第91話:寸法適合の謎
青黒い光が周期的に明滅し、足元の古い石組みに重い微振動が走っていた。
大空洞の中央に佇む、巨大な古代装置。俺たち八人は不用意に歩み寄らず、それぞれの間合いを保ったまま警戒を固めていた。
「シィ、退路の警戒を頼む。レオンとバルドはいつでも動けるよう前線を固めてくれ」
俺の指示に、シィが影の中へすっと身を隠し、レオンとバルドが無言で頷いて武器を構える。
続いて、ミリスとリゼリアが干渉針と導線を用いて空間の魔力圧を慎重に探り始めた。
「……ミリス、リゼリア。いま確認できている事実だけを教えてくれ」
「はい。中央装置の内部へ、周囲から魔力が流れ込み続けています」
ミリスが空間を漂う光の粒子を注視しながら答える。
「推測ですが……三地点で循環本線を切断したことで魔力の行き場が失われ、流れそのものがこの地下深くへと変化した可能性があります」
「だが……なぜこの装置が、その余剰魔力を引き寄せるように吸い上げているのか。何に使おうとしているのかは、まだ解明できていないわ」
リゼリアが慎重に言葉を重ねる。
確認できた事実と、残された未解明の謎。俺は深く頷き、次に足元の瓦礫へ視線を落とした。
「ガルド、中央装置の側面に残っている後付け部材と、その取り付け金具を調べてくれ。」
「おう、任せとけ」
ガルドが腰の工具袋から細い目打ちと小型の計測具を取り出し、転がっている金具と、古代装置本体の表面に残された固定溝へと歩み寄った。
目打ちを滑らせ、溝の幅や固定穴の位置、金具の曲がり具合を慎重に測っていくガルド。……やがて、その手がピタリと止まった。苦々しい顔で頭を掻く。
「……おいおい、冗談だろ……」
「ガルドさん、何か分かったんですか?」
レオンが振り返ると、ガルドは固定金具を拾い上げ、装置の溝へと押し当てて見せた。
「後から無理やり削ったり加工したりした痕跡が、どこにもねぇ。この後付けの金具……コンマ単位で、古代装置の溝にぴったり適合してやがる」
「……適合?」
「ああ。角度も、固定穴の位置も合ってやがる。少なくとも、装置側の寸法を知らずに作れる代物じゃねぇ。製作者は、こいつの構造を事前に把握していた可能性が高いな」
ガルドの物理鑑識によって浮かび上がった、不気味な可能性。
金具の寸法が合っているという事実は、製作者が古代装置の構造を知っていたことを示しているのだろうか。それとも、別の理由があるのか。
いずれにせよ、偶然の一致と片付けるには気になる点が多すぎた。
その報告を受け、リィネが持参していた手帳を開いた。地下へ降りる前、今回の異変に関係しそうな公的事業の資材仕入れ控えから、関連する項目を抜き出しておいたものだ。
「……ありました。ここ二ヶ月の公的な改修事業向けの仕入れ記録に、ガルドさんが調べた金具と同じ規格の部材が載っています」
リィネの指先が、手帳に書き写された記録の一行を示した。
「公的な改修事業……? じゃあ、役所や大商会が黒幕なのか?」
レオンの問いに、リィネは首を横に振った。
「いいえ。現時点で分かるのは、規格が一致しているということだけです。実際に同じ部材が使われたのか、どの経路で地下へ運ばれたのかは、まだ確認できていません。正規の取引ルートを隠れ蓑として悪用し、途中の輸送段階で第三者が資材を転用した可能性もあります」
「ああ、安易に正規の取引先を疑うべきじゃない」
俺も同意して頷いた。
「ただ……敵が古代の構造を把握し、地上の正規流通を利用して部品を用意した可能性はある。だが、それもまだ仮説にすぎない。調達先と、実際に取り付けた者が同じとは限らないからな」
各自の調査結果を持ち寄ることで、事件の輪郭が少しずつ浮かび上がっていく。
だが――『誰が、どうやって古代装置の寸法を知り得たのか』という根本の謎だけが、暗闇の中に残されていた。
内部に通じる者がいたのか。それとも、失われた古代資料を入手したのか……。
(……いや……待てよ……)
不意に、胃のあたりがズキリと痛んだ。
青黒く明滅する装置の刻印。三地点から集められる魔力。寸法通りにあつらえられた金具。
既視感どころではない。俺の頭の中に、前世の記憶が吐き気を伴ってフラッシュバックする。
――ノート18ページ目。
『三極収束式・魔力励起炉』。三方のノードから魔力を集め、中央で過励起させ、莫大なエネルギーへと変換する……。
黒幕ごっこのために考えた、ただの痛い設定だ。俺が高校生の時に、面白半分で書き殴った妄想に過ぎない。
なのに……なぜ、ここまで噛み合ってしまう?
(……落ち着け。偶然だ。俺の妄想が現実の古代遺構と一致するわけがない……! だが……)
冷や汗が背中を伝う。
偶然だと笑い飛ばしたい。だが、あの装置を目にしてから、胸の奥に生まれた違和感がどうしても消えてくれない。
確認せずには、いられなかった。
もし……もし万が一、あのノートに書いた構造と『現実の現象』が一致してしまっていたら――?
俺は前世のノートの存在を伏せたまま、胸の奥の動揺を押し殺して声を絞り出した。
「……ミリス。ひとつ、確認してほしいことがある」
俺は中央装置へ視線を向けた。
「この装置は、三地点から流れ込んだ魔力を、ただ蓄えているだけなのか。それとも……何か別の性質のものに『変換』している可能性があるのか?」
ミリスは即座には答えず、干渉針を握り直して装置の導線へ慎重に触れた。
「……現時点では断定できません。ただ……単純に蓄積するだけにしては、内部の魔力経路の構造が複雑すぎます。内部で何らかの変換が行われている可能性は……否定できません」
ミリスの言葉に、俺の心臓がどくりと大きく跳ねた。
(……やはり、似ている……!)
前世のノートに書いた設定。
だが、ノートに書かれていたから正しいのではない。目の前の現実の物証が、それを裏付けるのかどうかだ。
俺は己の思考を『仮説と検証』へと強制的に切り替え、矢継ぎ早に指示を出した。
「リゼリア。三地点からの魔力が、装置の内部でどのように合流しているのか、もう一度調べてくれ。ミリスは流入した魔力の変化を追ってほしい」
「承知いたしました」
「ガルドは、外部ユニットの取り付け痕と装置本体の構造を引き続き調べてくれ。後付けの部品が、何のためにあの形をしているのかも知りたい」
「分かった。物理的な構造から追ってみよう」
そして、手帳を持つリィネへ視線を向けた。
「リィネは、手元の仕入れ控えから特注部材の調達先と納入時期を整理してくれ。記録が途切れている箇所や、地上に戻って確認する必要がある取引先も洗い出してほしい。そこから先は、直接確かめよう」
「はい、クロノ様! 整理しておきます!」
一つずつ、確かめる。
目の前の証拠で、一つずつ裏付けていくんだ。
俺は自分にそう言い聞かせ、握りしめた拳に力を込めた。
……もし、すべて裏付けられてしまったら?
頭の片隅に浮かんだその恐ろしい疑問だけは、どうしても振り払うことができなかった。




