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人成山登山記録  作者: あゆつぼ
人成山登山記録 短編 無明の花咲く
19/87

短編 無明の花咲く②

 翌日、約束通り昼過ぎに中層の橘花の小屋を訪ねた。


「遅いのよ! どれだけ待ったと思ってるの!」

「待ってたのか」

「待ってないわよ!」

「どっちだよ……。とにかく準備は出来てるみたいだな。このまま山頂まで向かって良いのか」

「ええ。でもあんまり早く行かないでよ」

「了解。のんびり登ろう」


 見た目からなんとなく想像できていたことだが、あまり体力はないらしい。この様子だと山頂まで行ったこともないのではないだろうか。スタート地点が中層なので体力的にギブアップなんて事にはならないだろうが、確かに初めてならば一人で山頂に向かうのを控えたのは正解だろう。


 中層を出発し、とりあえずは山腹の神社へと向けて山道を歩き始める。

 すっかり登り慣れたせいで橘花のペースは随分とのろく感じたが、たまにはこうしてさわやかな緑の香りに包まれて、山を登るというのも悪くない。


「それで、どうして登山に着いてこようなんて思ったんだ?」

「えぇっ? 何?」


 素っ頓狂な声を上げたので後ろに目をやると、橘花はすでに歩き疲れている様相であった。


「……まだ一〇分くらいしか歩いてないぞ」

「あ、あんたが歩くの早すぎるのよ!」

「分かった。橘花が前歩け。一本道だし、迷わないだろう」

「しょうがないわね。前を歩いてあげるわ」


 橘花は強がって先を歩き始めるが、やはりその足取りはどうも怪しい。歩き慣れない山道は確かに体力を消耗するが、ここまでとは……。これは無事に山頂にたどり着けるのか怪しくなってきた……。


「それで、どうして山に登るんだ?」

「……人を……探してるの」


 立ち止まって橘花は答えた。どうも歩きながら話すのは体力的にきついらしい。


「へえ、山頂の方にいるのか?」

「噂ではそうきいたわ」


 噂、という単語にひっかかる。その噂、確証はあるんだろうな。真偽の定かではない噂話なんて人成山には腐るほどありふれている。


「あんた、花仙人って知ってる?」

「花……仙人? 流石に仙人の知り合いは居ないな」


 答えをきいた橘花は、あからさまに嫌そうな顔をして舌打ちした。


「毎日登ってるっていうから知ってるかと思ったのに」

「それ先に確かめような。で、その花仙人ってのは何者なんだ?」

「あたしも噂で知っただけだけど、なんでも山頂付近で、日が昇ってから日が沈むまでじっと花を見つめている仙人がいるらしいのよ。妖精だって言う人も居たけれど、まあどっちでも大差ないでしょう。とにかくその花仙人なら無明花の花の色を変える秘策を知っているに違いないわ」

「あー、そういうことか……」


 日が昇ってから日が沈むまで花を見つめる仙人ね。根も葉もない噂だと思っていたが、どうもそういうわけでもないらしい。


「おそらくだが今日も山頂付近で花を見つめてると思う」

「知り合いだったの? なら都合が良いわ。あたしを紹介してよ」

「まあ紹介する分には一向に構わないが……」


 橘花とハナはうまくやっていけるだろうか。橘花にむちゃくちゃ言われてハナが困らないといいのだが……年も近そうだしきっとうまくやるか。橘花はともかく、ハナは誰とでも仲良くなれるし。


