002 考えるのは罪なり
あれだけ死にたかったのに、まだ死にきれない。それは運命のいたずらか、シズクに課せられた罰なのか。
「そんなに死にたいのかね?」
ジョンは、まるでシズクの言葉が不思議だと言わんばかりに疑問符を浮かべる。
「死にたいというより、消え去りたいですね。僕という存在を、なかったことにしてほしい」
「生まれたからには、存在をなくすことはできんぜよ。ミジンコだろうと人間だろうと、それが不文律だからな」
「でしょうね」
遠くを見据えながら、シズクは力なくそう返すしかない。
「ま、おれがなにを言ってもオマエさんには響かんだろうな。戦場でPTSDになったヤツを何人も見てきたが、やはりソイツらにかける言葉は見つからなかった。『そんなこと言わずに生きろよ』『生きてりゃ良いことあるさ』なんて言葉は、オマエさん散々言われてきただろうし」ジョンは言葉を区切る。「けどひとつ分かるのは、『考えることは罪』だってことだ。刹那思考でいたほうが、人生は面白いくらい簡単だからな」
ジョンはタバコみたいなものをくわえ、火をつける。
「……そうかもしれないですね」
「だろ? ま、あれだ。オマエさんのことは良く知らねェけど、頑張り屋さんなのは分かる。頑張ってたから、今こうして不機嫌そうに口を尖らせてるのさ。だから、そうだな。いい加減に生きてみるのも有りじゃねェの?」ジョンはカードを渡してくる。「頑張らないことを頑張りたいのなら、まずは学校へ行ってみろ。このカードは、おれの母校に編入できる証明書だ。〝セブン・スターズ〟特権で、ひとりくらい編入させられるからな」
「学校、ですか」
「刺激がなければ、突破口も開けんからな。それに、オマエさんの魔力があれば嬉ションして学校側も編入を認めるさ」
カードには、『メイド・イン・ヘブン学園』と書かれていた。シズクはそれを受け取り、ぼんやりそれを眺める。
「僕に、魔力があるんですかね?」
「おいおい、おれァ国家最強の魔術師だぞ。魔力感知くらいできるに決まってる」ジョンは不敵な笑みを浮かべる。「大丈夫。学費と生活費くらい、おれが払ってやるさ」
「そこまでしなくても」
「気にするな。どうせカネなら履いて捨てるほどあるし、オマエさん放っておいたら自殺しそうで嫌なんだよ」
「そうですか」
「ま、あれだな。あぁ、そうだ。あれだ。オマエさんと娘が同年代でな。おれの娘、実力は確かなんだが、どうもヒトと壁を作る傾向があるみたいでよ。ソイツと仲良くしてくれたら嬉しいんだな」
シズクは、モヤのかかった頭で断る理由を考えるが、結局良い方便は出てこない。
「分かりました。けど、僕がジョンさんの娘と仲良くできる確証はどこにもありませんよ」
「別にしなくても良いさ」あっさりした態度だった。「しかしひとつだけ言おう。この世界に生きてりゃ、独りぼっちなんてことはねェ。オマエさんは若いから、余計にな」
*
ジョンは心配性なのか、シズクを自身の家までタクシーで連行した。見ず知らずの少年(今は幼女だが)に、ここまで世話を焼く意味。正直、シズクには理解不能な話であった。
ジョンの自宅に着き、シズクは靴を脱ごうとした。しかし、ここはあくまでも欧米の国のようで、靴置き場がない。仕方なく、シズクは靴のまま家へ入る。
「おかえり、父ちゃん」
赤い髪のサイドを刈り上げている、三白眼の少女がパソコンでネットサーフィンに明け暮れていた。声から察するに女性だ。
そんな赤髪の少女は、シズクを眼中に捉えると、
「父ちゃん、ロリコンだったン?」
と、目を細める。
「違げェよ。自殺志願者を拾ったんだ。名前は……」
「シズクです」
「そう、シズク。きょうから当分この家に住ませることにした。仲良くしな」




