短編 何処に悪いものがあるの?②
「いや良かったよ! レイちゃん超かわいい!」
「そうかい。ちなみに亜美ちゃん一筋だから」
「うん。亜美ちゃんも悪くない。いや、少女向けと思って油断してたね。全く、なかなか良いアニメを持ってきてくれたよ馬謖は」
「本当に一日で観たのな。お疲れ様」
玄関先で、目の下にクマを作ったメガネから無印のDVDBOXと謝礼を受け取り、引き替えにRのDVDBOXを手渡した。
「どうせ一日じゃあ全部は無理だろうと思ってDVDBOX一巻しか借りてこなかったよ」
「ああ、そのほうがいいよ。これで今日はゆっくりアニメを楽しめそうだ」
「今日も観るのな。明日も寄った方が良いか?」
「是非頼むよ。じゃあ、僕はこれからちょっと用事があるからこれで失礼するよ」
「いや、アニメ観るんだろ。分かってんだよ」
部屋へ引き返すメガネを見送りもせず、その場から離れ微かな雨の中山頂を目指した。
「いや良かったよ! 美菜子ちゃん超かわいい!」
「いや亜美ちゃん一筋だから」
玄関先で、ノックすると同時に飛び出してきたメガネから見終わったDVDBOXと謝礼を受け取り、新しく借りてきたDVDBOXを手渡す。
「そうだったね。それで、今日はもちろんRの二巻だよね」
「そうだよ。しかし一日で二十何話もはいってるDVDBOX一気に見るとはねえ」
「こういうのは勢いのあるときに一気に見た方が良いのさ。それじゃあ、僕はこれからやることがあるからね。明日も頼むよ!」
「はいはい。分かったよ」
厚い雲のかかった鉛色の空を見上げながら、今日も薄暗い路地へと引き返し、曇天の中山頂を目指した。
「いややっぱりちびうさも超かわいい!」
「いや亜美ちゃん一筋だから」
強い雨が降っていたため玄関に入り、その場でDVDBOXの交換を行った。しかし毎日毎日良く飽きない物だ。なんて、毎日毎日山に登ってるお前が言うなって話か。
「これだけ観てもまだまだ続きがあるというのは素晴らしいことだね」
「素晴らしいことねえ。ま、気に入ってくれたならこれを作った人たちも喜んでくれるだろうさ」
「それもまた素晴らしいことだね。と、今日は二巻組かい」
「一応借りるだけ借りてきた。自分のペースで観たら良い」
「はっはっは。僕を甘く見てはいけないよ。この程度なら一日で全部観てしまえるよ。そういうわけだから明日はこの続きをよろしく頼むよ」
「はいはい、分かったよ。じゃあな」
雨降りしきる外に飛び出して、レインコートのフードを深くかぶり薄暗い路地を引き返し、その日も山頂を目指した。
「うおおおおおおおおさたああああん!」
「まあこうなるとは思っていたけど、残念だが亜美ちゃん一筋だから」
「蛍ちゃんかわいすぎだろこれ、なんだよこれ、なんだこれ、なんだこれええええ!」
「うるっせえな。叫ぶな馬鹿メガネ」
からっとした天気のなか、奇声を上げるメガネの額を強く弾き黙らせる。通りから離れているとはいえそんな大声で叫ぶものじゃない。
「わ、悪かったとは思うけど、もうちょっと手加減してくれてもいいんじゃない?」
「いや、もっと強く叩くべきだったと心の底から反省してる。ほら、とにかくこれ、今日の分」
「おお! これはまさしく、スーパーズ!」
「どうせこれも一日で観ちまうんだろうな」
「もちろん! いや馬謖も僕のことが分かってきたじゃないか。これからは親友と呼ばせてもらおう」
「拒否する。それじゃあ、山登るからこれで」
「ああ行ってらっしゃい。僕も僕のやるべき事をするとしようかな」
アニメ観るだけだろうと心中で思ったが、特にメガネに声を掛けることもせず、薄暗い路地を引き返して雨上がりのさわやかな天気の中人成山を登った。
「こうしてみるとまことちゃんかわいい」
「はいはい。でも亜美ちゃん一筋だから」
柔らかな日差しが薄い雲の間から差す、涼しい日和の中で玄関先で恒例となった物々交換を行う。
「こうして馬謖からセーラームーンのDVDBOXを受け取るのも今日で最後な訳だ」
「ああ。ひとまずテレビシリーズはこれで終了だな。後は映画とかもあるが、まとめて借りてきた方が良いか?」
「いや、また最初から見直してみるのも悪くないんじゃないかと思えてきたよ。そういうわけだから明日は無印をもう一回頼むよ。あ、一巻だけで良いからね」
「了解。そうするよ」
「おや、久しぶりだね」
「そういえば久しぶりだな」
天気は良く、千切れた雲が青い空に浮かぶ初夏の日和の中、中層へ向けてのんびりと山道を進んでいたら、道中で慧乃と出会った。
「登るのなら誘ってくれたら良いのに」
「すっかり忘れてた」
「だろうね。そういう顔してるよ。それで、メガネ君の依頼はどんな感じだい?」
「ようやく一段落って感じだな。これから行くところだが、着いてくるか?」
「そうだね。元はといえば私の受けた依頼だったからね。どんな様子になっているのか確認しに行こうかな」
