第84話:三極同時侵入
夜の静寂が、王都の街並みを静かに覆い始めていた。
北東――旧大聖堂地下遺構。
湿り気のある冷気が満ちる広大な地下空間を、ガルドが静かな足取りで先導していた。
風化した石柱の並ぶ通路の途中で、ガルドがふと足を止め、腰に差した短剣の鞘の先で足元の石畳をコンコンと軽く叩いた。
「……待て。一見するとただの古い石畳だが、石の角の欠け口が真新しい。それに目地の泥も、ここだけ最近削り取られた跡がある。……下に何かあるな」
ガルドは腰の工具袋から細い目打ちを取り出すと、短剣の刃先と合わせて隙間に詰まった古い泥を慎重に掻き出し、目地の奥にある固定具を外した。ガゴ、と重い石畳が沈み込み、隠し通路の入口がわずかに開く。
しかし、その動力を感知した直後――地下の空気の圧力が跳ね上がり、石柱のあちこちに刻まれた古代のルーンが鈍く発光を始めた。
「なっ……古代の防衛機構か!?」
石柱を走る幾何学模様の光の線が、脈動するように不自然に膨らみ、激しく歪み始める。それを見たミリスが即座に叫んだ。
「敵の罠じゃありません! 隠し扉を動かしたことで、眠っていた古代の防衛回路が侵入者を検知して反応しています! このまま魔力が膨れ上がれば、回路全体が暴走します!」
石柱のルーンから溢れ出した光が空間へ広がり、空気そのものがズシりと重くなる。迫り来る魔力の波に対し、リゼリアが手を掲げてその流れを逸らし、抑え込む。
「ミリス、正面から相殺しようとすれば回路が弾けます! 制御石を遮断して過剰な圧力を逃がしなさい!」
「はい! ガルドさん、あの石柱の根本にある古代の制御石を外してください!」
「おうよ!」
ガルドが短剣の柄頭で物理的な制御石を素早く叩き外し、ミリスが露わになった隙間へ魔導の干渉針を突き刺す。
三人の息の合った手際によって過剰な魔力が逃がされ、古代回路は不気味な光を失って静まり返った。
やがて三人は、地下深くの広場へと辿り着いた。
そこで彼らが目にしたのは、古代の石柱に強引に削り出された、真新しい金属の『接続端子』だった。昨夜止めた地上近くの小型ノードの、さらに奥に隠された本線の導線だ。
南西――旧水路。
ドブの匂いと水滴の落ちる音が不気味に響く暗闇の中を、シィが影のように先行していた。
「……前方に歩哨。二人。松明の周期は……二十秒」
シィが小声で告げた。
追随するバルドとレオンが壁に身を寄せた。だが直後、バルドがシィの肩をそっと叩いて制した。
「……待て。奥の分岐からも、もう足音が聞こえる」
「……二重警戒?」
シィが眉をひそめる。予定にない別方向からの巡回。狭い水路の交差部で挟み撃ちになる形だった。
レオンが苦笑いを浮かべ、無音で大剣の柄に手を伸ばす。
「へっ、斬って突っ込めば一瞬だぜ?」
「ダメだ。ここで騒ぎを起こせば水路全体の警戒網が跳ね上がる。奧の調査どころじゃなくなるぞ。……シィ、行けるか?」
「……ん。斬らない。水滴の音に足音を重ねて……あの影へ」
シィは水滴が落ちる「ポチャン」という高い音に足音を重ね、物陰へと二人を滑り込ませた。
巡回兵たちが互いの松明を交差させ、すぐ脇の暗がりを素通りしていく。
気配を断ち切ったまま最奥部の頑丈な水門の裏手へ到達すると、シィが壁面の泥をそっと拭い去った。そこには見覚えのある削り出しの金属板が埋め込まれていた。
北西――廃貴族邸。
かつて貴族の屋敷だったはずの敷地は、崩れかけた石壁と伸び放題の蔦に覆われ、不気味な沈黙に包まれていた。
水たまりの残る足元の悪さに注意しながら、俺とリィネは鬱蒼とした庭園の奥へと足を踏み入れた。
雨上がりの泥には、まだ輪郭の残る新しい轍が刻まれていた。雑草の一部も踏み倒され、奥の物置小屋へと細い道が続いている。
「クロノ様、帳簿の記録と一致します。最近、ここへ確実に資材が運び込まれています」
リィネの言葉に頷き、俺たちは雑草の茂みの奥に立つ古びた物置小屋へ歩み寄った。
扉に渡されていた木製の閂をゆっくりと外して中へ踏み込む。
ランプの光を床へ向けると、枯れ井戸のすぐ横の床板に、重い木箱を引きずった真新しい土の痕跡が刻まれていた。
床板を持ち上げると、地下へと続く石造りの隠し扉が現れた。
隠し扉を下りた先の地下室で、俺たちは壁面に埋め込まれた部品と対面した。
三つの地点で、それぞれの手がかりが揃う。
俺は念話器を握りしめ、二班へ思考を送った。
(……みんな、聞こえるか。北西の廃邸地下で金属部材を見つけた。……側面には三本の円環の意匠がある)
(『……こちら旧大聖堂。基部に後付けされた端子の形状と幅を確認しました』)
ミリスの報告を受け、リィネが即座に手元の仕入れ帳簿をめくる。
「クロノ様、仕入れ記録にある金属板の規格寸法と重なります……!」
念話器を通して、ガルドの返答が頭の中に届いた。
(『……南西の水門の裏にある金属板も同じ規格だ。溝の配置まで揃ってやがる』)
三班の専門知識が念話で交差した瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。
(……三つとも別々に作られてるんじゃない。同じ規格の部材を使って……地下のどこかで、一つに繋げようとしてるんだ)
その時だった。
――ゴン……。
地下深くの岩盤から、腹に響くような重い振動が伝わってきた。
大聖堂の地下で。
水路の奥で。
そして、廃貴族邸の地下室で。
三地点の空間が同時に微かに揺れ、壁の溝に不気味な魔術の残り光が走り始める。
(……今の振動、みんなのところでも起きたか!?)
(『……ええ。こちら旧大聖堂、誰か来ます!』)
(『……南西もだ。複数いる』)
(『……こっちもだ』)
念話器を通して、緊迫した言葉が次々と頭の中に届く。
三つの離れた暗闇の奥から、ほぼ同時に、ジャリ……ジャリ……と足音が近づいてくる気配が響き始めた。




