第93話:巨腕の死角
ドズン、と地響きを立てて岩の巨腕が叩きつけられ、砕けた石片が雨のように降り注ぐ。
「右だ! 次は右腕が払ってくるぞ!」
壁際の影を擦るように移動しながら、シィが低く鋭い声を張った。
その警告に間一髪で反応し、レオンが地を蹴って間合いを詰める。正面から威力を受けるのではなく、大剣の腹を巨腕の横っ面に斜めに当て、強引にその旋回軌道を上空へと逃がした。
頭上をかすめ抜ける凄まじい風圧。すかさずバルドが大歩で踏み込み、足場の悪い瓦礫の上からミリスたちを庇うように位置を取り直す。
「レオン、引きつけすぎんな! 支柱の影へ誘い込め!」
「分かってる! だが、こいつ一歩の幅がデカすぎる!」
前線の三人は決してゴーレムを圧倒しているわけではなかった。巨腕を振り回す圧倒的な質量とリーチの前に、支柱や中央装置を巻き込ませないよう、間合いをコントロールして時間を稼ぐだけで全員が限界近くまで神経をすり減らしている。
そのギリギリの防衛戦を、ガルドは壁面に身を寄せたまま、瞬きすら惜しんで注視していた。
目打ちを握る指先に力を込め、ゴーレムが攻撃を繰り出すたび、その巨躯の関節部――特に肩から肘にかけての石組みの動きを食い入るように見つめる。
(……待て。今ので三度目だ……)
ガルドの目が鋭く細められた。
レオンが大剣で軌道を逸らし、巨腕が振り下ろされた直後。ほんの一瞬、ゴーレムの肩関節の動きが止まりかけていた。
「クロノ、前線をよく見ろ!」
ガルドが戦闘の風圧を突いて叫んだ。
「肩の関節だ! 腕を振り下ろした直後、一瞬だけ動きが止まりかけやがる。理由はまだ分からねぇが、動きを制限できる仕掛けか、構造上の隙があるかもしれねぇ!」
ガルドの観察に基づく叫びを聞き、俺はすぐさま解析組へ視線を向けた。
「ミリス、リゼリア! ガルドが言ったあの瞬間と、魔力の流れに何か関係はあるか!?」
ミリスは干渉針を足元の導線へ突き立て、全神経を注いだ。
「確認します……! 巨腕が振られ、動きが止まりかける瞬間……!」
ミリスが息を呑み、となりのリゼリアが羊皮紙の記録と魔力針の振れ幅を素早く照合する。一度、二度、三度。ゴーレムが腕を振るう周期と、中央装置から周囲の古代回路へ伝わる魔力波の上下を繰り返し重ね合わせた。
「……間違いないわ」
リゼリアが顔を上げ、張り詰めた声で告げた。
「中央装置の魔力が大きく変動する瞬間と、ゴーレムの動きが止まりかけるタイミングが重なっているわ。中央装置から流れる魔力が、あのゴーレムの動作に何らかの影響を与えている可能性があるわ……! 具体的な供給経路までは、まだ特定できないけれど」
前線での物理的な観察と、魔術解析の照合。
二つの領域が重なった瞬間、未知の守護者に対する最初の『手掛かり』が薄皮を剥ぐように見え始めていた。
その時、装置の基部を調べていたガルドが、別の場所で短剣の柄を固い石組みへ打ち当てた。
「おい、クロノ! こっちにもおかしな場所があるぞ!」
ガルドが指し示したのは、古代装置の側面に刻まれた幾何学模様の隙間だった。
本来なら規則的な溝が伸びているはずの場所に不自然な開口部が存在し、そこへ覆いかぶせるようにして後付けの金属部材が取り付けられていた。
「装置の側面に、不自然な開口部と後付けの金具がある……。削り落とされた痕跡からして、元々は何かを外部へ逃がすための排口に見えるが……」
ガルドの物理鑑識による報告。それを聞いたミリスが干渉針を開口部の近くへ掲げ、リゼリアが内部の魔力密度の偏りを読み解く。
「……内部に、熱を帯びた過剰な魔力が充填され続けていますわ。この開口部の奥……まるで魔力の放流を堰き止めているかのように、高密度の魔力が滞留しています」
ガルドが見つけた開口部。ミリスたちが観測した魔術圧。
その二つが重なった瞬間、俺の脳裏の奥底で前世のノートの記憶が警鐘を鳴らした。
(……ノートに書いた『緊急排熱弁』の配置と似ている……! だが、同じ構造だと決まったわけじゃない。もし俺の推測が正しければ、敵の後付け部材が本来の排熱経路を塞いだり、魔力の流れを歪めたりしている可能性がある。安易にあの金具を外したり、無理に弁を開けたりしたら……溜まった魔力が一気に暴走する危険もある……!)
冷や汗が背中を滑り落ちる。
ノートの知識があるからこそ、目の前の装置に潜む危険を想像できた。だが、それはまだ確かめられていない仮説にすぎない。現場の構造を確認せずに動けば、俺たち自身が取り返しのつかない事態を招きかねなかった。
安全圏でランタンを掲げたリィネが、手帳に記した規格を思い返しながら、ガルドが見つけた部材の形状を注意深く見比べた。
「クロノ様! その開口部にある部材……手元の記録にある『流量調整用の特注継手』と、規格や形状に共通する特徴があります! ただ、この部材が同じものなのか、排熱の経路にどのような影響を与えているのかまでは、手元の控えだけでは分かりません!」
リィネの報告は、現場で見つかった部材と地上の仕入れ記録をつなぐ手掛かりだった。だが、調達記録との一致だけで、部材の用途や設置した人物まで特定できるわけではない。
八人の専門性が、暗闇の中に散らばっていたピースを少しずつ繋ぎ合わせていく。
前線のゴーレムは、肩関節の動きが一瞬止まりかけながらも、なおも圧倒的な質量でレオンたちを追い詰めている。背後の古代装置には過剰な魔力が滞留し、開口部の奥では不安定な魔力圧が高まり続けていた。
「……ボス! 長くは持たねぇぞ! どうする!?」
ゴーレムの振り下ろしを間一髪で交わしたバルドが怒号を飛ばす。
俺は握りしめた拳に指先が食い込むほど力を込め、二つの脅威を睨みつけた。
(ゴーレムの隙を突く。だが、中央装置の金具が排熱弁に関わるなら、迂闊には触れられない……!)
ゴーレムの無力化と、中央装置の異常への対処。その二つを同時に進めなければ、根本的な解決にはたどり着けない。
「みんな、突破口の糸口は見えた……! 次の一手で、ゴーレムと装置の両方を抑え込む方法を探るぞ!」
俺の叫びに、七人の頼もしい瞳が一斉に力強い光を宿した。
極限の緊張感が漂う大空洞の中で、八人は次なる決死の攻略作戦へと意識を研ぎ澄ませた。




