一月目 其の四 自分はどこへ向かっているのでしょう②
「しっかり準備してくれば何てことはなかったな」
初回のあの苦労が嘘のように楽々と頂上に辿り着いてしまった。
「子供の足でも登れる山だからねえ。でも十月十日登り続けるのだとしたら、大変なのはこれから先だろうね」
「それもそうだ。一応準備は整えたつもりだが、こればっかりはやってみないと分からないよな」
この先十月十日、毎日今日のような穏やかな気候であるとは限らない。
それに加えておかしな呪いにかかった山民が大量に徘徊しているし、本当にどうなることやらといった感じだ。
「何が起こってもおかしくないのが人成山だからね」
「全く恐ろしい限りだ」
一応人成山山頂の石碑の所まで行くと告げて、小走りで石碑を目指した。
なんだかここまで来なければ人成山に登り切ったことにならないのではないかという気がしていた。気のせいだろうが大した距離でもないし、何かちゃんとした目的があったほうが良いだろう。そういうことにして、小さな丘を登って石碑に軽く手を触れた。
ひんやりした石の感触を手のひらで確かめて、後は下るだけだと元来た道を引き返す。
「無事登山完了だね」
「いや、下るまでが登山だから」
「そうだった。それじゃあ下りも着いていって良いかな?」
「ああ、構わん」
二つ返事で了承を返す。
登山装備を調えたので不安はないが、出来ることなら同行者がいた方が良い。
それに、未だ慣れぬ人成山では、慧乃が一緒だと心強い。
慧乃と二人下山する。
慧乃ときたら登りに散々話していたくせにまだ話すことが尽きないらしく、あれこれ話しかけてくる。
適当に相づちを打ちつつ足を進めると、今日慧乃と出会った、中層地区へと続く分岐点に辿り着いた。
「ちょっと中層に寄り道しても良いか?」
「もちろん、構わないよ。休憩かな?」
立ち止まって提案すると、慧乃は頷いて尋ねてきた。
「いや、ハナの様子が気になって。ちょっとばかし様子を見に行こうかと思って」
「あー、そういうことか。そうだね、気になるのなら、少し訪ねてみようか」
慧乃の了承も得られたので、中層地区に入りハナの家を目指す。
大通りから外れた小さな通り沿いにある一軒家の元に辿り着き、扉を二つ叩いた。
しかし、反応がない。
「ハナー、いるか?」
声をかけてもみたが、返事はなかった。
「お出かけ中かもね」
「そうだな。まだ呪いの解除方法も分からないみたいだし、山の中を歩き回ってるのかも知れないな」
朝会ったときの、ハナの思い詰めた顔を思い出す。
慧乃ならそんなハナの力になれるのではないかと思ったのだが、ハナが不在では相談も出来ない。
「待ってたら帰ってくるかな……?」
「うーん、いつ帰ってくるか全く分からないからなあ……」
髪の先をいじりながら、慧乃が言う。
「そうだろうけど――そうだな。出直すか」
時間はいくらでもある。
それに、迷って迷って結局答えが出なかったら、ハナも自分から相談に来るだろう。
そういうことにして、中層地区を後にすると下山を再開した。
石造りの鳥居を越えると、ぴこーんと間の抜けた音が響いて、前回表示されたものと同じカウントが表示される。
「無事に今日の登山は終えられたようだね」
「ああ、今日から再スタートだ。残り十月と九日。気が遠くなるよ」
「それでも登り続けるのだろう?」
「もちろん」
「そう、その意気だよ」
そうだ。これから十月十日の間、この山に登り続けるのだ。今にして思えばこの青春真っ盛りの二十歳の年に全く酔狂なことを始めたもんだ。
――だが、この呪いは絶対に解かなければならない! そう! 童貞を卒業して、充実した二十代を過ごすために、絶対だ!