「なら早く登りましょ」

「ああ、橘花が前だからな」

「そうだったわね」


 すました顔でそう言って、橘花はゆっくりとした足取りで山道を歩き始めた。そのペースに合わせてのんびり歩くのも新鮮だ。

 途中で数回休憩をはさみながら、中層から二時間ほどかけて山頂まで何とか登り詰めた。


 完全に疲れ果てた様子の橘花を休憩所において、まずは自分の呪い解除のため山頂の石碑の元へ向かう。

 その後橘花が飲み干した水筒に水を入れてもらおうとグランマの元を尋ねて、休憩所へと戻った。


「天使様ですか」

「えーっと、天使ではないです」


 休憩所では橘花が少女と話していた。

 傍らに転がる焼き菓子の入ったバスケットを見るに橘花はどうも見事に餌付けされたらしく、少女の小さな手を握りしめて感謝していた。


「って、ハナじゃないか。ちょうど会いに行こうかと思ってたんだ」

「あれ? お兄ちゃん。この方とお知り合いなんですか?」

「お、お兄ちゃん!? 嘘でしょ! あなたとあいつが――ああ、そうね。きっとあいつは過ちの結果この世に生まれた――」

「アホなことを言うな」


 水筒で軽く頭を小突くと、橘花は鼻をならしてその水筒をひったくった。


「別に血が繋がってるわけじゃない」

「そうよね。やっぱり愛人の――」


 指先で額を弾くと、何事かいろいろ怒鳴りもしたが少しすると疲れたのか静かになった。


「それで、わたしになにかご用ですか?」

「ああ。こいつが赤い無明花の花を咲かせないと――どうなるんだっけ」

「な、何でも良いでしょ! この変態!」


 何故呪いについて尋ねただけで変態とののしられなければならないのか。一体こいつの呪いはどんな内容なのだろうか。


「無明花、ですか? きいたことないですね」

「ええ!? 知らないの!? あなた本当に花仙人なの!?」

「花仙人って言葉が勝手に一人歩きしただけだと思うけどな。ハナは確かに日の出から日の入りまで花を見続ける呪いにかかっているが、別に花に詳しいわけじゃないし」

「知ってるなら何で最初に言わないのよ!」

「たまには登山も楽しかっただろう」

「ふざけんな!」


 ものすごい勢いで振り回された水筒をぎりぎりで回避する。一回振ったきりで疲れたらしく、それ以上は攻撃してこなかった。


「えーっと、事情は何となく分かったのですけれど、その、無明花ですか? どんなものか見せてもらえませんか? もしかしたら何か力になれるかも知れないです! えーっと……」


 ハナが橘花の顔をのぞき込むが、橘花はハナが何を期待しているのか分からなかったらしく首をかしげる。仕方ないのでハナに橘花の名前を教えてやる。


「橘花だ」

「橘花ちゃん、ですね! わたしは伊与田ハナです。ハナって呼んでください」

「あ、ああそういうことね。よろしく」


 差し出されたハナの手をもう一度しっかりと握る橘花。この様子なら問題なく仲良くなれそうだ。


「じゃ下山だな。中層まで戻ろう、ってハナはそれでいいのか?」

「はい。ちょうど帰ろうかと思っていた所なんです。山道から橘花ちゃんがぐったりしてるのがみえたので寄り道しちゃいましたけれど」

「そ、そんなにぐったりしてないと思うけど……」

「そこは否定しなくても良いんじゃないか」

「あんたは黙ってなさいよ」


 どうも相手によって態度を変えすぎじゃあないだろうか。なんにせよ、ハナとは仲良くやっていけそうなのは良いことだ。年の近い友達がいれば人成山での暮らしも楽しくなるだろう。

 橘花のペースに合わせて慎重に下山し、夕方頃には中層に辿り着いた。


「もう日が暮れるな」

「ちょうど良かったじゃない。夕飯奢ってくれてもいいわよ」

「金欠なんだ。だいたいお前と違って一番下まで行かないといけないんだ」

「へえ、お疲れ様」

「こいつ……」


 小突いてやろうかと思ったがハナにたしなめられて振り上げた拳を下ろす。


「ここが橘花ちゃんのお家ですか? わたしの家のすぐ近くです」

「あらそうなの? 今度お家を教えてちょうだい。お菓子のお礼に何か持って行くわ」

「登山に付き合ったお礼はないんだろうな」

「当たり前でしょ。ほら、こっちよハナ」


 別に礼が欲しくて付き合ったわけでもなし、腹も立たない。今日一日の出来事でもって、橘花の呪い解除が少しでも前に進むのならば、この性悪女に振り回されたかいもあるってもんだ。


