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人成山登山記録  作者: あゆつぼ
人成山登山記録 三月目
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三月目 其の一 好凮寺②

「たのみましょう!」


 そんなやりとりのあった小方丈に、外からか大きな声が響いてきた。

 少年だろうか? それとも女性だろうか? 声だけではどちらか判別できない。とにかく大人の男性ではないことは確かな、アルトとソプラノの中間くらいの、良く通る涼やかな声だった。


「また来たわねあのクソガキ」


 その声に邦実は顔をしかめる。


「知り合いか?」

「知り合いって程じゃないけど、ここのところ毎日来るのよ。物乞いかなんかだと思うけど、毎日毎日追い返すのも面倒だわ。こちとら自分が食べる分で手一杯だっつうのに」


 邦実は声の主に良い感情を持っていないらしく悪態をつく。

 その間も、外からは「たのみましょう」と声が聞こえる。

 隣で慧乃が、何か察したようににんまりとして、一つ自分に頷いていた。


「お前の知り合いか?」

「ううん。そういうことではないのだけれどね。さて、邦実さん。あの人をどうするかは、仮とはいえここを任されているあなたが決めるべきことですよ」


 慧乃が邦実に語りかけると、邦実は直ぐに答えを返した。


「相手にしてられないわ。追い返してくる」

「そうですか。では代わりに私が追い返してきてもよろしいでしょうか?」

「ええ勿論! 慧乃様がそうおっしゃるのであれば、止めはしないわ!」


 慧乃は鳶色の瞳を輝かせて微笑むと、小さく「着いてきてもらえるかな」と口にして、外へと向かった。

 何事か未だ分からなかったが、分からないからこそ確かめたくて、慧乃の後ろについて外へと向かう。


 小方丈を抜けて大方丈から外へと出ると、門の外で僧服のようなものを着た一人の少年が平伏して声を上げていた。


「たのみましょう!」


 少年は平伏したまま大きな声を上げる。少年の衣服はすり切れて泥だらけで、体も汚れ、どこかやつれているようにも見えた。

 慧乃はその少年の正面まで大股で歩いて行き、立ち止まると腕を組んで少年を見下ろした。


「たのみましょう!」


 少年の、今まで以上に凜とした声が響く。


「きこえないぞ!」


 慧乃は、何を思ったのか厳しい口調で、怒鳴るように少年を叱咤した。

 そのあまりの迫力は、いつもの「ここを通りたければ以下略」が可愛く思える程であった。


「たのみましょう!!」


 少年は、それに負けじと声を張り上げた。


「表をあげい」


 慧乃は腕を組んだまま、少年に声をかける。少年は地面に膝と手を着いたまま、顔を上げて正面に立つ慧乃を見やる。


「ここを通りたければ、この私を倒してからにすることだな!」


 慧乃はその鳶色の瞳をあくどく歪めて、少年へと向かって言い放った。

 結局それがやりたかったのか、となんだか着いてきたことが馬鹿らしくなった。


「たのみましょう!!」


 少年は再び声を上げて、額を地面につける。

 何をそんなにたのんでいるのか。一体この少年は何を求めているのか。さっぱり分からなかったが、そんな少年を見下ろす慧乃の鳶色の瞳は、今は優しく輝いていて、こいつは少年が何を求めているのか知っているようだった。