「何か考え事かい?」
「たいしたことじゃないさ」
適当に誤魔化して、別れの挨拶をする。
「今日は付き合ってくれてありがとう。ここでお別れだな」
「あれ? そうなのかい?」
慧乃が何故か首をかしげる。
どういうことかしばらく分からなかったが、そういえば外層で家を借りたことを説明していなかったことを思い出した。
「この近くで住む場所を借りたんだ。ぼろっちい木造のアパートなんだが」
「うん。それは知っているよ」
「知ってるのかよ」
何処でその情報を手に入れたのか。慧乃は知り合いも多いみたいだし、誰かしらアパートを借りる際に世話になった人間からきいたのだろうか。
「それはねえ。それより君、実家から新茶が届いたのだけれど、是非家で一緒にどうかな? お菓子も一緒に送られてきて、一人だと手に負えなくて困っているところなの」
「新茶ねえ」
なんだか話をはぐらかされたようだったが、慧乃からの提案になんと答えたら良いのか悩んでいたらどうでも良くなってしまった。
新茶とお菓子。お茶を飲む習慣はなかったが、慧乃の実家から送られてきたときくともしかしてお高いお茶なのではないかと興味をひかれる。
だけれど安易に首を縦に振って良いものだろうか。だいたい、女の部屋に誘われるのなんてこれが初めてである。そんなに気安く立ち入って良いのだろうか?
「いいのか、男なんて部屋に連れ込んで」
からかうように尋ねると、慧乃は小さく口元に笑みを浮かべて答えた。
「その点は安心して。君のことは信頼しているから。――呪いのこともあるしね」
「そりゃあそうだ」
考えてみれば当然の話だ。
なんせ呪いのせいで童貞を卒業できないのだ。
それどころか少しでも下心を持とうものなら問答無用でなにかしらのダメージを受けるので――いや待てよ――
「何故それを知っている」
問うと、慧乃はあからさまに視線を逸らし「まずいこと言っちゃった」みたいな風の表情をして、指でせわしなく髪の先をいじり始めた。
「……童貞の意味を、調べたのか?」
重ねて問いかけると、頬をほんのりと赤く染めて一つ咳払いをし、慧乃は口を開いた。
「その、ね。この間別の調べ物をしようと思って図書館に行ったの。それで、職員さんに資料を探して貰っている間にね、手持ち無沙汰だったものだから……。それにほら、どうしても気になってしまって……」
なんだか申し訳なさそうな表情で、珍しく言葉を句切りながら説明をする慧乃。その態度に、こちらも何と言ったらいいものか分からなかった。
とにかく、一つだけ釘を刺しておかねばならない。
「ハナには言うなよ」
「分かってるよ」
「というか誰にも言うんじゃない」
「分かったよ」
慧乃は頷いた。
約束事は守る――だろうか。調べるなと言ったはずなのに調べてしまっているので一抹の不安はあるが、こいつを信じるほか有るまい。
「あの、良い機会だからきいておくけれど、この間手を握ったときに反応があったでしょう? あれはどういうことなのかな? 君の呪いは――その――童貞を卒業できない呪い、のはずでしょう?」
「それは――」
返答に詰まる。だが無言でいると印象を悪くするだけだ。
「とにかく、女性に対して何らかの行動をとると発動するんだ。あのとき握手しただろ。たぶんあれが引き金になって発動した、んだと思う」
正確には慧乃に好意を抱いてしまったせいだが、そんなこと本人に言ってしまえるほど神経は麻痺していない。
「そういうことか。うん、これで安心できたよ――ああ、でも、君としては私はもしかして近くにいない方がいいのかな?」
「いや、大丈夫。その点は問題ない」
触れさえしなければ大丈夫。触れたとしても、相手が慧乃なら発動させない自信もあった。なぜなら慧乃に対しては、既に好意とは別の感情を抱いているからだ。
「それなら良かった。それじゃあ荷物を置いたら私の部屋に来ておくれ。準備して待っているからね」
まだ一度も行くとは言っていないが、慧乃の中では行くことは決定してしまったようだ。