「わあ! ……黒い、ですね」

「そうなのよ。でも黒以外の花も咲くらしくて、なんとかして赤い花を咲かせたいんだけど……」


 ハナが丹念に橘花の育てた無明花の花を確認している隣で、ぽつんと置いてあった鉢に気がついた。


「もう芽が出たんだな」


 それは昨日橘花がオレンジ色の花を咲かせたという無明花の種を植えた物だった。


「あら本当。朝は全然だったのに」


 橘花は如雨露に水を入れ、そこへ謎の赤い液体を加えると、その水を無明花の鉢に与え始めた。


「まさかとは思うが、それ着色料じゃあないだろうな」

「はあ!? そんなわけないでしょう! 食紅よ!」

「着色料じゃねえか。お前……そんなことで赤い花が咲くとでも思ったのか」

「うるっさいわね。これくらいしかやることないじゃない。花の色なんて、咲いてみないと分からないんだから」


 そりゃあそうかも知れないが、着色料で花の色を変えて、それで呪いが解けるのだろうか。そもそも黒い花が咲くのに、赤い着色料を与えたところで黒い色には変わりはないんじゃないだろうか。


「橘花ちゃん」

「なあに、ハナ」


 しかめていた顔を柔らかくして、ハナに返事をする橘花。


「これって、種、ですか?」

「ああ、それ。確かに無明花の種だけど、全部黒い花の物だから、きっと黒い花が咲くわ」


 ハナは傍らの缶に詰まっていた黒い種を見つめる。黒い花を咲かせた無明花の種だったら、確かに黒い花が咲きそうな物だ。


「へえー。それじゃあ一つもらっても良いですか?」

「一つと言わず全部持って行っても良いわよ。どうせあたしには必要ない物だし」

「ありがとうございます! でも、たくさんはいらないので一つだけもらいますね! がんばって育ててみます!」

「うーん、たぶん黒い花しか咲かないと思うけどなあ……。でも育てるならこれももっていって。花屋で買った肥料なんだけどちょっと分けてあげるわ。土の下に敷くのよ」


 橘花は肥料を小さな袋に幾分かわけると、それをハナへと手渡した。


「ありがとう橘花ちゃん!」


 ハナは礼を言ってそれを受け取ると、丁寧に手提げ袋へとしまい込んだ。


「そんなの育ててどうするんだ?」

「えへへ。黒じゃない無明花の花を見てみたくて、ちょっと育ててみたくなったんです! お兄ちゃんもどうですか?」

「園芸かあ……。ま、試しにやってみようかな。種、もらってくぞ」

「一つ百蘊よ」

「はあ!? ハナにはただであげたじゃないか!」

「ハナにはお菓子の恩があるもの。あんたは別よ」

「こいつ……」

「それじゃあ橘花ちゃん。もう一つ種をもらっても良いですか?」

「ええ、ハナならいいわ」

「はい! ありがとうございます」


 ハナは缶からもう一つ種を取り出すと、微笑んでこちらに手渡してきた。


「これはお兄ちゃんにあげますね」

「そりゃあどうも」

「むー。まあ、いいわ。どうせ捨てるつもりだったし」

「それで、肥料は」

「二〇〇〇蘊よ」

「こいつ……」


 小さな鉢一つ分の肥料が二〇〇〇蘊ってのはぼったくりじゃあないのか。それだけあったら夕飯食えるぞ。


「こればっかりはもう手持ちもそんなにあるわけじゃないからね。嫌なら花屋で買いなさい」

「ああ、そうすることにするよ」


 橘花に金を払うのが癪だったのでその場では肥料はもらわないことにした。おそらく、花屋で買ったら二〇〇〇蘊もしないのだろう。それに肥料なんてなくても育ってくれるんじゃないだろうか。あまり園芸には詳しくないが、そんな気がした。


「それじゃあな橘花。次は赤い花を咲かせて自慢しに来てやるよ」

「あんたが赤い花を咲かせられるわけないでしょ。絶対黒い花が咲くわ!」

「橘花ちゃん。今日はありがとう。また今度遊びに来ますね!」

「ええ。いつでも来てちょうだい、だいたい家に居るわ」


 橘花に別れを告げ、家の外でハナとも別れた。

 花屋が確か大通り沿いにあったことを思い出し寄り道をしていこうかと思うと、傍らの金物置き場に小さな鍋があるのが目についた。

 底に穴が開いたそいつは、鍋としてはもう使えないが、鉢代わりにはなりそうだ。そんなことを考えてそれを拾うと、今度は近くのゴミ捨て場に破れた網戸が置いてあったので、その切れ端を少しばかり切って持って帰ることにした。これで鉢は買わなくて良さそうだ。


