二月目 序章 二人の自分②
「どういう呪いなんだ?」
「人成山でしばらく暮らさなければならないのです」
「なんであんたなんかに説明しないといけないのよ」と不満一杯で顔をしかめた方を尻目に、片方が答えてくれた。
「しばらくってのはどれくらいなんだ?」
「それがさっぱり分からないのです」
――そりゃまた大変な呪いだな。
期限が分からないのは厳しい。
呪いが解けるのが明日なのか明後日なのか、それともずっとずっと先なのか……。それが分からず人里離れた山中で生活するのは精神的にきついのではないだろうか。自分の呪いも十月十日だと分かっているから挑戦する気になれているのだが、これの期限が分からなかったら、果たして今の自分はあるのかどうか不安になる。
以前のハナの件もあるし、あまり思い詰めなければ良いのだが――
「呪いを解かないとどうなるんだ?」
「うっさいわね見れば分かるでしょ!」
重ねた質問についに今まで小声で悪態をついていた方がしびれを切らし怒鳴り声を上げた。
「そんな風に言う物じゃありません」
「何よ、私のくせに。私に口出ししないでよ」
「私は私のことを思って忠告しているのです」
「大きなお世話よ。何様のつもりよ。私が何しようが、私には関係ないでしょ。私は黙っててよ」
「そういう訳にはいきません。私だって私ですから」
自分同士で言い争いする知佳子の様子を「器用だなあ」と眺めていたが、いい加減不毛だし、何より”私”という言葉の意味が分からなくなりそうで気持ち悪かったので、二人の――いや、知佳子の間に割って入った。
「まあまあ。呪いを解かないと一人に戻れないんだな。何となく分かったよ」
知佳子は言い争いをやめ――というより性格の悪い方がふてくされたのか、鼻息を荒くしてそっぽを向き、強引に話を切った。
「で、知佳子」
「何でしょう」「何よ」
そうだった。二人とも”知佳子”なのであった。しかしこれでは非常に話がしづらい。
性格の悪い方があれこれ絡んでくると、まとまる物もまとまらなくなってしまう。
「よし、名前を付けよう」
「はあ、あんた何言ってんのよ」
早速性格の悪い方が突っかかってきたので軽くたしなめて続きを話した。
「実際に体が二つあるのに名前が一つじゃあ不便だろう。お前、知佳な」
「勝手に名前付けないでよ。私は知佳子よ」
「そっちはそうだな、知子でいいか?」
「名前を変えることは出来ませんが、呼び方でしたらそれで構いません」
本人の(片方だけではあるが)了承もとれたので、これからは性格の曲がった目つきの悪い方を知佳。礼儀正しい優しい表情の方を知子と呼ぶことにしよう。
「おや、珍しい組み合わせだねえ」
背後から聞き慣れた声がしたので振り返ると、案の定木製の薙刀を手にした六宮慧乃がそこにいた。
今日はどういう趣向だろうか、弓道着のような格好をしている。すらっとした体躯と腰まで伸びた美しい黒髪には、その格好はよく似合っているように思えた。
「慧乃、久しぶりね。もしかしてこのバカと知り合いなの?」
「おい、きこえてるぞ」
抗議したが、知佳は「きこえるように言ってんのよ」と全く悪びれた様子も反省するそぶりも見せなかった。
「バカとはまた酷い言い草じゃあないか。ねえ」
「申し訳ありません。私が酷いことを言って」
慧乃が話を振ると知子は頭を下げ知佳の非礼を詫びたが、それでも知佳の方は「勝手に謝らないでよ」などと小声でぶつくさ言っていた。
「それで、君は知佳子ちゃんとどういう関係なのかな? 良ければ是非教えて欲しいよ」
「何、丁度今さっき登山してたら知佳に絡まれたってだけさ。「私を見なかった」って」
「ほう。「私を見なかった」ねえ」
成り行きを説明すると慧乃は得心いったようで、微笑んで知佳の方へと視線を向けた。
