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俺の妄想が、なぜか異世界で本物になっていた  作者: 砂利天
第3章 王都地下に眠る循環陣
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第81話:黒歴史の足跡

石畳を濡らす雨脚は強まりもせず、弱まりもせず、ただ静かに王都の街並みを煙らせていた。


「……雨で古い轍はほとんど消えてる」


先頭を行くガルドが、路地の泥に深く刻まれた車輪痕に視線を落とし、低く言った。


「だが、こいつだけは溝に水が溜まりきってねぇ。重い荷を載せた車輪が、ついさっき泥を押し潰して通った跡だ。曲がる直前に速度を落としてやがる。狭い路地に入ったな」

「……ここ、踏んでる。一人。さっきの男と同じ歩幅」


シィが屈み込み、路地の濡れた土を指先でそっと確かめる。ガルドが見抜いた車輪の減速痕と、シィが拾った歩幅の狭い足跡。二人の異なる追跡の手がかりが、同じ方向へと重なって伸びていた。


複雑に入り組んだ旧職人街の路地を何度か曲がり、風化したレンガ壁の立ち並ぶ区画へと入り込む。やがて前方からガラガラと鳴っていた低い車輪の音が、ふっと途切れた。


「……消えた」


シィの低い囁きに、俺たちは即座に近くの軒下に身を潜めた。

覗き込んだのは、裏路地の突き当たりにある古い資材置き場のような小さな空間だった。


一見すると、単に荷車が路地の行き止まりに停められているだけに思える。だが、ガルドは地面の土の手触りと、建物の壁面に残された不自然な傷を静かに見立てた。


「……荷車を方向転換した跡がねぇ。車輪はここで止まってるが、角の壁に木箱が擦れた跡がある。木箱を地面から少し浮かせ、そのままあの建物の裏口へ運んだ跡だ。荷を下ろしたのはここだな」


ガルドの言葉通り、建物の影から小商人風の衣服を羽織った男が現れた。

男は周囲の気配を鋭い視線で一度だけ確認すると、裏口の扉を少しだけ開け、中に置かれていた木箱へ手を伸ばした。


「……さっき地下へ向かった男と、服が違う」


シィが静かに告げる。男の動きに無駄はない。周囲を警戒しながら、箱の中身を一つずつ手で確かめていく。金具、導線、固定具。荷の中身を熟知している手つきで目的のものを選び出していた。


木箱の底から、男は丁寧に布で包まれた薄い物体を取り出した。布を解くと、鈍い光を放つ一枚の金属板が姿を現す。


金属板には、細い溝が複雑に刻まれていた。


(……あの金属板……)


俺がかつて前世のノートに描きなぐった『魔力中継核』の図に、あまりにも似ていた。


部材の構造だけじゃない。男が金属板を慎重に持ち上げた際、その側面に刻まれた小さな意匠が、薄暗い雨気の中で浮かび上がった。


三本の円環が重なり合い、その中央に小さな金属片が嵌め込まれた、削り出しの模様。


「……ッ」


息が止まるかと思った。


(……この形……)


脳裏で、前世の記憶が鮮明な映像となって再生される。


雨の日の放課後。静まりかえった自室の机の上。

開きっぱなしの教科書と、ノートの脇に転がる消しゴムのカス。シャープペンを握り、カチカチとノック音を響かせた右手。

勉強の合間、誰に見せるわけでもないのに、自分だけの秘密の設定資料集を作っているような気恥ずかしくも誇らしい優越感を抱きながら、ノートの端に円を一つ描いた。

その外側にもう一つ。さらに三つ目。


『ここに魔力を流してさ……』


そんな言葉を独り言で呟きながら、黒い線を繋いでいった。

中央には、わざと小さな切れ目を残した。理由なんてない。ただ、その方が格好いいと思ったからだ。


――そんな、くだらないラクガキだったはずだ。


あのノートに描いたのは、三本の円環と中央の小さな切れ目。

目の前にある木箱の模様は、三本の円環と中央の小さな金属片。


完全な一致ではない。ほんの少し、細部が違っている。


(……いや)

(似ているだけだ。俺が昔、ノートの端に描いた妄想と……同じなわけがない)


必死に心の中で否定した。

俺が知っているのは、あくまで昔の自分がノートに書いた妄想だ。それがこの世界で誰かに使われているはずがない。そんなことがあるはずがない。


――あるはずがないのに。


地下で見かけた中継核の構造。

地下で聞いた「導き」という言葉。

職人街の荷箱に残された意匠。


バラバラだったはずの断片が、頭の中で勝手に繋がっていく。


(……なんでだよ)


指先が冷たくなっていく。


(俺はただ……ノートに描いただけなのに……)


ただの妄想だったはずのものが、現実の地下で形を持っている。

その事実から、どうしても目を逸らせなかった。


その時だった。


「……クロノ」


隣にいたシィの低い声が届き、俺はようやくハッと息を呑んで顔を上げた。

木箱の模様から目を離せない俺を、シィがどこか訝しげな、けれど警戒を怠らない眼差しで見つめていた。


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