断る理由もなくなったし別に良いかと、一つ頷く。が、肝心な事を忘れていた。
「それはいいが、お前どこに住んでるんだ?」
「あれ? それをきくのかい?」
意表を突かれた、とばかりのぽかんとした表情をするが、そんな表情をされても困る。何か変なことを尋ねたのかと考えを巡らせてもみるが、何ら不自然なところは見つからなかった。
「まあいいさ。とりあえずついておいでよ」
言われるがまま、慧乃の少し後ろについて歩いて行く。
しかしどうだろう。バス停裏の細道を抜け、アスファルト舗装された坂道を上り、車の通った後の残る砂利道を歩く。
辿り着いたのは人成山外層に存在する、古びた木造の二階建てアパートであった。足を止めて建物を見上げていると、二階へと続く金属製の階段の中程で立ち止まった慧乃がこちらに声を投げかけた。
「どうしたんだい?」
「いや、お前の家もここだったんだな」
「そうなんだよ。ちなみに君の隣の部屋だからね。よろしく頼むよ、お隣さん」
翌日、何をするかと言えば登山するわけで、朝から家を出て人成山へと向かった。
空には薄い雲が線を引き、向こうの方から真白な雲の塊が流れてきていた。天気はどうもこれから崩れていきそうな気配である。
ラジオの天気予報は今日一日曇りで、明日は小雨がぱらつくと言っていたっけ。思っていたよりも早い雨の到来ではあるが、雨具の準備は整えてある。今日は明日のことを考えて、雨でも登りやすい登山道を探しながら登ることにしよう。
途中で慧乃の部屋を訪ねようかとも考えたが、昨日の今日だし、きっとあいつも山に行くだろうから、そのまま一人で山へと向かった。
天気は良いとは言いがたいが、風があり涼しい日和だった。これくらいの方が登山にはちょうど良いのかも知れない。
中層までの道のりは大きく二段階に分かれている。登山道入り口からしばらく続くゆったりとした舗装された道と、その先の石で組まれた少し勾配ある道だ。そしてどうも、石の道とは別に大回りながらゆったりした道があるようだ。今日はそちらの様子を探りながら登ってみようと決し、石の道の前で分かれ道を探してみたわけだが、何てことはない、苔の生えた木の看板が立っていて、その示す先に確かに道があった。
今まで何故気がつかなかったのか不思議なくらいだ。
道はしばらく木で造られた階段であったが、やがてなだらかな坂道の続く土の道となった。
看板によると中層地区まで続いているようなので、信じてとにかく歩いてみよう。
幾分か歩いて行くと、道の脇に古びた木の看板が立てられていて、この先は下層地区だと書かれていた。結局の所、どの道を使っても存外変わらないようだ。人成山の登山道はかなり登山者に優しい構造となっているみたいだ。
下層地区に用事があるわけでもないのでとにかく真っ直ぐと進んでいった。
少し歩いて行くと、見覚えのある少女が目の前からやってきた。
山歩きに適した服装をしたその少女は、紛れもなくハナだった。
俯いて歩いていたハナはこちらに気がついていないようだったので、近づくと立ち止まって声をかけた。
「良く会うな」
「あ、お兄ちゃん! おはようございます」
元気に頭を下げて挨拶するが、何処かその表情は暗く、いまだ悩みを抱えている様子であった。
といっても自分にハナの悩みを解決できる手段は思い浮かばない。
かといって放っておくことも出来なかった。
「何処へ向かってるんだ?」
一つ尋ねる。その問いに、ハナは俯いて曖昧な答えを返した。
「何処へ向かっているのでしょう……」
「ま、そうだよな。でも、山を歩いているのには何か意味があるんだろう? 呪いの解き方を知るために、わざわざ山を歩き回る必要もないだろう」
その問いにもハナは曖昧な答えを返した。
「どうでしょう。わたしもよく分かっていないんです。でも、人成山の何処かへ行ったら、呪いを解く方法が分かる気がするんです」
「でもその場所がどこだか分からない、と」
「はい……」
ハナが俯いて答える。
何処かへ行かなければならない。でも何処へ行けば良いのか分からない。