「残念だけれど、君の要求には応えられない。さっさと帰りなさい」


 慧乃が声をかけるが、少年は平伏したままである。


「おい、こいつ、大丈夫か? だいぶやつれているようだが」


 不安になって慧乃にそっと声をかける。しかし慧乃はかぶりを振った。


「かも知れないけれどね。邦実さんが追い返せと言ったのだから、追い返さないといけないよ。それがお寺の意思だし、彼のためでもあるのさ」

「さっぱり分からんが、追い返さないといけないってことでいいのか?」

「その通り」


 慧乃は微笑んで、鞄の中から風呂敷包みを取り出した。その中に入っていたアルミホイルに包まれたおにぎりを一つ少年の目の前にそっと置いて、もう一度少年へと声をかける。


「これ以上そこにいても無駄だからね。早く帰りなさい。それは餞別です。二度とこの場所に訪れないように。良いですね」


 慧乃は優しく声をかけて、門を閉めて施錠すると、大方丈へと引き返していく。

 後ろに続いて歩きながら、慧乃へと声をかける。


「ちょっと冷たくないか?」

「かも知れないね。でも、彼を門の中へ入れてしまったら、彼はきっと酷い目に遭うよ。自分の存在を否定されて、自分を切り刻まれて、その辺に捨てられてしまうのさ。楽しむことも、苦しむことも許されない。一度入ったら、簡単には出られない。それでも君は、彼を門の中へ入れるべきだと思うかい?」


 自分の存在を否定され、自分を切り刻まれる――。楽しむことも、苦しむことも出来ない――。それが本当だとしたら、あの少年は門の中へと入るべきではなかっただろう。それでも分からないことは、あの少年が一体何をたのんでいたのかと言うことだ。どうしてあそこまでぼろぼろになりながら、門の外で頭を下げて声を上げ続けるのか――。