「ありゃ、閉店か?」


 花屋の前に着くと、ちょうど店員と思われる女性がシャッターを閉めていた。


「日が沈むと閉店なんだよ。ってあれ、君かい、久しぶりだね」

「あれ、誰だっけ?」


 花屋に寄るのはこれが初めてなのだが、どこか別の所であったことがあるのだろうか?

 柔和なおっとりした顔立ちのおとなしそうな女性だ。どこで会ったのだろうか……。


「ひどいなあ。君の山民登録をしたのは私なのに」

「あー、役所のボランティアの人か。言われてみたらそんな気がしてきた」

「本当かなー。まあそれはさておき、何かご用? まだ看板はかたしてないからね。ぎりぎりセーフって事で」

「そりゃあ助かる」


 シャッターを上げるのを手伝い、小さな電球だけがついた店内に足を踏み入れる。


「無明花を育てたいんだが、肥料をちょっとわけてくれないか」

「無明花かあ。ちょっとでいいとなると、これかな」


 花屋は棚からビニール袋に入った肥料を取り出してレジの上に置いた。


「一袋で二五〇〇蘊になります」

「二五〇〇……。まじか」


 橘花から買った方が安上がりだったか。まあ橘花がくれるだろう量よりかはずっと多いので損はしていないだろう。一回きりしか育てる気がないのでそのほとんどは無駄になってしまいそうだが……。

 なんて思ったが、財布の中を覗いてみると二〇〇〇蘊しか入っていなかった。


「すまん。小分けにしてもらえたりは……」

「うーん。開けたのがあるなら小分けもするんだけどねえ。今は新しいのしかないからねえ……」


 安売りは――無理だろうな。となると諦めるしかないか……。


「二五〇〇蘊? それなら私が払うよ」


 後ろから新たに入ってきた客が、レジに二五〇〇蘊をそっと置いた。横に視線をやってそいつの顔を見てみると、見知った顔がそこにあった。


「いいのか、慧乃」

「困っている様子だったから。ところで何に使うんだい?」

「無明花を育てようと思って」

「無明花か。もしかして橘花ちゃんと出会ったのかい」


 流石に慧乃は顔が広い。橘花とも知り合いだったのか。にしても橘花が呪いを解いていないところを見ると、慧乃とは馬が合わなかったのだろう。あの橘花のことだから、慧乃みたいなお節介焼きからは距離を置こうとするのも頷ける。


「そういうことだ」

「へえ。面白そうだね。私もやってみようかな。という訳で無明花の種が欲しいのだけれどあるかい?」

「ええ。ちょっと待っててね慧乃ちゃん」


 花屋は店の奥に行き、小さな缶を手にして戻ってきた。その缶の中にはたくさんの黒い種が詰まっていた。


「これ、全部黒い花が咲いた奴か?」

「そうみたいねえ。橘花ちゃんがたまーに持ってきてくれるのよ」

「へえ。捨てるとか言ってたからどうすんのかと思ってたけど、ここに持ち込んでたのか」

「無明花に種を付けさせるのはなかなか難しいのよ。だから私が頼んで売ってもらっているの。それ以上に黒以外の色の花を咲かせるのは難しいのだけれど、きっと慧乃ちゃんなら素敵な色の花が咲くわ」

