001 死は救済ではない
「死は救済ではないらしい」
石田シズクは、自殺した。それなのに、目覚めた場所は天国でも地獄でもない。シズクが目覚めたのは、公園のベンチの上である。公園にはまばらにヒトが歩いていて、誰も彼も幸せそうに見える。
「というか、ここどこ?」
続いて出た言葉は、それだった。見覚えのない公園には、人工的な自然が広がっている。芝生や噴水、桜の木。前世の街にこんな場所はなかったので、混乱してしまう。
「まぁ良いや。死ぬ方法でも探そう」
気がついたとき、シズクはあらゆることに関心を持てなくなった。死こそ救い、と信じて、練炭自殺するくらいには。
そんなわけで、シズクは立ち上がって車にでも轢かれようと道路へ向かおうとした。
すると、
「やぁ。調子は?」
いつの間にか、隣に誰かが座っていた。シズクは覇気のない目で、返事をする。
「良いように見えますか?」
「見えねェな。ただ、自殺なんて値打ちがないからやめておけ」
「貴方になにが分かるんですか?」
「10代前半の〝女子〟の気持ちなんて、嫌ってほど分かるさ」
シズクは隣に座った男を一瞥する。
金髪のオールバック、サングラス、髭面、シズクより遥かに高い身長。
「僕は女子じゃないです」
「性自認が男性なのかね?」
「いや、僕は男子です」
「なら、胸と股でも触るんだな」
金髪サングラスに言われるがまま、シズクは胸を触る。胸部はやや膨らんでいて、股にも男性のそれがなくなっている。
「……、」シズクは絶句する。
「な? 今のオマエさんは女児だ。8歳から9歳くらいのな」
「なんで世界は、僕に試練を与えたがるんでしょうね」
「難しいこと聞くねェ……」金髪サングラスは目を細める。「まぁ、38歳のおっちゃんから言えることは、人生は常にピンチの連続ってことくらいだよ。大同小異、みんなピンチと闘ってる。テストの点数が悪いとか、営業成績が悪いだとかな」
「慰めになると思ってるんですか?」
「思ってないよ」あっさりした態度だ。「当人の苦しみは、当人にしか分からない。オマエさんも相応の苦労をしてきたんだろう。ともかく……」
「ともかく?」
「あー、なに言おうとしたか忘れた。とりま、そこの売店でなにか買ってやるよ。飲み物とアイス、どっちが良い?」
「飲み物でお願いします」
「待ってろ」
近くの売店に、金髪サングラスの青年は向かっていく。シズクは黙って、彼が帰ってくるのを待つ。
「あ、貴方は〝セブン・スターズ〟のジョン・プレイヤーさん!?」
「きょうはオフなんだ。オレンジジュースとコーヒーを頼む」
「は、はい」
そこまで離れた売店ではないので、会話が丸聞こえ。金髪サングラスの青年は、ジョン・プレイヤーというらしい。セブン・スターズという組織に属しており、この称号? は有名なようだ。
「よォ」
ジョンはオレンジジュースを差し出してきた。
「ジョンさん……ジョンさんであってますよね? 有名人なんですか?」
「まぁな」端的に返される。「国家最強魔術師のひとりで、軍内階級は中将。久々のオフなんで、ダラダラ散歩してたらオマエさんに会った」
「国家最強、ですか」
「おれひとりで、中小国なら滅ぼせる。この〝アンゲルス連邦共和国〟最強の戦士ってわけさ」
「そうですか」
「反応が薄いな」
「なら、オーバーリアクションをとれば良いんですか?」
「とられても困るな」
「なら、これくらいの態度で良いでしょう」
「冷めた子だな……」ジョンは鼻を鳴らす。「ところで、オマエさん。おれが感知できる限り、凄まじい魔力を持っているようだが、軍人になるつもりはねェか?」
シズクは即答した。「嫌です」
「だろうな。優秀な魔術師の卵といえど、戦場に行きたがるヤツはそういない」
オレンジジュースを水のごとく飲みながら、シズクは明るい空を見つめる。
「……空があるってことは、やっぱり僕は死にきれなかったのか」