ハナはその悩みに囚われてしまっている。
そして自分には、とてもその答えを見つけられそうになかった。それでもハナを一人迷わせておくわけにもいかなくて、一つ提案する。
「行く当てがないなら一緒に山頂まで行かないか? 気晴らしくらいにはなるかも知れないし」
「登山ですか。そう、ですね。是非一緒に行きたいです!」
「おう。それじゃあひとまず中層まで行こうか」
「はい!」
ハナは明るさを取り戻して微笑んだ。少しでも気晴らしになってくれればそれでいい。もし登山の途中で呪い解除に繋がる何かを見つけられたのならば儲けものだ。
そんな風にして二人、なだらかな土の道を登っていく。
急いでいるわけでもないし、ハナの歩調に合わせてゆっくりと。
たまにはこんな登山もいいかと思いながら、時間をかけてのんびり。一歩ずつ山頂を目指して足を進めていく。
中層地区で一休みして、山腹の神社を越えて山頂を目指す途中、ハナがふと問いかけてきた。
「結局、わたしはなにをしたらいいのでしょう。何処へと向かっているのでしょうか?」
投げかけられた問いに対する、的確な答えが浮かばない。
何をしたらいいのか、何処へ向かえばいいのか。呪いを解除するためには、ハナはそれを明らかにしなければならない。でもその答えを、生憎持ち合わせていなかった。
「分からん。ひとまず今は登山してるわけだし、山頂を目指したらいいんじゃないか」
曖昧な、答えにもならない答えを返す。
それでもハナははにかんで笑って、その情けない回答に頷いた。
「そうですね。登山ですから、山頂を目指しましょう」
歩幅を落としながらも、一歩一歩足を進めていくハナ。
こんな時、あいつなら――六宮慧乃なら何と答えるのだろう――
「お姉ちゃんは、何て答えるでしょう」
頭の中で考えていたことと同じことを、ハナが小さく呟いた。
改めて考えてみたが、その答えは一つしか浮かばない。
「きっと、何処へ向かっているんだい? 何て、いらっとくる笑顔で答えてくれるよ」
「そうですね。お姉ちゃんはきっとそうです。でも、本当に困ったときは相談に乗ってくれるって言ってくれました」
「ああ。困ってるなら相談したら良い」
慧乃もきっとハナの相談なら喜んで受けるだろうと思いそう返したのだが、ハナの表情には若干の陰りが見えた。
「それは分かっています――でも……」
どうした? と俯いた顔をのぞき込もうとすると、ハナは顔を上げて小さく微笑んだ。
「はい。そうですね。今度会えたら、相談してみます」
ハナのその作り笑顔に違和感を感じながらも、その後はハナの話しに相づちを打ちながら何事もなく山頂まで登り切った。
人成山山頂の石碑に手を触れる。二日目の登山もこれで半分終了だ。
「十月十日、続けて登山し続けるんですよね。お姉ちゃんからききました」
「ああ。下山してようやく一日分。それをあと十月と八日やらないとならん。全く途方もない話だ」
「大変そうですね……」
ハナは小さく呟いたかと思うと、更に小さなか細い声で、独り言のように呟いた。
「それでも、何をしたら良いのか分かるだけ良いです――このまま一生帰ることが出来なかったら――――」
きこえてしまったその言葉で、ハナがどれだけ思い詰めているかが理解できた。
呪いのせいで帰る場所が思い出せず、その呪いを解除する方法も分からない。何処かへ行けば分かるかも知れないと言うが、一体何処へ行けば良いのかが分からない。
それも、呪いの解除に一体どれだけかかるのかも分からない状態で、訳の分からないまま山の中に放り出されてしまった。
思い詰めるのも当然だった。
それでもハナの明るい性格なら大丈夫だなんて勝手に思い込んでいた。
ハナはもう一人で悩める限界まで来ていた。誰かが手を差し伸べなければならない――
でも、そんなこと自分に出来るのだろうか。
何処へ行けば良いのか。答えなんて全く出せない自分に、ハナの力になることが出来るのだろうか――。
とてもじゃないが、力になれない。なれるとしたら、きっと――