「また何か考え事かな?」


 いつものにやけ顔で、慧乃がこちらの顔をのぞき込んでいた。

 されどいつもより距離がだいぶ離れていたため、驚かずに、一つ頷いた。


「そうだろうね。でも、直ぐに分かるさ」

「そうだと良いけどな」


 短く返して、小方丈の戸を開けた。中では邦実がゴミを集めていた。


「追い返してきました」

「そうみたいね。感謝します」


 邦実は慧乃には丁寧にそう返して、ゴミ掃除を続ける。自分でもまずいとは思っていたのであろう。


「お掃除でしたら、手伝いますよ。片付けたら、お弁当にしましょう」

「ええ!? お弁当まで恵んでくださるのですか!? 流石は慧乃様! 女神様のような慈愛の持ち主です!」


 慧乃は女神はちょっとなあ、なんて照れながら口にして、散らばった衣服をたたみ始める。

 一人だけ突っ立ているわけにもいかず、されど邦実の下着やらに手を触れるのも何かと危険なので、邦実がまとめたゴミを外へと運んで、ほうきで部屋の埃を払った。


 掃除が終わると小方丈の小さな机の上に慧乃が弁当を広げ、邦実はそれに遠慮せず飛びついた。

 弁当は恐らくハナと一緒に食べるように作っていたのだろう。三人で食べるには物足りない量ではあったが、それでも邦実は満足したようであった。


「本当に慧乃様は素晴らしいお方です! まともに収入がなくて困っていたあたしにこうして食べ物を恵んでくださるとは」

「いやお前働けよ」


 無職の自分が言うのもアレだったが、思わず突っ込んでしまった。

 しかし邦実は全く悪びれず、むしろ胸を張って返してくるのであった。


「あたしの仕事は神に祈ることなの! 伊達に坊主頭じゃないのよ!」

「仏だけどな」


 いまいち神社と寺社の区別が付いていない邦実に短く返す。

 しかし慧乃はそんな邦実の言葉にすっかり感銘を受けたようで、鳶色の瞳をこれまたきらきらと輝かせて、邦実の表情を見つめていた。


「祈るのが仕事。素晴らしことだよ。それでは、祈って貰おうかな」

「勿論です! それがあたしがここにいる理由ですから!」


 どや顔で胸を張る邦実。慧乃はそんな邦実に、笑顔を崩さずに言葉をかけた。


「まずはお掃除だね。本当は本堂をするべきなのだけれど、あそこを掃除するとなると一仕事だから、今日は大方丈のお掃除をしましょうか」

「え!?」


 慧乃の言葉にきょとんとして、体を硬直させる邦実。

 しかし、慧乃の言葉に逆らうことは出来なかったようだ。


「ですよね! 分かってますよ! 清い心はまず清い空間から! さあ、掃除しましょう! 慧乃様にも手伝って頂いてよろしいですか!」

「勿論。私はそのつもりだよ」


 何か含みのある言い方だ。

 案の定慧乃は、こちらにすっと視線を向けて、何も言わずに微笑むのであった。


「仕方ない。手伝うよ」


 有無を言わさぬ慧乃の笑顔の前に、そう返すほかなかった。

 邦実はそれはどうもと形だけ礼を言って、大方丈へと大股で歩いて行く。


「邦実さん、衣服が乱れていますよ」

「そうですねすぐ直します慧乃様!」


「邦実さん、爪が伸びていますね」

「そうですねすぐ切ります慧乃様!」


「邦実さん、水を無駄遣いしすぎです」

「そうですね次から気をつけます慧乃様!」




「もうやだ。慧乃様厳しすぎ」


 慧乃が水を汲みに外へと出ると、邦実は突然床に寝転んで愚痴を言い始めた。


「お前がゆるすぎんだよ。ほら、さっさと床拭け。さぼってると慧乃に言いつけるぞ」

「告げ口したらあんたただじゃ済まないわよ」


 邦実は怠けながらも偉そうにこちらを睨み付けてくる。

 全く、慧乃はどうしてこいつを直ぐに追い出さなかったのだろうか。

 自堕落で、自己中心的で、自分勝手で、自意識過剰で、とにかく自我の塊のような奴だ。慧乃とは対極の位置にいるばかりか、知佳ですらかすむほどの図々しさだ。


「あんたさ、慧乃様の彼氏なの?」

「彼氏じゃない」


 当然だ、と即答する。そんな関係になろうものなら人成山の住人から恨みを買うし、そもそも呪いがそんな関係を許してくれるとは思えない。それ以上に、慧乃は自分にとっては特別な存在だ。


「ならなんで一緒にいるのよ。大変じゃない?」

「そんな考え方があるとは思いもしなかった」

「あんたも変人ね。あっち側の人間なんだわ」

「つるっぱげの女に言われたかないね」

「好きでこんな頭になったんじゃないっつうの!」


 邦実は声を荒げて、手にしていた雑巾を投げつけた。

 飛来したそいつを身をひねって避けると、ちょうど水を汲んで帰ってきた慧乃の胸に当たった。

 邦実はそれを見て表情をこわばらせ、直ぐに起き上がって姿勢を正すと大きな声で謝罪した。


「すいません慧乃様! 今のはこいつが! この男がいらぬことを言ったため起こってしまった悲しい事故なのです!」

「全く、君はそうやって女の子を傷つけるようなことを平気で言ってしまうから」

「あれ、悪いのこっちか?」


 慧乃は怒った様子もなく、邦実に雑巾を返すとバケツを廊下に置いて乾いた布で仏具を丁寧に磨き始めた。

 掃除を再開した邦実が成り行きを装ってこちらに近寄ってきて、小声で話しかけてくる。


「何、慧乃様って凄い鈍いとか?」

「馬鹿言うな。人成山で慧乃以上に鋭い奴を知らない」

「え、じゃあ何? 仏の顔も三度までルールとかそんなん?」

「その可能性はあるな……。しかしお前、このまま行くと追い出されるのは分かってんだろうな」

「は!? 何であたしが追い出されないといけないのよ!」


 分かってなかったのか。どれだけ脳内お花畑なんだこのアホ女は。


「あんた、うまいこと慧乃様に取り入ってあたしがここに残れるように説得なさいよ」

「ふざけるなよ。どっちかというとお前を追い出すように説得してる最中なんだ」

「って、それならつまり慧乃様はあたしを追い出したくないって思ってるってこと?」

「追い出したくはないだろ。だが、このままのお前を追い出さない理由がないから追い出すんだ。分かるか? ちょっとはお前も自分がいかにアホな行動を繰り返しているか考えても見ろ。少しでも寺を任せられるにふさわしいことをしてきたか? ないだろ?」