知佳は向けられた慧乃の視線から逃れるようにそっぽを向いて、取り繕ったように尋ねた。
「そんなことより慧乃。呪いの方は順調なの?」
「うーん。最近はなかなか進展がないねえ」
「そう。そういえば昨日、下層の方で変な男を見たわよ。山頂まで早く辿り着きたいとか何とか言ってたわ」
「あー、あの人か。実は私も昨日会ったんだ。足止めしたら凄く悲しんでね。急いでいたのに、悪いことをしてしまったよ」
情報交換、だろうか。
確かに慧乃の呪いは同じ人間には何度やっても無駄だから、新しく人成山を訪れた人間の情報は重要になるだろう。
にしても、その慧乃に足止めされて悲しんだ男は不運だったな。同情する。
「それで慧乃、お前はこいつらとどういう関係なんだ?」
「知佳子ちゃんとは初めて人成山に来たとき知り合ってね。何も分からなかった私に、いろいろ教えてくれた恩人なんだよ」
「へえ、そうは思えない」
自慢げに胸を張ってご機嫌な様子な知佳だが、こいつがそんな、人のために何かをするような人間だとは思えない。となると……
「知子がやったんだろう」
「なにそれ、どういう意味よ。私には変わりないでしょ」
「知子?」
突っかかってきた知佳を無視すると、慧乃が首をかしげ問いかけてきたのでそちらに返答した。
「二人とも知佳子じゃあ面倒くさいから呼び方を決めたんだ。性格が悪い方が知佳で、良い方が知子」
「誰の性格が悪いですって」
怒った知佳に胸ぐらを捕まれたが、頭一つ低い少女相手なので可愛いものだ。
――何て思ってへらへら笑っていたら、豪快な大外刈りをくらい、気がついたときにはザックから地面にたたきつけられていた。
更に追撃を行わんとする知佳を知子が後ろから押さえつけたため事なきを得て、慧乃の差し出した手をつかんで何とか立ち上がった。
「全く、君は口は災いの元という言葉を知らないのかい?」
「今し方思い出したところだ」
「知佳子ちゃん――知佳ちゃんだったね。あなたも暴力は良くないよ」
「分かったわよ。分かったから離しなさいよ」
「本当に分かっていますか?」
「分かってるって言ってるでしょ! 私のくせに私の言うことが分からないの」
知佳は知子から解放されると乱れた服を直し、敵意のこもった目でこちらをにらみつけた。
「謝らないといけませんよ」
「はあ!? 何で私が謝るのよ!」
「先程分かったと言ったじゃないですか」
「そんな事、一言も言わなかったじゃない」
「私だって私なのですから私の言いたいことくらい察してもらわないと困ります」
「何よそれどういうことよ」
知佳は不満爆発で知子とにらみ合っていたが、やがて視線を慧乃のほうへと向け、その表情を確認すると、唇をとがらせ小さくうなってから、観念したように声を上げた。
「分かった。分かったわよ。謝れば良いんでしょ」
口ではそう言っていても、納得はいかないようで肩を怒らせて目の前まで荒々しく歩んできた。
「さっきは悪かったわね」
まるで気持ちのこもっていない平謝りだったが、形はどうあれ謝られたので、こちらとしても先程の非礼を詫び、ひとまずは手打ちとすることにした。
「これで仲直りだね。さあ握手握手」
さも当然とばかりに慧乃が握手を促すが、知佳は不満を一切隠すことなく顔をしかめていたし、こちらとしても手を握ったらそこから一本背負いに持って行かれるのではないかという不安でいっぱいであった。
しかし知佳の手を知子が無理矢理に差し出させ、その様子を見ていたらいつの間にか手首を慧乃につかまれ、知佳と握手させられていた。
「これでみんな仲良しだね」
慧乃だけはこの結果に十分満足したようで、いつもの二割増しくらいの笑顔を浮かべていた。全く憎たらしい。
「それにしても、君は人を、性格が良いとか悪いとかで区別しているのかい?」
「しないか、普通」
