会ったばかりなので、正確な人数は把握していません。ですが、八人は居たと存じております」
「となると、結局全部捕まえてみないと分からないって事ね」
邦実はにやりと笑って、どうやって子供達を一網打尽に捕らえるか策を練った。
しかしそんな悪い顔をしていた邦実の裾が、きゅっと引かれる。
「お姉さんお姉さん」
「なによ」
一番最初に捕らえたおかっぱの女の子が、邦実の顔を見上げていた。
邦実は睨んだが、おかっぱの女の子は慣れてしまったのか動じず、答えた。
「お腹空いた」
「はあ? 昼ご飯食べてないの?」
「食べた」
「じゃあ何でよ」
「お菓子食べたい」
無邪気に笑って平然とそんな風に言ってのけた女の子に対して邦実は拳を振り上げたが、坊主が手を叩いたのでその拳は振り下ろされなかった。
「良い案が浮かびました」
言ってみなさい、と口にするより早く、邦実にも一つ名案が浮かんだ。
「なるほど。追っかけ回すより効率的だわ。ちょっと待ってなさい、お菓子準備するから。坊主はお茶持ってきなさい」
「はい」
坊主は頷いて、背負っていた女の子を隣の大方丈に優しく下ろしてあげた。
「皆さん、この部屋に居てくださいね」
三人の子供が返事をしたが、一人――長い黒髪の女の子が手を上げて坊主に意見を申し出た。
「お手伝いいたします」
女の子の提案を坊主は断ろうとしたが、女の子のキラキラと宝石のように輝く鳶色の瞳を見て、確かにしっかりと頷いて見せた。
「はい。では、お願いします」




