第92話:守護者の目覚め
青黒い光の明滅に同調するように、大空洞を支える古い石組みがズズ……と重い微振動を繰り返していた。
中央装置の前に広がるわずかな平坦地。ミリスとリゼリアは膝を突き合わせ、干渉針の先端から伸びるかすかな魔力線を古代装置の導線へと慎重に滑り込ませていた。刻一刻と変化する魔力圧に、ミリスの額にはじっとりと汗が浮かび、リゼリアは硬い面持ちで幾何学模様の回路配置を追っている。
そのすぐ後ろでは、ガルドが壁面に張り付き、短剣の刃先で表面の微細な亀裂を確かめつつ、目打ちの柄を軽やかに叩いて内部の空洞音を聞き分けていた。少し離れた安全な位置では、リィネが持参した手帳を開き、あらかじめ抜き出しておいた仕入れ控えを確認していた。
仲間たちがそれぞれの専門領域に神経を研ぎ澄ませる傍らで、俺の脳裏には前世の記憶が鮮明に浮かび上がっていた。
(……『三極収束式・魔力励起炉』。もし目の前の古代装置がノートに書いた構造と同じなら――緊急排熱弁のような安全機構が備わっているかもしれない)
本来、俺のノートに記した仕組みでは、装置に過剰な魔力が蓄積した際、それを外へ逃がして内部の破損を防ぐための安全機構が存在するはずだった。
だが、それはあくまで俺が考えた設定上の話だ。目の前の古代装置が本当に同じ構造なのか、そもそも同じような安全機構が備わっているのかさえ、まだ確認できていない。
さらに、三極循環陣側に外付けされていた増幅ユニットが使われていた以上、仮に似た安全機構が存在したとしても、正常に機能する保証はない。もし敵の仕掛けによって排熱の流れまで歪められていたら……。
(……ガルドに、排熱弁らしき構造があるかどうか確認してもらわないと!)
俺が言葉を発しようと息を吸い込んだ、まさにその時だった。
――ズズズズン……!!
足底を突き上げるような突発的な衝撃が走り、古代装置の表面を走る光が、穏やかな青黒い明滅から脈拍を跳ね上げたような鋭い鮮黄色へと急変した。
「魔力の流れが急激に変化しています! 中央装置だけじゃありません……周囲の古代回路にまで、一気に反応が広がっています!」
ミリスが干渉針を握り締め、張り詰めた声で叫んだ。
「まさか……装置の異変に呼応して、周囲の防衛系まで連動を始めたの!?」
リゼリアが息を呑むと同時に、大空洞の壁面に刻まれていた無数の古代ルーンが、波紋のように次々と眩い光を帯びていく。壁の大きな亀裂から溢れ出た光の束は、壁際に静まり返っていた巨大な石像の躯体へと一気に集約されていった。
――ゴゴゴゴゴゴ……!
幾年月も固着していた関節部から古い泥や石粉が弾け飛び、巨腕がゆったりと持ち上がる。頭部にあたる石彫の窪みに、不気味な黄色の光芒が宿った。
古代の守護ゴーレムが、ついに動き出したのだ。
その起動が中央装置の異変と連動しているのか、それとも別の条件に反応したのか。今の俺たちには、まだ分からなかった。
「全員、下がれ! 来るぞ!」
腰の大剣に手をかけたバルドが叫ぶ。ゴーレムの巨腕が描く振り下ろしの軌道と風圧を瞬時に見極め、背後にいたミリスたちの退路を確保するように的確な避難方向を指示した。
直後、頭上から叩きつけられた岩の巨腕に対し、レオンが地を蹴って果敢に割り込んだ。
真正面から突進を受け止める無謀は侵さない。レオンは大剣の広い腹を絶妙な角度で巨腕の側面に打ち当て、滑らせるようにしてその破壊的な威力を横の空間へと叩き逸らした。
――ズドォォン!!
空洞全体を震わせる凄まじい打撃音が轟き、砕けた石畳の破片が激しい風圧とともに舞い散る。
「ボス、こいつを力任せに打ち砕くだけじゃ駄目だな!」
「分かってる! 装置や支柱を巻き込まねぇよう、動きを制御しながら止めろ!」
レオンの叫びにバルドが即座に応じ、二人は互いの動きを補い合うように素早いステップでゴーレムの意識を引きつけ始めた。
その激しい攻防の隙間を縫い、シィが壁際から俺のそばへと身を寄せた。視線はゴーレムから外さないまま、低い声で報告する。
「……あの動き。攻撃の軌道が、支柱や中央装置を微妙に避けてる」
「え……?」
「私たちを狙ってる。少なくとも、無差別に周囲を破壊する動きじゃない」
シィの冷静な観察。その報告を聞いた瞬間、俺の頭の中でバラバラだった情報がカチリと一つに組み合わさった。
(……なるほど。こいつは大空洞そのものを破壊するための存在じゃないのかもしれない。攻撃の軌道を見る限り、古代の遺構や中央装置を避け、侵入者である俺たちを排除しようとしているように見える……!)
もちろん、まだ一度の攻防だけでゴーレムの機能を断定することはできない。だが、少なくとも今の動きからは、俺たちを狙う一方で、周囲の構造物を避けているように見えた。
無理に物理的な力で破壊しようとすれば、その反動で壁や支柱を傷つけ、予期せぬ崩落を引き起こしかねない。何より、この守護体に全員が翻弄されている間にも、中央装置の魔力流動は危険な状態へと近づいている可能性があるのだ。
守護ゴーレムの動きの抑制と、中央装置の異常の解明。八人に突きつけられた二重の試練。
俺は胸の動揺を力づくでねじ伏せ、現場を支配する指揮官として腹の底から声を張り上げた。
「レオン、バルド、シィは前線を維持してゴーレムを引きつけてくれ! 無理に粉砕しようとせず、装置や支柱から引き離して可動域を狭めるんだ!」
「おうよ、任せとけ!」
「ミリス、リゼリア、ガルドは引き続き中央装置の解析を! ガルドは装置の構造追跡と並行して、ゴーレムの物理的な関節構造も観察してくれ!」
「了解だ! 動きのクセから関節の仕掛けを読み切ってやる!」
「リィネは手元の記録を使い、ガルドたちが確認した部材の特徴と一致する項目があるか調べてほしい!」
「はいっ、クロノ様! すぐに照合に入ります!」
各自の持ち場へと鋭く散っていく仲間たち。
重い足音とともに再び巨腕を振り上げる古代守護体の圧倒的な威圧感と、背後で苛烈に明滅を繰り返す古代装置。
大空洞の中で、八人の専門性と絆をすべて注ぎ込む、極限の攻略戦が始まった。