問いかけに当然だろうと答えると、慧乃は悩んだように小首をかしげ、あごに白く細い指の先を当ててなにやら思案し始めた。
そんな慧乃の様子よりも、慧乃の発言で先程の言葉をぶり返され殺気だった知佳の方が気になったが、そちらは知子がうまいことたしなめてくれているようであった。
「こんな言い方もどうかと思うけれど、その区別は、自分にとって都合が良いか悪いかの区別ではないのかい?」
反論しようと思ったが、言葉が詰まり何も言えなかった。
確かに自分は、知佳のことを自分にとって都合が悪いと思っていた。いやしかし、事実こいつの性格は悪いじゃあないか。こいつの性格が悪くないというのならどんな奴が悪いというのだ。
「ま、こんな話をするのも良くないね。さてもっと有意義な話をしよう。君はもしかして、知佳子ちゃんの呪いについて何か気づいたことがあったりしないかな?」
話を切り替えた慧乃がそう尋ねた。
その質問には、知子も、そして知佳も興味を持ったようだ。
「何よそれ、本当でしょうね」
「いや、どうだろう。実際の所まったく見当違いだったようだ」
詰め寄る知佳を無視して慧乃に向かってそう答えると、知佳は舌打ちしてぶつくさとつぶやきながら身を引いた。
「ちなみにその見当違いだった考えはどんなものだったんだい?」
「以前――というかお前と初めて会ったあの日、二人で自分を探す男の呪いについて考えただろう」
「ああ、あの彼か」
「それと同じ呪いなんじゃないかと思ったんだ。知佳が自分を探しているようだったから、本当の自分の居場所を教えてやれば呪いが解けるんじゃないかと思ったんだが……」
ちらと知佳と知子の方へと視線を向けた。
今も知佳子は二人に分かれたままである。
「どうも違ったようだ」
「そうだねえ」
慧乃は頷いたが、どうもこの態度は知佳子の呪いについて何か知っていることがあるのではないだろうか。
「慧乃、お前は何か知らないのか?」
尋ねると慧乃はやんわりと微笑んで静かに答えた。
「君はどう思うんだい?」
でた。
こいつに物を尋ねるとこれなんだ。こちらに考えるよう、こうやって促してくるのだ。
しかし尋ねてばかりというのも性に合わん。たまには完璧な回答を導き出して、慧乃の鼻を明かしてやろう。
頭の中で、今まで得た知識をまとめていく。
知佳子の呪いは自分が二つに分かれてしまうというものだ。
呪いを解かなければ元に戻れない。そのためにはしばらくの間人成山で生活しなければならない。
ここがあの自分を探す男との違いであろう。
あの男は自分を見つけない限り、人成山から出ることが出来ない呪いだった。
そしてその答えは、本来の自分。ありのままの自分の居場所を見つけるということだった。その自分とは、自分の追い求める別の自分ではなく、自分自身のことであり、慧乃はいくつかの質問によって男に本当の自分の居場所を自覚させ呪いを解除させた。
だが知佳子の呪いは人成山で生活することだ。男が自分を見つけることの答えを見つけたように、知佳子は人成山で生活することの答えを導き出さなければならない。
知佳子が二つに別れてしまった現象ばかりに意識が向かっていたが、本質はそこではなかったのだ。
さて、となるとこの呪い、どういうことだろうか。
人成山で暮らすことの意味。それを導き出さなければならない。
「随分考え込んでいるね」
気がつくと目と鼻の先に慧乃の顔があり、毎度の事ながらそれに驚いて後ずさった。
「答えは出たかい?」
「お前のせいで何考えてたか忘れちまった」
「あら、それは悪いことをしたね。でもどうせ考えるのなら、いろいろと話しかけてくれると嬉しいよ。その方が私も君の考えに参加できるし、何より知佳子ちゃんが喜ぶと思うよ」
知佳はそんなことないと反論したが、知子の方は慧乃の言葉を肯定した。
「少しでも呪いの解除に繋がる知恵が欲しいのです。もしご協力していただけるのなら嬉しい限りです」