「誰がアホだって? あんたね、あたしはアイドルだったの。坊さんじゃないの。寺にふさわしいことなんて言われて分かると思う? 歌って踊って笑顔振りまくのが仕事なの。そもそも雑巾がけなんて中学生以来だわ。手も荒れるし最悪よ。これ以上あたしにどうしろって言うのよ!」

「自分で考えろ」


 馬鹿馬鹿しくなってそう言い捨てると、邦実から離れて廊下の水拭きに移った。

 邦実は不機嫌そうにしながらも慧乃の前ではやりたい放題もできないらしく、渋々と掃除を続けた。


 結局大方丈の掃除を終えるまで三時間近くかかってしまった。

 まだ登山を残しているというのに日はだいぶ傾いていた。

 時間と引き替えに大方丈はすっかり綺麗になり、訪れた当初の、埃まみれだったあの光景がまるで嘘のようだった。


「結構時間がかかってしまったね。でも一度綺麗にしておけば、次からはそう時間がかからないものさ」


 慧乃はたいそう満足したようで、座布団を三つ運んできて、仏像の前へと並べる。


「さあ邦実さん。お祈りをするのがあなたの仕事でしょう?」


 邦実に真ん中の座布団へ座るように慧乃が勧めると、邦実は慣れぬ掃除で疲れていながらも、ふんぞり返って座布団へ腰を下ろした。


「勿論。そのために掃除したんだもの」


 慧乃が見守る中で、邦実は目を閉じて手を合わせ、しばらくそのまま黙って祈りを捧げていた。

 やがて、思い出したように一言、唱えた。


「南無――南無阿弥、陀仏?」

「お釈迦様だねえ」

「違うのですか、慧乃様」

「ここは禅宗のお寺だからね。ここにお祀りしているのはお釈迦様だよ。だから正しくは、『南無釈迦牟尼仏』だろうね」

「なむしゃかむにぶつ? なむしゃかむにぶつね! ――南無釈迦牟尼仏」


 邦実は手を打って、もう一度手を合わせると慧乃に言われたとおり祈りを捧げた。

 そしてこれで十分でしょう、と顔を上げて誇らしげに慧乃へと笑顔を向けた。


「毎日、祈るのですよ」

「当然! それがあたしの仕事だわ」


 胸をとんと軽く叩いて、邦実は自慢げに返した。


「毎日、掃除もするのですよ」

「え?」


 次の慧乃の言葉に表情を引きつらせる邦実。


「あの、三人でやっても三時間かかったのですが」

「言ったとおり、一度綺麗にしてしまえば次からは簡単なものだからね。要するに日々の積み重ねだよ。汚すのも、綺麗にするのもね。でも、確かにここのお寺は広いし、全体を綺麗にするとなると大変だね」

「大変どころじゃありません! このお寺全体はとても無理です!」


 出来来ないと声を荒げた邦実に、慧乃はやんわり微笑んだ。


「そうですね。では、お弟子さんをとられたら良いと思います」

「弟子? ああ、そうね。その手があったか! 求人広告でも出したらいいのかしら?」


 尋ねる邦実に、慧乃は小さく笑って答える。


「いいえ。禅寺のお弟子さんは、師匠の徳を慕って、向こうから入門をお願いしに来るのですよ」

「向こうから? つまり、待つしかないと?」

「そうなりますね。ですが、師匠の徳が高ければ次から次へと入門希望者が訪ねてくるはずですよ」


 慧乃の言葉に、邦実はふふんと鼻を鳴らした。

 そして、何を思ったかこちらに顔を向けて尋ねてくる。


「あんた、このあたしの徳がどれくらいに見える? 分かりやすくゼロから百までで教えて頂戴」


 ふむ。難しい質問だ。

 徳、というものをどう数値化していいものか悩ましいところだが、いま即座に答えを出さなければならないとなると、これ以外に答えようがないだろう。


「ゼロ、もしくはそれ以下だな」

「あんたにきいたのが間違いだったわ」


 間違いなものか。間違っているとしたら邦実の頭の方だ。

 しかし慧乃はそんなやりとりにも柔らかな笑顔を向けていて、優しく邦実に語りかけた。


「もし邦実さんの弟子に成りたい人がいたら、門の前で頭を下げて「たのみましょう」と弟子入りのお願いをしてくるはずですよ」


 門の前で頭を下げて「たのみましょう」?