「慧乃、園芸とかやったことがあるのか?」

「少しだけあるけれど、どうだろう。無明花は話にはいろいろきいたことはあるけど育てるのは初めてだからね」

「あんたは、確かオレンジの花を咲かせたんだよな」

「橘花ちゃんにきいたのね」


 花屋はやんわり微笑んで答えた。


「あれは嘘よ。橘花ちゃんに渡したのは、橘花ちゃんが持ち込んだ種だもの」

「詐欺じゃないか」


 橘花はオレンジの花が咲いた種だからとそこそこ大切に扱っていたというのに、まさか自分が手渡されたのが黒い花の物だと知ったらいかほど怒ることだろうか。


「別に売ったわけじゃないわ。いつもお世話になっているから無料で分けてあげたのよ。それに、あの種はたしかにオレンジ色の花を咲かせる種だったわ」

「分かるのか?」


 種によって変わるのか、というかそれが分かるのか。先程もらった種を見つめてみたが、どうも他の種との見分け方が分からない。


「さあてどうかしら」

「なんだよそれ」


 花屋はやんわりと微笑むばかりで、どうも明確な答えは返ってきそうにない。

 これは、この人なりの「自分で考えなさい」という意思の現れなのだろう。


 すっかり忘れていたが、赤い花を咲かせるのが人成山の呪いである以上、何らかの答え、もしくは気づきがなければならない。黒い花しか咲かない無明花が、赤い花を咲かせる理由。それを見つけることが出来なければ、赤い花はきっといつまでも咲くことはないのだろう。


「それじゃあ私はこの種にするよ。おいくらかな?」

「一つ約束してくれれば無料で良いわ」


 慧乃が種を一つ選んで差し出すと、花屋はやんわり微笑んでそう告げた。


「あまりただで物をもらうのは好きではないのだけれど、どんな約束かな?」

「無明花の花が咲いたら、私に見せて欲しいの」


 慧乃の問いに花屋が答える。


「そういうことか。分かった。花が咲いたらきっと、ここに持ってくるよ」

「ええ。そうしてもらえると嬉しいわ」


 花屋にも何か思うところがあるのだろう。慧乃は約束を受け入れて、種を小さな紙袋に入れてもらうとそれを受け取った。


「慧乃ちゃんにはこんなこと言う必要もないのだろうけれど、一つアドバイス」

「是非きかせて欲しいよ」


 花屋がぴんと人差し指を一本立てて目の前に突き出した。いつぞや見た、慧乃の問いかけのようだ。


「無明は因よ」


 ムミョウワイン? どういう意味だろうか。首をかしげ隣の慧乃の様子を探ると、慧乃はすっかりその言葉に納得した様子であった。


「そういうことか。うん、大切にするよ。それじゃあ、今日は変な時間にお邪魔してしまったね」

「いいのよ。今日は素敵なお客さんに出会えたから」


 慧乃に先程の花屋の言葉について尋ねようかとも思ったが、そういえば閉店時間を過ぎていたのだと思い出して、肥料を手にして店から出た。

 手を振って見送ってくれた花屋に礼を言って、慧乃と二人で帰路についた。


「しかしお前はいつも変なタイミングで出てくるな」

「そうかい? 私はむしろ、君がいつも絶妙なタイミングで困っているように感じるよ」

「まあお前から見たらそうだろうな。何にしろ、金は家に帰ったら返すよ」

「別にいいのに――と思ったけれど、そうだね。是非返しに来ておくれ。それと、気になったのだけれど、その鍋はなんだい?」


 鞄の横に吊り下げていた鍋に気づいた慧乃が尋ねる。


「ああ、鉢代わりにしようかと思って、そこの金物置き場で拾ったんだ。底に網を引けば十分使えるだろう」

「そういうことか。そうだね。うん、その考えは素晴らしいよ。その鍋と出会えたのも、君の縁だろうね」

「縁ねえ……」


 鍋との出会いが縁か。いや、こいつに言わせてしまえば、どんな物との出会いも縁になってしまうだろう。


「そう、縁だよ。それで、こうして出会ったのも縁だから、家まで一緒に帰らないかい? 日が落ちると一人で下山するのは怖いからね。山になれた君が一緒に居てくれるととても心強いよ」

「そりゃあどうも。夜道の下山は怖いからな。こちらからもお願いしたいくらいだ」


 中層の出口でヘッドライトを付けると、手に懐中電灯を持った慧乃と二人、ゆっくりと下山した。夜道の下山も、こうして口うるさくいろいろ話しかけてくる慧乃と一緒だと退屈しなくてすむ。

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