「そういうことなら慧乃にきいたほうが手っ取り早いと思うぞ」
知子はちらと慧乃の方を見やる。
それに対して慧乃は、困ったように微笑んで答えた。
「私だって出来るのならば力になりたいのだけれどねえ。なかなか難しい問題だと思うよ」
口ではそう言っているがどうも怪しい。知佳子とは長いつきあいのようだし、こいつのことだから呪いについて気づいていることの一つや二つあるのだろう。
だがそれをあえて口にしない。それがこいつのやり方なのか知らないが、全く迷惑な話だ。
もし呪いの解き方を知っているのなら、素直に教えてやれば良いのにと思うが、これこそ慧乃の呪いの意味なのかも知れない。
要するに「ここから先に進みたければ、この私を倒してからにすることね」と、呪いを解きたければこの謎を解いて見せろさあさあ、とばかりにはやしたてているのだ。
となれば知佳子の呪いは知佳子が解かねばならない。
まあそもそも呪いは自分自身の物だから自分で解くのが当然なのだろうが、果たして二つに分かれた知佳子は呪いを解くことが出来るのだろうか。
知子ならまだ可能性はありそうだ。
人の話を良くきくし、物事をしっかりと考える。どちらかというと慧乃に近い性格だろう。
それに比べて知佳はどうだ。
一切人の話をきかず、考えるより先に行動し、同じ自分のはずの知子には迷惑を掛けるばかりと、そういえばいつぞやそんな女に会った気がするな。未だに呪いを解くことが出来ず、中層で真っ黒な花を量産している奇特な女だ。すぐに暴力沙汰に走るという意味でもそっくりだ。
「また考え事をしていたようだけれど、今度は何か思いついたかい?」
顔を上げたタイミングで慧乃が尋ねた。
おそらくこちらが考えをやめるのを待っていたのだろう。
「――一つだけ、思いついたことがある」
「本当かい? それは是非きかせていただきたいね」
本当にただ思いついただけのことなのだが、やらないよりやってみた方が良いだろう。
もしかしたら呪いが解けるかも知れない――そこまでいかなくても呪いを解く何かのヒントになるかも知れない。
「知子、知佳、ちょっとこっち来てくれるか?」
呼びかけるとすぐ近くにいた知子はもちろん、少し離れていた知佳も渋々とながらよってきた。
「ここに並んで、そうだな、背中合わせで」
「一体何をするのでしょうか?」
「大丈夫大丈夫。悪いようにはしないさ。ちょっと目を瞑ってもらっていいか?」
「はあ!? 何でそこまでしないといけないのよ。変なことするつもりじゃないでしょうね」
「すぐ終わるよ。それに慧乃もいるんだ。変なことが何を意味しているのか分からんが、そんなこと出来るわけないだろう」
そう言うと知佳は嫌そうにしながらも目を瞑った。
その二人の頭に手を伸ばすと、慧乃に服の袖をつかまれた。
「どうした慧乃」
「いやね、何かこう、嫌な予感がするんだよ。もしかしたらだけれど、君はとんでもないことをしようとしているのではないだろうね」
「言ったろ、大丈夫だって。何、結果はすぐにでるさ」
「本当に大丈夫かなぁ……」
慧乃が袖をつかんでいた手を離し一歩後ろへ下がったので、先程の続きを粛々と行う。
知子と知佳の額を押さえ、そしてそのまま軽く勢いをつけて二人の後頭部をぶつけてやった。
こちん、といい音が風通りの良い山道に響いたが、知子と知佳は相変わらず二人のままで、呪いが解ける様子はなかった。
「やっぱり大丈夫じゃなかった……」
「うむ。こういうことではなかったか」
「はぁ……。君は一体今の今まで人成山で何を観てきたんだい? 全く君は、時折物理的手段に訴える癖があるね」
後頭部を押さえ悶えながら地面を転がる知子と知佳を見下ろして、もしかしてあまり大丈夫ではなかったのかも知れないという思いが、心の片隅に芽生えた。




