第87話:クロノ・ヴェールVS実働幹部
三つの古い地下道は、それぞれ異なる場所から、王都の地下深くへと伸びていた。
崩れた石壁の向こうを進むたび、足元に伝わる振動が強くなる。壁の溝には青黒い魔力の残光が走り、その流れは、まるで何かに導かれるように地下の奥へと続いていた。
やがて三つの通路が合流する場所へ、八人が相次いでたどり着いた。
「みんな、無事か……!」
互いの無事を確かめ、俺たちは周囲を見渡した。
そこに広がっていたのは、かつて王都の地下基盤として築かれた巨大な古代地下大空洞だった。
空洞の中央には、見上げるほどの高さを誇る古代の石造り装置が鎮座していた。三地点から延びる溝を伝って流れ込んだ青黒い魔力の帯が、不気味な低音を響かせながら装置の基部へ、そして側面に後付けされた異質な増幅ユニットへと次々に吸い込まれていく。
その装置の前面、高台になった制御台の上に、あの男――実働幹部が静かに立っていた。傍らには数名の術者が控え、こちらを冷ややかに見下ろしている。
(……まただ)
装置と増幅ユニットの不気味な配置を目にした瞬間、俺の脳裏を激しい既視感が襲った。かつて前世のノートに黒いインクで描き殴った『大魔術陣の集積核』の記憶が蘇る。
(……いや、違う! また偶然似ているだけだ。惑わされるな、目の前の現実を見ろ……!)
胸の奥の動揺を力任せに押さえ込んだとき、隣でミリスが息を呑む気配がした。
「……あそこに注ぎ込まれた魔力が、後付けの増幅ユニットで極限まで引き締められています。でも……待って、流れが装置の周囲の石組みにまで伝わっています。これ、ただ魔力を集めているだけじゃない……!」
「ええ……放置すれば王都全体の地脈へ一気に逆流します。止めるべきは、あの増幅ユニットの稼働ですね」
リゼリアの静かな分析を受け、俺は全員へ向けて深く頷いた。
「……ああ。あの増幅ユニットを本体から切り離し、装置を止めるぞ!」
その声に応ずるように、高台の幹部が静かに手を挙げた。術者たちが一斉に呪文を紡ぎ、青黒い魔術防壁と牽制の魔弾が俺たちの頭上から降り注ぐ。
正面突破は不可能――だが、前衛の足が止まることはなかった。
「あの高台の石組み、根元に大きな亀裂が入ってるぞ! あそこから上へは登るな、崩れる!」
後方から響いたガルドの咄嗟の構造解析。その言葉を聞いた瞬間、バルドが大剣を構えて前線へ割り込んだ。
「レオン、右の回廊から回れ! 敵の術者の視界をあの石柱で遮れ!」
「おうよ!」
バルドの指示に従ってレオンが右へ跳ぶ。踏み込まれた足場に圧力を感じた敵の術者が、反射的に石柱の影へと退がった。
「……右。逃げた術者、三秒後にそこへ出る」
影に潜んでいたシィが、術者の逃げ道を先回りして牽制の投擲を打つ。足止めされた術者に対し、回廊を回り込んだレオンの大剣が容赦なく叩き込まれた。
強烈な物理打撃が石組みを揺らし、敵の迎撃陣形が一瞬崩れる。その衝撃で生じた変化を、ミリスが鋭く察知した。
「待って! 今の打撃の影響で、増幅ユニット右側の魔力流が偏りました!」
「偏った魔力をこちらで抑え込みます……! 今のうちに接合部の確認を!」
リゼリアが指先を掲げ、乱れた魔力を相殺防壁で強引に受け止める。二人が流れを抑え込んで接合部を露出させた一瞬の隙に、今度はミリスが干渉針を突き出したが、すぐに悔しそうに歯を噛んだ。
「くっ……! 接合部に魔術干渉を打ち込んでも、表面で弾かれます!」
「クロノ様! あの増幅ユニットを固定している金具……仕入れ記録にあった特注品と同じです! 防魔処理が施された特殊構造です。それに、同じ型の予備部材も最近は納入されていません!」
リィネの叫びとミリスの観測が噛み合い、後方からガルドのアドバイスが飛ぶ。
「魔術が効かねぇなら物理で爪を抜くしかねぇ! だがな、その金具の爪を直接叩いたら上の重みで石組みごと落盤するぞ! 狙うなら狭い溝に差し込まれてる、外枠の固定片だ!」
俺は腰の道具袋に手をかけた。狭い溝に差し込める小さな解除具なら、持ち合わせがある。
リィネの部材情報、ミリスの観測、ガルドの構造指定。三つのピースが俺の頭の中で一つに結びつく。
(予備部材の納入もない。あの外枠の固定片を押し戻して爪を外せば、増幅ユニットの接合が自重で離脱する……! 少なくとも今ここで、敵の計画は止められる!)
「……固定片だ! 溝に解除具を差し込んで、爪を押し戻せば外れる!」
俺の叫びと同時に、高台の実働幹部が自ら前に踏み出し、巨大な魔弾を練り上げた。
「させるか」
幹部が放った強烈な魔導攻撃。だが、死角から跳んだシィの短剣が幹部の手元へ走り、呪文の狙いを一瞬だけ狂わせる。直後、バルドが前に躍り出て大剣の腹で逸れた魔導を受け止め、ミリスとリゼリアが二重防壁で衝撃を完全に霧散させた。
敵の隙を逃さず、レオンが大剣で術者たちの妨害壁を力任せにぶち破って作業空間を死守する。開かれた安全域へ俺が踏み込み、手にした小さな解除具を金具の狭い溝へ突き刺した。テコの原理で爪を押し戻し、一気に手前に引き抜く!
――ガシィン!
甲高い金属音が響き、固定片が抜け落ちる。接合を失った増幅ユニットがズシリと音を立てて傾き、古代装置の本体から自重で離脱した。
装置を走っていた青黒い光の帯が不規則に明滅を始め、一本、また一本と魔力の脈動が途切れ、不気味な駆動音が静まり返っていく。
「な……ユニットが切り離された……!?」
周囲の術者たちが動揺の声を上げる。
次の瞬間、グラグラと古代地下大空洞全体を激しい揺れが襲った。
「……! 装置が止まったことで、行き場を失った魔力の残滓が一気に石組みの目地へ逃げています! 目地が保ちません!」
ミリスの叫び通り、目地に集中した過剰な魔力が石材を支える接続部を焼き削り、古代の石組みが自重を支えきれなくなって天井から崩落を始めた。
激しい地鳴りの中、高台の実働幹部は焦る様子もなく、沈黙したユニットを見下ろした。
「……三つでは、足りなかったか」
幹部は静かに呟くと、配下に短く撤退を指示した。そして高台を降り、崩落し始めた奥の暗い地下道へと身を引いた。
「待て!」
俺が一歩を踏み出そうとした瞬間、肩を強く掴まれた。
「待て! この揺れだ、奥の石組みが崩れ始めてる! 追ったら埋まるぞ!」
ガルドの制止と同時に、ドドド……と頭上から土砂と岩石が崩れ落ち、奥の地下道を完全に塞いだ。
静まり返る大空洞。青黒い光は消え、増幅ユニットは沈黙していた。
敵の幹部を取り逃がした悔しさが胸に残る。だが、それ以上に「三つでは足りなかった」という言葉が、重く心に引っかかっていた。
前世のノートとの、あまりにも不自然な一致。その疑問を抱えたまま、俺は沈黙した装置を見上げるしかなかった。