「どんな様子ねえ」
中層に到着すると真っ直ぐに薄暗い路地を目指し、メガネの住む家へと向かった。
ノックするとメガネはすぐに木戸を開けて玄関から顔を出した。
「やあ馬謖、今日もご苦労様。おっと門番ちゃんも一緒かい。仲が良いねえ」
「別に、たまたま登ってくる途中で会っただけだ」
「たまたま会って一緒にここまで来るのが仲が良いって言うんじゃないのかい。ねえ門番ちゃん」
「何故慧乃に振る」
そんなの慧乃の奴は肯定するに決まっているのだ。クソメガネの奴、分かっている上できいているんだろう。侮りがたい奴だ。
「ま、それよりも、はい。やっぱり作品を見終わってみると、うさぎが一番かわいかったよ」
「いや、亜美ちゃん一筋だから」
「えーっと、何の話だい?」
慧乃が興味を持ちそう尋ねると、メガネが受け取ったばかりの無印DVDBOX第一巻を慧乃に手渡した。
「馬謖が持ってきてくれたアニメの話さ。いや侮っていたけれどこれがまた面白いんだよ。ところで、門番ちゃんは小さい頃セーラームーン観てたのかい?」
「セーラームーンかあ。そういえば小さい頃に、テレビで観ていた気がするなあ」
年齢的に再放送だろうか。あまりアニメを観ていなさそうな雰囲気だったのでその解答は意外ではあった。しかし同じ作品を知る人間がこうして三人集まるのは素直に喜ばしいことでもあった。
「それで、門番ちゃんはどの子が一番かわいいと思う? もちろんうさぎだよね?」
「いやいや亜美ちゃんだろ」
「かわいい、ねえ……」
慧乃はあごにぴんと伸ばした白く細い人差し指を当てて少しの間俯いて考えていたが、一つ頷いて顔を上げると、メガネの質問にゆっくりと答えた。
「あまり詳しく覚えてはいないのだけれど、どこにもかわいくない子なんて居なかったよ」
慧乃のその一言で、はっと自分の間違いに気づかされた。
今まで薄い雲に隠れていた太陽が、雲の切れ間からぱっと輝いて、中層の片隅の神社入り口の脇に建つ、小さな小屋を明るく照らした。
「僕たちは何処で間違ってしまったんだろうね」
「さあな」
山頂近くの見晴台で、メガネと二人碧雲の浮かぶ遠くの空を眺めて黄昏れていた。
慧乃の一言に気づかされてしまった真実と、その真実に気づくことの出来なかった自分たちのふがいなさ。その二つに打ちのめされて、こうして中層を抜け出して、ここまで登ってきてしまった。
「どれが良いとか、どれが悪いとか、そんなことを決めるのは結局の所自分でしかないんだ。門番ちゃんが言いたいのはそういうことだったのではないだろうか」
メガネが閉じていた口を開いて、呟くように意見を述べた。
「ああ、そうだろうな。良いも悪いも自分次第。悪い物を見つけようとしたり、自分の中で勝手に順位を付けようとして、そういう思いが悪い物とか劣った物を産み出してしまう。本当に目を開いて素直に観ることが出来ているのならば、この世に悪い物なんて存在しないんだ」
「門番ちゃんが観る世界は、きっとそういう世界なんだろうね」
「だろうな。それを考えると、自分はどれだけくだらない事に囚われていたのだろう」
「本当だね。どの子がかわいいとか、そういうことじゃなかったんだ。どの子も必要で、どの子も欠けてはならない」
「ああ、そうだな」
碧雲が風に流されていくのをしばらくそうして、初夏の日差しに照らされて、風に吹かれながら眺めていた。特に何をするでもなく、何かを考えるでもなく、そうしてただ眺めていた。
どれほど時間が経っただろうか。空を眺めていると、後ろから声を掛けられた。
「ここに居たのかい」
「――慧乃か」
振り返ると慧乃がそこに立っていた。そういえば、慧乃を一人おいて来てしまっていたのだ。大切なことに気づかせてくれた恩人をおいてきぼりにしてしまうなんて、全く失礼なことをしてしまった。
「お前のおかげで、ずっと気づくことの出来ないでいた大切なことを見つけることが出来たよ。ありがとう」
「えーっと、一体何のことだか分からないけれど、どういたしまして」
「またご謙遜を。門番ちゃんはもっと自分の持つ力を信じても良いんだよ」
「うーん、そう言われてもなあ。――そうだ、メガネ君。さっきのDVD、勝手に観てしまったのだけれど」
「ああ、構わないよ。むしろ門番ちゃんがあの作品を観てくれたことが本当に嬉しいよ」
「そうかい。そう言われるとなんだか不思議な気分だね。それでね、一つ思い出したことがあるんだよ」
「思い出したこと? へえ、一体なんだい?」
メガネが尋ねると、慧乃は優しく微笑んで、はっきりと質問の答えを口にした。
「ちょっと見直してみて思い出したのだけれど、やっぱり美菜子ちゃんがかわいい! そうだよ、小さい頃は私、美菜子ちゃんに憧れて――」
「「感動を返せ!」」
短編 何処に悪い物があるの? 終わり