「お兄ちゃん。今日は一緒に登山できて良かったです」
「ん、そうか」
ぺこりと頭を下げるハナに対して空返事をする。
何か言おうとしたが、言葉が出てこない。
迷っていると、ハナが先に言葉を発した。
「少し、おばあちゃんのところへ行ってきます」
「おばあちゃん? ああ、あのばあさんか」
初めて人成山に訪れたあの日に出会った、腰の曲がった世話焼きのばあさんの事を思い出す。慧乃はグランマとか呼んでいたっけ。
そういえば、困った事があったら相談すると良いなんて言っていた。だとしたら、あのばあさんならハナの助けになれるのかも知れない。
「そうだな。きっとそれがいい。ついていこうか?」
「いえ、大丈夫です。お兄ちゃんは下山、頑張ってください」
「別に頑張るほどのもんじゃないが――ま、そうだな。頑張って下山してくる」
一人の方が悩みの相談はしやすいだろう。ハナも必要ないと言うし無理に付き添っても邪魔なだけだ。ハナの提案を受けて一人で下山することにしよう。
「またな、ハナ」
「はい。ありがとうございました、お兄ちゃん」
別れを告げ、一人で山頂の休憩所を後にする。
のんびりと下山しながら、少し頭を回して考えを巡らせる。
――あのばあさんはハナの悩に対して何と答えるのだろうか。
呪いを解かなければ帰る場所が思い出せない。でも呪いを解く方法は分からなくて、人成山の何処かへ行けば分かるかも知れないと言う。その何処かが分からず、ハナは人成山を彷徨っている。
ハナは一体、何処へ行けば良いのだろうか? 何をしたら良いのだろうか?
もし、慧乃にきいたら答えは返ってくるのか――
そこまで考えて、馬鹿らしくなって一人で笑う。
慧乃にきいたら「君は何処へ向かっているんだい?」なんて、うざったらしく微笑んで返してくるに決まってる――
――馬鹿らしい、なんて緩んでいた口元が、いつの間にかきゅっと引き締まっていた。
頭の中で、慧乃の声が木霊する。
「君は何処へ向かっているんだい?」――この一言がいつの間にか、自分自身に突きつけられていた。
何てことはない、ハナがかけられた呪いを、自分自身も持っていたのだ。
何処かへ行かなければならないけれど、何処へ行けばいいのか分からない。
今まで散々経験してきた。
小さい頃から、両親に良い大人になれとか良い大学に入れとか、大学に入ったら今度は良い就職先を見つけろだとか、耳が痛くなるほどきかされて育ってきた。
何処かへ行けと言われるが、何処へ行ったら良いか分からない。そもそも、良い大人も、良い大学も、良い就職先も何をもって良いと言うのか、それすら分かっていなかった。
そのとき自分はどんな答えを出してきただろうか?
一度でも自分に対して「自分は何処へ向かっているのか?」と問いかけて、進む先を自らの意思で決めてきただろうか?
今、自分は人成山の呪いを解くため十月十日の登山をしている。
十月十日の登山とは一体何なのか、この先に一体何があるというのか――一体、自分は何処へ向かっているのだろうか?
気がつくと足は止まり、登山道の途中で立ち尽くしていた。
眼下には曇り空に照らされた、うっすらと湿った登山道が遙か下まで続いている。
これを下り終えたら、きっとカウントは一つ進むだろう。
でも、本当にそれで良いのか? 人成山に登ったことになるのだろうか? 自分の向かう先はこれで良いのだろうか? この登山の先に一体何が待っているのだろうか?
今まで考えもしなかった疑問が次々と頭の中に浮かび、浮かんでは消えて新しい疑問が沸いてくる。
沸きだした小さな疑問が集まって、何時しか一つの大きな疑問へと変わる。
――何のために人成山に登るのか――
「童貞を卒業するため……。本当にそれでいいのか?」
慧乃が本当に問いたかった問題に対して、答えを出せない。
それでもすっと一歩足を前に踏み出して下山を再開する。
考えてたって答えなんか出やしない。今はともかく、言われるがままに人成山に登り続けるだけだ。