 その言葉にはっとして、昼間にやってきていたあの少年のことを思い出した。

 あの少年、まさか好凮寺に弟子入りしに来ていたのか!?

 だとしたらとんだ間違いだ。前の和尚様とやらは人成山の中でも慕われていたようだが、今のここの仮管理人はあろうことか隣に座るこのふてぶてしい元アイドルのアホ女だ。


 頭を丸めている以外は、一切和尚らしいところがない。

 こんな奴に弟子入りなんてした日には、ひたすらこき使われて終わってしまう。


 そこまで考えると、慧乃が少年を追い返したのも得心いった。

 何しろ、あのまま少年を門の中へと入れていたら、このアホ女の弟子になってしまうところだったのだ。


「たのみましょうって、あのクソガキ、弟子入りしようとしてたの!? ああ、もったいないことした! 入れてあげれば良かったわ!」


 案の定、邦実は悔しそうに声を上げた。

 そんな邦実に、慧乃は諭すよう声をかけた。


「もしまたあの少年が訪ねてくるようでしたら、追い返すか、弟子として受け入れるか、それを決めるのは邦実さんですよ」

「そうね。次に来たら、特別に弟子入りを許可してあげることにするわ」

「向こうが拒むだろ」

「あんたねえ、分かってないのね。クソガキは頼みに来てるの。あたしのほうに決定権があるわけ。向こうが拒むなんてあるはずないわ」


 邦実はこんな風に言っているが、実際のところ少年がここの和尚が変わっていたと知ったらどう反応するのだろうか。特に邦実のことを知ってしまったら、その後の反応なんて決まりきっているのではなかろうか?


 なんて考えて慧乃の方へと視線を向けたが、慧乃は何も答えずに、静かに仏像へと手を合わせて祈りを捧げると、畳に手をつけて深く頭を下げ、そしてゆっくりと立ち上がった。


「さて、あまり遅くなってしまっても大変だね。君も登山しないとだろう?」

「ああ、そうだった」


 登山をまだ終えていないことを思い出し、立ち上がって下ろしていた荷物の元へと向かう。


「それでは邦実さん。もうしばらくだけれど、あなたのことを見届けさせて頂きますね」

「ええ勿論。慧乃様の頼みとあっては断れないわ」


 何故か上から目線で邦実は答えた。慧乃はそんなこと意に介さなかったようで、これからもよろしくお願いしますと邦実と握手を交わして、こちらに歩み寄ってきた。


「君はこれから登山だね」

「ああ、途中で途切れさせるわけにはいかないからな」

「私はもうしばらくここに残るよ。きちんとお祈りもしておきたいし」

「邦実のお祈りは及第点に達しなかったか」


 慧乃はごまかすように笑って、そういうことではないのだけれど、なんて小さく呟いた後、真っ直ぐにこちらを見つめて口を開いた。


「もし、好凮寺の今後が気になるのならば、明日、今日あの少年が訪ねてきたのと同じ時間にここにおいで。きっとあの子、明日も来ると思うから」

「二度とこの場所に訪れるなって言ってなかったか?」

「そうだけれどね。きっとまた来るよ。そんな気がするの」


 そんな気がする。

 他の人間が言った場合はまあ五分五分だろうが、慧乃がこの言葉を口にしたからには来るのであろう。


 好凮寺が気になるというよりかは、あの少年が邦実にこき使われるのではないかと心配なのだが、ここまでつきあったのだ。最後まで見届けよう。

 そう決意して、慧乃と別れて大方丈を後にすると、日が傾き涼やかな風の吹く心地よい登山道を歩き進め、その日の登山を無事に達成した。

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